2022年4月21日掲載
ワンポイント:アシュトン=リッカードは、超一流大学・インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)の教授兼学科長に就任9年後の2015年(52歳?)、「2015年5月のScience」論文を出版した。この論文の問題点を、日本の藤田保健衛生大学のヨハンズ・ダイグストラ講師(Johannes M Dijkstra)が「パブピア(PubPeer)」で、詳細に指摘した。アシュトン=リッカードは、2015年10月23日に論文を訂正した。インペリアル・カレッジ・ロンドンがネカト調査に入り、2016年、結局、クロと判定した。論文は2016年12月16日に撤回された。2017年、インペリアル・カレッジ・ロンドンを解雇(辞職?)され、米国に渡り、医薬品会社を設立した。その後移籍し、2022年4月20日現在、米国のシジロン・セラピューティクス社(Sigilon Therapeutics, Inc)のチーフ・サイエンティフィック・オフィサー(Chief Scientific Officer)。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt、ORCID iD:?、写真出典)は、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)・教授兼学科長で医師免許はない。専門は免疫学である。
2015年4月16日(52歳?)、超一流大学・インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)の教授兼学科長を務めて9年後、アシュトン=リッカードは「2015年5月のScience」論文を出版した(電子版)。
2015年10月(52歳?)、日本の藤田保健衛生大学のヨハンズ・ダイグストラ講師(Johannes M Dijkstra)が長い文章で、上記論文の問題点を「パブピア(PubPeer)」で指摘した。
2015年10月23日(52歳?)、アシュトン=リッカードは論文を訂正した。
しかし、インペリアル・カレッジ・ロンドンはネカト調査を始めた。
2016年(53歳?)、インペリアル・カレッジ・ロンドンは、ネカト調査をの結果、クロと判定した。論文は2016年12月16日に撤回された。
2017年(54歳?)、アシュトン=リッカードは大学を解雇(辞職?)され、米国に渡り医薬品会社を設立した。
2022年4月20日(59歳?)現在、アシュトン=リッカードは米国のシジロン・セラピューティクス社(Sigilon Therapeutics, Inc)のチーフ・サイエンティフィック・オフィサー(Chief Scientific Officer)である。
なお、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)は、「Times Higher Education」の大学ランキングで世界第12位の超名門大学である。 → World University Rankings 2022 | Times Higher Education (THE)
インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)。上の写真出典、下の写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:エディンバラ大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1981年に大学・学部に入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:61 歳?
- 分野:免疫学
- 不正論文発表:2014~2015年(51~52歳?)の2年間
- 発覚年:2015年(52歳?)
- 発覚時地位:インペリアル・カレッジ・ロンドン・教授兼学科長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は日本の藤田保健衛生大学のヨハンズ・ダイグストラ講師(Johannes M Dijkstra)が「パブピア(PubPeer)」が長い文章で、問題を指摘した
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」、「Scientist」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②インペリアル・カレッジ・ロンドン・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/research-and-innovation/research-office/public/Research-Misconduct-Report—2016.pdf
- 大学の透明性:所属機関の事件への透明性:実名報道で機関もウェブ公表(〇)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:「パブピア(PubPeer)」では2報指摘。内、1報が撤回
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:解雇(辞職?)
