2021年11月19日掲載
白楽の意図:ピカソのニセ絵を作る人はプロの鑑定家にもバレない贋作を作るのに、研究ネカト者は簡単にバレるねつ造・改ざんをする。両者を論じたジェレミー・フォックス(Jeremy Fox)の「2021年8月のDynamic Ecology」論文を読んだので、紹介しよう。
【追記】
・2024年7月13日記事:天才贋作師の作品? 高知県立美術館の1800万円絵画も偽物か | 毎日新聞
・2024年7月12日記事:県立近代美術館が6720万円で購入した作品に贋作の疑い 真贋を調査し結果を公表へ【徳島】|JRT NEWS NNN
・2023年3月18日記事:ドイツの天才贋作師、美術界をだまして億万長者に – CNN.co.jp
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、理解しやすいように白楽が色々加え、さらに、白楽の色に染め直してあります。
研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読んだ方がいいと思う。
●1.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Scientific fraud vs. art forgery (or, why are so many scientific frauds so easy to detect?)
日本語訳:科学的詐欺と贋作(または、なぜこれほど多くの科学的詐欺を簡単に検出できるのか?) - 著者:Jeremy Fox
- 掲載誌・巻・ページ:Dynamic Ecology
- 発行年月日:2021年8月25日
- 指定引用方法:
- ウェブ:https://dynamicecology.wordpress.com/2021/08/25/why-are-so-many-scientific-frauds-so-easy-to-detect/、保存版
- PDF:
- 著作権:
★著者
- 単著者:ジェレミー・フォックス(Jeremy Fox)
- 紹介:About/contact – Population, community, and evolutionary ecology
- 写真:https://foxlabcalgary.wordpress.com/
- ORCID iD:
- 履歴:https://foxlabcalgary.files.wordpress.com/2016/07/cv.pdf
- 国:カナダ
- 生年月日:米国、1972年10月3日生まれ。現在の年齢:52 歳
- 学歴:2000年に米国のラトガーズ大学(Rutgers University)で研究博士号(PhD)を取得
- 分野:生態学
- 論文出版時の所属・地位:カナダのカルガリー大学(University of Calgary)・教授の生態学者
カルガリー大学 (University of Calgary)。、写真(Ewan Nicholson/University of Calgary)出典
●2.【日本語の予備解説】
★xxxx年x月xx日:翠波画廊(著者不記載):国立西洋美術館も騙された贋作事件(1)
事件が起きたのは1965年のことです。国立西洋美術館は、売り込みに来たフランスの画商フェルナン・ルグロから2枚の絵を購入しました。
このルグロは販売作品に贋作が紛れているのではないかと、業界では噂の画商でした。とはいえ美術品の真贋の鑑定は難しく、画商自身も贋作であることを知らずに売った場合には「善意の第三者」として罪には問われないため、悪意を持って顧客を騙したことが立証できずに、野放しになっていたのです。
いわくつきの画商から国立西洋美術館が購入を決めたのは、絵画に専門家の鑑定書がついていたからでした。画家ドランの未亡人も真作だと太鼓判を押していました。たまたま訪日していたフランスの文化大臣アンドレ・マルローが、この2枚の絵を見て「素晴らしい作品だ。国外に流出するのが勿体ない」と社交辞令を言ったことも、購入を後押ししたそうです。
実際は、鑑定書そのものが怪しいものでした。よくできた贋作は、専門家ですら真偽の判定が難しいものです。ルグロは鑑定の甘い専門家を見つけて、うまく自分のパートナーとしていました。そして、成功した画商としてのブランド力と、抱き込んだ専門家の鑑定書の力で、ルグロは何百枚もの贋作を売りさばいたのです。
しかし悪事はいつかばれます。仲間同士のいざこざと、それに伴う警察沙汰、訴訟騒ぎが続き、とうとう1967年にルグロはフランスで国際指名犯となりました。きっかけとなったのはマルケの未亡人が、ルグロ所有のマルケ作品を贋作として訴えたことです。
