7-153 論文データ検証の改革案

2024年7月20日掲載 

白楽の意図:ケルシー・パイパー(Kelsey Piper)は、フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)事件を深く掘り下げることで、学術界(学術誌・大学・研究者など)の研究不正への対処上の問題点をあぶりだした。面白い主張だと思うパイパーの「2024年4月のVox」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.パイパーの「2024年4月のVox」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2023年9月15日:心理学:フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)(米) | 白楽の研究者倫理

心理学:フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)(米)

●2.【パイパーの「2024年4月のVox」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:So you’ve found research fraud. Now what?
    日本語訳:つまり、研究詐欺を発見したのですね。で、次はどうする?
  • 著者:Kelsey Piper
  • 掲載誌・巻・ページ:Vox
  • 発行年月日:2024年4月26日
  • ウェブサイト:https://www.vox.com/future-perfect/24140581/francesca-gino-research-fraud-dishonesty-meta-science
  • 著者の紹介:ケルシー・パイパー(Kelsey Piper、写真出典、経歴出典)。Kelsey Piper(@KelseyTuoc)/ X
  • 学歴:2016年に米国のスタンフォード大学(Stanford University)で学士号(計算言語学)取得
  • 分野:科学ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:ボックス社の上級記者(Senior writer at Vox’s Future Perfect)

●【論文内容】

★ジーノ事件

研究者が発表した論文にねつ造・改ざん疑惑が生じると、重要だが悲惨な作業が始まる。

つまり、その研究者の出版した全論文を対象にねつ造・改ざんの調査が始まるのだ。

ハーバード大学・教授で心理学者のフランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)は、昨年(2023年)秋、4報の論文に不正なデータがあると告発され、休職処分を受けた。

その後、彼女の論文の共著者たちは、出版した全論文を精査する作業を開始した。

ジーノは多作な研究者で、現在138本の論文のデータが疑問視されている。

共著者は全部で143人以上もいたので、誰がどのデータを扱っていたのかを特定するのは簡単ではない。

それで、共著者のうちの6人がプロジェクト「多数共著者プロジェクト(Many Co-Authors Project)」を組んで調査をはじめた。

誰がどのデータをどのように収集し、誰がその元データを保管しているのかを体系的に調査し、公開し始めた。

調査グループは、ジーノが告発者全員を裁判に訴えたことにも、ジーノが「多数共著者プロジェクト(Many Co-Authors Project)」は不公平だと非難したことにもめげなかった。

彼らの調査は、どのようなデータ操作や誤りが、共著者の厳しい監視と査読をすり抜けたのかの知見を提供し、現在の研究システムに独自の方法で広範な問題を提起している。

この調査グループの調査によると、ジーノのデータ操作は、すでに撤回された4論文だけではなかった。

例えば、その4論文に含まれていない「2019年のJournal of Experimental Psychology: General」論文でもデータ操作が見つかった。

その論文では、ジーノの心理学実験に参加した多くの人が主催者の指示に従わなかったという理由でデータから外されていた。

しかし、その内実は、外された参加者の大多数は、ジーノの仮説に合わない結果になった実験参加者だった。つまり、主催者の指示に従わなかったという理由付けで、ジーノに都合の悪いデータを除く、という改ざんがされていたのである。

とはいえ、2019年の論文のように、データが入手可能だった論文は例外的である。

ほとんどの論文は、元データを入手できないため、データ操作が行われたかどうかを判定できない。

それに、不正な論文と指摘された場合、共著者は、風評被害で自分の名前が傷つくのではないかと心配する。だから、論文データを精査する活動に参加したがらない。

組織的な不正行為の場合、透明性が唯一の解決の手段となる。

データ操作を見つけても、かなり真剣に対処しなければ、知の構築に与えた害を取り消せない。

論文が撤回されても、その撤回論文の結果は正しかったという前提で、さらに研究を進めた研究結果が発表される。

そして、それらの研究結果は訂正されない。それどころか、欠陥のある研究の上に更に新しい知が構築される。

★体系的な対策

研究不正に対して、もっと体系的な対策を講じる必要がある。

論文に記載された研究が実際に行なわれたのか、ねつ造されたのかを、世界中の研究者が調べるという話は、尊敬できる行為ではあるが、同時に腹立たしく思う。

ナゼ、腹立たしく思うのか?

