2020年1月13日掲載
ワンポイント:2019年ネカト世界ランキングの「1」の「8」に挙げられたので記事にした。レーゲンスブルク大学(University of Regensburg)・教授のドライスバッハは、「2018年のActa Psychologica」論文の「間違い」を友人に指摘され、2019年4月(49歳?)、自から進んで学術誌に論文撤回を依頼した。この行為が「善行(Doing the right thing)」とされた。国民の損害額(推定)は500万円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach、ORCID iD:?、写真出典)は、ドイツのレーゲンスブルク大学(University of Regensburg)・教授で、専門は心理学である。ネカトではなく「善行(Doing the right thing)」である。
2018年11月(48歳?)、ジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)が最後著者の「2018年のActa Psychologica」論文を出版した。
2019年4月17日(49歳?)、出席した研究会で、研究者の友人に「2018年のActa Psychologica」論文のプログラムに間違い(コーディングエラー)があると指摘された。研究会から戻って直ぐに、生データを再分析すると、友人の指摘が正しく論文に致命的な欠陥が見つかった。それで、2019年4月20日、学術誌に論文撤回を依頼した。
2019年8月13日(49歳?)、このドライスバッハ事件をアダム・マーカス(Adam Marcus)記者が「撤回監視(Retraction Watch)」の記事にし、自から進んで論文の「間違い」に対処したジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)の行為を「善行(Doing the right thing)」と報じた。
そして「撤回監視(Retraction Watch)」は、この「善行」を2019年ネカト世界ランキングの「1」の「8」に挙げた。
レーゲンスブルク大学(University of Regensburg)。写真By Manuel Strehl – Own work, CC BY-SA 2.5, Link、出典
- 国:ドイツ
- 成長国:ドイツ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ハンブルグ連邦大学
- 教授資格論文(Habilitation):ドレスデン工科大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日生まれとする。1992年に学士号を取得した時を22歳とした
- 現在の年齢:54 歳?
- 分野:心理学
- 最初の問題論文発表:2002年(32歳?)
- 今回の問題論文発表:2018年(48歳?)
- 発覚年:2019年(49歳?)
- 発覚時地位:レーゲンスブルク大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は研究者の友人。本人に通知
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②レーゲンスブルク大学は調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(Ⅹ)
- 不正:間違い
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は500万円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
出典:Prof. Dr. Gesine Dreisbach – Universität Regensburg
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日生まれとする。1992年に学士号を取得した時を22歳とした
- 1992年(22歳?):マンハイム大学(University of Mannheim)で学士号(Vordiplom)取得:心理学
- 1997年(27歳?):ベルリン工科大学(Kanpur)で学士号(Diplom)取得:心理学
- 1998年-2000年(28-30歳?):ハンブルク連邦軍大学、認知科学研究所の研究員
- 2000年(30歳?):ハンブルグ連邦大学(University of the Federal Armed Forces, Hamburg)・で研究博士号(PhD)を取得:レイナー・クルー教授(Prof. Dr. Rainer H. Kluwe)
- 2000-2001年(30-31歳?):米国プリンストン大学(Princeton University)・ポスドク。心、脳、行動研究センター(Center for the Study of Mind, Brain, and Behavior)のジョナサン・コーエン教授(Jonathan D. Cohen)
- 2002-2008年(32-38歳?):ドレスデン工科大学(Dresden University of Technology)・心理学科、研究員
- 2007年(37歳?):教授資格論文(Habilitation)。ドレスデン工科大学(Dresden University of Technology)
- 2008年10月-2009年9月(38-39歳?):ビーレフェルト大学(University of Bielefeld)・教授(W2)
- 2009年10月(39歳?):レーゲンスブルク大学(University of Regensburg)・教授
- 2018年11月(48歳?):後で問題となる「2018年のActa Psychologica」論文を出版
- 2019年7月(49歳?):「2018年のActa Psychologica」論文を撤回
●5.【間違い発覚の経緯と対処】
★発覚の経緯と対処
2018年11月(48歳?)、ジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)が最後著者の「2018年のActa Psychologica」論文を出版した(以下)。
