2023年9月25日掲載
ワンポイント:ペイは上海生命科学研究所・所長だった。2019年12月xx日(65歳)、エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)がペイの2論文に重複画像があると「パブピア(PubPeer)」で指摘した。直ぐ、ペイではない共著者が「間違えました、スミマセン」と対応し、2論文は2020年(66歳)に訂正された。しかし、2019年、首都医科大学(Capital Medical University)のラオ・イー学長(Rao Yi)がペイの別の論文にネカトがあると指摘した。それで、中国の科学技術省はネカト調査を行なった。2021年1月21日(67歳)、科学技術省はペイの論文にねつ造・改ざんはないと発表した。「科学技術省のネカト調査不正」事件でもある。国民の損害額(推定)は5千万円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ギャン・ペイ(*裴鋼、Gang Pei、ORCID iD:?、写真出典)は、中国の上海生命科学研究所(中国科学院上海生命科学研究院、Shanghai Institutes for Biological Sciences、Shanghai Institute of Biochemistry and Cell Biology)・所長だった。医師免許は持っていない。専門は細胞生物学である。
登場人物が中国人なので、以下、本記事では、通常使う「名・姓」のカタカナではなく、日本人になじみやすい「姓・名」順のペイ・ギャンを使用する。その際、「姓・名」順を示す印である「*」印を省略した。
2019年12月xx日(65歳)、エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)がペイの2論文に重複画像があると「パブピア(PubPeer)」で指摘した。
直ぐ、1報は論文の第一著者が、もう1報は最後著者が「間違えました、スミマセン」と「パブピア(PubPeer)」で陳謝し、2論文は2020年(66歳)に訂正した。
論文は「間違い」とされたので、上海生命科学研究所はネカト調査委員会を設置していない。
しかし、2019年、首都医科大学(Capital Medical University)のラオ・イー学長(Rao Yi)がペイの別の論文にネカトがあると指摘した。
それで、中国の科学技術省はネカト調査を行なった。
2021年1月21日(67歳)、科学技術省はペイ・ギャンの論文にねつ造・改ざんはないと発表した。
それで、ペイ・ギャンは処分されていない。
ペイ・ギャンは中国工程院の院士で、中国ではとても偉い人である。
院士は、中国で科学技術領域および工学技術領域における最高栄誉の称号であり、その栄誉は生涯継続する。(2023年02月07日:【ニュース・中国】院士の資格剥奪メカニズムが制定 | JSPS海外学術動向ポータルサイト)
院士だから、まともな調査をしなかったと思われる。白楽は、「科学技術省のネカト調査不正」事件だと理解している。
なお、現在の中国の規則では、品行下劣なことをした場合、院士の資格は剥奪される。
上海生命科学研究所(中国科学院上海生命科学研究院、Shanghai Institutes for Biological Sciences、Shanghai Institute of Biochemistry and Cell Biology)。写真出典
- 国:中国
- 成長国:中国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:米国のノースカロライナ大学チャペルヒル校
- 男女:男性
- 生年月日:1953年12月11日
- 現在の年齢:70歳
- 分野:細胞生物学
- ネカト疑惑行為:1999年(45歳)の1年間と2014~2015年(60~61歳)の2年間
- ネカト疑惑行為時の地位:同済大学(どうさいだいがく、Tongji University)・学長。主要な研究室は上海生命科学研究所(推察)
- 発覚年:2019年(65歳)
- 発覚時地位:上海生命科学研究所・研究員(推察)
- ステップ1(発覚):第一次追及者はエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)で重複画像があると「パブピア(PubPeer)」で指摘。また、ラオ・イー(Rao Yi)も指摘
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、中国のメディア
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②上海生命科学研究所・調査委員会は設置されていない ③ラオ・イーの指摘に対して、中国・科学技術省・調査委員会
- 上海生命科学研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない。中国・科学技術省・調査委員会は調査し、シロと結論
- 所属機関の事件への透明性:該当せず(ー)。「間違い」扱いなので調査していない
- 不正疑惑:重複画像
- 不正疑惑論文数:1999年の1報、2014~2015年の4報、の計5報。撤回論文なし。訂正論文2報
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:発覚時の地位を続けた(〇)(推定)。ただ、この時の職が不明
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5千万円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 1953年12月11日:中国で生まれる
- 1982年(28歳):中国の瀋陽薬科大学(沈阳药科大学、Shenyang Pharmaceutical University)で学士号取得:薬学
- 1984年(30歳):同大学で修士号取得:薬学
- 1991年(37歳):米国のノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)で研究博士号(PhD)を取得
- 1995年(41歳):中国に帰国し、上海生命科学研究所(Shanghai Institutes for Biological Sciences)・研究員
- 1999年(45歳):後で問題視される1論文を出版
- 2000~2007年(46~53歳):上海生命科学研究所・所長
