2024年2月23日掲載
白楽の意図:米国・研究公正局の規則改訂案が「2023年10月の連邦官報」論文として公表された。従来規則との変更点に対する賛否両論をジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis)が解説した「2023年11月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。
本記事は白楽ブログの1200本目の記事です。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.「2023年10月の連邦官報」論文
3.マーヴィスの「2023年11月のScience」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●1.【日本語の予備解説】
★1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理
★7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理
★7-140 米国・研究公正局の規則改訂:その1 | 白楽の研究者倫理
●2.【「2023年10月の連邦官報」論文】
★土台になる論文
- 論文名:Public Health Service Policies on Research Misconduct
日本語訳:研究不正行為に関する公衆衛生局の方針 - 著者:
- 掲載誌・巻・ページ:Federal Register, 88 FR 69583, 69583-69604 (22 pages)
- 発行年月日:2023年10月6日
- ウェブサイト:https://www.federalregister.gov/documents/2023/10/06/2023-21746/public-health-service-policies-on-research-misconduct
- 著者の紹介:連邦官報の文書なので、著者紹介なし
●3.【マーヴィスの「2023年11月のScience」論文】
★読んだ論文
- 論文名:Proposed changes to rules for policing fraud in U.S.-funded biomedical research draw a mixed response
日本語訳:米国資金による生物医学研究の不正取り締まり規則変更案は賛否両論 - 著者:Jeffrey Mervis
- 掲載誌・巻・ページ:Science
- 発行年月日:2023年11月28日
- ウェブサイト:https://www.science.org/content/article/proposed-changes-rules-policing-fraud-u-s-funded-biomedical-research-draw-mixed
- 著者の紹介:ジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis、写真出典:本論文)。1993年Science誌に入社したベテラン記者。学歴は不明。
●【論文内容】
★1.はじめに
米国の生命科学・医学研究は、NIHの研究助成に大きく支えられている。NIHは健康福祉省 (HHS:Department of Health and Human Services )傘下の公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の下部組織である。
大学、研究所、大学付属病院、医科大学院、病院、医療システムなど、さまざまな研究機関の生命科学・医学研究は公衆衛生庁の資金提供を受けている。
NIHから研究助成を受ける(た)研究にネカト疑惑があれば、当該研究機関が対処するが、政府としては研究公正局(Office of Research Integrity (ORI))が対処することになっている。
科学庁(NSF)など他の省庁では、ネカト疑惑の調査は、省庁内の独立した監視機関である監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)が行なっている。
研究公正局の現行規則は2005年に制定された連邦規則(Code of Federal Regulations)「42 CFR parts 93」である。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理
コマッタことだが、米国の学術界のデータねつ造・改ざんなど(研究上の不正行為)に対する告発が増えている。
2022年8月29日、研究公正局は、2005年以来更新されていない研究不正規則の改訂に動き出した。
1年2か月後の2023年10月5日、規則改訂の変更案を公表した。この案には、研究機関のネカト対処に大きな影響を与える変更も含まれている。
