【ワンポイント】:米国・学術界のセクハラの多さにおどろく
【注意】:「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介ですし、白楽の色に染め直してあります。
●【概要】
イリノイ大学(University of Illinois)の人類学・助教授・キャスリン・クランシ―(Kathryn Clancy、写真出典)が、フィールド調査分野の院生・研究者の性的事件を調査した(Sexual harassment and assault are common on scientific field studies, survey indicates | News Bureau | University of Illinois)。
2013年に学会発表したことで話題になり、最終的な論文発表前におおくのメディアが報道した。最終的な論文(2014年のPLoS ONE)は以下である。
●【書誌情報】
- 論文名:Survey of Academic Field Experiences (SAFE): Trainees Report Harassment and Assault (フィールド学術研究経験者へのアンケート:訓練生が受けたセクハラと性的暴力)
- 著者:Kathryn B. H. Clancy, Robin G. Nelson, Julienne N. Rutherford, Katie Hinde Clancy KBH, Nelson RG, Rutherford JN, Hinde K
- 掲載誌:PLoS ONE 9(7): e102172. doi:10.1371/journal.pone.0102172
- 発行年月日:2014年6月16日
- 論文取得サイト:http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0102172
★著者
- 第一著者:キャスリン・クランシ―(Kathryn Clancy、上記写真出典| Photo by L. Brian Stauffer)
- 国:米国
- 学歴:
- 分野:人類学
- 所属・地位:イリノイ大学(University of Illinois)・助教授
●【1.フィールド調査分野】
フィールド調査の様子。Ben Salter/Flickr/Creative Commons
人類学、考古学、地質学などのフィールド調査を経験した666人からのオンライン・アンケート調査である。30か国から回答があった。
回答者は、主に、女性(77.5%)、異性愛者(85.9%)、白人(87.2%)、米国人(74.8%) で、訓練生(学生・院生・ポスドク)は58%を占めた。
フィールド調査の経験数は男女差がほとんどなく、平均は3.2回だったが、半数以上(54.8%)の人は4回以上フィールド調査を経験していた。
性的事件は頻繁に起こっていた。72.4%の人が性的事件を自分で体験した・見た・他人から聞いた。
72.4%の人が、直近あるいは最近の重要なフィールド調査で、不適切な性的言動を直接体験した・見た・他人から聞いた。
64%の人が、自分自身、セクハラ(harassment)を受けた経験があった。
ここでのセクハラの定義は、米国・雇用機会均等委員会(United States Equal Employment Opportunity Commission) の「Sexual Harassment」を使用し、不適当な性的発言、身体的な美しさについての発言、見た目の性差についての発言、他の似たような冗談である。
20%以上の人が、性的暴力(assault)の犠牲者だった。
ここでの性的暴力の定義は、WomensLaw.orgの「Sexual Assault」を使用し、レイプを含め、望まない身体的接触、認めてない性的接触、拒否すると危険と感じた性的接触である。
●【2.被害者は誰で加害者は誰か】
上の表に示すように、セクハラ(harassment)を受けた人の男女の割合は、女性71%、男性41%で、女性は男性の2倍セクハラを受けている。
性的暴力(assault)を受けた人の男女の割合は、女性26%、男性6%で、女性は男性の4倍性的暴力を受けている。
身分は、男女ともセクハラ・性的暴力ともに、被害者は圧倒的に訓練生(ポスドク、院生、学生)が多かった。
特徴的なのは、セクハラ(図A)と性的暴力(図B)の両方とも、男性は同僚から受けるが、女性は上位者から受けることが多いことだ。
●【3.事件の報告】
セクハラ(harassment)と性的暴力(assault)の被害者の数字を視覚的に表現すると以下の図3になる。青丸1つが男性1人、赤丸1つが女性1人を示す。
上の図3は、最上段:「回答者 → セクハラ被害者 → 性的暴力被害 者→ 相談窓口があるのを知ってる者 → 相談した者 → 対応に満足した者」の順である。
図3を数字で表すと以下のようだ。
男性は、回答者142人 → セクハラ被害者56人 → 性的暴力被害者8人 → 相談窓口があるのを知っていた者0人 → 相談した者1人 → 対応に満足した者0人
女性は、回答者516人 → セクハラ被害者361人 → 性的暴力被害者131人 → 相談窓口があるのを知っていた者25人 → 相談した者36人 → 対応に満足した者7人
相談窓口があるのを知っていた人は全体の22.2% (148/666)と少ない。
男性被害者で相談した人は1人なので、相談結果への満足度はウンヌン言えないが。女性は36人相談して7人しか相談結果に満足していない。対応組織・政策・規則が不備ということを示している。
●【白楽の感想】
《1》オンライン・アンケート調査
オンライン・アンケート調査である。フィールド調査を経験した666人は、無作為に選んだ集団ではない。アンケートに積極的に答えた集団だ。セクハラあるいは性的暴力の被害者が主として回答を寄せたのではないのだろうか? つまり、最初から、バイアスのかかった母集団ではないのだろうか?
