2021年12月24日掲載
ワンポイント:米国の製薬企業・バイオジェン社(Biogen)は日本の製薬企業・エーザイと共同で、アルツハイマー病(Alzheimer’s disease)の治療薬・アデュカヌマブ(Aducanumab)を開発した。その効能は明確ではないが、2021年6月7日、米国の食品医薬品局は承認した。多くの専門家がこれは「最悪の承認」だと批判し、現在、論争中である。承認に伴う不正疑惑を、健康福祉省・監査総監室(HHS-OIG)が調査に乗り出した。なお、7日前の2021年12月17日、欧州医薬品庁(EMA)はアデュカヌマブを承認しなかった。そして、2日前の 2021年12月22日、日本の厚生労働省は結論を下せなかった。この事件は、2021年ネカト世界ランキングの「2」の「1」に挙げられた。この騒動で、死亡者や健康被害者はいない。国民の損害額は不明。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】
日本のアルツハイマー病(Alzheimer’s disease)患者数は、2020年で600万人である(厚生労働省老健局)。
認知症の60-70%がアルツハイマー病である。世界的に、かなり深刻で患者数も非常に多い。
アルツハイマー病の原因はアミロイドβ(Amyloid beta、略称: Aβ)が脳組織に蓄積することだとするアミロイド仮説がある。
それなら、モノクローナル抗体でその蓄積を減少させようという発想で、米国の製薬企業・バイオジェン社(Biogen)は日本の製薬企業・エーザイと共同で、モノクローナル抗体のアデュカヌマブ(Aducanumab)を開発してきた。
その製品名をアデュヘルム(Aduhelm、写真出典)と命名し、米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration)に認可を申請していた。
2021年6月7日、米国の食品医薬品局は、アルツハイマー病の治療薬としてアデュカヌマブ(Aducanumab)を承認した。
ところが、その効能はハッキリしないし、安全性が不確実なのに、承認したのは異常だと、多くの専門家が強く批判した。
食品医薬品局の委員を6年間務めたハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院のアーロン・ケッセルハイム教授(Aaron Kesselheim)は、「自分が知る限り、今回の承認は食品医薬品局の最悪の承認決定である」と、抗議のために委員を辞任した。
他の2人も承認に抗議し、食品医薬品局の委員を辞任した。
食品医薬品局が承認した半年後の2021年12月17日(本記事掲載の7日前だが)、欧州医薬品庁(EMA)はアデュカヌマブを承認しなかった。
そして、2日前の 2021年12月22日、日本の厚生労働省は「承認する・しない」の結論を下せなかった。
この事件は盗用事件ではない。データねつ造・改ざんがあったかどうか不明である。医薬品認可で意見・判断が大きく異なった紛争だと思われる。
ただ、承認に伴い不正利得が関与していたかもしれない。それで、健康福祉省の監査総監室(HHS-OIG)が調査に乗り出した。
この騒動で、死亡者や健康被害者はいない。
この事件の日本語解説はたくさん(3つ以上)あった。日本語記事を読むだけで事件内容を理解できる。
この事件は、2021年ネカト世界ランキングの「2」の「1」に挙げられたので、白楽ブログの記事にした。
食品医薬品局(Food and Drug Administration)。写真出典
- 国:米国
- 集団名:食品医薬品局
- 集団名(英語):Food and Drug Administration、通称はFDA(エフ・ディー・エイと読む)
- ウェブサイト(英語):https://www.fda.gov/
- 集団の概要:食品医薬品局は、米国の健康福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)傘下の政府機関で、連邦食品・医薬品・化粧品法を根拠とし、食品や医薬品、さらに化粧品、医療機器、動物薬、たばこ、玩具など、消費者が通常の生活を行うに当たって接する機会のある製品について、その許可や違反品の取締りなどの行政を専門的に行う(出典:アメリカ食品医薬品局 – Wikipedia)
- 事件の主役:食品医薬品局・医薬品評価研究センター(CDER: Center for Drug Evaluation and Research)のパトリツィア・カバゾニ・センター長(Patrizia Cavazzoni)
- 分野:医薬品認可
- 論争年:2021年
- 発覚年:2021年
- ステップ1(発覚):第一次追及者を特定しにくいが、1人はハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院のアーロン・ケッセルハイム教授(Aaron Kesselheim)
- ステップ2(メディア): 「Science」、「Scientist」、「New York Times」など多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①健康福祉省の監査総監室(HHS-OIG)
