ワンポイント:研究ネカト追及サイトの「サイエンス・フラウド(Science-Fraud)」にねつ造・改ざんが指摘され、脅迫し閉鎖させた
●【概略】
ルイ・クーリ(Rui Curi、写真出典)は、ブラジルのサンパウロ大学(University of São Paulo)・教授で、専門は内分泌学(生理学・生物物理学)だった。医師ではない。
2012年(54歳?)、米国の研究ネカト追及サイトの「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」がクーリの2007年論文をデータねつ造・改ざんだと指摘した。
2013年1月(55歳?):ブラジルの科学活動公正委員会が、6か月の調査の後、クーリの2007年論文は、研究ネカトではなく、「間違い」だと結論した。
関連話。クーリの論文不正を指摘した「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」を、クーリは、弁護士を雇って、攻撃した。
まず、匿名で運営していた「サイエンス-フラウド(Science-Fraud)」の運営者を、クーリの弁護士は、ロチェスター大学医科大学院・準教授のポール・ブルックス(Paul Brookes)だとあばいた。そして、名誉棄損で訴えると脅迫した。
ブルックスは恐怖におびえ、サイトを閉鎖し、匿名をやめた。
ブラジルのサンパウロ大学(University of São Paulo)。写真出典
- 国:ブラジル
- 成長国:ブラジル
- 研究博士号(PhD)取得:サンパウロ大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1958年1月1日生まれとする。理由:1980年に大学卒
- 現在の年齢:66歳?
- 分野:内分泌学
- 最初の不正論文発表:2007年(49歳?)
- 発覚年:2012年(54歳?)
- 発覚時地位:サンパウロ大学・教授
- 発覚:米国の「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」の指摘
- 調査:①ブラジル政府の科学活動公正委員会
- 不正:間違い
- 不正論文数:2論文撤回。8論文訂正
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:辞職なし
●【経歴と経過】
出典:Rui Curi – FAPESP Virtual Library
- 生年月日:不明。仮に1958年1月1日生まれとする。理由:1980年に大学卒だから
- 1980年(22歳?):ブラジルのマリンガ州立大学(State University of Maringá)で学士号。薬学と生化学
- 1982年(24歳?):ブラジルのマリンガ州立大学(State University of Maringá)で修士号。薬学と生化学
- 1984年(26歳?):ブラジルのサンパウロ大学(University of São Paulo)で研究博士号(PhD)取得した。生理学
- xxxx年(xx歳):ブラジルのサンパウロ大学・教授
- 2012年(54歳?):米国の「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」が研究ネカトと指摘した
- 2013年1月(55歳?):ブラジルの科学活動公正委員会が、6か月の調査の後、研究ネカトではなく、「間違い」だと結論した
●【動画】
【動画】
2008年12月18日 の講演会で、クーリが20秒から約1分間、演者を紹介している(主にポルトガル語。1部英語)
ビデオ全体は39分14秒。
サイト → http://iptv.usp.br/portal/video.action?idItem=4618
●【不正発覚の経緯と内容】
★「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」での指摘
2012年7月(54歳?)、匿名の運営者が、研究ネカト摘発サイト「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」を立ち上げた。
クーリの以下の2007年論文の2論文は、データねつ造・改ざんだと指摘した。
- Non-esterified fatty acids and human lymphocyte death: a mechanism that involves calcium release and oxidative stress.
Otton R, da Silva DO, Campoio TR, Silveira LR, de Souza MO, Hatanaka E, Curi R.
J Endocrinol. 2007 Oct;195(1):133-43. Erratum in: J Endocrinol. 2013 Mar;216(3):X1. J Endocrinol. 2013 May;217(2):B2.
- Regulation of interleukin-2 signaling by fatty acids in human lymphocytes.
Gorjão R, Hirabara SM, de Lima TM, Cury-Boaventura MF, Curi R.
J Lipid Res. 2007 Sep;48(9):2009-19. Epub 2007 Jun 25.
