2020年12月29日掲載
ワンポイント:キムはソウル峨山(アサン)病院(Asan Medical Center)・準教授・医師で、2020年4月(40歳?)、マスクはコロナウイルス(COVID-19)の感染防止に役立たないという「2020年4月のAnn Intern Med」論文を出版した。出版後、論文中の測定値は検出限界以下だと指摘された。2020年6月2日(40歳?)、測定値は検出限界以下なので結論は信頼できない。それで、論文は撤回された。この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「4」に挙げられた。国民の損害額(推定)は1000万円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ソンハン・キム、김성한(Sung-Han Kim、写真出典)は、韓国の蔚山(ウルサン)大学・ソウル峨山(アサン)病院(Asan Medical Center, University of Ulsan College of Medicine)・準教授・医師で、専門は感染症学である。
2020年4月6日(40歳?)、キムは、マスクはコロナウイルス(COVID-19)の感染防止に役立たないという「2020年4月のAnn Intern Med」論文を出版した。
2020年6月2日(40歳?)、ところが、論文は撤回された。
読者から、「逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応の検出限界を理解できていない。検出限界は2.63 log copies/mLである。それ以下の測定値は検出限界以下なので、意味のある測定値にならない。それなのに、有効値とみなして分析した。論文の結論は信頼できない」と指摘された。
それで、論文撤回になった。
撤回公告では指摘していないが、被験者(患者)が4人しかいない。4人の内の1人は一部のデータしか提供していない。こんな少数の被験者ではまともなデータが得られない。ここもポイントだろう。
以下は動画(英語):蔚山(ウルサン)大学・ソウル峨山(アサン)病院(Asan Medical Center, University of Ulsan College of Medicine)。
- 国:韓国
- 成長国:韓国
- 医師免許(MD)取得:ソウル大学
- 研究博士号(PhD)取得:ソウル大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。写真の印象と地位から推定した
- 現在の年齢:44 歳?
- 分野:感染症学
- 最初の問題論文発表:2020年(40歳?)
- 問題論文発表:2020年(40歳?)
- 発覚年:2020年(40歳?)
- 発覚時地位:ソウル峨山(アサン)病院・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。社交メディアで指摘したらしい
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。大学は調査していない
- 大学の透明性:大学は調査していない(✖)
- 問題:ズサン
- 問題論文数:1報撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1000万円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
不明点多い。
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。写真の印象と地位から推定した
- xxxx年(2x歳):ソウル大学(Seoul National University)で学士号取得:医学
- xxxx年(2x歳):同大学で修士号取得:医学
- xxxx年(30歳):同大学で研究博士号(PhD)を取得:医学
- xxxx年(xx歳):同大学・病院で研修医
- xxxx年(xx歳):蔚山(ウルサン)大学・ソウル峨山(アサン)病院(Asan Medical Center, University of Ulsan College of Medicine)・助教授
- xxxx年(xx歳):米国のNIH・NIAID・客員科学者
- xxxx年(xx歳):蔚山(ウルサン)大学・ソウル峨山(アサン)病院(Asan Medical Center, University of Ulsan College of Medicine)・準教授
- 2020年4月(40歳?):問題の論文を出版
- 2020年6月(40歳?):問題の論文を撤回
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚と論文撤回
2020年4月6日(40歳?)、ソンハン・キム(Sung-Han Kim)は、マスクはコロナウイルス(COVID-19)の感染防止に役立たないという「2020年4月のAnn Intern Med」論文を出版した。
- Effectiveness of Surgical and Cotton Masks in Blocking SARS-CoV-2: A Controlled Comparison in 4 Patients.
Bae S, Kim MC, Kim JY, Cha HH, Lim JS, Jung J, Kim MJ, Oh DK, Lee MK, Choi SH, Sung M, Hong SB, Chung JW, Kim SH.
