ワンポイント:ねつ造・改ざん論文で研究費を得ると横領罪?
●【概略】
ステファノ・フィオルッチ(Stefano Fiorucci、写真出典)は、イタリアのペルージャ大学(University of Perugia)・準教授・医師で、専門は内科(消化器)だった。
2008年6月(51歳?)、フィオルッチは、論文データのねつ造・改ざんと横領罪で逮捕された。横領罪は不正論文で2百万ユーロ(約2億円)の研究費を得たことが該当するとされた。
ねつ造・改ざん論文で研究費を得るのは横領罪? 有罪なら、世界で最初である。
2012年7月に裁判があったハズだが、白楽は、イタリア語を解読できず裁判の結果を理解できていない。ご存知の方、教えてください。
なお、この事件は、2012年2月27日の「大学の10大研究不正」ランキングの第9位になった(2012年ランキング | 研究倫理)。
ペルージャ大学(University of Perugia)。写真出典
- 国:イタリア
- 成長国:イタリア
- 研究博士号(PhD)取得:なし?
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1957年1月1日とする
- 現在の年齢:67 歳?
- 分野:内科(消化器)
- 最初の不正論文発表:2001年(43歳?)
- 発覚年:2008年(51歳?)
- 発覚時地位:ペルージャ大学・準教授
- 発覚:
- 調査:①ペルージャ大学・調査委員会。~2012年1月。②裁判所
- 不正:ねつ造・改ざん、研究費横領
- 不正論文数:4報撤回、9報懸念表明
- 時期:研究キャリアの中期
- 結末:辞職なし
●【経歴と経過】
主な出典:①Stefano Fiorucci – Perugia – Italy | about.me、②
- 生年月日:不明。仮に1957年1月1日とする
- 1981年(24歳?):イタリアのペルージャ大学(University of Perugia)を卒業。医師免許
- 1985年(28歳?):イタリアのペルージャ大学・胃腸病学の特別研究員(Fellowship)
- 1988-1990年(31-33歳?):米国のテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(South Western Medical School, University of Dallas)・胃腸病学の特別研究員(International Fellowship)
- 1990年(33歳?):イタリアのペルージャ大学・内科の特別研究員(Fellowship)
- 1998年11月1日(41歳?):イタリアのペルージャ大学・内科の準教授
- 2008年6月(51歳?):不正研究が発覚し逮捕された
- 2012年1月(55歳?):ペルージャ大学が調査を終え、データねつ造・改ざんと結論した
- 2012年7月(55歳?):裁判開始。白楽は結果不明
●【研究内容】
【動画】
研究内容の動画(イタリア語)。29分58秒。以下のサイトの下の方の左にある。
http://www.perugiachannel.it/A-M-I-C-I.html
撮影年月日:不明。公開日:不明
●【不正発覚の経緯と内容】
発見の発端はわからない。
フィオルッチは、イタリアのペルージャ大学・内科・胃腸病学のアントニオ・モレリ教授(Antonio Morelli、写真出典)の準教授である。
2008年6月(51歳?)、フィオルッチ準教授は、データ偽造と横領罪で逮捕された。横領罪は偽造論文で2百万ユーロ(約2億円)の研究費を得たことである。しかし、研究職をキープし、それ以降、19論文を出版した。
その事件では、結局、4報の論文撤回と9報の「懸念表明(expression of concern)」がされた。
以下は、ウェブ上の論文に「撤回論文(ARTCLE HAS BEEN RETRACTED)」の赤字スタンプが押された「2002年のBr J Pharmacol.」論文。フィオルッチ準教授が第一著者で、アントニオ・モレリ教授が最後著者である。
別の撤回論文「2004年のJ Clin Invest誌」論文だが、ねつ造・改ざん点を見てみよう。
以下の図8C(RT-PCRブロット)が以前の論文の図と同じだった。フィオルッチ準教授は、「間違って」再使用したが、それを、ねつ造・改ざんとされた、と弁明している。(白楽の感想:この場合、「間違って」は「ない」でしょう)。ブロット画像のねつ造・改ざんという典型的な研究ネカトである。
2012年1月(55歳?)、数年に及ぶペルージャ大学の調査結果が終わり、調査結果を公表した。また、裁判が2012年7月に予定されていることも公表した。
フィオルッチの弁護士・ステファノ・バギアンティ(Stefano Bagianti、写真出典)は、「彼は画像を改ざんも操作もしていない。研究費の不正使用もしていない」と述べている。
フィオルッチは、「画像をよく見えるようにスキャンしたけど不正操作はしていない。研究費の不正使用はしていない」と述べている。
警察は、「捜査の過程で、論文が不正確だと分かった。というのは、論文のデータそのものが実験結果を操作して得ていたからだ。フィオルッチは、電子的に複製や改ざんした写真を論文の画像として使っていた」と述べている。
フィオルッチの横領罪は、研究費の目的外使用のためなのか(そういう記述もある)、ねつ造・改ざん論文で研究費を得たためなのか、白楽には、はっきりつかめていない。一応、後者と考えた。
●【論文数と撤回論文】
2016年2月11日現在、パブメド(PubMed)で、ステファノ・フィオルッチ(Stefano Fiorucci)の論文を「Stefano Fiorucci [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の168論文がヒットした。
2016年2月11日現在、4論文が撤回されている。パブメドでは3論文が撤回で、2002年論文が1報、2004年論文が2報である。
まず、パブメドの3撤回論文。
- A role for proteinase-activated receptor-1 in inflammatory bowel diseases.
