2019年7月26日掲載
ワンポイント:リバプール大学(University of Liverpool)・講師。2017年秋(38歳?)、リバプール大学はアントワーヌ論文のネカト調査委員会を設置し、2018年3月(39歳?)、質量分析データのねつ造・改ざんと結論した。上司であるケビン・パーク教授(Kevin Park)がネカトを見つけ通報した可能性が高い。疑念・訂正・撤回論文は13報でうち3報が撤回された。大学は辞職(解雇?)。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ダニエル・アントワーヌ(Daniel James Antoine、ORCID iD:、写真出典)は、英国のリバプール大学(University of Liverpool)・講師で、専門は薬理学(肝臓損傷)だった。
2017年秋(38歳?)、リバプール大学はアントワーヌ論文のネカト調査委員会を設置し、ネカト調査を開始した。
ネカト発覚の経緯は不明である。ネカトは生データを知っている人しか指摘できないデータねつ造・改ざんなので、上司であるケビン・パーク教授(Kevin Park)が見つけ通報した可能性が高い。
2018年3月(39歳?)、リバプール大学・ネカト調査委員会は調査結果をまとめ、アントワーヌがネカト犯だったという最終報告書を作成した。
ネカト調査の開始に伴い、アントワーヌはリバプール大学を辞職し、エディンバラ大学(University of Edinburgh)・教員に移籍していた。しかし、リバプール大学が調査結果を公表する過程で、エディンバラ大学に通知したと思われる。アントワーヌはエディンバラ大学を辞職した(解雇された?)。
リバプール大学(University of Liverpool)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:リバプール大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1979年1月1日生まれとする。2009年に研究博士号(PhD)を取得時を30歳とした
- 現在の年齢:45 歳?
- 分野:薬理学
- 最初の不正論文発表:2012年(33歳?)
- 不正論文発表:2012-2018年(33-39歳?)
- 発覚年:2017年(38歳?)
- 発覚時地位:リバプール大学・講師
- ステップ1(発覚):第一次追及者は指導教授のケビン・パーク教授(Kevin Park)と思われる
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①リバプール大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:実名報道で機関もウェブ公表(〇)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:13報が疑念・訂正・撤回。3報撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:なし、または、解雇?
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1979年1月1日生まれとする。2009年に研究博士号(PhD)を取得時を30歳とした
- xxxx年(xx歳):xx大学で学士号取得
- xxxx年(xx歳):英国のアストラゼネカ社(AstraZeneca)・研究員
- 2009年(30歳?):英国のリバプール大学(University of Liverpool)で研究博士号(PhD)を取得:薬理学。指導教授はケビン・パーク教授(Kevin Park)
- 20xx年(xx歳):リバプール大学・CDSS(MRC Centre for Drug Safety Science)・ポスドク
- 20xx年(xx歳):米国のハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)・ポスドク
- 20xx年(xx歳):英国のリバプール大学(University of Liverpool)・講師
- 2017年(38歳?):不正研究が発覚する
- 2017年(38歳?):英国のリバプール大学(University of Liverpool)・講師を辞職
- 2017年(38歳?):英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)・教員
- 2018年3月(39歳?):リバプール大学・調査委員会がクロと結論。但し、公表せず
- 2018年(39歳?):エディンバラ大学を辞職
- 2018年7月6日(39歳?):リバプール大学がクロと公表
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★ネカト事件の経緯
ダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)はリバプール大学(University of Liverpool)のケビン・パーク教授(Kevin Park、写真出典)の研究室で博士号を取得し、米国のハーバード大学医科大学院でポスドクをした後、英国に戻って、パーク教授・傘下の講師になった。
アントワーヌはリバプール大学所属の論文を2007年-2018年の11年間に78報出版しているが、最初の17論文を含め40論文がパーク教授と共著である。
ネカト発覚の経緯は不明である。後で示すように、ネカト箇所は生データを知っている人しか指摘できないデータねつ造・改ざんである。パーク教授が見つけ通報した可能性が高い。
2017年秋(38歳?)、リバプール大学はアントワーヌ論文のネカト調査委員会を設置し、ネカト調査を開始した。
2017年秋(38歳?)、ネカト調査の開始に伴い、アントワーヌはリバプール大学を辞職し、エディンバラ大学(University of Edinburgh)・教員に移籍した。
2018年3月(39歳?)、ネカト調査委員会は調査結果をまとめ、アントワーヌがネカトを犯したという最終報告書を作成し、以下の論文の撤回を要請した。しかし、アントワーヌがネカト犯だということを公表しなかった。
- Molecular forms of HMGB1 and keratin-18 as mechanistic biomarkers for mode of cell death and prognosis during clinical acetaminophen hepatotoxicity.
