2016年12月5日掲載。
ワンポイント:【長文注意】。研究ネカトは「不適切だが違法ではない」とされてきた。しかし、ズルして論文を発表し、職・地位・研究費・名声を得る行為で、本来なら採用・昇進・採択・受賞する人の機会を奪う。多額の研究費(1件で数億円など)を無駄にし、多数の人に健康被害(含・死亡)をもたらす。学術界は聖域でも治外法権でもない。研究ネカトを犯罪とみなし、警察が捜査し、クロなら刑罰(懲役、禁錮、罰金、拘留、没収)を科すべきだ。法制度・社会制度の改革を望む。白楽は今まで、日本に研究公正局を設置するよう主張していたが、もういい。警察が捜査すればいい。
【追記】
・2017年5月25日記事:研究不正を犯罪行為とみなすべきか? | エディテージ・インサイト
・2017年6月2日記事:Should scientific misconduct be a crime? | Times Higher Education (THE)
・2013年7月13日の「世界変動展望」記事は、学術警察を作るべきだとすでに述べていた:設置すべきは米国ORIのような機関ではなく、どんな分野も客観的、積極的、強制的に調査できる第三者機関 – 世界変動展望
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.ネカトで刑事罰の例
3.刑事罰を主張する意見
4.刑事罰に反対の意見
5.研究ネカト罪
6.白楽の感想
7.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
写真出典:http://www.quesadalaw.com/practice-areas/fraud-crimes/
日本では、研究ネカトは「不適切だが違法ではない」とされてきた。数十億円の研究費を使った研究で、データねつ造論文を10報発表し、ねつ造論文を信じた治療で500人が死亡しても、最悪、大学を解雇されるだけである。
論文は撤回されるが、逮捕され刑務所に拘留されることはない。罰金もない。博士号ははく奪されない。医師免許もはく奪されない。学会も除名されない(多分)。
しかし、米国では逮捕され、刑務所に拘留され、罰金が科された研究者がでてきた。デンマークやオーストラリアでも逮捕され有罪判決が出た。
研究ネカトは、データねつ造・改ざんや論文の盗用で、他人をだまして、論文を発表し、職・地位・研究費・名声を得る行為である。
本来なら採用・昇進・採択・受賞する人の機会を奪っている。
ネカト論文に基づいて研究を行なうと、研究結果が再現できず、多額の研究費(1件で数億円など)が無駄になる。さらには、多数の人に健康被害(含・死亡)をもたらす。
研究ネカトは他人を意図的にだまし、害を及ぼす。それなのに、研究ネカトに対して「不適切だが違法ではない」とされている。学術界は聖域ではない、治外法権でもない。おかしいではないか?
研究ネカトを犯罪とみなし、ネカト者に、刑事罰(懲役、禁錮、罰金、拘留、没収)を科すべきだ。
白楽は、日本版の研究公正局の設置をすべきだと今まで主張してきたが、意見を変える。日本版・研究公正局はいらない。研究ネカトを犯罪と見なし、警察が捜査すればいい。警察が捜査するシステムに変えてもらいたい。
警察に研究ネカトを捜査できる組織を設け、人材を確保し、日本全国の研究ネカトを捜査する。そういう社会システム・法制度に変える。
●2.【ネカトで刑事罰の例】
刑事罰を科された世界の研究ネカト者を以下の記事でまとめた。なお、日本は研究ネカト全般に対して処分が甘いこともあり、刑事罰が科された例はない。
→ 研究ネカトで投獄や裁判 | 研究倫理(研究ネカト)
ネカトに刑事罰を科すのは、世界的にまだまだ少数だが、印象として、徐々に増えている。
ドンピョウ・ハン事件は、刑事罰の例として、何かと話題に取り上げられている。
→ ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米)。
2015年7月1日、米国のアイオワ州立大学のドンピョウ・ハンはエイズウイルスのデータねつ造で、4年9か月の実刑、罰金720万ドル(約8億6千万円)、刑期終了後の3年間の保護観察が科されたのである。
●3.【刑事罰を主張する意見】
刑事罰を科すべきだと主張する人はたくさんいる。いくつかの文章を示す。
★2013年12月4日: 「Nature」誌・編集委員の記事:「警察を呼べ!(Call the cops)」「悪質な科学的不正行為には、法的な捜査・究明の手が伸びるのもやむを得ない(Nature日本語版の訳http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/toc/504/7478/)。」
出典 → Call the cops : Nature News & Comment(保存版)
イタリアのフスコ事件を中心に、警察が研究ネカトの捜査をすることに好意的な意見を展開している。
→ アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)(イタリア)
2016年、イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学・医学部・教授のがん研究者・アルフレド・フスコ(Alfredo Fusco)の論文が9報撤回された。論文中の画像を改ざんしていたのだ。
その4年前の2012年、フスコのネカトに気付いた文献サービス業のエンリコ・ブッチ(Enrico Bucci)が、フスコの所属するフェデリコ2世・ナポリ大学に通報するかわりに、警察に通報した。イタリアの大学には研究ネカト疑惑に対処する手順が確立していなかったので、大学に通報しないで、警察に通報したそうだ。
通報を受けた警察は、専門的な調査を、慎重に、詳細に、徹底的に行なったそうだ。
もちろん、気まぐれに告発され、研究者が逮捕されては困るけど、フスコ事件をみると、警察は、研究ネカトの調査に、大学・研究所の調査委員会と同じくらいのプロフェッショナル振りを発揮した。
警察は、コンピュータと実験ノートなどの証拠を差し押さえる捜査権があるので、大学・研究所の調査よりも、早くかつ効果的に調査が進展する。一方、多くのネカト事件でハッキリしているように、大学・研究所が行なう調査は、被疑者が証拠の提出を拒むために、しばしば、イライラさせられるほど調査が不十分で遅いのが実情だ。
とはいえ、警察がネカト調査することへの反発は大きい。その最大の理由は、研究者以外は研究内容を的確に理解できないというものだ。
本当に理解できないだろうか?