Ann Intern Med. 2020 Jul 7;173(1):W22-W23. doi: 10.7326/M20-1342. Epub 2020 Apr 6.PMID: 32251511
実験は簡単である。患者の口から20㎝のところのペトリ皿をおいて、患者が5回咳をし、ペトリ皿に付いたウイルス濃度を測定した。
患者1人に付き、マスクなし、不織布マスク(surgical mask)、布マスク(cotton mask)、そして、再びマスクなしで、各5回、咳をしてもらった。
データは以下の表に示す(英語のママでスミマセン。出典:原著論文)。
上記の表の数値を解説すると、ペトリ皿に付いたウイルス濃度はマスクなしで2.56 log copies/mL、不織布マスク(surgical mask)で2.42 log copies/mL、布マスク(cotton mask)で1.85 log copies/mLとなった。
つまり、マスクがあってもなくても、咳によって同じ量のウイルスが飛び散った結果になった。それで、不織布マスクであろうが布マスクであろうが、マスクは役立たないと結論した。
また、マスクの内側表面にはウイルスがなく、外側表面にはウイルスがついていた。それで、手でマスクを触ると、マスクの外側表面を触ることになり、手にウイルスが付着する。そのことで、感染が広がるとも結論した。
マスクの有効性の結果は、時節柄、多くの人の興味を引き、キムの「2020年4月のAnn Intern Med」論文は1万回もツイッターされた:Altmetric – Effectiveness of Surgical and Cotton Masks in Blocking SARS–CoV-2: A Controlled Comparison in 4 Patients
2020年6月2日(40歳?)、ところが、論文は撤回された。
読者から、「逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応の検出限界を理解できていない。検出限界は2.63 log copies/mLである。それ以下の測定値は検出限界以下なので、意味のある測定値にならない。それなのに、有効値とみなして分析した。論文の結論は信頼できない」と指摘された。
キムは、検出限界を考慮した実験を新たにやり直し、そのデータをもとに論文を訂正したい、と編集者に提案した。
しかし、それは新しい論文になるので、今回の論文は撤回してくださいと、編集者に要求された。
それで、キムは論文撤回に応じた。 → 撤回公告:Effectiveness of Surgical and Cotton Masks in Blocking SARS–CoV-2: A Controlled Comparison in 4 Patients | Annals of Internal Medicine
撤回公告には記載がないが、被験者(患者)が4人しかいなかったことも問題だと思う。しかも、4人の内の1人は一部の実験しかしていない。こんな少数の被験者(つまり、3人)でまともなデータが得られるとは思えない。ここもポイントだろう。
Surgical or cotton masks don’t block coronavirus transmission if you cough directly onto a petri dish through your mask: n=4 edition.
(For the sake of clarity, I’m not at all impressed that the quality of this evidence against mask usage.)https://t.co/nsY91kchtY
— Carl T. Bergstrom (@CT_Bergstrom) April 6, 2020
ただ、論文のタイトルに「Comparison in 4 Patients」(「4人の患者で比較」)と書いてあった。だから、キムはごまかしをしていない。ねつ造論文ではない。
「検出限界の問題」も「4人の患者で比較」も査読者がすぐわかる内容だ。それで、「撤回監視(Retraction Watch)」記事のコメントでは、「査読はどうなってんだ!」と査読者の無能を指摘する声が多い。
★マスクは有効か無効か?
ソンハン・キム(Sung-Han Kim)の今回の「2020年4月のAnn Intern Med」論文は、コロナウイルス(COVID-19)の感染防止にマスクは役立たないという結論である。
この論文は撤回されたが、「マスクは役立たない」という主張は、信頼できる情報源からも発表されている。
従って、結果は正当なのかもしれない。
例えば、
- 2020年5月21日のNEJM 論文:Universal Masking in Hospitals in the Covid-19 Era | NEJM
- 2020年5月のアメリカ疾病予防管理センター(CDC)論文:Nonpharmaceutical Measures for Pandemic Influenza in Nonhealthcare Settings—Personal Protective and Environmental Measures – Volume 26, Number 5—May 2020 – Emerging Infectious Diseases journal – CDC
なお、白楽ブログでは、「コロナウイルス(COVID-19)の感染防止に「マスクが有効か無効か?」を論じるつもりはない。
●【ズサンの具体例】
上記したので省略。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年12月28日現在、パブメド(PubMed)で、ソンハン・キム(Sung-Han Kim)の論文を「Sung-Han Kim [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2021年の20年間の461論文がヒットした。
「Kim SH」で検索すると、1956~2021年の66年間の 19,490論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。
2020年12月28日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、22論文が撤回されていた。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。
★撤回監視データベース
2020年12月28日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでソンハン・キム(Sung-Han Kim)を「Sung-Han Kim」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、本記事で問題にした「2020年4月のAnn Intern Med」論文・ 1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年12月28日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ソンハン・キム(Sung-Han Kim)の論文のコメントを「”Sung-Han Kim”」で検索すると、本記事で問題にした「2020年4月のAnn Intern Med」論文・1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》同姓同名
パブメド( PubMed )で、「Kim SH」を検索すると、2万報近くの論文がヒットした。
「Kim」は、韓国・ベトナムに多い苗字だが、学術論文で著者を識別するのに困難になる。韓国・ベトナムでは、一般的に同姓同名の人達をどのように区別しているのだろう? また、学術界ではどうしているのだろう?
今回のソンハン・キム(Sung-Han Kim、写真出典)は研究者を番号で識別する「ORCID – Wikipedia」を使っていない。
日本の苗字でも佐藤や鈴木は多いが、日本の学術界で、混乱して困ったとは聞かない。それでも、そろそろすべての研究者にORCID iDの取得を義務づける時期が来たように思う。
《2》改善法
「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでは、今回の「2020年4月のAnn Intern Med」論文の撤回理由を「分析の間違い(Error in Analyses)」としている。
確かに「分析の間違い」ではあるが、検出限界を理解していないかったために結果として「間違え」たのだ。このように能力不足が原因で論文結果が信用できない場合、白楽は、「間違い」ではなく「ズサン」と分類している。
今回のようなズサンさを防ぐ方法は、研究実施者の研究能力の向上だ。
また、本来は査読者がこの論文の「ズサン」さを指摘し、不掲載とすべきだった。査読者の査読能力の向上も必要だ。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2020年6月1日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Top journal retracts study claiming masks ineffective in preventing COVID-19 spread – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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