- Auditory (dis-)fluency triggers sequential processing adjustments
Thomas Dolk, Claudia Freigang, Johanna Bogon, Gesine Dreisbach
Acta Psychologica, Volume 191, November 2018, Pages 69-75
撤回告知の文章を元に、ドライスバッハ教授の語りとして、以下に書く。
→ 2019年7月の撤回告知:Retraction notice to “Auditory (dis-)fluency triggers sequential processing adjustments” [ACTPSY 191 (2018) 69–75] – ScienceDirect
2019年4月17日(49歳?)、私(ドライスバッハ)は研究資料を共有していた研究者の友人と研究会で会いました。その時、友人に「2018年のActa Psychologica」論文に使ったプログラムに間違い(コーディングエラー)があると指摘されました。その場では、コーディングエラーが論文のデータ分析に影響しているのかどうか、私はわかりませんでした。なお、論文の第一著者のトーマス・ドルク(Thomas Dolk)は、2019年3月末に私の研究室を去っています。
研究会から戻って直ぐに、生データを再分析しました。すると、FluencyNのコーディングは正しいものの、FluencyN-1のコーディングは間違っていたことが判明しました。友人は正しかったのです。また、再分析の結果、論文の結果は決定的ではなく、論文で予測および報告した相互作用 FluencyN×FluencyN-1の証拠が確かではないことがわかりました。論文に致命的な欠陥があったのです。それで、2019年4月20日、学術誌・編集長に論文の撤回を依頼しました。
2019年8月13日(49歳?)、アダム・マーカス(Adam Marcus)記者は、論文の間違いを友人に指摘され、自分から進んで対処したジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)の行為を「善行(Doing the right thing)」と、「撤回監視(Retraction Watch)」記事で報じた。
そして「撤回監視(Retraction Watch)」は、この「善行」を2019年ネカト世界ランキングの「1」の「8」に挙げた。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年1月12日現在、パブメド(PubMed)で、ジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)の論文を「Gesine Dreisbach」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2019年の18年間の64論文がヒットした。
2020年1月12日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で取り上げた「2018年のActa Psychologica」論文・1論文が撤回されていた。
★撤回論文データベース
2020年1月12日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)を「Gesine Dreisbach」で検索すると、本記事で取り上げた「2018年のActa Psychologica」論文・1論文がヒットし、1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年1月12日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)の論文のコメントを「Gesine Dreisbach」で検索すると14論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》「善行(Doing the right thing)」
「撤回監視(Retraction Watch)」が今回のような事件を「善行(Doing the right thing)」として褒めることは、とてもいいことだと思う。
日本も、ネカト関係で「褒める」ことができないだろうか?
《2》「善行(Doing the right thing)」?
ドライスバッハ事件の記事ではジェシーヌ・ドライスバッハ(Gesine Dreisbach)の「善行(Doing the right thing)」を褒めてここで終わりにしたい。
でも、気になる点がある。
というのは、2016年9月25日、スタットチェック(Statcheck)がパブピア(PubPeer)で、ドライスバッハの2002年-2015年の14論文の統計処理がおかしいと指摘しているのだ。
それから3年数か月がたつが、ドライスバッハはこの指摘に答えていない。もちろん、これらの論文を撤回してもいない。「善行(Doing the right thing)」と褒められた研究者とは思えない無視である。
ドライスバッハはこの指摘に気が付かなかった? それはあり得ない。パブピア(PubPeer)のシステムはコメントを自動的に著者に伝えるからだ。
この無視に気が付いてしまうと、ドライスバッハの「善行(Doing the right thing)」を褒める気はしない。意図的なネカトでないなら、この指摘に対応すべきである。
善意に解釈すると、ドライスバッハの統計処理能力に欠陥がある、となる。
しかし、無視しているので、意図的に都合の良い統計処理(つまり、改ざん)をした可能性もある。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2019年8月13日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Doing the right thing: Psychology researchers retract paper three days after learning of coding error – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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