★2021年02月08日:時事ドットコムニュース(著者不記載):平山郁夫らの偽版画出回る 大阪の画商販売か、警視庁捜査
日本を代表する画家、平山郁夫や東山魁夷らの絵画を基にした版画の贋作(がんさく)が出回っていることが8日、業界団体「日本現代版画商協同組合」(日版商)への取材で分かった。大阪府の画商が日版商の調査に贋作の販売を認めたといい、警視庁は著作権法違反容疑で関係先を捜索し、複数枚の版画を押収した。
●3.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》ダン・アリエリー(Dan Ariely)
2021年8月、心理学者・ダン・アリエリー(Dan Ariely)の「2012年9月のProc Natl Acad Sci U S A」論文のデータ不正が発覚した。 → 心理学:ダン・アリエリー(Dan Ariely)(米) | 白楽の研究者倫理
以下の図は、その論文の自動車保険会社に報告する走行距離データのヒストグラムである。
何千人もの人々に、ある期間に何マイル走行したかを尋ねたら、0〜50,000マイルの間で均一な分布が得られた、というデータである。
しかし、こんなデータはあり得ない。明らかにねつ造である。
この種のデータねつ造は、少し疑問に思って調べればすぐにバレる。
そして、「少し疑問に思って調べればすぐにバレる」というのが、研究界のデータねつ造事件の特徴である。
しかし、この特徴は不可解でもある。
もし研究データをねつ造をするなら、研究者はねつ造がバレるのを何としても避けたいハズだ。これは基本中の基本である。
ところが、多くの研究者は「少し疑問に思って調べればすぐにバレる」ねつ造をする。
研究界を除くと、どのレベルであれ、偽造者は、ねつ造、偽造、詐欺をする場合、少しぐらい調べられてもバレないように工夫する。
では、研究者は、どうして、簡単にバレるねつ造をするのか?
●《2》絵画偽造
有名な画家の作品をねつ造する絵画の贋作者は非常に熟練した芸術家である。
彼(女)らは、絵画の真贋を鑑定する専門の美術史家の目視検査に耐えるように、多大な努力を払っている。
これは、笑えるほど簡単にバレるねつ造をする研究者とは非常に対照的である。
とはいえ、最も卑劣な研究偽造と最も注意深い絵画偽造のどちらも、精査を受ける可能性のある査読や鑑定に耐えるように設計されている。
あなたがレンブラントの絵をねつ造するなら、あなたは描いた絵が専門の美術鑑定家によって綿密に検査されることを知っている。
だからこそ、レンブラントが描いたように見せるために、あなたは多大な努力をする。
一方、科学論文のデータをねつ造する場合、以前は、生データ(データセット)が綿密に検査される可能性はほとんどなかった。
ごく最近まで、生データ(データセット)を見せることは期待されていなかったし、実際、だれも生データ(データセット)を検査しなかった。
そして、出版後のデータ共有が多くの分野でますます普通になっている今日でさえ、共有した特定の論文の生データ(データセット)が検査されることは、まだまれである。
●《3》ヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Baltracchi)
研究偽造がバレる理由と絵画偽造がバレる理由の共通点は、斬新な方法で精査すれば、ねつ造が明白になるという事実だ。
ドイツ人のヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Baltracchi、1951年2月4日生まれ)は、妻・ヘレン(Helene)と共に、数百点の絵画をねつ造し、贋作で1億ドル(約100億円)稼いだといわれている。 → 2016年9月23日記事: アート界を震撼させた本物のニセモノ|贋作師ベルトラッチの数奇な人生
1914年、ベルトラッキは、ハインリッヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)の作品「Red Picture with Horses」のニセ絵を作った(以下の写真)。
ヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Baltracchi、写真出典)と彼が贋作したハインリッヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)の作品「Red Picture with Horses」。
視覚的には、このニセ絵が本物か贋作かはまったくわからなかった。
2006年11月、ベルトラッキはこの贋作を、288ユーロ(約3億5千万円)で売った。