ウェスタン・ブロットとは何か、どうしてその画像を改ざんするのかは、研究者でない素人には理解困難な領域だと主張する人たちがいる。
しかし、同じように理解困難な領域に見える国際的な金融犯罪やコンピュータ犯罪を、現代の警察はルーチンに捜査している。金犯罪融とコンピュータ犯罪を捜査できるなら、研究ネカト犯罪も同じように捜査できるはずだ。
大学・研究機関の調査とは異なり、警察は捜査というものを知っている。また、大学・研究機関ではない組織が捜査することには利点がある。大学・研究機関は、所属する研究者にシロ・クロの判定をするときには利益相反という構造的脅威がある。警察は外部組織なので、捜査し結論を下す時に利益相反はない。捜査はバイアスなしに公正に行なうことができる。
★2015年10月24日: ドーン・パップル(Dawn Papple)の「研究者が詐欺を働いたとき それは、単なる研究ネカトなのか? 詐欺という刑事犯罪にすべきではないのか? (When Scientists Commit Fraud, It’s ‘Scientific Misconduct’ ? Should It Be Criminal Fraud?)」
出典 → When Scientists Commit Fraud, It’s ‘Scientific Misconduct’ – Should It Be Criminal Fraud?(保存版)
カナダのトロント子供病院(Hospital for Sick Children in Toronto)・子供健康センターのズルフィカー・ブッタ所長(Zulfiqar Bhutta)は次のように述べている。
「もしあなたが銀行家で、顧客をだましてお金を詐取すれば、あなたは刑務所に行くことになる。同じように、もし研究者がデータや研究結果をねつ造・改ざんし、納税者をだまし、研究費を詐取すれば、銀行家の犯罪と何ら変わらない」。
「研究ネカトが犯罪として扱われると、科学は萎縮してしまう」と否定的な人もいる。この議論は、科学者が故意の詐欺なのか、無能で不注意で単なる間違いなのかを区別するのが難しいという主張と表裏でもある。この主張をする人たちは、警察より学術界の方が、研究ネカトの調査能力が優れているとも主張する。
ズルフィカー・ブッタは上記の主張に否定する。また、次の点を利点に挙げている。
「ほとんどの大学・研究機関は、研究助成に影響する研究ネカト(者)を公表・公開するのを望まない。大学・研究機関は、研究ネカトを消化できる強い胃袋を持っていない。だからこそ、刑事訴訟などで刑事罰を科すことを、ネカト抑止方法の1つに追加すべきだ」。
カナダの政府機関である「責任ある研究遂行」責任者のスーザン・ツィンマーマン(Susan Zimmerman)は、「私達は、公的な記録が正確で信頼できることを望みます。もしあなたがそうしていないならば、私達は、あなたの行為を修正することを望みます。あなたが、研究費申請書に虚偽の記述をしていないか、助成研究費の管理を間違えていないか、無能・怠惰・無知なために正確な生データを得られないのではないか、という点を注視しています」と述べている。
数年前、英国・レスター大学のインフルエンザワクチンの研究者・イアン・スティーブンソン(Iain Stephenson)が看護士に不正のサインを頼み、同僚のサインを偽造した事件があった。スティーブンソンは自分の臨床研究の患者リストに自分自身も偽名で登録していた。疑念を持たれたスティーブンソンは、なんと、元の記録を破壊した。
そして、彼は過重労働でストレスが溜まっていたので、研究ネカトをしたと主張した。
スティーブンソンの行為は「間違い」ではなく、意図的な不正をしたにもかかわらず、レスター大学は、なんと、スティーブンソンにわづか4か月間の停職処分を科しただけだった。
研究者が刑事訴追されるのは珍しいが、最近、米国のアイオワ大学の生物医学者・ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)が訴追された。結局、エイズ・ワクチンのデータねつ造・改ざんで57か月の刑務所刑と720万ドル(約7億2千万)の罰金が言い渡されたのである。
★2015年9月28日: リチャード・スミス(Richard Smith)の「フォルクスワーゲンの社員を刑事罰に科すなら、研究ネカト者も刑事罰に科すべきだ(If Volkswagen staff can be criminally charged so should fraudulent scientists)」
出典 → BMJ Blogs: The BMJ » Blog Archive » Richard Smith: If Volkswagen staff can be criminally charged so should fraudulent scientists(保存版)
1991-2004年の13年間、学術誌「British Medical Journal」の編集長だったリチャード・スミス(Richard Smith、写真出典同)は、研究ネカトは犯罪と考えるべきだと述べている。
物品を盗めば犯罪である。ところが、データをねつ造し、資金提供者から研究費を詐取し、人々に健康被害をもたらすねつ造データを論文に出版しても、犯罪ではなく、研究者は刑事罰を問われない。
フォルクスワーゲンのスタッフが排出ガス試験のデータ操作をすれば犯罪として起訴されるのに、どうして、科学者がデータ操作しても犯罪として起訴されないのだ。
第一、研究ネカトは、刑事犯罪である金融詐欺と何ら違わない。資金(しばしば公金)が誤用されている。
第二、大学は調査遂行と証拠収集が苦手である。一方、警察にとって調査遂行と証拠収集は日常的な業務である。
第三、大学・研究機関は自分の組織に所属する研究者をネカト者と決断する時、苦しい利益相反に直面する。そして、しばしば調査に失敗し、不適切は処罰を下し、論文を修正するのに失敗してきた。
状況がようやく変わりつつある。
2015年7月、アイオワ州立大学のドンピョウ・ハンはエイズウイルスのデータねつ造で、4年9か月の実刑、罰金720万ドル(約8億6千万円)、刑期終了後の3年間の保護観察が科された。
→ ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米)改訂 | 研究倫理(研究ネカト)
2013年12月、米国・研究公正局はドンピョウ・ハンがねつ造データを発表し、研究費の申請をしていたと結論し、3年間の締め出し処分を科した。ハンは大学を辞職した。
撤回監視の記事によれば、アイオワ州選出の共和党の上院議員・チャック・グラスリー(Chuck Grassley)は、研究公正局の処置に不満で、2014年6月、ハンを刑事訴追させた。
結局、刑事罰が科されることになった。4年9か月の実刑は、数百万ドル(数億円)の研究費の無駄と、人々に無効なワクチンを接種することになったかもしれないデータねつ造の罪に対して、不釣り合いではないだろう。
私(リチャード・スミス)が対応したベズウォーダ事件を述べよう。
→ ウェルナー・ベズウォーダ (Werner Bezwoda)(南アフリカ共和国) | 研究倫理(研究ネカト)
ウェルナー・ベズウォーダ(Bezwoda, Werner) は南アフリカのヨハネスブルグにあるウィットウォーターズラント大学・教授・医師で、専門は乳癌外科だった。
ベズウォーダは、乳癌患者への高用量化学療法+骨髄移植法の先駆的な研究者だった。高用量化学療法+骨髄移植法は、抗癌剤の量を増やすことで癌細胞を殺し、一方、副作用で死ぬ白血球を患者の骨髄を使うことで減少を押さえるというものである。