Antoine DJ, Jenkins RE, Dear JW, Williams DP, McGill MR, Sharpe MR, Craig DG, Simpson KJ, Jaeschke H, Park BK.
J Hepatol. 2012 May;56(5):1070-9. doi: 10.1016/j.jhep.2011.12.019. Epub 2012 Jan 17.
2018年7月6日(39歳?)、リバプール大学はアントワーヌがネカト犯だということを公表した。調査報告書が完成してから公表までなぜ4か月もかかったのか不明である。アントワーヌがネカト犯だと知らずにエディンバラ大学(University of Edinburgh)がアントワーヌを教員に採用していたことが公表の理由かもしれない。この公表前後に、アントワーヌはエディンバラ大学を辞職した。
リバプール大学はアントワーヌ事件を受けて、以下のような包括的な見直しを始めた。
- 大学在籍中にアントワーヌが関係したすべての出版物および研究活動を調査する
- 関連規制機関、関連パートナー組織、および共同研究者を含む主要な利害関係者に情報を提供する
- 不正行為の全範囲を明確にする包括的で独立した調査を行ない、将来のネカト対処への提言をする
そして、ルイーズ・ケニー副学長(Louise Kenny、写真出典)は次のように述べた。
リバプール大学は多くの分野で世界をリードする研究を提供することで知られています。研究公正はリバプール大学にとって非常に重要です。
したがって、我々はこの事件に非常に関心を寄せており、影響を受けた可能性がある研究開発への影響を特定するために包括的な調査を行なっています。
また、患者の安全性に対する影響は、私たちの最大の関心事です。 しかしながら、これまでに調査された限り、患者の安全性は脅かされないと我々は確信しています。
私たちは、パートナーと緊密に協力して、関連するすべての問題を理解し対処することを約束します。
調査の結果、現在および他の元・研究者または共同研究者が関与していないことを強調したいと思います。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
リバプール大学はアントワーヌがネカトを犯したことと、該当する論文が「2012年のJ Hepatol.」論文だという以外、調査内容を公表しなかった。
つまり、何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
仕方がないので、別の資料で探った。
★「2012年のJ Hepatol.」論文
「2008年のCancer Res.」論文の書誌情報を再度、以下に示す。2019年7月25日現在、懸念表明されている。2018年3月、リバプール大学は撤回を要請したが、撤回されていない。
- Molecular forms of HMGB1 and keratin-18 as mechanistic biomarkers for mode of cell death and prognosis during clinical acetaminophen hepatotoxicity.
Antoine DJ, Jenkins RE, Dear JW, Williams DP, McGill MR, Sharpe MR, Craig DG, Simpson KJ, Jaeschke H, Park BK.
J Hepatol. 2012 May;56(5):1070-9. doi: 10.1016/j.jhep.2011.12.019. Epub 2012 Jan 17.
パブピアはどのデータがどのように異常であるかを指摘してない。
学術誌「J Hepatol.」は懸念表明しているが、「結果が再現できない」と書いているだけで、どのデータが異常なのかを指摘していない。
→ Expression of Concern – Journal of Hepatology
★「2017年のJ Clin Invest」論文
以下の「2017年のJ Clin Invest」論文は2019年4月8日に撤回された。
- Molecular isoforms of high-mobility group box 1 are mechanistic biomarkers for epilepsy.