研究公正局(ORI)のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity、写真出典)は、改訂案は、ネカト調査で疑惑者の無罪・有罪の判断を明確にできるようにし、「透明性、効率性、公平性(transparency, efficiency, and equity)」を向上することが目標だと述べている。
2023年10月6日、研究公正局は、これらの変更案を含む「規則制定案通知(NPRM)」(Notice of proposed rulemaking (NPRM))を発行した。コメントの締め切りは2024年1月4日。 → 規則制定案通知(NPRM)
★2. 賛否両論
約20年ぶりの規則の改訂は、賛否両論を呼んでいる。
改訂案では、告発されたネカト疑惑を調査するかどうか大学が決めなければならない日数が短くなる。関連資料・記録を現行より多く保持・管理する義務が大学に生じる。大学が初期段階で「誠実な誤り(honest error)」として告発を解決済にするのを禁止する。
同時に、今回の改訂案は、現行の不正行為の定義を維持し、有罪と認定した時、有罪者が上訴するプロセスを合理化している。
大学関係者らは、改訂案にプラス面もあればマイナス面もあるとみている。
グレーゾーンだった部分を明確にするプラス面がある反面、過度に規範的なので、効率が悪いというマイナス面がある。
オハイオ州立大学の研究公正責任者のジュリア・ベーンフェルト(Julia Behnfeldt、写真出典)は、「評価は複雑です。研究公正局が実施してきたことの多くを、私は好感を持って受け止めてきました。しかし、研究公正局は迅速でなければ効率的でもないので、大学の負担が増えると思います」と指摘した。
★3. 研究不正の範囲を拡大しない
連邦政府の研究政策を監視する政府関係評議会(Council on Governmental Relations、主要な研究大学を代表する組織)のクリス・ウェスト(Kris West、写真出典)は、「学術界・学術出版の研究公正に関するあらゆる問題を研究公正局に対処してもらおうという考えは間違いです」、と言う。
著者在順の争いは研究上の不正行為の争いだから、研究公正局は著者在順での不正にも対応すべきだと主張する人たちがいる。
しかし、改訂案では、研究不正に関する現在の定義を拡大しない。自己盗用と著者在順不正を研究不正行為としていない。
改訂案では、研究者の性不正(セクハラなど)行為も調査対象に取り入れなかった。
ギャリティ局長によれば、研究公正局は毎年寄せられる約150件の告発への対応で手一杯だという。それに、セクハラ事件、また、米国政府が助成した研究が外国と不当に結びついている事件は、健康福祉省 (HHS)傘下の他の部署が監視しているので、そちらに任せたい、とのことだ。
ほとんどの大学管理者は現行の不正行為の定義を拡大しないことに満足しているようで、もしこれらの行為(自己盗用、著者在順不正、性不正)の調査を研究公正局の任務に加えた場合、研究公正局のスタッフが過労に陥ると懸念している。
★4. 告発への初期対応
調査の実施方法は物議を醸している。
変更案では、申し立て(告発)に対する大学・研究所の初期の対応を「評価(assessment)」と「予備調査(inquiry)」の2段階に分けている。
最初の段階の「評価(assessment)」で告発に対する対処方針を30日以内に決める必要がある。
もし、「評価(assessment)」期間の30日で決められない場合、最初の段階の「評価(assessment)」から自動的に2番目の段階の「予備調査(inquiry)」に入る。
また、大学・研究所は、最初の段階の「評価(assessment)」と2番目の段階の「予備調査(inquiry)」で「誠実な間違い(honest error)」を理由に、告発を却下できないとした。
「誠実な間違い(honest error)」という結論は、第3段階である「本調査(investigation)」でのみ可能とした。
「誠実な間違い(honest error)」の件は、大学・研究所が「誠実な間違い(honest error)」を理由に安易に調査を終えることが多かった点が1つある。
さらに述べると、「誠実な間違い(honest error)」を理由に告発を安易に却下することで、大学・研究所はたくさんのネカト行為を隠蔽してきたからである。それを防ぐための措置として、この変更を行なうとギャリティ局長は述べている。
しかし、大学管理者らは、この措置は効率の向上という研究公正局の公言する目標に反すると主張している。
クリス・ウェストは、最初の段階の「評価(assessment)」の期限が30日としている意味は、研究公正局 が「明らかに、この作業を迅速にしてもらいたいと考えているからです。しかし、同時に、「誠実な間違い(honest error)」がハッキリしている場合、告発をすぐに終わらせられるのに、とにかく本調査をしなければならないのは、矛盾している気もします」と指摘した。
★5. 記録管理の強化
大学・研究所は、人々が安心して告発できるよう取り組んできた。しかし、告発者の証言を記録する速記者を同席させたり、すべての証拠にラベルを貼ったりするなど、記録管理を強化すると、告発者は怖がって、告発を思いとどまるのではないかとクリス・ウェストは懸念している。