ベズウォーダの成功率は90%という驚異的な高率だったので、患者は、世界中からたくさんやって来た。
1992年に臨床結果を、米国・サンディエゴの学会で発表した。世界の他の研究者の結果に比べ、ダントツに好成績で、4万人以上の患者が、1人20億ドルから40億ドル(between US$2 billion and US$4 billion)の費用で治療を受けた(白楽注:高額すぎるので、billionではなくmillion? 邦貨で約2億円から4億円)。
ベズウォーダの成績が良すぎるので、ランダム化試験のどこかがおかしいと思われた。
結局、複数の米国人研究者がベズウォーダの臨床結果を現場検証するために南アフリカのヨハネスブルグに派遣された。
生存と記録された患者の大多数は退院していたが、実は、終末期病棟に入院するためだった。
多数の患者は何とか文字を読める黒人女性でインフォームド・コンセント記載紙は見つからなかった。ベズウォーダは黒人とほぼ同数の白人女性も治療したと報告していたが、ウィットウォーターズラント大学・倫理委員会は研究結果の記録を保存していなかった。
調査終了後、ベズウォーダはデータねつ造を告白し、大学を辞職し、雲隠れした。論文は撤回され、高用量化学療法+骨髄移植法の治療は停止した。
ところで、この事件で、ベズウォーダはなんらかの刑事罰を受けただろうか?
刑事罰はなにも受けていない。受けたのは不名誉だけである。意図的なデータねつ造で、不当で高額な治療費を得、多数の健康被害を与えたことを考えれば、この事件は明らかに刑事罰が科されるべきケースだ。
悲しいことに、ベズウォーダ事件と同じように言語道断で、刑事罰が科されるべきデータねつ造事件を、私(リチャード・スミス)は一覧表になるほど知っている。
研究者は、同僚が研究で犯罪行為をすると考えるだけでもひどく不愉快だろうが、研究者であろうが、誰であろうが、法律を越えることはできない。
★2016年8月4日:アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)とアダム・マーカス(Adam Marcus)の「STAT」記事:「研究ネカト者は刑務所行き?(Should scientists who commit fraud serve jail time?)」
出典 → Should scientists who commit fraud serve jail time?(保存版)
●アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky、医学誌の編集長、医師免許所持者、写真右、出典)
●アダム・マーカス(Adam Marcus、医学誌の編集長、写真左、出典)
撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)とアダム・マーカス(Adam Marcus)がアンケート調査を示しながら、警察が研究ネカトの捜査をすることに好意的な意見を展開している。
過去10年間で、研究データのねつ造・改ざんで刑務所送りになった研究者は、米国で3人しかいない。
研究データのねつ造・改ざんは被害者なき犯罪で、社会も法律も、長い間、不正者を鉄格子の中で暮らさせるよりもむしろ、恥辱を与え、学術界から追放する罰の方が良いとみなしてきた。
2015年7月、しかし、アイオワ州立大学のドンピョウ・ハンはエイズウイルスのデータねつ造で、4年9か月の実刑、罰金720万ドル(約8億6千万円)、刑期終了後の3年間の保護観察が科された。
ニューヨーク州立大学オールバニ校(University at Albany)のジャスティン・ピケット(Justin Pickett、写真出典同)とショーン・パトリック・ロッシュ(Sean Patrick Roche)の「2016年のSSRN」論文によると、約1,800人の米国人にアンケートした結果、90パーセントの人はデータねつ造・改ざんは不快であると回答した。望ましい処罰は、大学の要注意人物リストに載せること、政府研究費を申請禁止にすることだったが、それだけで終わらなかった。
→ 「2016年のSSRN」論文: Pickett, Justin Tyler and Roche, Sean Patrick, Public Attitudes toward Data Fraud and Selective Reporting in Science (July 9, 2016). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2807497
→ 撤回監視のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が著者のジャスティン・ピケット(Justin Pickett)にインタビューした2016年7月11日の記事:Vast majority of Americans want to criminalize data fraud, says new study – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
ピケットの「2016年のSSRN」論文は、「犯罪とすべきとする回答者のほとんどは、データねつ造・改ざん者に対して、罰金や執行猶予よりも刑務所での拘置を望んだ。結果は、アメリカ人の半分以上が、データねつ造・改ざん者を有罪とし、かつ、刑務所に拘置する判決を望んだ」と述べている。
撤回監視でも、非公式なアンケート投票をおこなった。その結果(上図、2016年12月1日時点)、回答者312人の81パーセントが、データねつ造・改ざんは刑事犯罪とすべきとしている。
→ 撤回監視の非公式なアンケート投票:Should fraudsters be criminally prosecuted? – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
ピケットとロッシュの「2016年のSSRN」論文では、米国の研究ネカトに対してもっと厳しい意見がある。
回答者のほとんどは、データ-の選択的報告(例えば、自説をサポートしない結果を捨てる行為)も非難している。選択的報告に対して、回答者の1/3は刑事犯罪とすべきだと答えた。大学・研究助成機関は研究費の支給をすべきではないとした。21パーセントは、刑務所刑に匹敵すると答えた。
★2016年11月9日:マリリン・マクメーハン(Marilyn McMahon)の「Conversation」記事:「研究ネカトと戦うにはもっと強硬な措置が必要である(Tougher action needed in the fight against scientific fraud)」
出典 → Tougher action needed in the fight against scientific fraud(保存版)
マリリン・マクメーハン(Marilyn McMahon)はオーストラリアのディーキン大学(Deakin University)・法科大学院の準教授である。
オーストラリアのバーウッド事件を契機に、「2013年のNature」論文や「2015年のリチャード・スミス(Richard Smith)」論文に触れつつ、警察が研究ネカトの捜査をすることに好意的な意見を展開している。詳細は省く。
→ キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)、ブルース・マードック(Bruce Murdoch)(豪) | 研究倫理(研究ネカト)