2008年10月、この絵の鑑定を依頼されたラルフ・イェンチ(Ralph Jentsch)は、ラベルが偽物であることを見破り、絵に使われた顔料の化学分析をミュンヘンの研究所に依頼した。
すると、絵には、1914年には存在しなかったチタンホワイトを含む顔料が使われていたことがわかり、贋作だとバレた。
ベルトラッキが問題の絵画を偽造した頃、贋作の判定に顔料の化学分析がされることはなかった。
つまり、新しい方法・考え方が登場して初めて、絵画の贋作が証明できた。
なお、2010年8月、ベルトラッキはドイツで逮捕された。翌2011年10月、ドイツの裁判所で有罪になり、6年間の刑務所刑が科された。刑期を終えた現在、スイスのルツェルン湖畔で妻と余生を過ごしている。
●《4》ダン・アリエリー(Dan Ariely)再び
今年(2021年)8月にデータねつ造が発覚した米国の心理学者・ダン・アリエリー(Dan Ariely)事件でも同様のことが起こった。 → 心理学:ダン・アリエリー(Dan Ariely)(米) | 白楽の研究者倫理
アリエリーの「2012年9月のProc Natl Acad Sci U S A」論文のデータが不正だと指摘されたのは、論文を出版してから9年後の2021年である。
2012年頃の論文では、論文の生データが公開されることはなかった。将来公開される話も全くなかった。
実際、生データ(データセット)は、2020年まで、公開されていなかった。
2012年当時、論文の生データ(データセット)の共有は一般的ではなかったので、生データ(データセット)が精査されることは、ほぼあり得ない状況だった。
しかし、現在(2021年)では、生データ(データセット)の共有はある程度取り入れられている新しい研究スタイルである。
つまり、新しい方法・考え方が登場して初めて、別角度から精査され、データねつ造が発覚した。
すべての詐欺の一般原則は、「詐欺は通常、鑑定される可能性が高いとわかっている鑑定方法ではバレないように設計する」である。
従って、ダン・デイヴィス(Dan Davies)の金融詐欺検出の「ゴールデン・ルール」は、すべての詐欺に適用できる。
つまり、偽物の可能性がある場合、まだチェックしていない方法でチェックすべき、ということだ。
●《5》追記:魔が差す
本旨とは少しズレるが、誰かが指摘する前に自分(ジェレミー・フォックス)で書く。
一般的に、理性的な理解を超えるネカト行為がある。
学部生の盗用を例にあげる。
私は学部生向けの講義で生物統計学を教えている。
受講学生に、盗用とは何か、そして、それが大学の規則に違反していることを、私は詳しく説明している。
大学のオンライン・リポジトリの古い提出レポートから盗用、別のクラスの人の提出レポートから盗用、それらの逐語盗用(コピペ:verbal plagiarism)や言い換え盗用(paraphrase plagiarism )を、私は検出できる方法をもっていると、私は受講学生にシッカリ伝えている。
私は、学部生の彼(女)らをサポートするために、レポート作成に利用可能な各種資料を示し、盗用しないで、それらの資料を利用するよう勧めている。
そして、私は毎学期、彼(女)らに、上記の話をしている。
しかし、それでも、毎年、盗用レポートを提出してくる学部生を何人か捕まえている。
私は、この状況下で、彼(女)らがなぜ盗用するのかを理解できない。
そして、近頃、私はもう理解するのをあきらめた。ここでは、明らかに理性が死んでいる。
つまり、彼(女)らは、理性的でも合理的でもなく、ただパニックになったり、怠惰になったり、酔ったり、馬鹿になる。そして、その他、何でもありで、時々は、完全に不可解な行動をする。
ただ、盗用する学部生にとっては、その時、彼(女)らなりの合理的な理由があるということだ。
学部生の盗用を例にあげたが、研究者を含め人間は、必ずしも理性的でも合理的でもない行動をする、ということだ。
●4.【関連情報】
本論分のテーマとは異なるが、ジェレミー・フォックス(Jeremy Fox)は独特の視点・知識を持っている。
「全期間ネカト世界ランキング | 白楽の研究者倫理」の「★22.「史上 “最も偉大な” 科学的詐欺行為はどの事件か?」:2020年11月2日」など、興味深い。
●5.【白楽の感想】
《1》比較
ジェレミー・フォックス(Jeremy Fox)の論文を読んで、研究偽造と絵画偽造の比較が面白い発想だと思う反面、無理がある部分も感じた。
フォックスはこの無理を承知で書いたと思うが、クドイトと叱られようが、白楽は以下に指摘する。
【1.ピンとキリ】
絵画の贋作は実際にはピンからキリまである。そして、ピン、つまり、有名画家の作品の贋作は高い値段で売れる。