- 論争:認可は妥当か・不当か
- 論争数:1件。撤回されていない
- 被害(者):死亡者0人、健康被害0件
- 国民の損害額:不明
- 結末:事件が起こったばかりで、決着つくのに数年はかかる(推定)
●2.【日本語の解説】
日本語の解説が多数ある。
★2021年6月15日:久保田文(日経バイオテクONLINE):「米国でのアデュカヌマブ迅速承認で広がる波紋と懸念、そして日本導入への課題」
米食品医薬品局(FDA)がアルツハイマー病の治療薬として、米Biogen社の「Aduhelm」(アデュカヌマブ)を迅速承認してから約1週間。今回の迅速承認を巡っては、患者や家族、医療・介護者などから歓迎の声が上がる一方、今もなお専門家や業界関係者の間で物議を醸している。
報道によれば、2021年6月13日までに、FDAの末梢・中枢神経系薬物諮問委員会(Peripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committee)を務める11人の専門家のうち3人が、今回の迅速承認を受けて相次いで辞任した。そのうちの1人は、「今回の迅速承認は、近年の米国での医薬品の承認の中でおそらく最悪の決定だ」と述べるなど波紋が広がっている。
いったい、今回の迅速承認のどこが問題なのだろうか──。多くの専門家が指摘しているのは、患者や家族にとって重要な「認知機能の低下を抑制する」といった臨床的有用性に関して十分なエビデンスが示されないまま、「アミロイドβ(Aβ)を減少させる」という代替的な評価項目(サロゲートエンドポイント)に基づいて、アデュカヌマブが迅速承認されたという点だ。現時点で、Aβが減少すれば認知機能の低下が抑えられるという明確なエビデンスが確立していない状況で、Aβの減少を根拠に迅速承認されたことを専門家は問題視している。
アデュカヌマブは、Biogen社がスイスNeurimmune社から導入し、アルツハイマー病を対象にエーザイと共同開発してきた抗Aβモノクローナル抗体である
・・・・・・・・・・・・・・・
続きは、原典をお読みください。
★2021年8月30日: エマ・ベトゥエル(Emma Betuel)(翻訳:Dragonfly)(TechCrunch Japan):「波紋を呼んだアルツハイマー病治療薬「Aduhelm」への承認を皮切りに、米FDAの迅速承認経路への保健福祉省による審査開始」
米国保健福祉省の監察総監室(HHS-OIG)は米国時間8月4日、米食品医薬品局(FDA)の迅速承認プロセスについての調査を開始すると発表した。Biogen(バイオジェン)が開発したアルツハイマー病治療薬「Aduhelm(アデュヘルム)」に対する承認が物議を醸してから、わずか2カ月後のこの事態である。
・・・中略・・・
発表文には次のように記されている。「FDA内での科学的論争、諮問委員会による承認反対票、FDAと業界間の不適切な密接関係への疑惑、FDAによる迅速承認経路の使用などの理由により、FDAによるAduhelmの承認に対する懸念が生じています」。
・・・・・・・・・・・・・・・
続きは、原典をお読みください。
★2021年12月17日:青田秀樹(朝日新聞デジタル):「エーザイなどが開発のアルツハイマー病新薬、欧州医薬品庁が承認せず」
欧州連合(EU)で医薬品の審査を担う欧州医薬品庁(EMA)は17日、日本の製薬大手エーザイと米バイオジェンが開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」の販売を承認するべきではないと判断した、と発表した。米国の食品医薬品局(FDA)は条件付きで製造販売を承認していたが、EU側は異なる判断を下した。両社は「再審議を請求する予定だ」と発表した。
EMAは2020年10月からの審査を踏まえ、アミロイドβの減少と症状の改善効果との関係が立証されていないとした。また、患者の脳をスキャンした画像から、腫れや出血を示唆する異常が見られる例が出ているとし、さらに、これらがきちんとモニターされてきたかどうかもはっきりしないと指摘。アデュカヌマブは十分に安全とは言えず、「投与のメリットがリスクを上回っていない」と結論づけた。
★2021年12月22日:市野塊(朝日新聞デジタル):「注目の認知症薬「アデュカヌマブ」、継続審議に 追加データ求める」
厚生労働省の専門家による部会は22日、アルツハイマー病の新たな治療薬「アデュカヌマブ」の国内での製造販売について、結論を持ち越し、継続審議とした。今後、追加データの提出を待ち、改めて審議する。
・・・中略・・・
薬の有効性と安全性について議論があり、先に審議した欧米で判断が割れていた。米国では今年6月に米食品医薬品局(FDA)が承認したが、追加治験で有効性を示せなければ、承認を取り消す可能性があるという条件をつけた。一方、欧州連合の医薬品の審査を担う欧州医薬品庁(EMA)は今月、「投与のメリットがリスクを上回っていない」として承認を見送った。
●3.【事件の経過と内容】
★日本語の解説がたくさんある