★2016年4月1日:エイミー・ナット(Amy Ellis Nutt)の「ワシントンポスト」記事:「データねつ造でこの科学者はほぼ刑務所刑(This scientist nearly went to jail for making up data)」
出典 → This scientist nearly went to jail for making up data – The Washington Post(保存版)
米国の主力新聞「ワシントンポスト」が、オーストラリアのマードック事件、アイオワ州立大学のドンピョウ・ハン事件、スコット・ルーベン事件、エリック・ポールマン事件を引き合いに出しながら、「研究ネカトを犯罪とすべき」側の記事を書いている。
- ブルース・マードック(Bruce Murdoch)(豪)
- ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米)。2015年7月1日、刑期は57か月(4年9か月)。
- スコット・ルーベン(Scott S. Reuben)(米)。2010年2月24日、刑期は6か月。世界で2人目
- エリック・ポールマン(Eric Poehlman)(米)。2006年6月28日、刑期は1年1日。刑務所刑は世界で最初。
記事内の読者のアンケートの結果が、特に興味深い。「ねつ造・改ざんデータを出版したら刑務所刑に処すべきか?」の問いに961人の回答者の内、87%が「イエス」と回答している(2016年12月4日現在)。
★2015年10月1日:マイケル・ハジアルグユウ(Michael Hadjiargyrou)の「Journal of Information Ethics」論文:「研究ネカト:悪いと知っていて研究公正に違反する者をどう罰するか?(Scientific Misconduct: How Best to Punish Those Who Consciously Violate Our Profession’s Integrity?)」
出典 →
“Scientific Misconduct: How Best to Punish Those Who Consciously Violate Our Profession’s Integrity?” by Hadjiargyrou, Michael – Journal of Information Ethics, Vol. 24, Issue 2, October 1, 2015 | Online Research Library: Questia(保存版)
マイケル・ハジアルグユウ(Michael Hadjiargyrou、写真同)はニューヨーク工科大学(New York Institute of Technology)・教授で、専門は、分子細胞生物学である。
警察が研究ネカトの捜査をすることに好意的な意見を展開している。論文は無料閲覧できないので、詳細は省く。
2016年7月1日の撤回監視のアリソン・マクック(Alison McCook) のインタビュ―記事(無料閲覧可)がある(写真出典同)。
→ Should fraudsters be criminally prosecuted? – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
★2014年8月18日:ジュリア・ベラズ(Julia Belluz)の「Vox」記事:「ねつ造した結果、データの隠蔽:犯罪となった研究ネカト事件(Fabricated results, hidden data: The case for criminalizing research fraud -)」
出典 → Fabricated results, hidden data: The case for criminalizing research fraud – Vox(保存版)
警察が研究ネカトの捜査をすることに好意的な意見を展開している。ズルフィカー・ブッタ(Zulfiqar Bhutta)に研究ネカトの刑事犯罪についてインタビューしている。詳細は省く。
★2014年9月14日:レイチェル・ニューワー(Rachel Nuwer)の「New Scientist」(オリジナル)記事:「研究ネカトを犯罪とすべきだ(Scientific misconduct should be a crime)」
出典 → Scientific misconduct should be a crime: It’s like fraud or theft, only more dangerous.(保存版)
タイトルの通り、「研究ネカトを犯罪とすべきだ」という主張を展開。詳細は省く。
★2016年4月1日:デイヴィット・マシューズ(David Matthews)の「THE News」記事:「犯罪学者が研究スキャンダルの学術界を精査する(Criminologists scrutinise academia in wake of scientific scandals)」
出典 → Criminologists scrutinise academia in wake of scientific scandals | THE News(保存済)
ポルトガルのポルト大学(University of Porto)・講師で犯罪学者のリタ・ファリア(Rita Faria、写真出典)が、2015年3月にオランダの学術誌「Cultuur & Criminaliteit」に「Scientific misconduct: how organizational culture plays its part」という論文を発表した。その論文がらみで、ファリア講師にインタビューした記事となっている。
この記事で、記者もファリア講師も「研究ネカトを犯罪とすべき」という主張を展開しているわけではない。しかし、犯罪学者が研究ネカトに注目し始めている。白楽は、その状況を伝えたい。
――――
彼女(ファリア講師)が研究者としてのキャリアを積み始めた頃は、犯罪学は研究ネカトをほとんど対象にしていなかった。しかし、過去数年で、犯罪学者は研究ネカトに大きな関心を持ち始めた。
私達は普通、犯罪というと街での窃盗・暴行や麻薬吸引のような犯罪だと思う。一方、研究ネカトはホワイトカラー犯罪とかエリート犯罪の類で、仕事の一部として起こすので「職業的犯罪」と呼ばれる。
犯罪学者は研究ネカトをほとんど無視していた。というのは、公式な統計が全然ないし、犯罪者はしばしば大学教授という高いステータスの持ち主で、「不満を言う被害者」を識別できなかったからである。
犯罪学会でも、研究ネカトの研究発表はかつては「雑多なセクション」に入れられていた。しかし、最近の学会では、5人の研究者で研究ネカトのセッションを1つ持つまでになった。
ファリア講師が2015年に発表した論文では、ポルトガル、英国、オランダ、ベルギー、スイスの22人の科学研究者にインタビューし、科学研究者が直面している研究界に深く幻滅を感じている部分をえぐりだした。
それは、常に研究費を獲得しなければならないというプレッシャー、常に論文を出版し続けることでしかキャリアを確保できないというプレッシャーのため、研究ネカトをしてでも・・・、イヤイヤ、してはいけない、という相反する感情とともに研究せざるを得ない状況に置かれているということだった。
ほとんどの研究者はデータねつ造は悪いと思っている。一方、期待する結果を得るためにデータを「微妙に」調整することは、必ずしも悪いことだとは思わない、と研究者は述べていた。
――――
さて、犯罪学者は「研究ネカトを犯罪とすべき」と考えるでしょうか?
