2022年2月20日掲載
ワンポイント:リバモア研究所・兵器研究部の物理学者であるピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)は核兵器に使われるPBX 9502と呼ばれるポリマー結合爆薬の研究をしていたが、上司が燃焼モデルのデータを改ざんした。2017年(?)、リバモア研究所に改ざんを通報した。すると、報復として解雇された。それで、2020年5月22日、復職を訴える訴訟を起こした。それから1年9か月が経過したが続報がない。核兵器の性能データなので、機密で報道されないのか、些細な改ざんで報道されないのか、よくわからない。国民の損害額(推定)は不明。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】
米国のローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)は米国の核兵器研究所の1つである。写真は1951年にネバダ州で行なわれた核爆発実験(写真出典、Credit: US Government)。
ローレンス・リバモア国立研究所の兵器研究部で研究していた物理学者のピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)は核兵器に使われるPBX 9502と呼ばれるポリマー結合爆薬の研究をしていた。
2017年(推定)、上司が核兵器(nuclear weapons)のデータ改ざんをしたので、研究所に告発したが、報復で解雇された。
それで、2020年5月22日、復職を訴える訴訟を起こした。
2020年6月24日の「Science」誌が、「復職を求め裁判を起こした」と記事で取り上げた。その「Science」記事に、ウィリアムズの顔写真は公表されているが、改ざんしたネカト者の名前は公表されていない。
核兵器の性能に関するデータ改ざんなので大きな事件になると、白楽は思った。
しかし、それから1年9か月が経過したが続報がない。
核兵器の性能データは超国家機密だから、その後の報道がないのか、取るに足らないデータ改ざんなので、その後の報道がないのか、全くわからない。情報が隠蔽されているのかもしれない。
要するに、ほとんどわからない事件である。
このデータ改ざんで、死者や健康被害者はいない。経済的損失は不明だが、国防上の損失は大きいかもしれないし、ほとんどないのかもしれない。
ローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)。写真出典
- 国:米国
- 集団名:ローレンス・リバモア国立研究所
- 集団名(英語):Lawrence Livermore National Laboratory
- ウェブサイト(英語):https://www.llnl.gov/
- 集団の概要:米国には核兵器研究所が3つあるが、その内の1つ
- 事件の首謀者:匿名
- 分野:核兵器
- 不正年:2017年(推定)
- 発覚年:2020年
- ステップ1(発覚):第一次追及者は改ざんを告発したピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)で、コクハラを裁判に訴えた
- ステップ2(メディア):「Science」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①裁判所。②リバモア研究所は調査していない(推定)
- 不正:改ざん
- 不正論文数:論文ではない
- 被害(者):死者や健康被害者はいない
- 国民の損害額:経済的損失は不明
- 結末:不明
●2.【日本語の解説】
この事件の解説ではないが、ローレンス・リバモア国立研究所の物理学者であるダリン・キニオン(Darin Kinion)のネカト事件を記事にしたことがある。
→ 物理学:ダリン・キニオン(Darin Kinion)(米) | 白楽の研究者倫理
ローレンス・リバモア国立研究所・研究員(男性)が、2012年晩夏(40歳?)、データねつ造・改ざんの研究費申請・報告をしたことが発覚し、2013年2月(41歳?)に解雇され、刑事事件となった。2016年12月(44歳)、1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金が科された。
●3.【事件の経過と内容】
★ピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)
有名な物理学者にピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)がいる。爵位を持つ1945年生まれの英国のピーター・ウィリアムズ(Sir Peter Michael Williams Peter Williams (physicist) – Wikipedia)である。
顔写真(写真出典)を見ると、本記事のピーター・ウィリアムズの父親かと思う程度には似ている。この英国のピーター・ウィリアムズとは別人である。
ローレンス・バークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)の研究員であるピーター・ウィリアムズ(Peter L. Williams)も別人です。 → Peter L. Williams | LinkedIn
本記事のピーター・ウィリアムズ(Peter Williams、Peter Todd Williams)は、米国のテキサス大学オースティン校(University of Texas, Austin)のクレイグ・ウィーラー(Craig Wheeler)研究室で研究博士号を取得した。
2つのポスドクを経て、シティ・カレッジ・オブ・サンフランシスコ(City College of San Francisco)とソノマ州立大学(Sonoma State University)で教職に就いたのち、2016年1月から2017年5月まで米国・カリフォルニアのローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)の兵器研究部で研究した。
ウィリアムズは、2022年2月19日現在、ノースウェスト研究所(NWRA: NorthWest Research Associates)に勤務しているという情報もあるが、ノースウェスト研究所・所員にはリストされていない(NWRA — People)。
★告発・解雇