本論文で問題にしているハインリッヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)の作品「Red Picture with Horses」の贋作は約3億5千万円で売れた。
だから、専門家の鑑定が前提で、専門家に鑑定されてもバレないほど精巧にねつ造する。
一方、一般に、絵画技術の習得はなるべく本物の絵画と同じように描くことだ。だから、学習時点では、本物と同じように描いても盗用と非難されず、同じように描ければ褒められる。
美術の学習段階では、盗用は否定されない。むしろ肯定される。
だから、キリ、つまり、有名画家のでなく無名画家の作品の模写作品、それも下手な作品、はゴマンとあるだろう。
そして、それらは、商品としての価値はない。従って、鑑定されない。専門家に鑑定されてもバレないようには、最初から、模写しない。
つまり、レンブラントの贋作を作って、本物と称して売るつもりなら、専門の美術鑑定家によって綿密に検査されることを前提にして、作る。
でも、ありふれた習作なら、専門の美術鑑定家に精査されることを予想しない。
そして、研究論文で見られるネカトの多くは後者である。ほぼ全部の研究者は、まさか、自分の論文がエリザベス・ビックに精査されるとは思っていない。
【2.査読は贋作鑑定しない】
フォックスの論文では、絵画の鑑定に該当するのは研究論文の査読だとある。
しかし、査読は、絵画の鑑定に該当しない。
査読では、ネカトがあるかどうかを精査しない。ネカトがないとして、論文の中身を判定している。
【3.習作と非習作】
絵画技術の習得はなるべく本物の絵画と同じように描くことだ。
一方、研究論文のデータはお手本となるデータを真似るのではなく、今までにない全く新しいデータを得ることだ。
研究データのねつ造論文でも数十億円の価値がある発見もあるだろう。例えば、飲めば2日でコロナが治る薬を見つければ数十億円以上の発見になる。
しかし、その論文のデータがねつ造だったら薬の開発はできない。化合物はできてもコロナが治らなければ、クズ論文となる。
データねつ造かどうかを精査しなくても、数十億円の価値のある発見なら、どこかの過程で、クズは直ぐにバレる。
例えば、データねつ造の証拠がなくても、再現性がなければ、クズ論文になる。
だから、研究論文のネカト鑑定は、絵画が贋作かどうかの鑑定とは次元が異なる。
絵画での偽造と研究での偽造を比較するのは、面白いけど、無理もある。
ジェレミー・フォックスは無理を承知で、「新しい方法・考え方が登場して初めてバレる偽造がある」と示したかったのだ。この点の説得力は、素晴らしい。
《2》時代
新しい方法・考え方が登場して初めて、絵画の贋作が証明できた。このことは、研究不正でも有益な考え方だ。
絵画の不正発覚と同じように、研究上の不正も新しい方法・考え方が登場して初めて発覚した、ということになっていくのだろう。
最近では、査読偽装がそうである。
数年前から、世界では「性不正・アカハラ」も研究上の不正行為として扱われるようになった。
数年前に出没した捕食論文は不正かどうか微妙である。
盗用は、従来は逐語盗用だけを盗用としてきたが、逐語盗用以外の「言い換え盗用」「モザイク盗用」などの盗用がいずれ不正と認定されるようになるだろう。 → 2‐2 盗用のすべて | 白楽の研究者倫理
最近、人種差別論文が撤回された。当時、学術界および一般社会で許容された実験法・考え方の論文が、後年、非難されることはある。
なお、白楽は、データねつ造・改ざんは現在指摘されているより、もっとずっと多いと思っている。
現在、主に問題視されるのは画像のねつ造・改ざんである。しかし、もっと圧倒的に多いのは、測定値や解釈などのねつ造・改ざんである。
しかし、これらの不正を見つけるのはとても難しい。新しい方法が導入され、これらの不正を検出できれば、大きな変化があるかもしれない。
また、生命科学以外の分野でのネカトもたくさんあると思う。
現状では、発覚していないだけで、新しい方法・考え方が導入されれば、山のように発覚する気がする。
【動画1】
ドイツ人の贋作者・ヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Baltracchi)のドキュメンタリー動画:「Scammer 2.0 – Wolfgang Beltracchi: The German forger – YouTube」(英語)58分18秒。Show Me the Worldが2019/11/30に公開
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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