●4.【刑事罰に反対の意見】
現在、研究ネカトに刑事罰を科した例は世界でも稀である(日本ではゼロ)。つまり、研究ネカトは「不適切だが違法ではない」状態である。
刑事罰に反対する人は少ない。
ただ、現在の研究ネカト対処システムで良いと思うから意見を表明しないのか、深く考えないで単に現状を肯定するから意見を表明しないのか、考えた上で、刑事罰を科すことに反対の人が実際に少ないのかわからない。
★2008年8月8日、フィリップ・ボール(Philip Ball)の「Nature」の記事
出典 → Crime and punishment in the lab : Nature News(保存版)
フィラデルフィア大学のレッドマンとメルツが「2008年のScience」論文で、「研究ネカトは刑事犯が適切?(Scientific misconduct: do the punishments fit the crime?)」という論文を書いた。
→ 無料閲覧不可:Redman, B. K. & Merz, J. F. Science 321, 775 (2008).: Scientific misconduct: do the punishments fit the crime?
レッドマンとメルツの「2008年のScience」論文は、研究ネカト者の約2割が学術界に復帰して研究活動をしていたというものだった。(白楽注:白楽のデータでは、2%程度だ。2割はとても多い。何かの間違い?)
2008年時点では、研究ネカトに刑事罰を科すのが適切かどうかの議論は低調である。フィリップ・ボールの記事は、研究ネカトに刑事罰を科すことへの反対意見ではなく、それより以前の問題、つまり、研究ネカト者を学術界から排除することへの反対意見(問題視する意見)である。
以下、フィリップ・ボールの記事から。
ーーーー
研究ネカト者を学術界から排除するのは良いことか悪いことなのか?
レッドマンとメルツは、研究ネカト者に研究に復帰する機会を与えた方が良いとしている。自由主義的な発想だけでなく実用的な理由もある。
メルツは「研究ネカト者といえども、彼らは研究者になるよう訓練されているので、有益な研究を遂行できる人だと思う」と述べている。「彼らは、根本部分でチョット滑ったが、多くの人は研究キャリアを再構築できる」。彼らは、既に、「十分な対価を支払わされた」と感じている。つまり、研究ネカト者は経済的および個人的に辛酸をなめさせられた。病気になった人もいた。
ただ、別の視点に立てば、研究ネカト者を研究に復帰させることは、ネカト者を学術界から追放することがネカト行為の抑止効果になっている、というプリンシプルを壊してしまう。
一般的に、犯罪では、どのペナルティが、その犯罪の発生率にどれだけ影響を与えるているのか? どの刑事罰はどの常習的犯行をどれだけ減らしているのか? 刑事罰は本人に苦痛を与えるためなのか、それとも、犯罪者を世間から排除することで世間を保護するためなのか? よくわかっていないが、データが必要だ。
研究ネカト者に対しても、同じ視点とデータが必要だ。
2005年末にデータねつ造が発覚した韓国のウソク・ファン(黄禹錫)は、2008年時点では、裁判中である(記事後の2009年、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決が下された)。
ウソク・ファンに刑事罰を与える理由な何なのだろう? ウソク・ファンが研究に復帰したら再びデータねつ造をすると恐れているのか? 彼はまだ十分に罰せられていないと思うためか?