- 2007~2016年(53~62歳):同済大学(どうさいだいがく、Tongji University)・学長。主要な研究室は上海生命科学研究所(推察)
- 2014~2015年(60~61歳):後で問題視される4論文を出版
- 2019年12月xx日(65歳):2論文に重複画像があると指摘された
- 2019年12月xx日(65歳):首都医科大学(Capital Medical University)のラオ・イー学長(Rao Yi)から不正だと告発された
- 2020年(66歳):重複画像は「間違い」だったと論文訂正
- 2021年1月21日(67歳):中国・科学技術省は、ラオ・イー学長(Rao Yi)の指摘に対する調査の結果、シロと発表
●4.【日本語の解説】
以下は事件の解説ではない。ペイ・ギャン(裴鋼)が中国ではとても偉い人であることを示す文書である。
★2016年:執筆者名不記載(翻訳:新庄直樹)(Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6):科学研究に一層力を入れる中国
幹細胞研究
同済大学(上海市)の学長である幹細胞研究者の裴鋼(Pei Gang)と、中国科学院広州生物医学健康研究所の所長である裴端卿(Pei Duanqing)によると、中国は今回の5カ年計画に基づき、「幹細胞とトランスレーショナルリサーチ」と呼ばれる研究資金構想を始める。
続きは原典をお読みください。
★2022年9月30日:在上海日本国総領事館:赤松大使は「初心を忘れず,未来に向かって―日中国交正常化記念50周年シンポジウム」に出席
出典 → ココ
会議には、・・・、裴鋼・上海市欧米同学会会長、・・・が出席し、基調講演及びそれぞれの専門分野の見地から、・・・
続きは原典をお読みください。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2019年12月xx日(65歳)、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik、写真出典)がペイ・ギャンの2論文に重複画像があると「パブピア(PubPeer)」で指摘した。
★「2014年11月のPLoS ONE」論文
「2014年11月のPLoS ONE」論文の書誌情報を以下に示す。ペイ・ギャンの所属は複数記載されているが、上海生命科学研究所が最初だった。
- Smart Soup, a traditional Chinese medicine formula, ameliorates amyloid pathology and related cognitive deficits.
Hou Y, Wang Y, Zhao J, Li X, Cui J, Ding J, Wang Y, Zeng X, Ling Y, Shen X, Chen S, Huang C, Pei G.
PLoS One. 2014 Nov 11;9(11):e111215. doi: 10.1371/journal.pone.0111215. eCollection 2014.
重複画像は以下の緑枠画像である。出典:https://pubpeer.com/publications/0EE32C174D40A85A655E063D02F67C
2019年12月xx日(65歳)、第一著者のユージュン・ホウ(Yujun Hou)は直ぐに対応し、指摘を感謝し、「間違い」を陳謝した。最終的に、右下段の図を差し替え、論文を訂正した。 → 2020年8月3日の訂正公告
ペイ・ギャンも「パブピア(PubPeer)」で陳謝した。
★「2015年2月のJ Immunol」論文
「2015年2月のJ Immunol」論文の書誌情報を以下に示す。ペイ・ギャンの所属は複数記載されているが、上海生命科学研究所が最初だった。
- β-arrestin1 is critical for the full activation of NLRP3 and NLRC4 inflammasomes.
Mao K, Chen S, Wang Y, Zeng Y, Ma Y, Hu Y, Zhang H, Sun S, Wu X, Meng G, Pei G, Sun B.
J Immunol. 2015 Feb 15;194(4):1867-73. doi: 10.4049/jimmunol.1401989. Epub 2015 Jan 12.
重複画像は以下の緑枠画像である。出典:https://pubpeer.com/publications/30097403FD81752487FA002216C4D0
2019年12月xx日(65歳)、最期著者のビン・サン(Bing Sun)は直ぐに対応し、指摘を感謝し、「間違い」を陳謝した。最終的に、図を差し替え、論文を訂正した。 → 2020年3月1日の訂正公告
★ラオ・イーの糾弾
首都医科大学(Capital Medical University)のラオ・イー学長(Rao Yi、饒毅、写真出典)は、米国で活躍し中国に帰国した学者で、前職は北京大学・生命科学部長(former dean of Peking University’s School of Life Sciences)だった。
2019年11月29日、首都医科大学のラオ・イー学長が、中国の著名な数名の研究者のネカトを実名で報告したとの噂が流れた。実際は、まだ、報告していなかった。報告の草案だった。 → 饶毅回应实名举报3人论文造假:有过草稿 没发出|实名举报|饶毅|举报_新浪科技_新浪网
2019年12月、ラオ・イー学長は実際に研究者のネカトを糾弾した
シエタオ・チャオも含まれていたが、本記事の対象であるペイ・ギャンも含まれていた。 → シエタオ・チャオ、曹雪涛(Xuetao Cao)(中国) | 白楽の研究者倫理
ラオ・イー学長、ペイ・ギャンの「1999年の論文」の図3、4、5が真実だということはあり得ないと指摘した。
ペイ・ギャンは1999年に20報の論文を出版している。問題の論文は、以下の、「1999年7月のProc Natl Acad Sci U S A」論文ではないかと思うが、スミマセン、確証はありません。
- Five-transmembrane domains appear sufficient for a G protein-coupled receptor: functional five-transmembrane domain chemokine receptors.