多くの研究者が何十年も研究不正で告発されているのに、学術界はどうして、研究不正をシステマティックに見つけるプロセスを構築しないのか?

他の研究者が論文のミスや不正を発見できるように、どうして、必要なデータを見られる状況にしないのか?

「共著者の誰がそのデータを提供したのか」や「誰がどのように生データにアクセスできるのか」などの基本情報を、どうして、論文に記載しないのか?

ジーノは、すべての研究者と同じように、真理探究に興味があり、研究し、論文を発表していた。それなのに、どうして、ジーノの論文だけを特別に監査するのか? と、ジーノは「多数共著者プロジェクト(Many Co-Authors Project)」に対して不平を述べている。  → Reactions to the MCAP — Francesca v Harvard

ジーノに焦点を絞っているのにはそれなりの理由があるが、ジーノ論文の共著者たちが、「多数共著者プロジェクト(Many Co-Authors Project)」でジーノの論文を精査するという事態は、学術システムが壊れている兆候を示している。

研究者に研究不正の疑いをかけられた時、大学は、その研究者が不正をしたかどうかを調査し、クロなら処罰している。

しかし、どの大学も、その不正論文が学術文献体系に与えた影響を調査し修正する責任があるとは考えていない。

2023年、リチャード・ヴァン・ノールデン(Richard Van Noorden、写真出典)は、ネイチャー誌で、日本人の佐藤能啓(さとう よしひろ、Yoshihiro Sato、弘前大学)が犯したデータねつ造論文の影響を述べている。 → 2023年7月18日記事(閲覧有料):Medicine is plagued by untrustworthy clinical trials. How many studies are faked or flawed?

2016年に亡くなった佐藤能啓は、骨折を予防する薬やサプリメントの臨床試験でデータをねつ造し、113報の論文が撤回された(白楽注、現在は122報)。

では、佐藤能啓の撤回論文を土台にした他の研究者の論文はどうなったのか? 実は、ほとんどの論文は撤回されていない。

佐藤能啓の論文は、この分野に大きな影響を与えてきた。

佐藤能啓の撤回したRCT(ランダム化比較試験)論文のうちの27論文が88報の総説と臨床ガイドラインで引用されている。

そのうちのいくつかは、日本が推奨する骨粗鬆症の治療法に使われていた。

佐藤能啓の撤回論文を除外していれば、骨粗鬆症の治療法の一部は変わっていただろう、とリチャード・ヴァン・ノールデンは指摘している。

つまり、おかしな現実は以下のようだ。

学術誌は、論文を撤回する際、その論文を引用した別の論文の結論の妥当性を調査していない。また、同じ著者が出版した他の論文に研究不正がないかどうかも調査していない。これらを調査する責任があると、そもそも考えていない。

ジーノ事件では、ハーバード大学は、このような調査もする責任があるとは考えていなかった。

ジーノ事件では、共著者たちは、自分がこの責任を負っていると考えた。しかし、そうでない場合が圧倒的に多い。

研究はそれまでの過去の研究の上に成り立っている。過去の研究にデータねつ造があれば、その上に構築している学問体系は狂ってくる。研究不正論文の影響を取り除かなければ、学術システムは崩壊していく。

学術界(学術誌・大学・研究者など)は、そのことを認めている。

研究不正は学術システムに内在しているのに、しかし、同時に、学術界は、研究不正を学術システムとは切り離し、別の問題のように扱っている。これはおかしい。

★改革

改革のための簡単な原則を述べたい。

私(著者のケルシー・パイパー)は、以前、研究不正についてもっと多くのことをすべきだと書いた。 → 2024年3月1日、著者のケルシー・パイパーの記事:Fake cancer research and scientific fraud allegations hit the Dana-Farber Cancer Institute – Vox