どんな理由で刑事罰を科しても、反論できる。
それは、ウソク・ファンが極めて有能な科学者だということだ。彼または彼クラスの優秀な研究者が、過去にデータねつ造したことで研究に復帰できないとすれば、人類にとって損失だ。学術界から排除する理由と損得をもっと明白にする必要がある。
ーーーー
★2015年7月1日、サラ・リードン(Sara Reardon)の「Nature」の記事
出典 → Nature 523, 138–139 (09 July 2015), DOI: doi:10.1038/nature.2015.17660:US vaccine researcher sentenced to prison for fraud : Nature News & Comment(保存版)
出典 → 上記を、この記事に書いた。→ ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米)改訂 | 研究倫理(研究ネカト)
以下は「ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米)改訂」記事から引用した。
研究公正局の元・科学調査官であるアラン・プライス(Alan Price)は、「ハンのように悪質度が“中”の研究ネカトで刑事訴追になるのは異常である。そもそも、ほとんど研究ネカトは、刑事訴追が望ましいとは思えない。今回は、グラスリー上院議員が研究ネカト問題を深く憂慮していて、何とかしたいと思っていたのだろう」と述べている。
米国政府各省庁のほとんどの研究助成機関〈科学庁(NSF)を含む〉は、監察官(inspector-general)がいる。監察官は研究ネカトを含む「研究上の不正行為」を調査する権限を持っている。また、監察官は研究助成金を引き戻したり、受領を差し止めたり、刑事訴追に持ち込むことが可能である。
ところが、健康福祉省だけは、権限が分散していて、研究公正局には調査権+アルファしかない。調査の結果、クロの場合、研究費を数年間、申請不可にできるだけである。研究公正局として、研究助成金を引き戻したり、受領を差し止めたり、刑事訴追に持ち込むことはできない。刑事訴追に持ち込むには、司法省または健康福祉省の監察官(inspector-general)に依頼するしかない。
そして、健康福祉省の監察官(inspector-general)は医療詐欺事件で手一杯で、研究ネカト事件を処理する余裕はない。
もっとも、研究公正局の前局長のデヴィッド・ライト(David Wright、写真出典)は、研究ネカトの刑事訴追に否定的である。「刑事訴訟するメリットはなんなのでしょう。はっきりしません。研究ネカトでクロなら、研究費の申請が数年間できないペナルティが従前より科されています。そのペナルティで研究者としてのキャリアは終わります。申請不可以上のペナルティとして刑事訴訟し、刑務所に投獄した時、さらに何が得られるのでしょうか? 疑問です」。
★2014年6月16日:上昌広の「ハフポスト」記事:「臨床研究不正の防止、法規制の強化には賛同できない」
出典 → 臨床研究不正の防止、法規制の強化には賛同できない | 上昌広(保存版)
臨床研究不正の問題点を、「奨学寄付金問題」、「データ改竄」、「不正な研究結果を製薬企業が広告に使っていた件」の3点としている。
ここでは2点目の「データ改竄」だけに絞って、以下に引用する。なお、警察の捜査の是非を直接論じてはいないが、「既存のルールを適用するだけ」でよいとしている。
臨床研究不正の再発防止を巡り、議論が盛り上がっている。(2014年)4月17日、厚労省は規制強化に向けた検討会の初会合を開いた。今秋を目処に対策をまとめるという。医学界からは「法規制を強化すべき」との声が挙がっている。
・・中略・・
第二の問題はデータ改竄だ。医師と製薬企業の関与の度合いについては、まだ不明な点が多い。ただ、臨床研究不正が発覚した医局の中には、基礎研究でも不正が指摘されているところが珍しくない。医局に、不正に寛容な風土があったのだろう。バルサルタン事件のような大がかりな不正がいきなり行われると考えにくい。おそらく、小さな不正を積み重ねてきたのだろう。私は、基礎研究であれ、臨床研究であれ、一つでも不正が発覚した医局は、日常的に不正を行っていると考えている。
その場合の対策は関係者、特に教授の処分だ。学会は除名すべきである。また、大学は人事上の処分だけでなく、研究費の返還という民事責任を追及すべきだ。公的研究費に関しては、文科省や厚労省が既にルールを定めている。粛々と対応すればいい。人事上、および民事の責任追及システムを構築することで、いい加減な気持ちで臨床研究を行う輩は減るだろう。
臨床研究の不正防止は既存のルールを適用するだけで、相当の効果が期待できる。事前規制を強化し、さらに税金をつぎ込むような愚策はとるべきではない。
●5.【研究ネカト罪】
警察に捜査させて、研究ネカト者に刑事罰を科すとしよう。刑事罰を科す意味は何なのか? どんな問題が生じるのか?
●【警察の捜査・裁判での刑罰】
★「犯罪一般に対する刑事罰の目的と種類」
一般的に、犯罪に対して刑罰を科す目的は以下の5つである(刑罰 – Wikipedia)
- 威嚇(抑止)
- 社会規範の表出(価値の再確認 =「社会が何を許さないか」という蓄積されてきた価値の確認)
- 被害者及び社会の感情的修復(応報)
- 社会的結束・動員のツール(共通の敵をつくることによる親和)(スケープゴート、厄払い、バッシング)
- 祝祭 (秩序の文化人類学的再生産)(公開処刑、ワイドショー)
目的を達成するために、5種類の刑罰がある(罰 – Wikipedia)
- 身体的な罰:体罰(殴る・手足を拘束する)、死刑など。
- 精神的な罰:叱りつける・罵る・皮肉を言う・無視する・仲間はずれなど。
- 経済的な罰:経済的な罰には、罰金や課徴金を課したり、不正に得た利益、用いられた凶器を没収するなどがある。
- 社会的な罰:社会的制裁には、所属していた集団から排除する、社会的に罪人であることを明示して地位を低下させるなどがある。懲戒処分、懲戒免職(懲戒解雇)、追放、村八分、叱り、刺青、さらし、私刑など。
- 超自然的な罰:規則や規律に違反したものに対し、神仏の罰(目に見えない力による罰)があると考えられる場合。
研究ネカトで刑事罰を科す目的は、上記「一般的に、犯罪に対して・・」の目的の1~3だろう。この場合、研究ネカト者を更生する目的は入っていない。研究ネカト者を更生させ、再び研究者として活動させる可能性は別に論じるつもりだが、白楽は否定的だ。もちろん、研究者以外の場で豊かな人生を送れるための更生は否定していない。