この事件の日本語の解説がたくさんある。日本語の記事を読めば、事件の経過と内容は把握できる。
4本の記事を「2.【日本語の解説】」に示した。
以下は、補足的な記載である。
アルツハイマー病(Alzheimer’s disease、略:AD)とは、脳が萎縮していく病気である。認知機能低下、人格の変化を主な症状とする認知症の一種であり、認知症の60-70%を占める。
アミロイドβの脳組織への蓄積により、脳細胞が死滅する事が原因で起きる。
長らく治療薬が存在せず、患者は緩和ケアを受けながら死を待つのみであった。しかし、2021年6月8日にバイオジェン社が病理そのものに作用するとする治療薬「ADUHELM™(アデュカヌマブ)」について米国FDAから承認を受けたことを発表した。現状では傷害された脳組織の修復は実現していないが、脳機能の現状維持が期待できる。
全世界の患者数は210 – 350万人ほど(2010年)。(修正引用。出典:アルツハイマー病 – Wikipedia)
2020年11月6日、米国の食品医薬品局の科学諮問委員会は、アデュカヌマブ(Aducanumab)の有効性に関して疑問があると、全会一致でその承認に反対票を投じていた。 → 2020年11月6日記事:FDA Advisory Committee Throws Cold Water on Aducanumab Filing | ALZFORUM
しかし、その7か月後の2021年6月7日、食品医薬品局は、アルツハイマー病の治療薬としてアデュカヌマブ(Aducanumab)を承認した。FDA’s Decision to Approve New Treatment for Alzheimer’s Disease | FDA
アルツハイマー病治療の新薬承認は米国では18年ぶり。同病関連の認知機能の低下に対処する初の根本治療薬となる。(出典:米、18年ぶりアルツハイマー新薬承認 初の根本治療薬 :AFPBB News)
承認の責任者は食品医薬品局・医薬品評価研究センター(CDER: Center for Drug Evaluation and Research)のパトリツィア・カバゾニ・センター長(Patrizia Cavazzoni、写真出典)である。
効能はハッキリしないし、安全性も確実ではないのに承認したのは、異常だと、多くの専門家が強く批判した。
★動画
【動画1】
ニュース「FDA approves Biogen Alzheimer’s drug, first new therapy for the disease in nearly two decades – YouTube」(英語)1分52秒。
CNBC Televisionが2021/06/08に公開
【動画2】
ニュース「In controversial decision, FDA approves first new Alzheimer’s disease drug in nearly 20 years – YouTube」(英語)2分18秒。
6abc Philadelphiaが2021/06/08に公開
【動画3】
Public Citizen’s Health Research Group(HRG)のディレクターであるMichael Caromeが、食品医薬品局(FDA)に反対する過去1年間のHRGの擁護活動について説明。「FDA Approval of Aducanumab for Alzheimer’s Disease – YouTube」(英語)1時間3分42秒。
Case Western Reserve University School of Lawが2021/10/05に公開
★問題点
食品医薬品局(Food and Drug Administration)の委員を6年間務めたハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院のアーロン・ケッセルハイム教授(Aaron Kesselheim、写真出典)は、「自分が知る限り、今回の承認は食品医薬品局の最悪の承認である」と、抗議のために委員を辞任した。
ケッセルハイム教授は、「毎月の静脈内に注射するアデュヘルム(Aduhelm)の医薬品認可は間違っています。薬が効くというまともな証拠がない事実から始まって、他にも非常に多くの問題点があります」と述べている。
他の2人の委員も、抗議のために食品医薬品局の委員を辞任した。
また、大きな製薬企業に何度も勤めた経験のあるドイツ人で、医薬化学の専門家である デレク・ロウ(Derek Lowe)は、「これは私が今まで経験した中で食品医薬品局の最悪の決定の1つです(I think this is one of the worst FDA decisions I have ever seen) 」と批判している。 → 「Science」記事(左写真出典同):The Aducanumab Approval | Science | AAAS
バイオジェン社(Biogen)自身も、研究で、この薬は脳のアミロイド斑(amyloid plaques)を取り除く効果はあったが、アルツハイマー病患者の症状を改善する有益な効果はなかった、としている。
