1‐4‐8.撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)


2016年7月2日改訂。

ワンポイント:学術雑誌に掲載された論文の撤回・訂正・懸念表明を報告・分析し、その背景から学術研究システムの問題点を指摘・議論するブログで、出版後査読(post-publication peer-review)の1つである。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.撤回監視(Retraction Watch)の要点
2.日本語の解説
3.運営者
4.活動内容
5.撤回監視が扱った論文の統計一覧
6.インタビューに答えて
7.白楽の感想
8.過去の保存版
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●1.【撤回監視(Retraction Watch)の要点】

  • サイト名:撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)
  • サイト:http://retractionwatch.com/ 閲覧・投稿は無料
  • 現在の活動:とても活発
  • 活動概要:学術雑誌に掲載された論文の撤回・訂正・懸念表明を報告・分析し、その背景から学術研究システムの問題点を指摘・議論する
  • 言語:英語

anniversary

  • 運営者:米国の2人の科学ジャーナリスト。
    ●アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky、医学誌の編集長、医師免許所持者、写真右、出典
     ●アダム・マーカス(Adam Marcus、医学誌の編集長、写真左、出典
  • 連絡先:ivan-oransky [at] erols.com
    adam.marcus1 [at] gmail.com
  • スタッフ総数:6人
  • 購読:無料。12,511人が無料配信を受信(2016年6月30日現在)
  • フェイスブック:https://www.facebook.com/Retraction-Watch-119209094864356/ ページへの合計いいね!8390件(2016年7月2日現在)
  • ツイッター:https://twitter.com/retractionwatch 13,452人がフォロー(2016年6月30日現在)
  • 活動期間:2010年8月に開始し、約6 年, 10 か月 25 日経過(日数は不正確)

●2.【日本語の解説】

★ウィキペディア日本語版:白楽が執筆 したので本記事には再掲しない。→ 撤回監視 – Wikipedia

★2015年1月9日の「ワイリー・サイエンスカフェ」記事 :「Ivan Oransky氏にインタビュー」

出典 → 論文撤回の監視ブログRetraction Watchの「中の人」、共同創設者Ivan Oransky氏にインタビュー (Wiley Exchanges) | ワイリー・サイエンスカフェ保存版

Oransky氏ともう一人の共同創設者Adam Marcus氏は、ともに何年にもわたって多くの論文撤回の事例を報道してきました。その経験から二人が知ったのは、論文撤回にはしばしば大きな不正問題が関わる一方、それを通じて科学が自己修正に長けていることを教えてくれるということでした。そこで二人は、ブログRetraction Watchを立ち上げて、論文撤回の背後にあるストーリーを伝えようと決意しました。

Retraction Watchは現在、訪問ユーザーが月間10万人以上、60万ページビュー/月という人気サイトに成長し、毎週のように大手メディアで伝えられるニュースの発信源となっています。また慈善基金団体マッカーサー基金が40万ドルの助成を行うなど同ブログの活動への支持の動きが広がっています。

近年論文撤回が増えている理由としてOransky氏は、論文出版のオンライン化により論文が多くの読者の目に晒されるとともに剽窃検知ソフトによるチェックが可能になり、昔なら見過ごされていたような不正が発見されやすくなったこと、またその一方で研究者へのプレッシャーの増加により不正行為自体が増えていることを挙げています。

またOransky氏は、インターネットは論文の不正を発見しやすくしただけでなく、発見した問題点を読者が広く発信することを可能にしたと指摘しています。読者が出版後の論文について議論するサイトPubPeerやTwitter, Facebookなどが、そういった手段として役立っています。

科学出版倫理の将来についてOransky氏は、retraction notice(撤回公告)に書かれる撤回理由が弁護士の介在によって不透明にされがちな点が、今後改善されることを期待すると語っています。撤回理由を明確にした方が、悪意のない誤りが原因で論文を撤回する研究者にとって利益になるというのが同氏の考えです。

●3.【運営者】

アダム・マーカスAdam Marcus ← 含・写真出典)
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アダム・マーカス(Adam Marcus)は、医学ニュース誌「Gastroenterology & Endoscopy News 」と「 Anesthesiology News」の編集長でサイエンス、エコノミストなどに多数寄稿している。ミシガン大学の学士号(歴史学)、ジョンズ・ホプキンス大学の修士号(科学ライティング)所持。