研究ネカトでの刑事罰の種類は、上記「目的を達成する・・」の種類の1~4だろう。
★当局(オーソリティ)の科すペナルティ
「1‐5‐3.研究ネカト対処の4ステップ説」で説明したように、刑罰やペナルティを科せる組織を「当局(オーソリティ)」と呼ぶ。以下の5組織とそのペナルティを簡単に示す(詳しくは「1‐5‐3.研究ネカト対処の4ステップ説」を参照)
- 大学・研究所・・・所属する研究者を停職・解雇処分する
- 学術誌編集局・・・掲載論文を「撤回(retraction)」、「訂正(correction)」、「懸念表明(expression of concern)」する
- 研究助成機関(含・米国・研究公正局)・・・研究費を助成しない。研究費の返還を要求する
- 学会・・・除名処分する
- 警察・検察・裁判所・・・刑事罰を科す
米国では、警察(含・FBI)が「研究関係の不正」を捜査することは稀である。研究ネカト者に刑事罰を科した例は数件しかない。一般的には、刑事罰を科すことはない。
米国の生命科学領域で、大学教授・研究者として生きていくには、連邦政府からの研究助成(NIH研究助成)が必須である。NIH研究助成を受けられないという宣告は、研究者としての死刑宣告と同じで、研究界から排除される。
つまり、ほとんどの生命科学者はNIH研究助成を受給している。研究ネカトをすると、NIH研究助成での不正になり、米国・研究公正局が調査に入り(実際は所属大学・研究所が調査する)、クロならペナルティが科される。
★米国・研究公正局のペナルティ
米国・研究公正局が実際に課しているペナルティの種類は、以下の6つである(Administrative Actions | ORI – The Office of Research Integrity(保存版) )。
- 締め出し(Debarment):政府研究費を得るためのグラントやコントラクトの申請資格停止
- 委員禁止(No PHS Advisory):健康省・公衆健康局(PHS)(NIH上部機関)の諮問委員会、ピアレビュー委員会、コンサルタントの委員としての任命・雇用禁止
- 研究保証(Certification of work):該当者の研究に不正がないことを所属研究機関に保証させる
- 監督義務(Supervision):該当者の監督を所属研究機関に賦課する
- 論文撤回(Retraction of Article(s)):指摘された該当者の論文を撤回させる
- 論文訂正(Correction of Article(s)):指摘された該当者の論文を訂正させる
現在ペナルティが科されている研究者の実名とペナルティ期間が一覧表になっている(PHS Administrative Action Report)。
米国・研究公正局の6項目のペナルティは、どれも、「5種類の刑罰」の「4.社会的な罰:研究者集団からの排除」に相当する。項目1が強力で、NIH研究助成を受けられないと宣告されれば、研究界から排除される。
日本の研究助成機関も米国・研究公正局と同様なペナルティを科している。例えば、日本学術振興会は、「競争的資金等の返還に加えて、認定された年度の翌年度から最長10年間、競争的資金等への申請が制限される(日本学術振興会)」。
しかし、このペナルティは、全く、トンチンカンである。日本では、研究助成を受けられなくても、研究界から排除されない。研究者として廃業させる効果はない。日本は、目的と手段を混同し、米国の制度を形だけ真似たと思われる。
どうしてかというと、日本では、ネカト教員に対しても、大学からそこそこの研究費が支給されるし、給料は減額なしに支給される。ネカト教員は、給料をもらいつつ、低調な研究(外部研究費がないから)と教育をして生き残れるのである。日本の研究助成機関のペナルティは、大学・研究機関の研究者を飼い殺しする制度で、かえって無駄なことをしている。全くおかしい。
日本で現在科しているペナルティの目的は何なんだろう? 「5種類の刑罰」の「4.社会的な罰:研究者集団からの排除」ではない。それなら、「1.威嚇(抑止)」「2.社会規範の表出」だろう。その有効性をどう測定しているのだ?
★学生・院生へのペナルティ
米国では、通常の授業科目で、学生・院生のレポート・論文などに「研究ネカト」が発覚した場合、カンニングと同様な処分を科す。
日本でも、卒論、修論、博論で、論文の主要部分に「研究ネカト」が発覚した場合、大学は当該学生・院生の学士号・修士号・博士号を取り消すことが標準になってきた。この場合、時効は無い。学生・院生の指導教授も、指導不足という理由で、何らかのペナルティ(訓告または厳重注意など)が科されることがある。なお、訓告と厳重注意は履歴書記載義務はない。
但し、上記のことを学則に記載し、かつ、大学・大学院は十分な研究倫理教育をすべきと思われるが、日本では、全く不十分である。研究倫理教育がある程度用意されてきたが、それでも、研究倫理の思想・スキルの習熟は、学生・院生の自己啓発に任せている面が強い。
大学・大学院で初めてネカト禁止と教育するのは遅すぎる。小中高校で、カンニング禁止の教育と同様に、ネカト禁止の教育をすべきである。
本記事で、研究ネカトは警察が捜査し、クロなら刑事罰を科すべきだと、白楽は主張しているが、小中高校の生徒には適用しない。大学生にも適用しない。小中高校の生徒、大学の学生は、まだまだ、学ぶ途中の人たちである。全員が、研究ネカトを十分に習得しているとは思えない。刑事罰は不適切だ。とはいえ、カンニング相当の処分はすべきだ。
大学院は、研究者育成のコースである。院生は、研究結果を論文として学術誌に発表するし、国際的には“研究者”扱いである。修士論文は学内書類扱いかもしれないが、博士論文は公的書類である。
ということで、院生は研究者と同等に扱い、院生の研究ネカトは警察が捜査し、クロなら刑事罰を科す。
★ペナルティを科す理由
研究ネカト者になぜペナルティを科すのか? 研究公正局の前局長のデヴィッド・ライト(David Wright)は、「研究費申請不可以上のペナルティとして刑事訴訟し、刑務所に投獄した時、さらに何が得られるのでしょうか?」と否定的である。
罰金や刑務所刑を科すとなると、「5種類の刑罰」の「4.社会的な罰:研究者集団からの排除」だけではなくなる。「3.経済的な罰」と「1.身体的な罰・・・刑務所に身体を拘束す」を科すことになる。
罰金や刑務所刑を科す目的は何だろうか?