長年、脳のアミロイド斑はアルツハイマー病の引き金となると考えられていた。しかし現在、アルツハイマー病の研究者たちは、この「アミロイド仮説」を採用しない方向である。 → 2018年1月30日論文:Reconsideration of Amyloid Hypothesis and Tau Hypothesis in Alzheimer’s Disease – PMC
バイオジェン社(Biogen)は、アデュカヌマブの製品名であるアデュヘルム(Aduhelm)の価格を年間56,000ドル(約560万円)に設定した。これは、非常に高価な薬である。それもあって、認可されても、アデュヘルム(Aduhelm)が広く処方されるかどうかは分からない。
なお、4日前の2021年12月20日、バイオジェン社(Biogen)は、価格を約半額の28,200ドル(約282万円)にすると発表した。
→ 2021年12月20日記事:Biogen Announces Reduced Price for ADUHELM® to Improve Access for Patients with Early Alzheimer’s Disease | Biogen
→ 2021年12月20日記事:エーザイ[4523]:早期アルツハイマー病当事者様の治療アクセス改善に向け米国におけるADUHELMの価格引き下げを発表 2021年12月20日(適時開示) :日経会社情報DIGITAL:日本経済新聞
ただ、値段の設定が高い・安いはネカトとは別の話しである。白楽ブログで問題視する主要テーマではない。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
ねつ造・改ざんがあったかどうか、分からない。
省略
●4.【白楽の感想】
《1》判断
2020年、アルツハイマー病の患者は日本だけで600万人いる(厚生労働省老健局)。
それでも、治療薬がない。予防薬もない。
だから、高価であっても、安全で治療効果があるなら、アデュカヌマブ(Aducanumab)は恵みの薬である。
しかし、専門家が治療効果を疑う中、2021年6月7日、米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration、写真出典)は医薬品として承認した。一方、その半年後の2021年12月17日、欧州医薬品庁(EMA)は承認しなかった。また、2日前の 2021年12月22日、日本の厚生労働省は「承認する・しない」の結論を下せなかった。
そして、食品医薬品局(Food and Drug Administration)の承認に対して不正があったのではないかと、健康福祉省の監査総監室(HHS-OIG)が調査に乗り出した。
単に学術上の意見、解釈、判断の相違とは思えない状況である。
どんな不正が明るみに出るのか? 出ないのか?
病気は治るのか、治らないのか?
どんな薬も、100%安全ではないし、100%有効ということもない。
どれだけ安全で、どれだけ治療効果があれば、「良し」なのか?
食品医薬品局(Food and Drug Administration)本部のあるホワイトオーク(White Oak)キャンパス。写真出典
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●5.【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版:アデュカヌマブ – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Aducanumab – Wikipedia
③ 2021年6月7日のケリー・グレンス(Kerry Grens)記者の「Scientist」記事:Biogen’s Alzheimer’s Drug Gets FDA Approval, Mixed Reviews | The Scientist Magazine®
④ 2021年6月8日のデレク・ロウ(Derek Lowe)記者の「Science」記事:The Aducanumab Approval | Science | AAAS
⑤ 2021年6月10日のパム・ベラック記者とレベッカ・ロビンス記者(Pam Belluck and Rebecca Robbins)の「New York Times」記事:Three F.D.A. Advisers Resign Over Agency’s Approval of Alzheimer’s Drug – The New York Times
⑥ 2021年12月15日のロス・ポメロイ(Ross Pomeroy)記者の「RealClearScience」記事:The Biggest Junk Science of 2021 | RealClearScience
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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