ワンポイント:他人の論文の顕微鏡像を盗用した研究員は博士号がはく奪された。共著の指導教授は解雇されたが研究者として生き残った
●【概略】
アンドレマー・ソアレス(Andreimar M. Soares、写真出典)は、ブラジル・サンパウロ大学(University of São Paulo)・教授で、専門は薬理学だった。医師ではない。
キャロリーナ・サンタアナ(Carolina Dalqua Sant’Ana、写真出典)はソアレス研究室で博士号を取得し、その後、研究員になった。
2009年(ソ36歳?、サ28歳?)、前年に発表した「2008年のBiochem Pharmacol.」論文が盗用ではないかと、サンパウロ大学が調査を始めた。
2009年(ソ36歳?、サ28歳?)、サンタアナは解雇された、あるいは単に転職した。
2011年2月(ソ38歳?、サ30歳?)、サンパウロ大学は、論文は盗用で、サンタアナが主犯だったと発表した。ソアレスは解雇され、サンタアナの博士号がはく奪された。
ソアレスは研究ネカトで大学を解雇されたが、オズワルド・クルズ財団・研究員として研究を続け、2016年現在も活発に研究論文を発表している。研究ネカトで大学教授を解雇されたのちにも研究を続けられている珍しいケースである。
ブラジルのサンパウロ大学(University of São Paulo)。写真出典
★アンドレマー・ソアレス(Andreimar M. Soares)
- 国:ブラジル
- 成長国:ブラジル
- 研究博士号(PhD)取得:サンパウロ大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1973年1月1日生まれとする。1991年に大学入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:51 歳?
- 分野:薬理学
- 最初の不正論文発表:2008年(35歳?)
- 発覚年:2009年(36歳?)
- 発覚時地位:サンパウロ大学・教授
- 発覚:?
- 調査:①サンパウロ大学・調査委員会
- 不正:盗用。主犯は指導した院生
- 不正論文数:撤回論文は1報
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:解雇
★キャロリーナ・サンタアナ(Carolina Dalqua Sant’Ana)
- 国:ブラジル
- 成長国:ブラジル
- 研究博士号(PhD)取得:サンパウロ大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1981年1月1日生まれとする。1999年に大学入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:43 歳?
- 分野:薬理学
- 最初の不正論文発表:2008年(27歳?)
- 発覚年:2009年(28歳?)
- 発覚時地位:サンパウロ大学・研究員
- 発覚:?
- 調査:①サンパウロ大学・調査委員会
- 不正:盗用
- 不正論文数:撤回論文は1報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:解雇(あるいは辞職)。博士号はく奪
●【経歴と経過】
★アンドレマー・ソアレス(Andreimar M. Soares)
経歴の出典(①Andreimar Martins Soares – Biblioteca Virtual da FAPESP、②Andreimar Soares | LinkedIn)
- 生年月日:不明。仮に1973年1月1日生まれとする。1991年に大学入学した時を18歳とした
- 1991 – 1994年(18 – 21歳?):ブラジルのウベルランディア国立大学(Federal University of Uberlândia)を卒業
- 1995 – 2000年(22 – 27歳?):ブラジルのサンパウロ大学・医学部(Faculdade de Medicina de Ribeirão Preto da Universidade de São Paulo)・生化学。研究博士号(PhD)取得
- 2001 – 2005年(28 – 32歳?):ブラジルのリベイラン・プレート大学(Universidade de Ribeirao Preto)・薬学部・教授
- 2005 – 2011年(32 – 38歳?):ブラジルのサンパウロ大学・教授
- 2009年(36歳?):不正研究が発覚する
- 2011年2月(38歳?):サンパウロ大学・解雇
- 2011年 – 現在(38歳? – ):オズワルド・クルズ財団(Oswaldo Cruz Foundation)・研究員
★キャロリーナ・サンタアナ(Carolina Dalqua Sant’Ana)
経歴の出典(①Carolina Dalaqua Sant’Ana – Biblioteca Virtual da FAPESP、②Carolina Dalaqua Sant’Ana | LinkedIn)
- 生年月日:不明。仮に1981年1月1日生まれとする。1999年に大学入学した時を18歳とした
- 1999年 – 2003年(18 – 22歳?):ブラジルのリベイラン・プレート大学(Universidade de Ribeirao Preto)・薬学部を卒業。薬剤師
- 2005年(24歳?):ブラジル・サンパウロ大学で修士号
- 2008年(27歳?):ブラジル・サンパウロ大学で研究博士号(PhD)取得
- 2009年(28歳?):不正研究が発覚する
- 2009年6月 – 2010年9月(28 – 29歳?):ブラジルのSupervisora Operacional・研究員(?)
- 2011年2月(30歳?):博士号はく奪
- 2011年5月 – 2013年5月(30 – 32歳?):TECAM環境技術社・研究助手(?)
- 2013年5月 – 2015年12月(32 –34歳?):Adama Brasil社・レジスター専門家(?)
●【不正発覚の経緯と内容】
不正発覚の経緯は不明である。
★不正の内容
不正の内容は以下のようだ。
ブラジルのサンパウロ大学・薬学部で臨床毒性学を研究していたサンタアナ研究員とソアレス教授は、サンタアナ(Carolina D. Sant’Ana)を第一著者に「2008年のBiochem Pharmacol.」論文を発表した。
- Antiviral and antiparasite properties of an L-amino acid oxidase from the snake Bothrops jararaca: cloning and identification of a complete cDNA sequence.