そうだとすると、セクハラを受けた経験が64%あり、性的暴力の犠牲者が20%以上いるのは、フィールド調査研究者の内の特殊な人たちなのか、平均像なのかわからない。
さらに、アンケートで正直に回答するだろうか? セクハラまがいの被害を受けた人は、大げさに伝える傾向が強くはないのか? さらには、被害を受けていない人でも被害を受けたと回答するかもしれない。「研究ネカト」研究者である白楽は、アンケート回答中のねつ造・改ざんをどう検出・排除しているのか、とても気になる。
白楽は、こういうアンケート調査の数値を簡単には信用しない・できない。
《2》米国の学術界には驚くほどセクハラが多い
キャスリン・クランシ―の論文の数値の信頼度は低いが、米国の学術界にはセクハラが多いのは事実のようだ。
2015年4月13日の産経WESTに、韓国と米国の学術界の性的事件の記事がある(ソウル大で「権力型性犯罪」が深刻 ハーバード大は教授と学生の「性的関係」禁止 性乱れる世界の最高学府(1/5ページ) → 左のリンク切れたら、1頁のみ →ココ)。
「クラウディオ・ソアレス(Claudio Soares)(カナダ)」の記事で書いたが、米国の大学でのセクハラはかなり悲惨だ。これら防ぐために2014年1月、オバマ大統領は「レイプ・性的暴力の新アクションプラン(Rape and sexual assault: A renewed call to action)」にサインした。(Obama Seeks to Raise Awareness of Rape on Campus – NYTimes.com)。
上記「レイプ・性的暴力の新アクションプラン」は、2007年のクリストファー・クレブス(Christopher P. Krebs)等の「The Campus Sexual Assault (CSA) Study」(https://www.ncjrs.gov/pdffiles1/nij/grants/221153.pdf)報告に啓発されている。
上の記事には驚く数値が並んでいる。なお、通常使われる「女子」学生を意図的に「女性」学生と書いた。
レイプはキャンパスで頻繁に起こっていて、全米で女性学生の5人に1人が性的暴行を受けている。しかし、被害届をだす女性学生は12パーセントしかいない。
性的暴行は主にパーティーで起こる。犠牲者は、薬物や酒で心身が正常ではなく、自由がきかない状況下で性的に暴行される。加害者は、しばしば連続した犯罪者で、男性学生の7パーセントが、レイプした、または、しようとしたと認めている。その約2/3は、何度もレイプをして、平均レイプ数は6回である。( ← 白楽、モタモタしないで初回で逮捕しろ!!)
ほとんどは逮捕されないし告訴されない。被害者は被害届をださないし、出しても、警察官は偏見で事件化しない。
(↑ 白楽、ナント言う数字だ! アメリカの大学に女性を留学させるな!)
