ワンポイント:盗用ガイドラインを盗用した
●【概略】
トラッカル・シャミン(Thorakkal Shamim、写真出典)は、インドのマラプラン郡本部病院(Government Taluk Head Quarters Hospital,Malappuram)・歯科外科医(Dental Assistant Surgeon)で、専門は歯科外科だった。
2015年3月頃(31歳?)、被盗用者が盗用と公益通報したことで、盗用が発覚し、シャミンの「2014年のIndian J Dermatol」論文が撤回された。
この事件は、盗用ガイドラインを盗用したという笑い話(皮肉な話)的な要素があり、「The Scientist」誌の2015年「論文撤回」ランキングの第5位になった。また、「livescience」誌の疑念科学:2015年「論文撤回」ランキングの第5位にも取り上げられた(2015年ランキング)
インド・マラプランの病院(Malappuram)(マラプラン郡本部病院かどうかわからない)。写真出典
- 国:インド
- 成長国:インド
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1984年1月1日とする。
- 現在の年齢:40歳?
- 分野:歯学
- 最初の不正論文発表:2014年(30歳?)
- 発覚年:2015年(31歳?)
- 発覚時地位:インドのマラプラン郡本部病院・歯科外科医
- 発覚:被盗用者の公益通報
- 調査:①被盗用者。②学術誌編集者?
- 不正:盗用
- 不正論文数:1報撤回
- 時期:研究キャリアの初期
- 結末:辞職(推定)
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1984年1月1日とする。インドで生まれる(推定)
- 2005年5月-2008年5月(21-24歳?):インドのカリカット医科大学(Calicut Medical College)付属のガバメント歯科大学(Government Dental College, Kozhikode)卒業。歯科医師免許取得。口腔病理と微生物学
- 2008年6月-2013年9月(24-29歳?):インドの二ランバー郡本部病院(Government Taluk Head Quarters Hospital, Nilambur)・歯科外科医(Dental Assistant Surgeon)
- 2013年10月-2015年9月(29-31歳?):インドのマラプラン郡本部病院(Government Taluk Head Quarters Hospital, Malappuram)・歯科外科医(Dental Assistant Surgeon)
- 2015年(31歳?)?:盗用が発覚した
- 2015年9月(31歳?):マラプラン郡本部病院を辞職(推定)
●【不正発覚の経緯と内容】
情報が少なく、事件の状況はつかみにくい。
2014年(30歳?)、シャミンは、「インドでの論文盗用ガイドラインの開発(Development of a guideline to approach plagiarism in Indian scenario)」という論文を「2014年のIndian J Dermatol」論文に単著で発表した。
2015年3月頃(31歳?)、この「2014年のIndian J Dermatol」論文が撤回された(Development of a guideline to approach plagiarism in Indian scenario Shamim T – Indian J Dermatol)。
撤回理由は、上記論文はイランのテヘラン大学のメーディ・モクタリ(Mehdi Mokhtari、写真出典)の博士論文「Developing a comprehensive guideline for overcoming and preventing plagiarism at the international level based on expert opinion with the Delphi method」の全面的な盗用だったからだ。
「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事によると、メーディ・モクタリ(Mehdi Mokhtari)はイランのテヘラン大学医科大学院(Tehran University of Medical Sciences)の疫学者・カムラン・ヤズダニ教授(Kamran Yazdani、写真出典)の大学院生だった。
2012年頃、モクタリは、自分の博士論文の原稿を、海外のその分野の専門家数人にチェックしてもらいたいとヤズダニ教授にお願いした。それで、ヤズダニ教授は、モクトリの初期原稿を海外のその分野の専門家数人送付した。その送付先の1人にシャミンがいたのである。
シャミンの「2014年のIndian J Dermatol」論文はモクタリの初期原稿とそっくりで、モクタリがスペルミスした用語もそのまま使用されていた。
盗用に気が付いたヤズダニ教授は、英国の学術出版規範委員会「COPE」・前会長のエリザベス・ウェイジャー(Elizabeth Wager)に相談した。ウェイジャーからの返事は「これは明白な盗用です」だった。それでアクションを起こした。
ヤズダニ教授が、メールで、シャミンに資料を突きつけると、シャミンは盗用を認めた。
そして、前述したように、2015年3月頃(31歳?)、この「2014年のIndian J Dermatol」論文は撤回された。
●【論文数と撤回論文】
2016年1月18日現在、パブメド(PubMed)で、トラッカル・シャミン(Thorakkal Shamim)の論文を「Thorakkal Shamim [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2008~2015年の8年間の33論文がヒットした。
シャミンの論文生産性はかなり高い。また、2009年以降の論文が29報あるが、全部、単著である。盗用した論文はココで問題視している論文だけではないだろう。
2016年1月18日現在、問題視された「2014年のIndian J Dermatol」論文(これも単著)が2015年3月頃に撤回された。撤回論文は1報だけである。
- Development of a guideline to approach plagiarism in Indian scenario.