アイヴァン・オランスキーIvan Oransky ← 含・写真出典)
140625 ivan-oransky
アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)は、医学ニュース誌「MedPage Today 」の副社長・兼・編集長、医学ニュース誌「Association of Health Care Journalists」 の副社長、ニューヨーク大学で医学ジャーナリズムを講義をしている(New York University’s Science, Health, and Environmental Reporting Program)。かつて、「Reuters Health」、「 Scientific American」、「The Scientist」、「Praxis Post」の編集要職にもついていた別のブログ「Embargo Watch 」も運営している。バリバリの医学ジャーナリストである。

ハーバード大学に在学中、学生新聞ハーバード・クリムゾン(The Harvard Crimson – Wikipedia)の編集主幹をしていた(executive editor of The Harvard Crimson。ニューヨーク大学医科大学院卒の医師で臨床医学の助教授もしていた。

●4.【活動内容】

★記事

掲載

著者の顔写真や関連写真を載せ、学術雑誌に掲載された論文の撤回・訂正・懸念表明を報告・分析する。さらに、関連する学術研究システムの問題点を指摘・議論する。

その記事にいろいろな人が実名・匿名(ハンドルネーム)でコメントしている。

スタッフは、論文を撤回・訂正・懸念表明した(された)著者や同僚・上司、著者の所属大学・研究機関、論文を撤回・訂正・懸念表明した編集者、にメールで状況を問合せる。その返信もサイトに掲載する。

論文の撤回・訂正・懸念表明でのゴタゴタの状況がわかりやすい。ジャーナリスト的感覚で書いてある。とても面白い。

対象:生命科学系の学術論文が多いが、すべての分野の撤回・訂正・懸念表明の論文

コメント
誰でも登録なしでコメントできるが、コメントは査読され、即時に掲載されない。採択されない場合もある。投稿には常識的なルールは必要(The Retraction Watch FAQ, including comments policy | Retraction Watch)(保存版)。

賛否投票
読者は登録不要で時々開催の意見賛否に投票できる。投票結果は即時に反映される

★付随した活動

学術誌のあり方の提案
Adam Marcus and Ivan Oransky、「Bring On the Transparency Index」、The Scientist、August 1, 2012。(保存版

不正研究を告発する時のアドバイス
How to Report Alleged Scientific Misconduct – Some advice from the co-founders of Retraction Watch
by Adam Marcus and Ivan Oransky, Labtimes 01/2013 → このアドバイスはのちに撤回される。

日本特集
「日本」の論文撤回を検索できる(japan retractions | Retraction Watch)。2013年11月26日-2016年6月11日まで41回サイトが保存された(例:2016年6月11日保存版

★《動画1》
「Ivan Oransky: Post-publication peer review in science – YouTube」(英語)、52分
2013/11/20にkarolinskainstitutetさんがアップロード(2014年6月24日閲覧)

★《動画2》
2014年10月9日の講演:「The Good, The Bad, and The Ugly: What Retractions Tell Us About Scientific Transparency 」(英語)、1時間30分38秒
Rutgers CommInfoさんが2014/10/21 に公開

●5.【撤回監視が扱った論文の統計一覧】

撤回監視サイトが扱った撤回論文の統計値。サイトの数値を、白楽が表にした(「Retraction Watch」のRetraction posts by author, country, journal, subject, and type)。

★国別の統計値。総数:2,625件(2016年6月30日)
2014年6月25日に40件以上の国を以下にリストした。件数が多い順

  2014年6月25日 2016年6月30日
世界 1,395 2,625
米国 442  931
 中国  129  279
 ドイツ  95  152
 日本  95  146
 英国  84  158
 オランダ  80  113
 インド  76  143
 カナダ  55  96
 イタリア  48  91
韓国 44  68
イラン 41  67

最近2年間(2016年6月30日時点)で、米国、中国、インドが約2倍に増えた。日本は4位から6位に落ちた。

★学術誌別の統計値。総数:2,487件(2016年6月30日)
2016年6月30日に多い学術誌を以下にリストした。学術誌のABC順

2014年6月25日 2016年6月30日
総数 1,274 2,487
Blood 19 27
BMJ 30
Cell 24 36
J. Am. Chem. Soc. 19
JAMA 21
J. Biol. Chem. 38 71
J. Cell Sci. 12
J. Clin. Invest. 6 12
Journal of Neuroscience 16 28
N. Engl. J. Med. 17
Nature 32 66
Neurology 44
Obstet Gynecol 34
orthopedics 22
Plant biology 34
Plos 79
Plos one 26 65
Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 35 49
Science 28 44

