ワンポイント:14・15年前に発覚した盗用・ねつ造事件で、学術史事件の第1位とあったが、著書は学術書ではなく一般書だった
●【概略】
スティーヴン・アンブローズ(Stephen Ambrose、写真出典)は、米国・ニューオリンズ大学(University of New Orleans)・教授で、専門は歴史学だった。
ドワイト・D・アイゼンハワー大統領、リチャード・ニクソン大統領の伝記作家、そして、戦争物(ノンフィクション)のベストセラー作家として有名である。30冊以上の著書を出版している。
『Dデイ』D-Day 、『市民兵』Citizen Soldiers および『勝利者』The Victors などの第二次世界大戦に関する多くのベストセラー作家だった。彼はアイゼンハワー・センターおよびルイジアナ州ニューオーリンズの国立Dデイ博物館の創立者だった。また、映画『プライベート・ライアン』Saving Private Ryan での軍事アドバイザー、彼の作品『バンド・オブ・ブラザース』Band of Brothers に基づいたテレビ・ミニシリーズの製作総指揮を行った。(出典:スティーヴン・アンブローズ – Wikipedia)
2001~2002年(65~66歳)、ねつ造や盗用が発覚した。少なくとも7冊の著書(ノンフィクション)に盗用があった。著書は学術書ではなく一般書である。博士論文にも盗用があった。
この事件は、 「学術史上の10大研究スキャンダル」ランキングの第1位である(2012年ランキング | 研究倫理)。しかし、白楽が調べてみると、学術研究でのスキャンダルではなかった。
ニューオリンズ大学(University of New Orleans)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:ウィスコンシン大学マディソン校
- 男女:男性
- 生年月日:1936年1月10日
- 没:2002年10月13日、享年66歳
- 分野:戦争物のノンフィクション著作
- 最初の不正論文発表:1963年(27歳)
- 発覚年:2001~2002年(65~66歳)
- 発覚時地位:退職。ニューオリンズ大学・名誉教授
- 発覚:新聞記者
- 調査:①新聞社・記者。②図書館長
- 不正:盗用
- 不正論文数:7冊の著者。博士論文
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:
●【経歴と経過】
- 1936年1月10日:イリノイ州・ロビントン(Lovington, Illinois)で医者の子供として生まれる
- 1957年(21歳):ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)を卒業
- 1958年(22歳):ルイジアナ州立大学(Louisiana State University)・修士号取得。指導教授はT. Harry Williams。歴史学
- 1960年(24歳):ニューオリンズ大学(University of New Orleans)・歴史学・教授に就任。24歳で教授とは若すぎるが、ニューオリンズ大学は1958年創立である。創立時メンバーなのだろう。その後、他大学の教員にもなったが、主にニューオリンズ大学で過ごした。
- 1963年(27歳):ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)・研究博士号(PhD)取得。指導教授はWilliam B. Hesseltine。歴史学
- 1964年(28歳):アイゼンハワー大統領の伝記を執筆開始
- 1995年(59歳):ニューオリンズ大学(University of New Orleans)を退職
- 2001~2002年(65~66歳):著者や博士論文に盗用、記載のねつ造が発覚した
- 2002年10月13日(66歳):肺癌で没
●【動画】
【テレビ映画】
「Band Of Brothers:Combat 1 『翼のために』 Currahee HD – YouTube」(英語)8分12秒。
https://www.youtube.com/watch?v=64u125PwKag
bake monogatari が2015/01/17 に公開
スティーブン・アンブローズが1992年に米国で出版した『バンド・オブ・ブラザーズ』は第2次世界大戦中の米陸軍101空挺師団、506連隊E中隊の活躍を描いたベストセラーノンフィクションである。
2001年、スティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスは、この原作を元に10話構成のテレビミニシリーズを製作した。テレビ映画としては史上空前の120億円の制作費を投じて『プライベート・ライアン』の製作スタッフが関わった。Warner Bros. Entertainment, Inc Home Box Office Inc.(出典)