ギャリティ局長は、速記者の導入は適切にネカト調査をするのを保証するためで、「告発者や関係者と面接している間、研究公正責任者はメモを取らずに、会話に集中してもらいたいためです」と説明した。
正式な記録保持は、告発者を保護することにもなると、ギャリティ局長は付け加えた。
今まで大学・研究所は、ネカト調査をする際、「告発者や関係者が尋問されているときに被告発本人を部屋に入れたり、被告発本人が告発者や関係者に質問するの許可していたという話も聞いたことがあります。これでは告発者や関係者が正直に証言しなくなります。そのようなことがないよう告発者や関係者の証言を記録する速記者を同席させるのです」とギャリティ局長は言う。
ギャリティ局長はまた、ネカト疑惑者が不正行為の発見に対して異議を申し立てる行政不服審査(Departmental Appeals Board)というプロセスを簡素化する変更もすると述べている。
「現在、ネカト疑惑者が行政不服審査に訴えると、行政法判事(ALJ:Departmental Appeals Board Administrative Law Judge)が、研究公正局とネカト疑惑者が提出した証拠に基づいて、研究公正局の所見を新たに審査する。これは、一連の記録を新たに作成することになります。苦労して訴訟を積み上げてきた機関にとって非常にもどかしいプロセスでした。今後、行政法判事(ALJ)は同機関が収集し、研究公正局が審査した行政記録を再利用できるようになります。それは大きな改善です」とギャリティ局長。
★6. 公開する情報
変更案では、研究公正局がネカト者をクロと判定しない場合でも、研究公正局は大学・研究所が行なったネカト調査と懲戒処分を公表するとしている。このことに、研究界は懐疑的である。
研究公正局のこの権限の拡大は、「国民の健康と安全を保護するため、また、公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))が支援する研究の研究公正を促進するため、さらには、公的資金を節約するため」だと説明している。
但し、研究不正行為で有罪とした研究者の名前(その他の識別情報)は公表しない。
クリス・ウェストとベーンフェルトは、研究公正局が公表する情報には読者が不正者を特定できる情報が含まれる可能性があり、シロと結論された研究者、その共著者、研究協力者の評判に傷がつく可能性があると懸念した。
ベーンフェルトは、この公表は研究公正局の行き過ぎだ、と批判した。クリス・ウェストはさらに、研究公正局が実施していない調査結果を研究公正局が公表するのはいかがなものか、と述べた。
研究公正局は研究不正を調査するだけではない。ギャリティ局長は、責任ある研究実施(RCR)についての教育を研究者に施し、何が優れた研究なのかについて国民を教育するという業務が、研究公正局の優先事項だと述べている。
しかし、「規則制定案通知(NPRM)」はネカト行為の調査のみを議論していて、責任ある研究実施(RCR)の教育・普及に関する積極的な措置については何も記載されていない。
研究公正を研究するミシガン大学のニコラス・ステネック・名誉教授(Nicholas Steneck、写真出典)は、今回の「規則制定案通知(NPRM)」では、研究実施(RCR)の教育・普及を改善する折角の機会を逃したと批判した。
ステネック・名誉教授は、「現在は、研究者の誠実さに疑問を抱く国民は非常に多い。気候変動やワクチン接種の義務化、その他の科学に基づいた政策問題をめぐり、重要な政治闘争がたくさん起こっている。国民の科学への信頼を維持したいのであれば、責任ある研究実施(RCR)の教育・普及がもっと多く必要です。研究公正局にはその活動をサポートする資源がもっとあることを願います」と述べた。
●7.【白楽の感想】
《1》ガッカリ
2023年に提案された研究公正局の改善案の多くは、従来から指摘されていた問題の内、軽微な点を修正し、成文化するという作業だった。
つまり、既存の非公式慣行を成文化しただけだ。前進ではあるけれど、その進み方は小さい。
ある意味、甘い対処をしている大学・研究機関の甘さに規則を合わせたのだ。
研究ネカトを大きく減らす意志を感じされない。
ネカトを「ゼロ」にはできないけれど、シンガポール・ナショナル大学のように方針として「ゼロ・トレランス方式 – Wikipedia(zero-tolerance policing)」にして欲しかった。少なくとも、その意志をもって改革して欲しかった。
で、白楽は、ガッカリである。
また、2005年以降、研究不正は「ねつ造・改ざん・盗用」だけではなく、もっと多様である。それらを取り締まり、予防する意識も、この変更案にはない。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【コメント】
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