J. Am. Chem. Soc.は化学、他はすべて生命科学の学術誌。
最近2年間(2016年6月30日時点)で、特段大きく増えた学術誌はない。おしなべて、約2倍に増えた。

★理由別の統計値。総数:2,591件(2016年6月30日)
2014年6月25日に30件以上をリストした。件数が多い順

2014年6月25日 2016年6月30日
総数 1,244 2,591
画像操作 242 427
盗用 233 401
重複 202 382
偽装データ 174 359
再現不能 173 298
研究者エラー 95 179
オーサーシップ 65 146
信頼できない結果 64 150
IRB(治験審査委員会)承認ない 44 64
データエラー 36 142
データ誤使用 34 53
ミスコンダクト調査 326
役立たずの撤回通知 135
研究公正局調査 109
懸念表明 103
論争データ 79
著者の異議申し立て 76
研究方法に問題 72
編集部ミス 62
誤試薬 35
自己査読 32

最近2年間(2016年6月30日時点)、いくつもの新しい項目が増えた(増やした)。

★分野別の統計値。総数:2,364件(2016年6月30日) 
2014年6月25日に50件以上の分野を以下にリストした。件数が多い順

2014年6月25日 2016年6月30日
総数 1,272 2,364
基礎生命科学 424 770
-細胞生物学 231 333
-免疫学 68 103
-神経科学 67 139
-分子生物学 119
-遺伝学 105
臨床研究 487 1,050
-心臓学 79 127
-腫瘍学 144 213
化学 75 141
物理学 54 93
心理学 92 141

最近2年間(2016年6月30日時点)で、臨床研究での総数が2.2倍に増えた。

●6.【インタビューに答えて】

【活動の概要】

★ 「なぜ論文撤回のブログを書くのか?」(Why write a blog about retractions? | Retraction Watch)(保存版)で、 運営上の方針に触れているので、かいつまんで修正引用する(意訳です)。ここも参考にした:Retraction Watch – Wikipedia, the free encyclopedia

米・デューク大学の医師・医学研究者のアニル・ポティが起こした事件がある(日本で報道されていない)。
アニル・ポティ(Anil Potti、1972年、インド生まれ育ち、写真出典:ココ)は、2007年以降、遺伝子の活動パターン(マイクロアレイ法)からヒト肺がん患者の進行状態を予測できるという画期的な論文をいくつか発表した。

その発見に基づいて米国では臨床試験も行われていた。しかし、他の研究者は追試できなかった。研究者は学術誌編集局へ訴え、学術誌編集局も対処し(The Lancet Oncology)、検証が始まり、2010年、論文データが改ざんされていたことが発覚した。ポティは解雇された。この例は、同分野の研究者の批判活動、学術誌編集局の対応、その他の状況が機能した科学システムの勝利だった。

論文撤回に至る理由は1つではない。研究者の世界では「軽微な間違い」から、「深刻な研究ネカト」まで、いろいろな不正が起こる。研究ネカトは論文撤回での最も妥当な理由である。

マレだが、破壊的な研究ネカトもある。例えば、麻酔専門医・スコット・ルーベン(Scott Reuben)の場合、20論文以上もねつ造していたので、撤回しないと、患者に健康被害が生じ、医学の信頼が損なわれる。

★「なぜ論文撤回のブログを書くのか?」

第1点。学術界の自浄機能

学術界は自浄機能がある・・・通常はだが。論文を撤回するのは、通常、不正行為のためだけではなく、誤りを訂正し、よりよいデータにすることだ。しかし、自浄機能の能力にもよるが、撤回に時間がかかる。英国・外科医・ウェイクフィールドの1998年論文の場合、撤回されたのは、論文発表の12年後だった。しかも、論文発表の6年後には重大な問題が指摘されていた。

ここに、科学そのものと学術界の自浄能力を見ることができる。つまり、論文撤回は学術界のあり方を改善する一面を提供してくれる。

第2点。論文撤回のデータベース

わかりやすく、論文撤回が公表されないからである。麻酔専門医・スコット・ルーベン(Scott Reuben)論文やウェイクフィールド論文のように注目され、わかりやすく公表されれば、専門家の多くは、気がつく。しかし、ほとんどの論文撤回はメドライン(Medline)でも他のデータベースでもわかりにくいところに掲示されるだけなので、専門家でもわからないことが多い。

撤回した論文に国民の税金が使われているのに、税金を払った国民にはわかりにくいところに掲示されている。投資家は、投資した会社に重要な科学論文なら、その撤回情報を、常に、得ていたいと思うだろう。それで、論文撤回のデータベースを作ろうと考えたわけだ。