- 日本人の弟子・友人:日本人かどうか不明だが日本的名前の「Takaharu Ichimura, PhD」(ハーバード大学のブリガム・ウィメンズ病院(Brigham and Women’s Hospital)・イントラクター)が本記事で問題にした「2015年5月のScience」論文の共著者
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:(18) Philip Ashton-Rickardt | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1981年に大学・学部に入学した時を18歳とした
- 1981~1984年(18~21歳?):英国のキングス・カレッジ・ロンドン(King’s College London)で学士号取得:生化学
- 1984~1988年(21~25歳?):英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)で研究博士号(PhD)を取得:分子免疫学
- 1990年9月~1995年6月(27~32歳?):米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・ポスドク
- 1995年6月~2006年6月(32~43歳?):米国のシカゴ大学(University of Chicago)・準教授
- 2006年6月~2017年11月(43~54歳?):英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)・教授兼学科長
- 2015年10月(52歳?):「2015年5月のScience」論文のデータ不正が発覚
- 2017年11月~2019年10月(54~56歳?):米国のスミス・セラピューティクス社(Smith Therapeutics)を創設・社長
- 2021年6月(58歳?)~:米国のシジロン・セラピューティクス社(Sigilon Therapeutics, Inc)のチーフ・サイエンティフィック・オフィサー(Chief Scientific Officer)
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
「フィリップ・アシュトン=リッカード」と紹介。
「2015年5月のScience」論文の内容説明動画:「Scientists discover protein that boosts immunity to viruses and cancer – YouTube」(英語)1分02秒。
BBC Newsチャンネル登録者数 2.35万人が2015/04/18 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=IjdZ2iDI2lM
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2015年4月16日(52歳?)、フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt、写真出典)は「2015年5月のScience」論文を出版した(電子版)。
- T cell metabolism. The protein LEM promotes CD8⁺ T cell immunity through effects on mitochondrial respiration.
Okoye I, Wang L, Pallmer K, Richter K, Ichimura T, Haas R, Crouse J, Choi O, Heathcote D, Lovo E, Mauro C, Abdi R, Oxenius A, Rutschmann S, Ashton-Rickardt PG.
Science. 2015 May 29;348(6238):995-1001. doi: 10.1126/science.aaa7516. Epub 2015 Apr 16.
この論文は、免疫で癌細胞を殺す従来とまったく異なる方法なので、それなりにインパクトがあり、一般紙が好意的に報じた。 → 2015年4月16日の「Telegraph」記事:Scientists find key to ‘turbo-charging’ immune system to kill all cancers
しかし、2015年10月(52歳?)、日本の藤田保健衛生大学のヨハンズ・ダイグストラ講師(Johannes M Dijkstra)が「パブピア(PubPeer)」が長い文章で、問題を指摘した。 → PubPeer
学術誌「Science」のマルシア・マクナット編集長(Marcia McNutt、写真出典)は、論文に掲載された画像が異常だとして気されたことを知り、直ぐにアシュトン=リッカードに問い合わせた。
アシュトン=リッカードはウエスタンブロット画像を間違えてしまったと説明し、元の画像を送り、図を修正した。
編集者はそれらすべての新しい画像を注意深く調べ、論文の結論に問題はなく、また、論文の修正前の結論と矛盾しないことを確認した。
2015年10月23日(52歳?)、「2015年5月のScience」論文の訂正が公表された。
図の修正で論文の結論は変わらなかったので、学術誌「Science」としては、ネカト調査をする理由はなかった。
いずれにせよ、ネカト調査は、必要なら、アシュトン=リッカードの所属大学がすべきことだった。
★調査
2016年に学術誌「Science」の編集長に就任したジェレミー・バーグ(Jeremy Berg)は、「2015年5月のScience」論文のエラーが見つかり、より多くの情報が利用可能になった。論文の結論が変わるかどうかではなく、研究公正基準をクリアしていたかどうかで判断すべきであると、アシュトン=リッカードの所属大学にネカト調査を依頼した。
インペリアル・カレッジ・ロンドンはネカト調査に入った。
2016年xx月xx日(53歳?)、インペリアル・カレッジ・ロンドンは調査結果を、次のように公表した(かいつまんだ意訳)。
研究記録の管理が不十分で元データが損失していた。論文の図の編集で繰り返しエラーを起こし、その一部を複製・加工し、さまざまな実験を支持するデータとして使用した。このように、論文は研究公正基準を下回っているので、ネカトとみなした。
このネカト行為はフィリップ・アシュトン=リッカード教授の単独の責任で、論文の他の著者は、誰も不正行為に関与していないことを確認した。インペリアル・カレッジ・ロンドンは、この調査結果を共著者に通知し、元の論文を撤回することを推奨する。撤回について学術誌「Science」と協議している。
以下は2016年xx月xx日のインペリアル・カレッジ・ロンドンの調査結果の冒頭部分(出典:同)。全文は2ページ → https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/research-and-innovation/research-office/public/Research-Misconduct-Report—2016.pdf
そして、2016年12月16日(53歳?)、学術誌「Science」はインペリアル・カレッジ・ロンドンの調査結果を受けて、「2015年5月のScience」論文を撤回した。 → 撤回告知:Science
●【ねつ造・改ざんの具体例】
パブピアで探った。
★「2015年5月のScience」論文
「2015年5月のScience」論文の書誌情報を以下に示す。2015年10月23日に訂正、2015年12月15日に懸念表明、そして、2016年12月16日に撤回された。
- T cell metabolism. The protein LEM promotes CD8⁺ T cell immunity through effects on mitochondrial respiration.
