ベルナー・セレ(Bernard Seret)、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)、ジョルジュ・セル(Georges Serre)(仏)

【概略】

  • 141205 mini_1358162575[1]ベルナー・セレ(Bernard Seret)は、フランス・パリにある国立自然史博物館の学芸員で魚類学者。 右の写真上 出典
  • ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)は、インドネシアのジャカルタにあるフランス国立の研究開発研究所(IRD:Institut de Recherche pour le Developpement)の研究員で遺伝学者。141205 Invite右の写真下 出典
  • ジョルジュ・セル(Georges Serre、写真見つからない)は、詳細不明だが、研究開発研究所の研究員らしい。

1998年、米国のマーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)が生きたシーラカンス(coelacanth)を捕獲し、写真付きでネイチャー誌に発表した。

2000年春、上記3人のフランス人科学者(ベルナー・セレ、ローラン・プユウ、ジョルジュ・セル)は、エルドマンの発見より3年前の1995年に生きたシーラカンスを捕獲していたので、発見の優先権は自分たちにあると、ネイチャー誌に写真付きの論文原稿を投稿した。

しかし、スグに、その写真は、エルドマンの1998年のネイチャー論文の写真を盗用したものだと発覚した。

141205 Latimeria_Chalumnae_-_Coelacanth_-_NHMW[1]シーラカンス写真(ネイチャー誌の写真ではない)出典

フランスの3人の科学者ベルナー・セレ(Bernard Seret)、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)、ジョルジュ・セル(Georges Serre)の誰が「盗用」犯なのか特定されたという報告が見つからない。以下、3人まとめて書く。

  • 国:フランス
  • 成長国:
  • 博士号取得:
  • 男女:男性3人
  • 生年月日:
  • 現在の年齢:
  • 分野:魚類学
  • 最初の不正論文原稿:2000年
  • 発覚年:2000年
  • 発覚時地位:
  • 発覚:ネイチャー編集部
  • 調査:
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:原稿1報
  • 時期:研究キャリアの途中
  • 結末:懲罰なし

★主要情報源:
① ダン・アギン(Dan Agin)の2007年11月27日出版の著書『Junk Science: How Politicians, Corporations, and Other Hucksters Betray Us』、Macmillan社、336 ページ:一部無料閲覧可能
② 1999年3月30日のコンスタンス・ホールデン(Constance Holden)の「サイエンス(Science)」誌記事:Dispute Over a Legendary Fish | Science/AAAS | News
③ Institut Virtuel de Cryptozoologie
④ Apologetics Press – Missing Links, Living Fossils, and Trick Photography
⑤ Indonesian coelacanth – Wikipedia, the free encyclopedia

【経歴】
フランスの3人の科学者ベルナー・セレ(Bernard Seret)、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)、ジョルジュ・セル(Georges Serre)の誰が「盗用」犯なのか特定されていないので、個人の経歴を記載しない。なお、経歴を充分に調査してもいない。

【背景:シーラカンスの発見】

幻の魚・シーラカンス(coelacanth)はウィキペディアによると以下のようだ。(シーラカンス – Wikipedia

シーラカンス目は多くの化石種によって存在が知られており、古生代デボン紀に出現して広く世界の水域に栄えたが、約6500万年前(中生代白亜紀末)の絶滅イベント(K-T境界)を境にほとんど全ての種が絶滅した。

1938年、長らくシーラカンス目は全て絶滅したものと考えられていたが、南アフリカの北東海岸のチャルムナ川(Chalumna River)沖(マダガスカル沖)にて現生種の存在が確認され、学会および世界を騒然とさせた。この現生種はシーラカンスの代名詞的存在となっているが、生物学上の名称は ラティメリア・カルムナエ (Latimeria chalumnae) である。

その後、1952年にはインド洋コモロ諸島で、1997年にはインドネシアのスラウェシ島近海で別種のラティメリア・メナドエンシス (Latimeria menadoensis) の現生が確認されている。これは日本語では生息地域の名を採って「インドネシア・シーラカンス」とも呼ばれるようになる。

1998年、米国・カリフォルニア大学・バークレー校の海洋生物学者・マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は、インドネシアのスラウェシ島近海で生きたシーラカンスを捕獲し、写真付きで、ネイチャー誌に発表した。

  • Erdmann, Mark V.; Caldwell, Roy L.; Moosa, M. Kasim; 「Indonesian `king of the sea’ discovered」、Nature, Volume 395, Issue 6700, pp. 335 (1998).