米国・カリフォルニアのローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)は米国の核兵器研究所の1つで、米国には核兵器研究所が3つある。
ピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)は、2016年1月から2017年5月までリバモア国立研究所の兵器研究部で研究していた物理学者だった。
2017年(推定)、ウィリアムズは、上司が高爆発物の爆発をシミュレートするコンピュータープログラムを改ざんし、特定の核兵器が使用された場合の爆発力を予測する能力を弱体化させたと告発した。
2017年5月、ところが、ウィリアムズは、コクハラ(告発への報復)で解雇された。
2020年5月22日、ウィリアムズは、不当解雇と訴え、リバモア研究所への復職とリバモア研究所の7人に対して60万ドル(約6千万円)の損害賠償を求めて裁判所に訴えた。
「研究不正の隠蔽があれば、それは調査されるべきで、ウィリアムズの主張は真剣に受け止められるべきです」と、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)の地球物理学者で、リバモア研究所の兵器研究部に携わってきたレイモンド・ジャンロズ教授(Raymond Jeanloz、写真出典)は述べている。
さらに、「ウィリアムズが指摘しているネカトがあったのかどうかは、まさに兵器研究部の人々も心配している問題なのです。兵器研究部は研究不正があったのかどうか調査すべきです」と指摘した。
リバモア研究所は訴訟についてコメントすることを拒否したが、声明の中で、「厳密な議論は科学的プロセスの一部であり、研究所は異なる意見を持っているという理由で、報復することはない」とコクハラを否定した。
●【改ざんの具体例】
リバモア研究所で、ウィリアムズは高爆発物の挙動をモデル化するという新しい課題を研究していた。
PBX 9502と呼ばれるポリマー結合爆薬は、ゴミ箱と同じ大きさだが、巡航ミサイルに収まるW80と呼ばれる40年前の熱核弾頭の改修に使われる。
[註:核爆弾の以下の解説は白楽自身、ピンときていない。爆弾の予測値を上司が改ざんしたのだが、核爆弾に関する内容が妥当かどうか、知識がないので、ワカリマセン]
PBX 9502は、爆発すると、弾頭のプルトニウムピットを圧縮して核分裂爆発を引き起こし、それがさらに強力な核融合爆発を引き起こす。
爆発物の挙動は密度に依存していて、密度はバッチごとに、また単一の部品内で変化する可能性があるため、高爆発物のモデル化は難しい。
米国は包括的核実験禁止条約がまだ未承認だった1992年に核実験を断念したため、モデル化は、保管された兵器が意図したとおりに機能することを保証するために重要である。
PBX 9502は鈍感な爆発物なので、特に注意が必要です。
【動画1】
PBX 9502の燃焼動画「PBX 9502 (TATB based plastic bonded explosive) – YouTube」(英語)1分10秒。
Steve Sonが公開
つまり、叩いたり、火をつけてもPBX 9502は爆発しない。しかし、爆発反応の先端が材料の中を移動するにつれて、その背後にある化学反応が古い爆発物よりもゆっくりと進行する。
したがって、反応が瞬間的であると想定する代わりに、ゆっくりと進むモデル化をする必要がある。
正しく稼働することを確認するために、研究者はさまざまな形状の物質のサンプルを爆発させ、超高速度カメラやその他のツールで爆発を観察し、その結果をシミュレーションと比較する。
リバモア研究所は、このようなテスト爆発を行ない、ARES-CHEETAHと呼ばれるモデル・プログラムを改良した。
しかし、ウィリアムズは、シミュレーションが各実験データに合うかどうか確認中に、上司の1人が事後にプログラムのパラメーターを改ざんしていたことに気付いた。
改ざんしたモデルは、一見、正確に見える。しかし、それは「ニセ科学」だとウィリアムズは主張した。
ただ、その上司にどうして改ざんしたのか理論的根拠を説明するよう求めると、上司の説明には論理的根拠がなかった。
改ざんすることで問題が生じ、その問題を改善するためにさらなる研究費を受給できるという歪んだ利得が動機だった。
この改ざんで、プログラムは意味のある予測ができなくなった。
PBX9502のベンチテストを適切にモデル化できない場合、はるかに高価な統合テスト爆発が失敗する可能性がある。また、核兵器の歩留まりを正しく計算できない可能性がある。
それは大きな問題になるだろう、とシカゴ大学の理論的天体物理学者であり、リバモアの諮問委員会にいるアルゴンヌ国立研究所の元所長であるロバート・ロスネル(Robert Rosner)は言う。
さまざまな兵器の不確実性は、米国の核兵器の大きさの計算に直接影響するとロスナーは指摘した。
●4.【白楽の感想】
《1》報道規制?
「サイエンス」誌の記事なので、話の信頼度は高い(と思う)。
しかし、核兵器のデータ改ざんなので、大事件だと思うが、米国のメディアはほとんど報道しない。当然、日本のメディアも報道しない。
「サイエンス」誌の記事から1年9か月が経過したが、その後の報道がない。
核兵器のデータなので、何らかの報道規制が敷かれたのか、自粛しているのか、なんかヘンである。
ピーター・ウィリアムズ(Peter Williams、Peter Todd Williams、写真出典)の発言もほとんど見当たらない。
ピーター・ウィリアムズ(Peter Williams)https://www.researchgate.net/profile/Peter-Williams-45
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●5.【主要情報源】
① 2020年6月24日のエイドリアン・チョ(Adrian Cho)記者の「Science」記事:Lawsuit alleges scientific misconduct at U.S. nuclear weapons lab | Science | AAAS
② 2020年6月26日のヴィニシウス・サフラン(Vinicius Szafran)記者の「Olhar Digital」記事:Physicist denounces adulteration at US nuclear facilities – Olhar Digital
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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