俳優トム・ハンクス(左)、スティーブン・アンブローズ(中央)、監督スティーブン・スピルバーグ(右)。写真出典
●【日本語の既解説】
日本語解説が少しあった。日本語解説を「修正」引用する。
★WIRED.jp: 2004年4月6日
出典 →「文章の盗作を探知する」ソフトの採用、新聞や警察などにも拡大 « WIRED.jp
故スティーブン・アンブローズ氏は、米国のテレビドラマ『バンド・オブ・ブラザーズ』の原作者として有名な歴史家だが、ベストセラーになった自著で他人の作品の一部を盗用したとして告訴された。[日本語版:高橋達男/多々良和臣]
●【不正発覚の経緯と内容】
最初にお断りしておく。この事件のねつ造や盗用は、主に、学術論文でのねつ造や盗用(研究ネカト)ではなく、一般書でのねつ造や盗用である。
★盗用:全体像
2002年1月7日、前年に出版したばかりの著書『The Wild Blue』に盗用が発覚した。指摘され、出版社は謝罪公告をしたけれども、アムブローズは、単に、引用符をつけ忘れただけだと弁解した。(2002/01/07 Ambrose Has Done It Before – Forbes(保存版))。
2010年4月にアップデートした「History News Network」記事では、結局、以下の7冊に盗用部分があるとされている(History News Network(保存版))。青色の著書での盗用例を次節に示す。
- The Wild Blue (Simon and Schuster, 2001)
- Nothing Like It in the World: The Men Who Built the Transcontinental Railroad, 1863-1869 (Simon and Schuster, 2000)
- Nixon: Ruin and Recovery 1973-1990 (Simon and Schuster, 1991)
- Citizen Soldiers (Simon and Schuster, 1997)
- Undaunted Courage (Simon and Schuster, 1997)
- Crazy Horse and Custer (Doubleday, 1975)
- The Supreme Commander: The War Years of President Dwight D. Eisenhower. (Doubleday, 1970)
★盗用例1:2001年作品『The Wild Blue 』
下記の赤色部分が同じ単語である。左が原典(1972年)で右がアンブローズ教授の上記の本の文章(2001年)。
★盗用例2:1975年作品『Crazy Horse and Custer 』
赤色部分が同じ単語である。左が原典(1959年)で右がアンブローズ教授の本の文章(1975年)。
★盗用3:博士論文
2002年5月10日、博士論文にも盗用があると指摘された。文章の帰属に不適切な部分が11か所あった。作品盗用のスタイルは後に出版するノンフィクション作品と同じで、原文を少し言い換え自分風に書き、引用しないというスタイルである(Ambrose Problems Date Back To Ph.D. Thesis – Forbes(保存版))。
★ねつ造
スティーヴン・アンブローズ(Stephen Ambrose)は「何百時間もアイゼンハワー大統領」と一緒に過ごした。「週に2日、アイゼンハワー大統領と過ごした」とも記述していた。
2009年、アイゼンハワー大統領図書館(Eisenhower Presidential Library)・副館長のティマスィ・リーブス(Timothy Rives、写真出典)は、アンブローズとアイゼンハワー大統領面の関係を展示しようと資料を整理していて、いくつかの記録を見つけた。記録を分析すると、2人が会ったのは3回だけで、2人が話した時間は「多めに推定してもトータル5時間で、実際は、多分2~3時間以下だろう」と述べている。
アンブローズの著書『Supreme Commander』(1970年)の脚注に、アンブローズがアイゼンハワー大統領と会ったと記した日時に、アイゼンハワー大統領は別の場所にいた、あるいは別の人と会っていたケースが7か所もあった。
例えば、アンブローズがペンシルヴァニア州でアイゼンハワー大統領と会ったと書いた日時に、アイゼンハワー大統領はカンサス州にいた。
また、アムブローズは、アイゼンハワー大統領から1964年に突然の電話があって、彼の伝記作家になってくれと頼まれたと主張していた。しかし、リーブスは、それは事実ではないという。アムブローズがアイゼンハワー大統領に自分から手紙を送付し、自己紹介の後に、大統領の伝記を書かせてもらえないかと頼んいる手紙を、リーブスは発見したのである。(2010年4月26日記事: Channelling Ike – The New Yorker(保存版))