第3点。論文撤回の物語

論文撤回の物語は、多くの場合、他の研究ネカト発見の大きな手掛かりになる。逆も真なりだ。学術誌「Cancer Letter」がアニル・ポティ の研究ネカトを公表したことが、学術誌「The Lancet Oncology」論文の疑惑に至り、編集局が疑念を公表することにつながった。そしてさらに、名誉棄損の被害を受けたと訴訟するまでになった。

もし、論文撤回に光を当てることで、研究ネカトや研究費不正を暴く手段を提示できるなら、私たちはお手伝いしたいと思ったのである。

また、私たちの表現手段が論文撤回をうまく伝えているなら、あなたは、私たたちの「撤回監視(Retraction Watch)」記事を読むだけで、論文撤回の全体が理解できるでしょう。

第4点。学術誌のあり方

私たちは、各学術誌が筋の通っている対処をするかどうかにも興味を持っている。

論文撤回の調査とその結果を発表するまでどれくらいの月日がかかるのか? 論文撤回に何を要求するのか? どの程度、論文撤回公表に力を入れているのか? 撤回論文数が少ない学術誌は、査読や編集が優れているのか、それとも、多くの誤りを隠しているだけなのか?

●7.【白楽の感想】

《1》大きな称賛

撤回監視の活動は、学術界の革命的な活動である。大きな称賛に値する活動だ。実名で堂々と活動している。こういう人たちの活躍を知ると米国も捨てたもんじゃないと感じる。正直、とてもうらやましい。

アイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスは、かなりの才能の持ち主である。それでも、サイトの質を維持するのは、大変な労力・作業だろう。

活動費は自費と寄付である。寄付のページもある。2014年6月9日、最初のインターンであるキャット・ファーガソン(Cat Ferguson)を雇った(Meet the first-ever Retraction Watch intern. And: Thanks, readers)。キャット・ファーガソンは退社したが、その後、数人入社している。RW-logo-1

《2》ご自身でサイトにアクセスを

撤回監視活動のすばらしさは、白楽の文章ではなかなか示せない。是非、ご自身でサイトにアクセスされることをおススメする。ただし、英語である。

《3》日本にいない

日本にこういう科学ジャーナリスト(サイエンスライター)がいない。撤回監視のようなサイトも活動もない。

どうしてだろうか?

①日本の科学ジャーナリスト(サイエンスライター)は、科学を大衆に啓蒙するということが主眼で、科学成果の宣伝、科学者の提灯記事、大学・研究所の広報、官庁の御用記者、海外記事の焼き直しが圧倒的に多い。

批判的な記事はほぼ執筆しない。つまり、自分の視点での記事はほとんどない。

白楽は、譲りたくない点を巡って日本の出版編集者と何度も喧嘩した。結局、自分の主義を曲げなければ、商業誌は出版してくれなかった。校正で没になった著書・コラムはそこそこある。出版した著書・コラムは、妥協の産物である。本ブログはそういう制約がない。

②日本の科学ジャーナリスト(サイエンスライター)は、新聞社・出版社・テレビ局などの特定組織の社員(記者)として活動し、ここの2人のようにフリーランス記事を書いたりしない。

だから国際的に通用する視点の科学的センスが身につかない。日本社会はそういう人材を必要としないかのようである。これでは骨太の国際的サイエンスライターは育たない。

③科学メディア・医療医学メディアの質が欧米に比べとても低い。例に出して悪いけど、岩波の『科学』は米国の『Science(サイエンス)』と比べると、大人と幼児ほどの差がある。もちろん、人員も予算も桁違いである。従って、その編集長も海外の科学ジャーナリストの実力と比べると、大人と幼児ほどの差になる。

2004年以前の調査によると、日本に骨太の国際的フリーランス・サイエンスライターが育っていたとは思えない(「日本におけるフリーランス科学ジャーナリストの実態に迫る」、総合研究大学院大学共同研究論文集 『< 科学・技術・社会>論の構築』, 2005, pp. 107-124)。

その頃、「サイエンスライター」の必要性が叫ばれ、2005年4月から5年間、文部科学省の莫大な予算を使い「サイエンスライター」養成を開始した(保存版)。当時、「サイエンスライター」バブルといわれ、日本全国に「サイエンスライターになりたい」学生・院生があふれていた。

結局、科学技術理解増進という目標に絞られ、上記の路線①が踏襲され、科学技術コミュニケーター育成になり(例:北海道大学CoSTEP)、現在、公的機関として科学技術振興機構・科学コミュニケーションセンター(CSC)が稼働するという低俗な路線に落ち着いてしまった。ここでも、骨太の国際的サイエンスライターは育つ状況にない。

●8.【過去の保存版】

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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