Okoye I, Wang L, Pallmer K, Richter K, Ichimura T, Haas R, Crouse J, Choi O, Heathcote D, Lovo E, Mauro C, Abdi R, Oxenius A, Rutschmann S, Ashton-Rickardt PG.
Science. 2015 May 29;348(6238):995-1001. doi: 10.1126/science.aaa7516. Epub 2015 Apr 16.
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/B74CF2D21C4A180A5685A30DC06D29
ウエスタンブロット画像のねつ造だが、加工が優れているためか、上記指摘の仕方が良くないのか、 不正箇所はわかり難い。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2022年4月20日現在、パブメド(PubMed)で、フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt)の論文を「Philip Ashton-Rickardt[Author]」で検索した。この検索方法だと、2003年以降の論文がヒットするが、2002~2021年の19年間の35論文がヒットした。
2022年4月20日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題にした「2015年5月のScience」論文・1論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年4月20日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでフィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt)を「Ashton-Rickardt」で検索すると、本記事で問題にした「2015年5月のScience」論文・ 1論文が2015年10月23日に訂正、2015年12月15日に懸念表明、そして、2016年12月16日に撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2022年4月20日現在、「パブピア(PubPeer)」では、フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt)の論文のコメントを「Karin Dahlman-Wright」で検索すると、本記事で問題にした「2015年5月のScience」論文と「2014年3月のImmunology」論文の2論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》なんで?
フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt)は超一流大学であるインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)の教授兼学科長である。
その超一流大学で9年も教授兼学科長を務めた人が、52歳(?)になって、なんで、ネカト論文を出版したかね。
ネカト論文を出版してまでアシュトン=リッカーが得たかったのは、何だったのだろう?
論文を出版しないと、研究費が得られない、インペリアル・カレッジ・ロンドンを解雇される、メンツが保てない、ということか?
《2》ネカト後の人生
フィリップ・アシュトン=リッカード(Philip Ashton-Rickardt)はネカト1報で論文撤回、その後、インペリアル・カレッジ・ロンドンから解雇された、あるいは辞職した。
「日本は大甘なので、解雇されない」、という日本との対比は置いておく。
アシュトン=リッカードは、英国から米国に渡り、解雇直後の2017年11月(54歳?)、ボストンで、スミス・セラピューティクス社(Smith Therapeutics)を創設し社長に就任した。
まあ、学術界ではなく医薬品業界だけど、むしろ、そっちの方が年収はいいだろう。
そして、現在は、米国のシジロン・セラピューティクス社(Sigilon Therapeutics, Inc)のチーフ・サイエンティフィック・オフィサー(Chief Scientific Officer)である。 → Sigilon – Therapeutics
シジロン・セラピューティクス社は2015年設立の従業員66人の会社だが、今後、大きく発展するかもしれない。 → SGTX $1.33(▲1.53%)Sigilon Therapeutics Inc | Google Finance
ネカトで人生を歪めたけど、能力は高く、素晴らしい知識・技術・経験を持っているハズだ。生かして欲しい。
出典:https://sigilon.com/about-us/
ーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●9.【主要情報源】
① 2015年11月17日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“Carelessness” forces Science to correct paper about immune booster – Retraction Watch
② 2016年12月15日のダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:High-profile Science paper retracted for misconduct – Retraction Watch
③ 2016年12月16日のジェフ・アクスト(Jef Akst)記者の「Scientist」記事:Mouse Immunology Paper Retracted | The Scientist Magazine®
④ 2016年12月28日のシモーナ(Simona)記者の「Medium」記事:Misconduct in science: in what we have to trust | by Simona | Medium
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します