●【論文数と撤回論文】
この事件は、博士論文の盗用以外は、学術論文でのねつ造や盗用(研究ネカト)ではない。論文数と撤回論文は調べていない。
●【白楽の感想】
《1》アンブローズのねつ造
アンブローズがアイゼンハワー大統領に伝記執筆をお願いしたのに、依頼されたかのように記述したことは、ねつ造というより脚色した自慢話や法螺話だ。読者に執筆内容の誤解を与えるとか、実害を生じさせるようには思えない。
事実の発見に関するねつ造ではないので、アンブローズの記述に基づいて、後の人を間違った方向に導くこともない。著書の売れ行きにはよいだろうが、その程度だ。
ベストセラー作品は、ノンフィクション作品といえども、そもそも話を面白くするためにある程度の脚色があると考えるのが通常ではないのか。
学術論文の研究ネカトと同一に扱わないほうがいいだろう。
歴史学の教授のねつ造事件だとの記載と以下のランキングの第1位だから、このブログで記事にした。しかし、本来、このブログで扱う研究ネカトではなかった。
この事件は、 「学術史上の10大研究スキャンダル」ランキングの第1位である(2012年ランキング | 研究倫理)。
ランクした人は、「Online College Courses」のスタッフ・ライターたちで、氏名は明記されていない。英語で「The 10 Biggest Research Scandals in Academic History」とあるが、「Research Scandal」(つまり、研究スキャンダル)とは思えないし、「in Academic History」(つまり、学術界の歴史上)とも思えない。ランクした人の「ねつ造・改ざん」と思える。
アンブローズ(左)、娘・グレース(Grace)(中央)、妻・モイラ(Moira Buckley) (右)、写真出典
《2》ここでの盗用
歴史的事実を土台にした物語での盗用は、深く調べていないが、たくさんあるのではないだろうか。過去の事実は資料からしか学べない。そして、その資料は少ないし後から加えることはできない。出典は同じになるだろう。
となると、同じ事実を伝える文章は、書き方を少し変えたところで、ほとんど同じになるはずだ。伝記やノンフィクションは、事実を伝える部分は先人の文章を流用しても、物語全体の切り口・面白さや・インパクト・作風が独自であれば、白楽は、問題ないと思う。ただ、著作権法はそれを認めていませんが。
《3》博士論文の盗用
2002年5月10日、博士論文にも盗用があると指摘された。盗用の程度は不適切な文章の帰属表現が11か所あったとのことだが、詳細は示されていない。
他人の文章を数十行、数ページにわたって流用したのではないようだ。もしそうなら、新聞記事が、そう記述し、騒ぐだろう。記事にそのような記述はない。だから、印象として、軽微な不適切さで、問題視するほどではなかったのだろう。
なお、ウィスコンシン大学マディソン校が1963年に研究博士号(PhD)を授与したが、博士号をはく奪していない。大学として調査し始めていないようだ。もし、はく奪すると、約40年前に授与した研究博士号である。当時の審査員も存命なのかどうかというところだろう。
●【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版:スティーヴン・アンブローズ – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Stephen E. Ambrose – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2010年4月25日のポール・ハリス(Paul Harris)の「Guardian」記事:Band Of Brothers author accused of fabrication for Eisenhower biography | US news | The Guardian(保存版)
④ 2002年1月11日のデイヴィット・カークパトリック(David D. Kirkpatrick)の「NYTimes」記事:As Historian’s Fame Grows, So Does Attention to Sources – NYTimes.com(保存版)
⑤ 2002年1月11日のデイヴィット・プロッツ(David Plotz)の「Slate」記事:Why Stephen Ambrose’s plagiarism matters.(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。