研究者がデータを操作したと証明された場合、その研究者の全論文のネカト調査をし、必要に応じて論文を撤回させるなどは最低ラインで、このハードルは低い。

しかし、この低いハードルでさえ、たまたま、ネカトに気づいた人々が無報酬で調べ告発しているのが現実である。それなのに、時には、告発した人たちが裁判で訴えられる。

研究不正に対して、次のような、もっと根本的な対策をすべきである。

どの共著者がどのデータを担当し、誰がどのように生データにアクセスできるかについての情報を、論文投稿に必要な情報として投稿者に課す。その要求を投稿規定に示す。

この情報は、論文のデータを評価するのに重要である。

しかも、学術誌がこの情報を要求するのは簡単である。

そうすれば、「多数共著者プロジェクト(Many Co-Authors Project)」のようなプロジェクトは必要なく、彼らが収集しようとしているデータは既に論文に提示され、読者は誰でも利用できる。

医学分野などでの研究不正では、人々の生命が危険にさらされている。

政府、非営利団体、関心を持つ国民は、ネカト論文がこれ以上学術システムを汚染しないように、研究不正を調査・公表している組織・機関・個人に金銭的援助をすることで、この活動を支援できる。

★反スラップ法(SLAPP)

反スラップ法(SLAPP)は、学術上の正当な批判する人々を保護することができる。 → 2023年8月9日、著者のケルシー・パイパーの記事:Francesca Gino’s data fraud case and lawsuit against Harvard, explained – Vox

ジーノは、彼女を批判した人たちを被告に民事裁判を起こしている。

批判者は面倒な訴訟に巻き込まれることや、万一、高額な賠償金の支払いが科されることを恐れ、ジーノの他の論文の精査に戸惑っている。

しかし、ジーノが裁判に訴えることができたのは、ジーノがマサチューセッツ州に住んでいたからに過ぎない。

米国の一部の州では、いわゆる反スラップ(SLAPP)条項*(下記白楽注)が、言論を抑圧する目的の訴訟を迅速に却下するのに役立っている。

白楽注:反スラップ(SLAPP)条項*
スラップ(英: SLAPP、strategic lawsuit against public participation)とは、訴訟の形態の一つである。金銭的余裕のある側が、裁判費用・時間消費・肉体的精神的疲労などを相手に負わせることを目的とし、最終的に敗訴・棄却されるであろう事例に「名誉毀損」と主張する加罰的・報復的訴訟を指す。特に金銭さえあれば裁判が容易に起こせる民事訴訟において行われる。批判的言論威嚇目的訴訟などとも訳される。なお、アメリカの一部の州では後述のように原告側へ「スラップ」ではないことの立証責任を課したり、スラップ提起そのものを禁止している[1][2][3][4][5][6][7]。スラップ訴訟、口封じ訴訟[8][9]、威圧訴訟とも言われる[10]。(スラップ – Wikipedia

ジーノの物語は、マサチューセッツ州の反スラップ法が非常に弱く、ジーノの研究論文を訂正する作業は、その訴訟の脅威の下で行なわれている。

スラップ(SLAPP)に対する保護が強い州だったら、ジーノは批判者を黙らせるのではなく、同僚に自分の研究が公正であることを主張しなければならない。

皮肉なことに、ジーノの研究不正とそれを取り巻く論争は、研究不正と戦う方法について、後世に残るような重要な点を私たちに示唆している。

●7.【白楽の感想】

《1》根本的な改革 

ケルシー・パイパー(Kelsey Piper)は、フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)のネカト事件を深く掘り下げることで、研究不正の対処側の問題点をあぶりだしている。