★文化人類学の男性教授の研究室に入った女性大学院生の話(From the Field: Hazed Tells Her Story of Harassment – Blogs)。
私が所属した研究室には、多くの男性院生と少しの女性院生がいた。研究の場はフィールド調査、つまり、外国に行き、泊まり込みで調査する研究分野である。
私の教授は、「女性はかわいい人しか研究室のメンバーになれないよ」と、しばしば冗談を言う人だった。その言葉は、私の知識・思考法・スキルは研究に重要じゃないのかと思う気にさせた。教授は、男性院生がいる前で、私の非常に個人的な恋愛経験について質問した。私の体形の特徴や性的指向を、教授と男性院生は公然と話していた。私の大きな胸や私の性的経験をあーでもないこーでもないと話題にしていた。現地の国に売春婦として私を売ろうという話も冗談でしていた。
一度、私は、研究室の先輩の女性院生を賞賛したら、私が先輩とレスビアンの性的関係を持つというシナリオを作り始めた。
ポルノ写真は私の研究している場には毎日あった。
研究室の男性院生は、一見無害な冗談やからかいから出発し、段々と、過激な言動になり、コントロール不能な状態になってきた。私は、研究室の主流から取り残され、攻撃対象にされていると感じ、研究もうまくいかなくなった。
《3》研究関連メディアは大騒ぎ
一般論として、セクハラ・性的暴力は、社会のあらゆるセクターで問題になっている。特に教育、医療、スポーツ、芸能、宗教、軍など特殊な世界は問題が根深い。
今回は、学術界での指摘だが、学術界も問題が根深い。
セクハラ・性的暴力が多いという事実を知りつつ対応が遅れているためか、キャスリン・クランシ―の論文に対して、研究関連メディアは大騒ぎをした。目についた記事だけでも、ざっと、以下の通りだ。
- Harassment in Science, Replicated – NYTimes.com
記事は次のような記者自身のセクハラ経験から始まっている。
生物学部の女性学生だった私は、ある夏の数週間、コスタリカの森の奥深くで行なわれた研究プロジェクトに参加した。参加者は年上の男性大学院生と私の2人だけだった。研究場所の宿舎に到着すると、男性大学院生が予約した部屋は、ベッドが1つしかないシングルルームだった。
屈辱的に感じたけれど、堅物とか気難しいとかレッテルを貼られるのが嫌だったので、大騒ぎしなかった。翌日、宿舎のオーナーに自分のベッドを入れてもらった。この時、問題はそこで終わった。ボスである年上の男性大学院生は、幸い、私の身体を触るようなことをしなかった。
- Sexual Harassment and Assault Prove Common During Scientific Field Studies – Scientific American
http://www.scientificamerican.com/article/sexual-harassment-and-assault-prove-common-during-scientific-field-studies/ - Sexual harassment is common in scientific fieldwork | Science/AAAS | News
http://news.sciencemag.org/scientific-community/2014/07/sexual-harassment-common-scientific-fieldwork - Many women scientists sexually harassed during fieldwork : Nature News & Comment
http://www.nature.com/news/many-women-scientists-sexually-harassed-during-fieldwork-1.15571 - Researchers call for interdisciplinary look at sexual violence on campus
http://medicalxpress.com/news/2015-05-interdisciplinary-sexual-violence-campus.html
メディアがキャスリン・クランシ―の論文を大きく取り上げたということは、欧米学術界のセクハラ・性的暴力が、実は結構、深刻な問題になっているためだろう。
《4》著名科学者の不適切なアドバイス
2015年6月1日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事によると、サイエンス誌のキャリアサイトのアドバイスが撤回された(Science pulls advice post suggesting student “put up with” advisor looking down her shirt – Retraction Watch at Retraction Watch)。
相談:
私(女性)は2回目のポスドクとして新しいラボに入りました。実験室は良くできていて、研究テーマも満足です。ボスも良い科学者で、ナイスガイです。ただ、問題が1つあるのです。ボスのオフィスでボスに会っていると、ボスは私のシャツの胸の部分を見つめているのです。なお、ボスは既婚者です。
私はどうしたら良いでしょうか?
回答者は、皆さんのご想像通り、「ボスがそれ以上の行為に至らない限り、我慢した方がよいでしょう。胸を見つめるは歓迎できないけど、あなたの研究へのボスの関心とアドバイスは必要です」などとアドバイスしているのだ。
回答者は、カリフォルニア工科大学・管理職で著名なウイルス学者のアリス・ファン(Alice S. Huang) である。20年もハーバード大学・教授を務め、2010-2011年のアメリカ科学振興協会・会長 (AAAS)を勤めた女性がこのテイタラクである。
アドバイスは当然、数時間で撤回されたそうだ。こういう相談に著名科学者がとんでもないアドバイスをし、それがサイエンス誌に載るということが、米国の学術界にセクハラが普及(?)し、解決が困難であることを示している。
論文は米国の状況が中心なので、米国の事情を書いたが、日本は・・・。