2022年5月5日掲載
ワンポイント:インは山東大学(山东大学、Shandong University)・教授。2021年(54歳?)、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)らが「パブピア(PubPeer)」でインの2016~2022年の14論文に画像データのねつ造・改ざんがあると指摘した。インは、「間違いでしたすみません、と訂正」し、撤回論文は無い。学術誌・出版社はネカトなのに撤回せず、訂正で済ませる「学術誌・編集部のネカト調査不正」をしていた。山東大学はネカト調査をしていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin、ORCID iD:?、写真出典)は、中国の山東大学(山东大学、Shandong University)・教授で、専門は材料科学(太陽電池、リチウムイオン電池、光触媒)である。
2021年1月xx日(54歳?)、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)らは、「パブピア(PubPeer)」で、インの14論文(2016~2022年出版)に画像データのねつ造・改ざんがあると指摘した。
インは「間違えました、スミマセン、論文を訂正します」と対応した。
どうみても、「間違い」ではなく、データねつ造・改ざんなのだが、指摘された論文14報の内、7報で、「間違いでしたすみません、と訂正」した。
エルゼビア社、ワイリー社、一流の化学会の編集者たちは、インの「間違いでしたすみません、と訂正」を認め、データねつ造・改ざんではないと主張している。それで、論文を撤回しないで、訂正で済ませている。
つまり、ここでは、「学術誌・編集部のネカト調査不正」が起こっている。
山東大学はネカト調査をしていない。インは処分されていない。
山東大学(山东大学、Shandong University)。写真出典
- 国:中国
- 成長国:中国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:山東大学
- 男女:男性
- 生年月日:仮に1967年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:57 歳?
- 分野:材料科学
- 不正論文発表:2016~2022年(49~55歳?)の6年間
- 発覚年:2021年(54歳?)
- 発覚時地位:山東大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者はエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)ら
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②山東大学は調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:14論文。7論文訂正。撤回論文なし
- 時期:研究キャリアの中期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:尹龙卫 教授-山东大学材料科学与工程学院材料物理化学研究所
- 生年月日:仮に1967年1月1日生まれとする
- 1985.09-1989.07(18-22歳?):山東理工大学材料科学工学部、学士
- 1992.08-1995.07(25-28歳?):山東理工大学材料科学工学部、修士
- 1998.09-2001.07(31-34歳?):山東大学で研究博士号(PhD)を取得:材料科学
- 2000.09-2002.08(33-35歳?):山東大学材料科学部新材料研究センター準教授
- 2002.09-2003.02(35-36歳?):山東大学材料科学部新材料研究センター教授
- 2003.02-2006.03(36-39歳?):国立材料研究所材料材料研究所特別研究員
- 2006.03-現在(39歳? -):山東大学材料科学工学部、教授
- 2016~2022年(49~55歳?):ネカト疑惑論文14報を発表
- 2021年1月(54歳?):論文のネカト疑惑が指摘された
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2021年1月xx日(49歳?)、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)らは、「パブピア(PubPeer)」でロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin、写真出典)の2016~2022年の14論文に、画像データのねつ造・改ざんがあると指摘した。
指摘された論文14報の内、7報で、インは「間違えました、スミマセン、論文を訂正します」と対応した。「仏の顔も三度まで」なのに、7報もである。
どうみても、「間違い」ではなく、データねつ造・改ざんなのだが、「間違いでしたすみません、と訂正」方式で、何度も通した。
そして、驚いたことに、名門出版社のエルゼビア社とワイリー社、そして、名門学会のアメリカ化学会(ACS)の編集者たちは、インの論文の「間違い」を認め、データねつ造・改ざんではないと主張した。それで、論文を撤回せず、訂正で済ませている。
彼(女)ら編集者たちは、むしろ、ビックこそ、悪意を持って虚偽の主張を広め、ささいなことを問題にし、何も悪くないのにねつ造・改ざんと叫んでいる、と信じているようだ。
つまり、出版社と編集者はインの側にいる。
なんか、デジャビュですね。同じような話があった。そう、ファ・タン事件も同じで「間違いでしたすみません、と訂正」方式を何度もした。 → ファ・タン(汤华、唐華、Hua Tang)(中国) | 白楽の研究者倫理
エリザベス・ビックは、2022年2月20日のツイッターで、インの論文の画像は明白なねつ造なのに、「画像を間違えたので訂正します、で済むの奈良京都、私はこの腐敗と戦えない。もう、泣きたい気持ちです」と嘆いている(以下)。
Some days, I just want to give up.