★クーリが「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」を脅迫
クーリの論文にはデータねつ造・改ざんがあると指摘した「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」を、クーリは弁護士を雇って、攻撃した。
まず、匿名で運営していた「サイエンス-フラウド(Science-Fraud)」の運営者をロチェスター大学医科大学院・準教授のポール・ブルックス(Paul Brookes)と同定した。そして、名誉棄損でブルックスを裁判所に訴えると脅迫した。
2012年12月、ブルックスはサイトを閉鎖し、匿名をやめた。①:Fraud Watchdog Blogger Revealed | The Scientist Magazine®、②:Paul Brookes: Surviving as an Outed Whistleblower | Science | AAAS
★ブラジルの調査
2012年3月27日(54歳?)、ブラジル政府(Brazilian National Council of Scientific and Technological Development)は、研究ネカトに対処する国家機関として、科学活動公正委員会(CIAC:Commission for Integrity in Scientific Activity)を設立した。
クーリ事件は、科学活動公正委員会の最初の仕事となった。科学活動公正委員会は国家組織で、行政上、サンパウロ大学より上位に位置している。それで、クーリが所属するサンパウロ大学は、大学としては調査をしなかった
2013年1月(55歳?)、科学活動公正委員会は、6か月の調査の後、「クーリの論文を調べた結果、改ざんはないが、研究のデザインと発表で、良質な研究に欠いてはならない間違いがあった」と結論した。つまり、疑問視されている論文は、研究ネカトではなく、「間違い」で説明できる、とした。(出典:Escobar H. University of São Paulo and Brazilian National Council for Scientific and Technological Development (CNPq) acquit Rui Curi of fraud charges. The State of Saint Paul Journal; 2013(白楽は未読))
調査内容と報告書は透明性に欠き、調査に問題があると指摘する人もいる。しかし、ブラジルでの研究ネカトの調査・結論に、科学活動公正委員会を超える組織はないので、結果を受け入れる形となった。
それで、クーリは教授職を辞職しなかった。ただし、研究者仲間からの尊敬を失い、評判は落としたそうだ。
●【論文数と撤回論文】
2016年4月29日現在、パブメド(PubMed)で、ルイ・クーリ(Rui Curi)の論文を「Rui Curi [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2015年の14年間の267論文がヒットした。
2016年4月29日現在、2007年の2論文が2013年に撤回されている。
- Non-esterified fatty acids and human lymphocyte death: a mechanism that involves calcium release and oxidative stress.
Otton R, da Silva DO, Campoio TR, Silveira LR, de Souza MO, Hatanaka E, Curi R.
J Endocrinol. 2007 Oct;195(1):133-43. Erratum in: J Endocrinol. 2013 Mar;216(3):X1. J Endocrinol. 2013 May;217(2):B2.
Retraction in: J Endocrinol. 2013 May;217(2):B1. - Regulation of interleukin-2 signaling by fatty acids in human lymphocytes.
Gorjão R, Hirabara SM, de Lima TM, Cury-Boaventura MF, Curi R.
J Lipid Res. 2007 Sep;48(9):2009-19. Epub 2007 Jun 25. Retraction in: J Lipid Res. 2013 Mar;54(3):869.
2016年4月29日現在、訂正論文は8報あった(1報はその後撤回された。上記した)
最近の2訂正論文
- Glutamine supplementation stimulates protein-synthetic and inhibits protein-degradative signaling pathways in skeletal muscle of diabetic rats.
Lambertucci AC, Lambertucci RH, Hirabara SM, Curi R, Moriscot AS, Alba-Loureiro TC, Guimarães-Ferreira L, Levada-Pires AC, Vasconcelos DA, Sellitti DF, Pithon-Curi TC.
PLoS One. 2012;7(12):e50390. doi: 10.1371/journal.pone.0050390. Epub 2012 Dec 11.
Erratum in: PLoS One. 2013;8(6). doi:10.1371/annotation/a3cda985-fb83-49fb-9cb3-8dab0e355ddd. - The effects of palmitic acid on nitric oxide production by rat skeletal muscle: mechanism via superoxide and iNOS activation.
Lambertucci RH, Leandro CG, Vinolo MA, Nachbar RT, Dos Reis Silveira L, Hirabara SM, Curi R, Pithon-Curi TC.
Cell Physiol Biochem. 2012;30(5):1169-80. doi: 10.1159/000343307. Epub 2012 Oct 10.
Erratum in: Cell Physiol Biochem. 2013;31(1):14.
最古の2訂正論文
- Modulation of lipopolysaccharide-induced acute lung inflammation: Role of insulin.
de Oliveira Martins J, Meyer-Pflug AR, Alba-Loureiro TC, Melbostad H, Costa da Cruz JW, Coimbra R, Curi R, Sannomiya P.
Shock. 2006 Mar;25(3):260-6.