その裏話を、エッセイスト・甲斐 晶の文章を基本に少し改訂し理解しよう(甲斐 晶:「インドネシアにて: SERVUS!」)。改訂資料(①Sulawesi Coelacanth、②PandaMail June 2011、③Smithsonian Institution – The Coelacanth: More Living than Fossil)。

141205 day_15_pic_1[1]1997年9月18日、当時、米国・カリフォルニア大学・バークレイ校の大学院生(間もなく博士号取得)で、インドネシアの珊瑚礁を研究していた海洋生物学者マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は、結婚したばかりの妻・アーナズと、インドネシアのバリ島からスラウェシ島を新婚旅行していた。

二人でスラウェシ島の北部のモナド・ツア(Manado Tua)の青空市場を歩いている時、妻・アーナズが不思議な魚が木製の荷車に載せられて引かれて行くのを見かけ、夫・マークの注意を引く。彼は、すぐにそれがシーラカンスだと気付いて写真を撮り、漁師に現地産であることを確認したが、それが一大発見だと、その時は、分かっていなかった。

米国に戻って初めて、生きたシーラカンスは南アフリカの北東海岸のマダガスカル沖でも見つかっておらず、まして10,000km(白楽訂正、原文は1000km)も離れたインドネシアに生息している訳が無いと考えられていることを知る(白楽が下の写真加えた。出典)。CoelacanthDist

2か月後の1997年11月、インドネシアのスラウェシ島に戻ったマーク・エルドマンは、200人ほどの漁師の聞き取り調査をした。あの漁師の他にも3人からシーラカンスを捕まえたことがあるとの証言を得た。地元では「海の王様(Raja Laut)」と呼ばれ、年に数尾捕まえられていた。

141205 naturecover[1]彼らに報奨金を約束して果報を待つ。ついに1998年7月30日の朝、シーラカンスが生きたまま隣島の博士の家まで運ばれて来た。スラウェシの北、モナド・ツアの近海で鮫の網に掛かったシーラカンスである。そのシーラカンスはその後数時間生きており、博士はシーラカンスの泳ぐ姿を妻と一緒に写すことに成功した。この生きているシーラカンスの発見が2か月後の1998年9月24日号の「ネイチャー」誌に報告され、世界を驚かせた。

141205 indonesia_coelacanth_2[1]海面下で妻・アーナズ・エルドマン(Arnaz M. Erdmann)と泳ぐシーラカンス(1998年7月)。撮影:マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)。.写真出典(Smithsonian Institution – The Coelacanth: More Living than Fossil

【背景:シーラカンス新種の命名】

マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は、シーラカンスの組織の一部をサンプルとして取った後、シーラカンスを、インドネシアのチビノン(Cibinong)にあるインドネシア科学研究所(Indonesian Institute of Sciences:LIPI)に寄贈した。

彼とインドネシア科学研究所は、「米国・テキサス大学のチームが世界で最初にシーラカンスのDNA分析をし、論文として出版する。その分析で、インドネシアのシーラカンスが新種と判明したら、インドネシア科学研究所の科学者が新しい生物種名を名付ける」ことに合意した。

ところが、インドネシア科学研究所の科学者は、シーラカンスの寄贈を受けた後すぐに、インドネシアのジャカルタにあるフランスの研究開発研究所(IRD)のローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)にシーラカンスの試料を提供した。

1999年1月、米国・テキサス大学のチームがモタモタしている間、ローラン・プユウは論文原稿をネイチャー誌に送付した。

1999年2月、ネイチャー誌はローラン・プユウの原稿を不採択にした(不採択の理由は白楽には不明)。

ローラン・プユウは原稿を改訂し、すぐに、フランス科学アカデミーの研究論文誌「Comptes Rendus de L’Academie de Sciences」に投稿した。論文は、間もなく出版された(1999年4月号)。

  • Pouyaud, L., S. Wirjoatmodjo, I. Rachmatika, A. Tjakrawidjaja, R. Hadiaty, and W. Hadie (1999). “Une nouvelle espece de coelacanthe: preuves genetiques et morphologiques”. Comptes Rendus de l’Academie des sciences Paris, Sciences de la vie / Life Sciences 322 (4): 261-267. doi:10.1016/S0764-4469(99)80061-4. PMID 10216801.