Walker LE, Frigerio F, Ravizza T, Ricci E, Tse K, Jenkins RE, Sills GJ, Jorgensen A, Porcu L, Thippeswamy T, Alapirtti T, Peltola J, Brodie MJ, Park BK, Marson AG, Antoine DJ, Vezzani A, Pirmohamed M.
J Clin Invest. 2017 Jun 1;127(6):2118-2132. doi: 10.1172/JCI92001. Epub 2017 May 15. Retraction in: J Clin Invest. 2019 Apr 8;130:2166.
パブピアはどのデータがどのように異常であるかを指摘してない。
学術誌「J Clin Invest」は次の理由で論文を撤回した。
→ JCI – Molecular isoforms of high-mobility group box 1 are mechanistic biomarkers for epilepsy
リバプール大学での調査の結果、編集委員会は最近、ダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)が提供した質量分析データは信頼できず、不正である可能性が高いことを知らされました。 具体的には、図1B、図2、図4A、および図5Aならびに補足の図3に提示されるHMGB1アイソフォームに関するデータは信頼できない。 このことで、JCIはこの論文を撤回しています。
図1B、図2、図4Aがどんなデータなのか以下に示そう。
図1B。棒グラフは、生データを見ないとどこがどうねつ造・改ざんされたのかわかりません。つまり、第3者はネカトを指摘できない。
図2。図2も棒グラフで、図1Bと同じように、生データを見ないとどこがどうねつ造・改ざんされたのかわかりません。つまり、第3者はネカトを指摘できない。
図4A。図4Aも棒グラフで、同上。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年7月25日現在、パブメド(PubMed)で、ダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)の論文を「Daniel Antoine [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2007~2019年の13年間の111論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多いと思われる。
「Antoine D[Author]」で検索すると、1957~2019年の63年間の192論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多いと思われる。
リバプール大学(University of Liverpool)所属と限定する「(Antoine D[Author]) AND University of Liverpool[Affiliation]」で検索すると、2007~2018年の12年間の78論文がヒットした。
2019年7月25日現在、「Antoine D[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。
- Molecular forms of HMGB1 and keratin-18 as mechanistic biomarkers for mode of cell death and prognosis during clinical acetaminophen hepatotoxicity.
Antoine DJ, Jenkins RE, Dear JW, Williams DP, McGill MR, Sharpe MR, Craig DG, Simpson KJ, Jaeschke H, Park BK.
J Hepatol. 2012 May;56(5):1070-9. doi: 10.1016/j.jhep.2011.12.019. Epub 2012 Jan 17.
★撤回論文データベース
2019年7月25日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)を検索すると0論文がヒットした。不思議に思い、「Daniel J Antoine」で検索したら、13論文がヒットし、3論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
★パブピア(PubPeer)
2019年7月25日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)の10論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだ。
ダニエル・アントワーヌ(Daniel Antoine)の場合、英国・リバプール大学(Liverpool University)の指導教員であるケビン・パーク教授(Kevin Park)が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。
《2》研究室内部
アントワーヌの場合、質量分析データのねつ造・改ざんである。生データを見ないとどこがどうねつ造・改ざんされたのかわからない。つまり、研究室内部の人しかネカトを指摘できない。
この場合、指摘された論文以外にもネカトがあるように思う。アントワーヌは論文が多作で、2007~2018年の12年間に78論文も出版している。いつからネカトを始めたかわからないが、これらの大半の論文は信頼できない気がする。
博士論文もネカトではないのだろうか?
2007年からネカトをしていたとすれば、ネカトの知識・スキル・経験を積み、なかなか発覚しにくい巧妙なネカトをしている可能性もある。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●9.【主要情報源】
① 2018年7月6日、リバプール大学のプレスリリース:Research misconduct update – News – University of Liverpool
② 2018年7月10日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:University of Liverpool reverses course, names researcher guilty of misconduct – Retraction Watch
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