白楽は、なかなか優れていると思った。

白楽ブログでは、現役を退いた白楽が外国の研究不正を調べ、自分なりに、日本の問題点を指摘している。

パイパーの思いと同じように、また、コロンビア大学のアンドリュー・ゲルマン教授(Andrew Gelman)**、の指摘のように、どうして、日本の学術界の中心的な人たちや大学・研究所の上層部が、研究不正の解決に正面から取り組まないのか、白楽は長いこと不思議に思っている。

**コロンビア大学のアンドリュー・ゲルマン教授(Andrew Gelman) → 7-152 ウソつき政治家とデタラメ研究者 | 白楽の研究者倫理

日本の学術界、そして大学・研究所は、世界をリードしている分野もある(そうでない分野は多いが・・・)。

しかも、「日本は研究不正大国」と言われて久しい。

日本の学術界、そして大学・研究所は、研究不正に正面から対処すべきだと思うが、小手先のイベントを開催する程度で、まともに取り組んでいない。

文部科学省と大学・研究所は、ネカトが発覚した時の調査と処罰など、事後の対処法のルールを設けている。公正研究推進協会(APRIN)は研究倫理の研修をしている。

しかし、パイパーが指摘しているような、ネカト対策の根本的な改革に、文部科学省、日本学術会議、大学・研究所は取り組んでいないし、議論もしていない。

根本的な改革の議論をし、施策をまとめ、実行すべきだと思う。

ケルシー・パイパー(Kelsey Piper):https://soundcloud.com/80000-hours/kelsey-piper-important-advocacy-in-journalism

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の論文ではありません。

●9.【コメント】

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フォスター
フォスター
2024年7月21日 7:56 PM

JST(科学技術振興機構)がYoutubeに「倫理の空白」なる研究不正に関する動画をアップロードしていますが、視聴回数は数千回程度です。

動画再生数だけで物事を語ってはいけない事は承知の上ですが、数十万人といる日本の研究者が「研究倫理」を軽んじている事を示す事例の一つになるのではないでしょうか?
多額の税金で作られている動画であるのに、これでは納税者もたまったものではありません。

私は、日本あるいは世界の学術の限界がここにあるのではないか、と考えております。
つまり、研究者自身が研究倫理を軽んじており、『研究倫理教育では不正を防止することは出来ない』のは暗黙の事実であるとも考えられます。
そうなると、法による罰則強化も必要ではないかと思います。
(当然、反対する研究者は多いと思いますが)

Minami
Minami
2024年7月20日 9:25 AM

日本で、研究不正が隠蔽されにくくするためのアイディアを、一つ提案します。日本学術振興会の研究不正目安箱が機能していません。私が、研究不正目安箱に、「この学者は研究不正をしていますから、科学研究費の交付をストップしてください」というメールを送っても、日本学術振興会はちゃんとメールを読んでいるのか、読んでいないのか、疑惑の研究者に、科学研究費を交付し続けてしまいます。
いんちきをやる研究者に、科学研究費を交付し続けると、またいんちきをしますので、研究費をあげるだけ無駄です。それどころか、人身被害が出たりします。患者が死んだり、病気になったりします。社会保障費が増えるわけです。なので、研究不正があったら、問題の研究者に研究費を与えるのは、ストップするべきです。
私は一度、バスに乗って、日本学術振興会に、行ったことがあります。ビルの上のほうにあるのですが、すごく閉鎖的で、インターフォンを鳴らすと中から女性が出てくるという感じでした。応対してもらうのも、すごく大変です。中にひきこもっていて、外に出てこないのです。どうも、学術関係者だけでやっていて、風通しが悪そうでした。
なので、日本学術振興会には、第三者委員会を作るべきです。日本学術会議の研究不正目安箱に寄せられたメールは、学術関係者に読ませても、もみけしてしまうので、外部弁護士や科学に問題意識のある市民が読んで、研究不正をどんどん摘発していく仕組みにすべきだと思います。科学に関心がある市民は、例えば、高木仁三郎市民科学基金等の周辺にいます。