This paper in @wileyinresearch‘s Advanced Functional Materials got a correction, because “the TEM images were incorrect”
I just want to cry right now. I cannot fight this corruption by myself. https://t.co/j8XC8qng0N pic.twitter.com/mYMfQhUWsC— Elisabeth Bik (@MicrobiomDigest) February 19, 2022
●【ねつ造・改ざんの具体例】
ロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin)の論文の不正は、明白なねつ造・改ざんなのだが、「間違いでしたすみません、と訂正」方式で処理されている。
★「2019年6月のAdvanced Energy Materials」論文
「2019年6月のAdvanced Energy Materials」論文の書誌情報を以下に示す。ワイリー社の学術誌である。2022年5月4日現在、撤回されていない。
- Hierarchical NiCo2S4@NiO Core–Shell Heterostructures as Catalytic Cathode for Long-Life Li-O2 Batteries
Peng Wang, Caixia Li, Shihua Dong, Xiaoli Ge, Peng Zhang, Xianguang Miao, Rutao Wang, Zhiwei Zhang, Longwei Yin
Advanced Energy Materials (2019) Volume9, Issue24 June 26, 2019
2021年1月、図7Aのピンク色直線で示した2本の曲線、さらに、 青色直線で示した2本の曲線は、同じ画像を使用していると、「エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)」が指摘した(画像出典も):https://pubpeer.com/publications/D90D5A8EA818D0F2D070A7CE9C40E4
2021年5月20日、論文著者は、「読者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」、として、図7Aを以下の図に差し替え訂正した。この訂正は、論文の結論に影響しませんと述べている。 → 訂正公告(図の出典):Correction
「エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)」は、この論文の他の画像の不正も指摘している。白楽が省略した。
★「2020年10月のACS Nano」論文
「2020年10月のACS Nano」論文の書誌情報を以下に示す。名門・アメリカ化学会(ACS)が出版している学術誌である。2022年5月4日現在、撤回されていない。
- Encapsulating Ultrafine Sb Nanoparticles in Na+ Pre-Intercalated 3D Porous Ti3C2Tx MXene Nanostructures for Enhanced Potassium Storage Performance.
Zhao R, Di H, Wang C, Hui X, Zhao D, Wang R, Zhang L, Yin L.
ACS Nano. 2020 Oct 27;14(10):13938-13951. doi: 10.1021/acsnano.0c06360. Epub 2020 Sep 25.
2021年1月、「Thallarcha lechrioleuca」が図6bの「C-3.0V」は「Fresh」と同じ画像を使用していると指摘した(画像出典も):https://pubpeer.com/publications/84FAF09141797AAE9D6236E08BDEAD
2021年3月23日、論文著者は、「読者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」として、図6bを以下の図に差し替え訂正した。この訂正は、論文の結論に影響しませんと述べている。 → 訂正公告(図の出典):Correction
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2022年5月4日現在、パブメド(PubMed)で、ロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin)の論文を「Longwei Yin[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2021年の18年間の50論文がヒットした。
2022年5月4日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年5月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin)を「Longwei Yin」で検索すると、 0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2022年5月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin)の論文のコメントを「authors:”Longwei Yin”」で検索すると、2016~2022年の14論文にコメントがあった。
14論文の内7論文を「間違いでしたすみません、と訂正」した。
●7.【白楽の感想】
《1》ネカト調査不正
ネカト事件というと「研究者がねつ造・改ざん・盗用した事件だ」と、多くの人は思い込んでしまう。白楽も長い間そう思っていた。ネカト事件を調べていると、事実として、そのような事件は多い。
この場合、研究者のネカトは所属大学がネカト調査をし、シロクロつける。
ところが、ネカト事件では、死角になっていてごく少数の人しかしか知らないことが起こっている。
以下、2つの死角を述べる。
《2》「大学のネカト調査不正」
1つ目の死角は、ネカト調査をする大学の調査不正、つまり「大学のネカト調査不正」である。外国の例もあるが、生々しい日本の2例を挙げておく。 → ①:5C 長崎大学の盗用事件:②異常な調査と判定 | 白楽の研究者倫理、②5C 名古屋大学・博士論文の盗用疑惑事件:③ 疑惑の証明 | 白楽の研究者倫理
「大学のネカト調査不正」があることは、ネカト事件の中級~上級理解者は知っていたと思う。
しかし、日本でハッキリ指摘する人はごく少数だったのと、世間が「大学」を信頼しているので、大多数の人は知らなかったと思う。今現在も知らない人が多いと思う。
読者(含・匿名)が白楽に内情・経験・情報を伝えてくれた件数から推察すると、実際はかなり頻繁に「大学のネカト調査不正」が起こっているようだ。
ただ、証拠は得にくい。日本の「大学のネカト調査不正」を分析した論文は無いが、最近、以下の英文の論文が出版された(閲覧有料、白楽未読)。
- Misconduct in research administration: What is it? How widespread is it? And what should we do about it?