Sant’Ana CD, Menaldo DL, Costa TR, Godoy H, Muller VD, Aquino VH, Albuquerque S, Sampaio SV, Monteiro MC, Stábeli RG, Soares AM.
Biochem Pharmacol. 2008 Jul 15;76(2):279-88. doi: 10.1016/j.bcp.2008.05.003. Epub 2008 May 7.
ところが、この論文の走査型電子顕微鏡像が他人の論文である「2003年のAntimicrob. Agents Chemother」論文からの盗用だった。
- Antileishmanial activity of a linalool-rich essential oil from Croton cajucara.
do Socorro S Rosa Mdo S, Mendonça-Filho RR, Bizzo HR, de Almeida Rodrigues I, Soares RM, Souto-Padrón T, Alviano CS, Lopes AH.
Antimicrob Agents Chemother. 2003 Jun;47(6):1895-901.
被盗用論文の走査型電子顕微鏡写真は以下の図3しかないので、これを盗用したのだろう(以下は同論文から借用)。
「2008年のBiochem Pharmacol.」論文は無料閲覧できないので、白楽はチェックしていないが、盗用画像は、上図の全部または一部だろう。
誰が盗用を発見したのか、白楽は把握していないが、5年前の論文の画像盗用をよくも発見したものだ。もし一部なら、なおさら神業だ。サンタアナ研究員の立場に立てば、見つかって、「マサカ!」だっただろう。
調査は「2008年のBiochem Pharmacol.」論文を発表の翌年、2009年から始まったそうだ。
★処分
2011年2月20日、サンパウロ大学総長のスエリ・ヴィレラ(Suely Vilela、写真出典)が、処分を科した。
盗用の責任はサンタアナ研究員にあったので、サンタアナは博士号がはく奪され、大学も解雇された(辞職かも?)。研究指導者のソアレス教授は解雇された。
他の共著者は処分されていない。
新聞記事には、「複雑なことは、共著者であるサンパウロ大学の前・薬学部長は何も処分されなかった」とある。つまり、上記論文の共著者に、前・薬学部長がいるらしいが、どの人なのか白楽は特定できていない。
●【論文数と撤回論文】
★アンドレマー・ソアレス(Andreimar M. Soares)
2016年5月26日現在、パブメド(PubMed)で、アンドレマー・ソアレス(Andreimar M. Soares)の論文を「Andreimar M. Soares [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の121論文がヒットした。
2016年5月26日現在、1論文が撤回されている。当記事で問題にしたキャロリーナ・サンタアナ(Carolina D. Sant’Ana)が第一著者の「2008年のBiochem Pharmacol.」論文が、2010年7月に撤回されている。
- Antiviral and antiparasite properties of an L-amino acid oxidase from the snake Bothrops jararaca: cloning and identification of a complete cDNA sequence.
Sant’Ana CD, Menaldo DL, Costa TR, Godoy H, Muller VD, Aquino VH, Albuquerque S, Sampaio SV, Monteiro MC, Stábeli RG, Soares AM.
Biochem Pharmacol. 2008 Jul 15;76(2):279-88. doi: 10.1016/j.bcp.2008.05.003. Epub 2008 May 7.
Retraction in: Biochem Pharmacol. 2010 Jul 15;80(2):288.
★キャロリーナ・サンタアナ(Carolina D. Sant’Ana)
2016年5月26日現在、パブメド(PubMed)で、キャロリーナ・サンタアナ(Carolina D. Sant’Ana)の論文を「Carolina D. Sant’Ana [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2008年の5年間の11論文がヒットした。
11論文全部がソアレスと共著である。
2016年5月26日現在、1論文が撤回されている。上記、ソアレスの項目で記した論文と同じである。
●【白楽の感想】
《1》解雇は厳しすぎる?
サンタアナ研究員が主犯なので、ブラジルの標準や他の盗用事件と比べ、ソアレス教授の解雇は、厳しすぎるという意見もある(【主要情報源】①、The academic plagiarism and its punishments – a review)。
サンタアナ研究員の11論文の全部で、ソアレス教授が共著者になっている。サンタアナの「研究のあり方」「論文の書き方」のすべてを、ソアレス教授から学んだハズだ。それに、共著の責任(論文内容をチェックする責任)、研究室主宰者の責任もある。白楽は、ソアレス教授の解雇は厳しすぎるとは思わない。
《2》ソアレス教授は研究者として生き残った
ソアレス教授は、2009年(36歳?)に不正研究が発覚し、2011年2月(38歳?)に大学を解雇された。
それ以降の論文発表数を年次毎に調べ、以下に示した。
2009年 10報
2010年 7報
2011年 9報
2012年 2報
2013年 10報
2014年-2016年5月26日現在 22報
2012年に論文発表数が激減しているが、コンスタントに論文発表し、現在も活発に発表している。
盗用の実行者は、ソアレス教授ではなく、指導していたサンタアナ研究員が行なった。つまり、ソアレス教授は、本質的に盗用体質ではないのだろう。周囲もそれを理解し、研究員として雇用し、研究費も提供しているのだと思われる。
●【主要情報源】
① 2015年の論文。Sonia Vieira:「Not to be Mentioned but Impossible to Keep Quiet About」、Journal of Scientific Research & Reports, 8(3): 1-5, 2015:sciencedomain.org/download/MTAxMzhAQHBm
② 2011年の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Soares – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2011年2月20日の「Universidade de São Paulo」記事:USP demite professor por plágio em pesquisa » Sala de Imprensa – USP – Universidade de São Paulo(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。