Vergnolle N, Cellars L, Mencarelli A, Rizzo G, Swaminathan S, Beck P, Steinhoff M, Andrade-Gordon P, Bunnett NW, Hollenberg MD, Wallace JL, Cirino G, Fiorucci S.
J Clin Invest. 2004 Nov;114(10):1444-56.
Retraction in: Vergnolle N, Cellars L, Mencarelli A, Rizzo G, Swaminathan S, Beck P, Steinhoff M, Andrade-Gordon P, Bunnett NW, Hollenberg MD, Wallace JL, Cirino G, Fiorucci S. J Clin Invest. 2006 Jul;116(7):2056. - Liver delivery of NO by NCX-1000 protects against acute liver failure and mitochondrial dysfunction induced by APAP in mice.
Fiorucci S, Antonelli E, Distrutti E, Mencarelli A, Farneti S, Del Soldato P, Morelli A.
Br J Pharmacol. 2004 Sep;143(1):33-42.
Retraction in: Br J Pharmacol. 2009 Mar;156(5):868. - A NO-releasing derivative of acetaminophen spares the liver by acting at several checkpoints in the Fas pathway.
Fiorucci S, Antonelli E, Mencarelli A, Palazzetti B, Alvarez-Miller L, Muscara M, del Soldato P, Sanpaolo L, Wallace JL, Morelli A.
Br J Pharmacol. 2002 Feb;135(3):589-99.
Retraction in: Br J Pharmacol. 2009 Mar;156(5):868.
次いで、パブメドでは撤回の表示がないが、【主要情報源】①では以下の2001年論文が1報撤回されたとある。
- “NO-mesalamine protects colonic epithelial cells against apoptotic damage induced by proinflammatory cytokines,”
Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 281: G654-G665, 2001
●【白楽の感想】
《1》事件は不明点が多い
イタリアの事件だからイタリア語が中心で、白楽には解読が困難だった。とはいえ、2012年7月の裁判結果がどうなっているのか、お伝えしたかったが、わかりません。ご存知の方、教えてください。
フィオルッチはその後も研究活動しているので、裁判では多分、無罪だったのでしょう。パブメドでは2016年に論文出版があり、フィオルッチのサイトでは2015年に論文を出版し、国際学会で発表もしていることがわかる(Stefano Fiorucci Laboratorio di Gastroenterologia Università di Perugia – Stefano Fiorucci – Professore e Ricercatore dell’Università di Perugia)。
《2》ねつ造・改ざん論文で研究費を得るのは横領罪?
イタリアの法律はわからないが、国際社会では日本を含め、研究ネカトは犯罪ではないとするのが一般的である(従来)。
以下は、米国・日本の例である。
米国では、研究ネカトは犯罪ではないとしているが、法律上、ねつ造・改ざん論文で研究費を得た時の罪名は5つある(Grant Fraud Responsibilities | GRANTS.GOV)。
英語に日本語併記すると次の5つだ。
• Embezzlement…横領罪
• Theft or bribery concerning programs receiving federal funds…政府助成金の盗金や贈収賄(18 U.S.C. § 666)
• False statements…不実記載(18 U.S.C. § 1001)
• False claims…不正請求(31 U.S.C. §§ 3729-3733)
• Mail fraud and wire fraud…郵便・通信詐欺(18 U.S.C. § 1341など)
横領罪が最初に記載されているが、2番目の罪名(政府助成金の盗金や贈収賄)が適切な気がする。
米国では、データねつ造・改ざん論文で研究費を得ても、現実的には、多くの場合、刑事事件になっていなかった。まれ(少数)だった。ただし、最近は、刑事事件化する動向に思える。実際に法律上、上記の罪名がリストされている。
日本は、研究ネカトで刑事事件になったケースはまだない(と思う)。
どうすべきかと問われれば、白楽は研究ネカトを減らす3本柱は「関心」「必見」「必罰」だと考えているので、研究ネカトで論文で研究費を得た時、刑事事件にすべきだと考える。
政府は早急に研究ネカト罪を制定すべきである。罰金刑は2倍返しを原則とし、受給した研究費の2倍を返還させるべきだ。研究ネカト罪を制定する前の現状は、詐欺罪で処理できるだろう。
●【主要情報源】
① 2012年1月30日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:University of Perugia researcher faces trial for embezzlement, fraud following 13 retractions and Expressions of Concern – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。