Erratum in: Shock. 2006 Apr;25(4):428. - Comparative toxicity of oleic and linoleic acid on human lymphocytes.
Cury-Boaventura MF, Gorjão R, de Lima TM, Newsholme P, Curi R.
Life Sci. 2006 Feb 23;78(13):1448-56. Epub 2005 Oct 19.
Erratum in: Life Sci. 2014 Sep 1;112(1-2):97.
●【白楽の感想】
《1》研究ネカトの公益通報
研究ネカトとの指摘は、行き過ぎることもあるだろう。指摘された研究者は、大きなショックを受ける。身に覚えがなければ、指摘が不当だと反論しても、報道刑は科され、悪い評判が学術界と世間を走る。身に覚えがあれば、認めるにしろ、弁解するにしろ、窮地に立たされる。自業自得とはいえ、やはり、悪い評判が学術界と世間を走る。
研究ネカトの指摘・公益通報をどうするか、難しい。適性の基準はない。従って、過不足の基準もない。現在、社会実験を通して、学術界の国際的コンセンサスを作っているところだろう。日本の政府・学術界は、このことにあまりコミットしない態度をとっているように思える。
自分のためにも、自戒を込めて、注意点を書いてみよう。
まず、研究ネカトをした人は人間である。生活があり、家族がある。幸せに生きる権利があることを忘れない。
- 事件の事実だけを記載する。そのために出典を引用する。記載に間違いがあれば(または、指摘され正しいと確認できれば)、訂正する。
- 研究ネカト防止・システムの改善のために、事件を分析し、自分の解釈・考えを述べる。言論は自由でも、発言の責任はある。感情的な表現は避ける。
- 事実の記載(客観)と自分の解釈・考え(主観)が、読む人にわかるように、区別して書く。
ただ、研究者は、研究ネカトを悪いと知っていて行なう。追及された時の言動、調査報告、処分は、表裏、秘匿、利害得失、メンツ、政治的配慮があり、公表された“事実”を鵜呑みにするのは危険である。実態を理解するには多角的な推論が必要である。また、一般的に得にくい情報が役に立つことも多い。
結局、ギリギリである。研究ネカトの指摘・公益通報する人、分析・解説する人は、ギリギリの状況になる。白楽自身、事件実態の理解に何度も過不足を感じている。また、数度、脅迫(のような行為)を受けている。匿名も致し方ない。
《2》社会システム
ブラジルの科学活動公正委員会は、クーリには「間違い」はあったが、ねつ造・改ざんはなかった、と結論した。
調査内容と報告書は透明性に欠き、調査に問題があると指摘する人もいる。
クーリの論文の2報が撤回で、8報が訂正だから、一般的に考えれば、「間違い」と結論するには無理がありすぎる。こんなに多ければ、タマタマ「間違えた」では通らない。意図的に「間違えた」、つまり、ねつ造・改ざんと結論するのがまっとうだ。
しかし、ブラジルでの研究ネカトの調査・結論に、科学活動公正委員会を超える組織がないので、結果を受け入れる形となった。
政府系組織は、研究ネカトの調査がオーソライズされ、調査・結論に権威付され、強大になる。しかし、政府系組織であれどこであれ、調査は人間がするので、大学人でも民間人でも、能力・技術・注意力は大差ない。白楽のほうがましである(なんちゃって)。
言いたいのは、政府系組織が調査する場合、透明性は普通以上に必須だということだ。調査結果は委員名を含めプロセスの詳細を公表すべきである。
同時に、社会システムとして、信頼に足る能力・技術・注意力を持つ人、つまり、研究倫理を専門とする相当数の大学教員(批判能力のある専門家)の存在が必須である。
その大学教員の何人かは、政府系組織の言動・報告書を調査・研究するだろうし、必要なら、批判するだろう。批判しないまでも、批判を意識して、政府系の調査委員はいい加減な調査・判断をしにくくなる。システムが向上する。
この点、米国は政府系の研究公正局と研究倫理を専門とする大学教員のバランスがいい。
日本は、米国の研究公正局に相当する政府系組織がないことで研究ネカトの対処に不備を生じている。もっと重要なことは、研究倫理を専門とする専門家・大学教員がほとんどいないことで、これは、10年程度の将来を考えると、かなり問題である。
●【主要情報源】
① 「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:curi Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2015年の論文。Sonia Vieira:「Not to be Mentioned but Impossible to Keep Quiet About」、Journal of Scientific Research & Reports, 8(3): 1-5, 2015
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。