141205 LaurentPouyaudつまり、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)(写真出典)は、インドネシアのシーラカンスの身体の一部をもらい、南アフリカのシーラカンスであるラティメリア・カルムナエ (Latimeria chalumnae)とDNAを比較した。その結果、インドネシアのシーラカンスを新種と結論したのである。

ローラン・プユウは、上記の論文で、インドネシアのシーラカンスをラティメリア・メナドエンシス (Latimeria menadoensis)と命名した。種名の「menadoensis」は、シーラカンスが発見された場所であるモナド・ツア(Manado Tua)に因んでいる。

この論文の共著者に、シーラカンスを生きたまま捕獲したマーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)やアーナズ・エルドマン(Arnaz M. Erdmann)が入っていない。エルドマンが発見したシーラカンスという試料提供が重要であって、DNA分析は試料さえあれば誰でもできる、と多くの研究者は思うだろう。

この時に実際に何が起こったのかを知らなくても、論文の著者名から考えて、ローラン・プユウが成果を横取りしたか、何かズルをしたに違いない、と多くの研究者は思うだろう。

事実、マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は、ローラン・プユウが、新種名の命名という、学者として「いちばんオイシイ部分」「大きな分け前(the lion’s share)」を取るという甘い汁を吸ったことに、とても憤慨した。「この男がしたのは測定機に魚肉を差し込んだだけだ」と、彼は吐き捨てた。

【不正発覚の経緯】

シーラカンスの発見と命名に関する上記の抗争が下敷きになって次のことが起こったと思われる。

シーラカンスを新種とし命名した翌年の2000年春、フランスの3人の科学者がネイチャー誌に3人共著のクレーム論文を投稿した。

自分たちは、1995年、インドネシアの海で生きたシーラカンスを捕獲していたので、シーラカンス発見の優先権はマーク・エルドマンではなく、自分たちにあると、シーラカンスの写真付きで主張した。

3人の著者は、ベルナー・セレ(Bernard Seret)、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)、ジョルジュ・セル(Georges Serre)である。著者の2番目は、シーラカンスの命名で汚いことをしたと思われるローラン・プユウその人だった。

3人の著者。

  • ベルナー・セレ(Bernard Seret)は、フランス・パリにある国立自然史博物館の学芸員で魚類学者。
  • ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)は、インドネシアのジャカルタにあるフランス国立の研究開発研究所(Institut de Recherche pour le Developpement:IRD)の研究員で、上記のような論争はあるが、別の視点では、シーラカンスの新種・ラティメリア・メナドエンシスの命名者なので、「シーラカンスの父」でもある。
  • ジョルジュ・セル(Georges Serre)は、研究開発研究所(Institut de Recherche pour le Developpement)の研究員らしいが、この人の素性や顔写真はわからない。

しかし、彼らが、マーク・エルドマンが1998年に捕獲した3年前の1995年に、本当にシーラカンスを捕獲したのなら、大きな疑問が起こる。

1995年に、どうして発表しなかったのか?

フランスチームは、捕獲したシーラカンスの標本を博物館に輸送するのに失敗し、標本として登録できなかったと弁解した。ただ、捕獲した時、写真を撮ったので、今回の論文原稿に示したが、その写真は、自宅の引っ越しの時に紛失し、2000年に見つかったというのだ。

それでも、フランスチームの発見が本当なら、シーラカンスの生息域に関しての知見は学術的に重要だった。

1938年に発見された南アフリカのシーラカンス、1998年にエルドマンが捕獲したインドネシアのシーラカンスともに、深海に棲む魚だった。しかし、フランスチームは、インドネシア・ジャワ島のパンガンダラン(Pangandaran)湾の浅い海域で発見したと記載していた。

浅瀬に生息するのが本当なら、深海のシーラカンスが陸上生活に移行する途上のシーラカンスの生物種を捕獲したことになる。進化の過程で、生物が海から陸に棲むようになるポイントの生物種かもしれないのだ。

ネイチャー誌は、フランスチームの原稿をエルドマン・チームに検討してもらった。すると、エルドマン論文の共著者の1人・ロイ・キャルドウェル(Roy Caldwell)は、「フランスチームの写真は、100%確実に、私たちの論文の写真を盗用したものだ」と伝えてきた。

ネイチャー誌編集部も、フランスチームのシーラカンスの写真と2年前に出版したエルドマンのシーラカンスの写真を比べ、実質的に同じだと結論した。それで、フランスチームの原稿を採択しないと通知した。

盗用した写真ではないかと追及され、フランスチームのベルナー・セレ(Bernard Seret)は、結局、2つの写真は同じ魚の写真だと認めた。「とても恥ずかしい」と述べている。