「一般的に、犯罪に対して・・・」の目的の1~3をより強化するということだ。特に「1.威嚇(抑止)」を強化する目的が大きい。
デヴィッド・ライトが主張するように現状のルールで良しとする場合、では、一体、現状のルールで研究ネカトが減っているかという疑問が生じる。
事実は、現状のルール下では、研究ネカトが減らないどころか、むしろ増加し、大規模化している印象だ(実測データはない)。それで、厳罰化して、つまり、罰金や刑務所刑を科すことで、研究ネカトを減らそうということだ。
「厳罰化」は、研究ネカト飲酒運転説で述べたように、交通事故死の低減には大きな効果があった。だから研究ネカト発生の低減にも大きな効果が期待できる。
→ 1‐5‐4.研究ネカト飲酒運転説
抑止効果を狙う見せしめなので、ネカト者本人に大きな苦痛を与える必要がある。それが、厳罰化であり、刑事罰である。使用した研究費は「倍返し」してもらう、さらに、高額な罰金を科すことも必要だろう。
★研究ネカト罪の設定
研究ネカトをした場合、犯罪となる旨の法律を作る必要がある。つまり、「研究ネカト罪」を設定する。
というのは、以下のように現在の法体系は「罪刑法定主義」なので、研究ネカトを犯罪とし、刑罰の種類と刑の重さを事前に決めておかなければならないからだ。
罪刑法定主義というのは、ある行為を犯罪であるとするためには、その行為が行われる前に法律によって、その行為は犯罪であると規定し、それに対する刑罰の種類と刑の重さを規定していなければならないとする原則です。この原則を表す標語が「法律なければ刑罰なし」というものです。(罪刑法定主義< <刑事法と刑法)
研究ネカト罪は、基本的に研究関連でのねつ造・改ざん・盗用を対象にするが、以下の事項も犯罪としてほしい。
- 箝口令を発した人に刑罰を与える・・・箝口令は研究ネカト調査に大きな障害となる。公務執行妨害である。
- 研究費は「倍返し」・・・研究ネカトしたすべての研究費の返還を義務つける。支給額の返還はもちろんだが、支給に際して審査費用、不正の調査費用などの経費がかかっている。それに、罰金を科す意味を含め、「倍返し」、つまり、支給総額の2倍の返還を科す。
- 公益通報者を保護する。公益通報者に不利益を与えた者に刑罰を科す。
- 研究クログレイ行為の数項目も犯罪と見なす。
●【賛否アンケート】
以下のアンケートは終了しています。結果を示します。
●6.【白楽の感想】
★学術界は聖域ではない
一般社会は、科学研究者や大学教授は人格的に高潔で、不正とは無縁な人たちと思うかもしれないが、白楽は、一般社会がどうしてそう思うのか常々不思議に思っている。科学研究者や大学教授の人格は普通の人とおなじである。
というのは、科学研究者や大学教授は専門分野の研究業績で選任され、昇格するが、「人格」では選任・昇格されない。「人格」形成に関する教育や修養も受けていない。専門分野の研究業績と「人格」は無関係である。
専門性のある職種は、科学研究者や大学教授だけではない。ほぼすべての職種に専門がある。八百屋は野菜の専門家だし、運転手は運転の専門家だ。だから、専門性のある職種に就いていることと「人格」は別である。
科学研究者や大学教授は、一般人と同じように、人生に悩み、健康を懸念し、金銭名誉欲や性的欲望を抱える悩み多き人間である。白楽は、一般社会がどうして「人格的に高潔」と思うのか不思議に思っている。
★研究者は論文を疑って読む
さらに不思議に思うのは、一般社会は、論文は正しく、正確で、間違いはなく、重要な発見・発明が記載されていると思っている点である。そういう論文は、もちろんあるが、現実には少数である。ロクデモナイ論文、クズ論文はゴマンとある。統計的には出版された論文の半分がロクデモナイ論文、クズ論文だ(データを確認していない)。
白楽は、大学院生の頃から、論文を吟味しながら読む習慣がある。というか、研究者として育成される過程で、そのような精読法を叩き込まれた。まともな研究者は全部そうだろう。論文をハナから信じることはない。むしろ、間違っている点はどこか、不備な点・足りない点はどこかと疑って読む。そうでなければ、その論文を越える研究はできない。
他の研究者の研究成果は、まず、吟味する。しつこく、徹底的に吟味する。イヤラシイほど吟味する。そして、ほとんどの場合、間違っている点・不備な点・足りない点を見つけてしまう。
だから、基本姿勢として、「論文は正しく、正確で、間違いない」とは思はない。まったくその逆で、「論文には不備な点・足りない点があり、間違いがある」と読む前から思う。そもそも、完全な研究はないし、これで終わりという研究もない。
★不正は必要悪?
「ビジネス界の倫理・規範が徹底すると、ビジネス界は衰退する」、という都市伝説がある。
「研究倫理・規範が徹底すると、学術界(研究活動)は衰退する」、だろうか?
世間には「清濁併せ飲む」とか「悪いヤツほど出世する」という価値観や、「水清ければ魚棲まず 」という故事成句がある。
権力の座にいるのは、巧みに嘘(うそ)をつく、ナルシストで利己的なリーダーばかり。(悪いヤツほど出世する [著]ジェフリー・フェファー [訳]村井章子 – 梶山寿子(ジャーナリスト) – ビジネス | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト)
【書評】『悪いヤツほど出世する 』 ~その共通点と成功者の性格と特長が書かれた真実の書~ – かえるくん総合研究所(保存版)
研究ネカトを厳罰化すると、研究者は委縮するだろうか? 研究活動は衰退するだろうか?
と、時々、自問する。
答えは、イエスの面とノーの面の両方がある。
イヤ、それよりも、不正が減り、適正な人が研究者に採用され昇格し、研究費が有効に使われ、研究活動は今より活発になると期待している。
だから、もっともっと、研究ネカトを減らすべきだと思っている。というわけで、警察が研究ネカトを捜査し、クロに刑事罰を与えよう。
●7.コメント
極論としては面白いですね。
コメントとしてはまず、名張毒ぶどう酒事件や和歌山カレー事件でわかるように、日本の場合は警察の証拠運用能力そのものに問題がある点。透明性がなくご都合主義がまかり通っている模様。
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/48285a36cf5c101cab44cecf6e009730
次に、ゴールドエイカーの「悪の製薬」などでも指摘されているように、一番問題が大きいのは臨床試験における不正。ディオバン事件や抗うつ剤の未成年投与など、大掛かりでしかも直接人命に関わる問題です。これは画像のコピペなどという小手先の問題ではなく、サブグループ解析による誘導やゴーストライターによる論文増産、医師教育への介入など制度レベルで対策しなければどうにもなりません。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books/2-0029258.html
ロックビル先生にはぜひこういった真の闇に切り込んでいただきたいと思います。