Ling K, Wang P, Zhao J, Wu YL, Cheng ZJ, Wu GX, Hu W, Ma L, Pei G.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1999 Jul 6;96(14):7922-7. doi: 10.1073/pnas.96.14.7922.
ちなみに、以下に図3を示すが、図3線はグラフと棒グラフである。図4、図5は省略するが、棒グラフである(図の出典は原著論文)。
ラオ・イー学長の指摘を受け、中国の科学技術省はネカト調査を行なった。
2021年1月21日、科学技術省はペイ・ギャンの論文にねつ造・改ざんは見つからなかったという調査結果を発表した。 → 科技部通报有关论文涉嫌造假调查处理情况 涉及曹雪涛、李红良等 _ 证券时报网
同日、ラオ・イー学長は中国科学院・科学倫理委員会に対し、ペイ・ギャンの論文にネカトの疑いがあると正式に通報した。 → 正式举报林-裴 (1999) 论文涉嫌学术不端
2021年1月26日、通報を受けて5日後、中国科学院・科学倫理委員会は、この論文に関する明確な調査結果を出しているので、今後、この論文に関する調査をしないとする意見を公表した。 → 中科院学部科学道德建设委员会发布关于饶毅举报处理意见-中新网
●【ねつ造・改ざんの具体例】
上記したので省略。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★パブメド(PubMed)
2023年9月24日現在、パブメド(PubMed)で、ギャン・ペイ(*裴鋼、Gang Pei)の論文を「Gang Pei [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1999~2023年の25年間の196論文がヒットした。
2023年9月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2023年9月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでギャン・ペイ(*裴鋼、Gang Pei)を「Gang Pei」で検索すると、 0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2023年9月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ギャン・ペイ(*裴鋼、Gang Pei)の論文のコメントを「”Gang Pei”」で検索すると、7論文にコメントがあった。
2005年の1報、2014年の2報、2015年の2報、2021年のガイドラインが2報である。2021年のコメントは共著者が2299人もいることに対するコメントである。2005年の1報に対するコメントはネカトと思えない。
それで、本記事では、問題論文を1999年の1報、2014~2015年の4報の計5報とする。
●7.【白楽の感想】
《1》「間違い」
中国のネカト事件はスッキリしない。
明確な画像のねつ造・改ざんでも、ネカト犯が「間違い」と主張し、大学も調査機関も、「間違い」と扱い、それ以上、追求しない。
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以下は、「ツンユー・ワン(王存玉、Cun-Yu Wang)(米)」に書いたのと基本的に同じである。
ネカトと思われるのに、ネカト犯が「間違えました、スミマセン、論文を訂正します」と対応すると、現在のルールでは、それ以上、追求しなくてもよい状況がある。
「間違えました、スミマセン、論文を訂正します」と対応されても、実際はネカトであることがかなりある。ネカト調査の結果、「間違い」ではなく「ネカト」と判定することもできる。調査主体である大学の胸先三寸で決まる。
ペイ・ギャンの疑惑論文のほとんどは、この「間違いでした」で済ませている。
イインだろうか?
「間違い」は全部、ネカトハンターの指摘に対しての回答である。自発的に「間違い」に気がついての訂正ではない。
白楽が思うに、意図的な “間違い”(早い話、「ねつ造・改ざん」)なので、著者は最初から“間違い”(ねつ造・改ざん)を知っている。
その“間違い”(ねつ造・改ざん)が他人に気付かれなければ、そのままにしておきたい。だから、自発的に「間違い」に気付くということはあり得ない。それで、ネカトハンターに指摘されると、その都度、「間違い」を謝罪し、論文を訂正する。
これは、不正に分類すべきだと思う。
――――ここまで転用した
中国は曖昧にネカト事件を処理しているが、いずれ、中国自身が困る状況になるだろう。
右がギャン・ペイ(裴鋼、Gang Pei)。出典:論文被指圖像異常 中科院院士裴鋼道歉
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア中国語版:裴钢 – 维基百科,自由的百科全书
①-1 中国語で裴钢紹介:专家人才库数据–中国科学院分子细胞科学卓越创新中心资源库
② ウィキペディア英語版:Pei Gang – Wikipedia
③ 2019年12月5日のユ・ジュエン(Yu Zeyuan)記者の「ThinkChina」記事:China’s fight against academic fraud, Society News – ThinkChina
④ 2019年12月11日のリン・ジン(林瑾)記者の「香港」記事:論文被指圖像異常 中科院院士裴鋼道歉
⑤ 2021年2月11日のスティーブン・チェン(Stephen Chen)記者の「South China Morning Post」記事:Scientific fraud or false claim? China confronts a research crisis
⑥ 2021年2月14日の記者名不記載の「ANI」記事:China under lens over scientific fraud
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
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