写真の実際の入手責任者はフランスチームのジョルジュ・セル(Georges Serre)だった。ジョルジュ・セルは、最初、「自分で写真を撮った」と言っていたが、追及されると、前言をひるがえし、「写真は、後に亡くなった友人が撮影したもので、未亡人がフランス国外に移住する際、私にくれた」と弁解した。(Photo fraud & the coelacanth – Geoff Read – edu.ku.nhm.mailman.taxacom – MarkMail

2000年7月13日号のネイチャー誌は、両者の写真を並べてある。(McCabe H, Wright J;「Tangled tale of a lost, stolen and disputed coelacanth」、Nature. 2000 Jul 13;406(6792):114.)。

141205 406114aa.0[1]左図の左黒枠が1998年のマーク・エルドマンの論文のシーラカンスの写真である。右が、フランスチームの写真だが、シーラカンスは3匹並んでいる魚の右下である。この小さな写真でも、良く見れば、マーク・エルドマンのシーラカンスとフランスチームのシーラカンスは、形(全体・頭・ひれ・尾の形)が全く同じだとわかる。つまり、写真を盗用したことは明白である。 写真出典

マーク・エルドマンの論文の写真をスキャナーでスキャンし、パソコンに取り込み、電子的に加工し、他の魚と並べて、あたかもこれらの魚を一緒に捕獲したという写真をねつ造したのである。

そのねつ造写真を証拠に、自分たちが先に発見したと、ネイチャー誌に論文原稿を投稿したのだ。

2000年、彼らはフランス国立研究所に所属していたので、フランス政府は、詐欺罪で、著者2人の研究者の所属する研究開発研究所(Institut de Recherche pour le Developpement)を公式に捜査した(News in Brief (2000), “French Agency Seeks Inquiry into ‘Forged’ Coelacanth Photo,” Nature, 406:554, August 10.)。ただ、その結果、誰がどのような罪に問われたのか、白楽は、情報を入手できていない。

【論文数と撤回論文】
原稿段階で疑惑がもたれ、盗用が発覚したので、撤回論文はない。

【事件の深堀】

米国の若い大学院生(マーク・エルドマン)が発見したシーラカンスの栄誉を、フランスの中堅研究者が横取りしようとした事件に思える。

1998年にマーク・エルドマンが捕獲したシーラカンスの試料を入手し、DNA分析し、1999年に新種と論文発表した。この時、マーク・エルドマンを論文の共著者に入れていない。

自分たちが捕獲したシーラカンスじゃないのに、分析だけして、いちばん大きな分け前(the lion’s share)を取るという甘い汁を吸った。この行為に、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)は、味を占めたか、後ろめたさを感じたのかどちらかだろう。

それに、若い大学院生のマーク・エルドマンはインドネシアを新婚旅行中に街を歩いていて、歴史に残る魚を発見した。

一方、ローラン・プユウ(Laurent Pouyaud)は、長年、インドネシアのジャカルタにあるフランス国立の研究開発研究所(Institut de Recherche pour le Developpement)に勤務し、インドネシアの海洋生物を熟知している研究者である。そういえば、自分も、市場でシーラカンスと同じ魚を見ていたに違いないと思っただろう。どうして、それをシーラカンスだと気がつかなかったのか、とジクジたる思いがあったのではないだろうか?

それで、ジョルジュ・セル(Georges Serre)が写真を見せてくれた時、盗用かもしれないと思いつつ、作り話に乗ったのではないだろうか。

【白楽の感想】

《1》 功労者
この事件の重要な役割を演じたのは、ネイチャー誌編集部の行動と判断である。フランスチームの原稿の不正に気がつき、論文として掲載しなかった。さらに、盗用の顛末を記事にした。これで、フランスの「世紀の発見を横取りする陰謀」を阻止することができたのである。

《2》 盗用写真

マーク・エルドマンのシーラカンスとチョッと比較すれば、スキャナーで画像をパソコンに取り込み、画像をねつ造したと簡単にわかる。それなのに、共著者は、どうしてねつ造論文を投稿したのだろう?

事件の責任をどう取ったのかわからないが、ベルナー・セレ(Bernard Seret)は、現在、フランス・パリにある国立自然史博物館の学芸員として働いている。サメの研究で著名である。 写真出典
bernard-seret-171936[1]

一方、マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は現在、環境問題の国際NGOであるコンサベーション・インターナショナル (Conservation International)のインドネシア海洋プログラムの上級アドバイザーである(出典。写真も)。141205 ci_51115351