Robert JS.
Account Res. 2022 Jan 6:1-20. doi: 10.1080/08989621.2021.2020110. Online ahead of print.
米国では、「大学のネカト調査不正」をただす仕組みがソコソコあるが、日本にはない。日本は政府の研究公正推進室もAMEDも「大学のネカト調査不正」に対して行政指導をしないので、「大学のネカト調査不正」天国である。
22年4月28日(木)18:54
日本医療研究開発機構(AMED)から、以下の返事がありました。https://t.co/zBCeNzWwva
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法令上、AMEDには「行政指導」を行う権限はありませんが、この度のような場合、AMEDは研究機関に対し、同様の事例が再発することがないよう、再発防止策を確実に実施するよう・・ pic.twitter.com/Rs1QUXGlu5
— 白楽ロックビル (@haklak) April 28, 2022
《3》「学術誌・編集部のネカト調査不正」
2つ目の死角に移る。
大学とは別に、学術誌・編集部がネカト調査し、掲載した論文のシロクロをつける。
ここも死角になっている。
学術誌・編集部のネカト調査にも不正がある。
学術誌はビジネス(営利企業、または学会の学術誌にも営利企業的側面がある)なので、出版社は学術誌の市場価値を高めるのに必死である。
だから、一度掲載した論文に関して、学術誌の評判を落とす論文撤回をしたくない。できれば訂正で済ませたい。
それに、大学教授が編集長や編集員とはいえ、編集係員は出版社に雇われた身である。
その係員が、編集長や編集員の人選をしている。編集係員の学術上の知的レベルはソコソコで、人によるが、正義感より保身やカネが大事だろう。
それで、大多数の人は知らないが、実は、「学術誌・編集部のネカト調査不正」も、かなり多いと思われる。
エリザベス・ビック自身の経験で、ビックが学術誌・編集部にネカトを告発してから4~5年経っても、781報/1016報=77%、つまり、77%の論文は撤回も修正もされなかった。 → 7-97 ビックのネカト告発方法 | 白楽の研究者倫理
つまり、学術誌・編集部の4分の3以上が、ネカト通報を無視または無対応という「学術誌・編集部のネカト調査不正」をしているのだ。
この問題を日本でハッキリ指摘する人はごく少数だったのと、大多数の研究者は「外国の学術誌」は権威があり、チャンとした人がチャンと対応していると、妄信している。
それで、大多数の日本の研究者は「外国の学術誌・編集部のネカト調査不正」を知らなかったと思う。今現在も知らないと思う。
では、日本の、つまり「日本の学術誌・編集部のネカト調査不正」がどれだけあるのか? これは、闇の中である。
幸か不幸か(イヤイヤ、不幸ですね)、日本の学術誌は世界から見るとナッシング状態なので、世界でも日本国内でも「日本の学術誌・編集部のネカト調査不正」を問題視する人はいない(いなかった)(多分)。
《4》「間違いでしたすみません、と訂正」方式
ロングウェイ・イン(尹龙卫、Longwei Yin、写真出典)のように、「間違いでしたすみません、と訂正」することで、ねつ造・改ざんデータの対処が済むなら、どうだろう、気楽にねつ造・改ざんデータで論文発表することが増えるだろう。
悪貨は良貨を駆逐する。
どこかが、なんとかすべきだ。
「間違いでしたすみません、と訂正」方式は10論文あたり1人2回まで、・・・、ウ~ム、凡策ですね。これではねつ造・改ざんデータを推奨することになる。
「10論文あたり」を取って、とにかく「1人2回まで」とし、3回目から大学が懲戒処分をする。・・・。これでは2回までは、推奨することになる、ウ~ム、これも凡策で、凡策二連発でした。
交通違反の違反点数制のようなのはどうでしょう。違反点が累積し、6点で免許停止、15点で免許取り消し。ネカト論文の共著者1報で1点などです(共著者でも告発すれば0点)。もちろん、ネカト犯は一発で免停、つまり、懲戒解雇などです。
とにかく、誰かが、どこかが、なんとかすべきである。
どなたか、名案一発お願いします。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
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●9.【主要情報源】
① 2022年2月23日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Longwei Yin corrections, or what’s the point anyway – For Better Science
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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