Shamim T.
Indian J Dermatol. 2014 Sep;59(5):473-5. doi: 10.4103/0019-5154.139879. No abstract available.
Retraction in: Indian J Dermatol. 2015 Mar-Apr;60(2):210. Dermatol. 2015 Mar-Apr;60(2):210.
●【白楽の感想】
《1》知識と品行は次元が別
盗用ガイドラインを書いた論文の内容が盗用だった。盗用事件は珍しくないが、皮肉なので、ランキングに取り上げられたのだろう。
しかし、研究倫理の専門家といえども、その知識と経験において専門家なのであって、自分の品行で専門家になったわけではない。多くの人が知識と品行を同一視するが、別次元である。経済学者が株で失敗し、医者が自分の健康に不注意だったりする。
研究倫理の専門家にも品行に問題を感じる人は普通にいる。頻度として少ないことも多いこともない。研究者に平均の品行と同じである。
そして、当然ながら、日本にもシャミン事件と同じような事件は起こっている。拙著『科学研究者の事件と倫理』(講談社、2011年9月)にも引用したが下記の事件がある。
無断複製:医師のマナー本を販売 「買わないと減点」と教授 (2002.04.13):毎日新聞
高知医科大(高知県南国市、池田久男学長)の基礎医学系教授(62)が、医師としてのマナーを教える本を出版社などに無断で複製し、自分の講座で学生に販売していたことが13日わかった。
教授は配布後、「代金を支払わない学生は(単位認定試験の)受験資格を失う」との内容の文書を学内に掲示したため学生たちが反発。同大は著作権法に違反する疑いもあるとみて、学内に調査委員会(委員長・小越章平副学長)を設置し、教授らから事情を聴いている。
関係者によると、教授は東京の出版社から刊行された「期待される医師のマナー 実践を目指して」(日本医学教育学会編集、2500円)を、出版社や学会の了承なしに高知市内の印刷所へ持ち込み、ほぼ同じ内容で約990冊複製した。教授は複製した本に「医師のマナーとその実践」という別のタイトルを付け、自分の講義を受講する学生に1冊1000円で販売。購入を拒否する学生には「買わないと(試験で)10点減点する」とも話したという。
さらにいうと、セクハラ委員がセクハラし、飲酒運転取り締まり警官が飲酒運転をする。委員選考や人事をいい加減に行なう結果である。こんな例はたくさんある。
有名どころでは、文部科学省研究不正防止を検討する委員会主査代理の早稲田大学の松本和子・教授が研究費不正をした例もある。
文部科学省の現在の研究不正防止委員である大学教授は研究ネカトしていないですよね? 日本は、委員就任時のチェックが甘いので、十分あり得ますよ。
《2》事件の状況がわかりにくい
今回の盗用がバレる確率がかなり高いことは、シャミンは容易に予想できたはずだ。そして、30代前半で約30報も論文を出版しているのだから、盗用してまで出版論文を増やす必要は低いと思われる。
どうして、シャミンは盗用したのだろう?
シャミンが置かれた状況はわかりにくい。
「ディーパク・ペンタル(Deepak Pental)(インド)」の記事でも述べたが、インドは研究ネカト天国である:①Scientific plagiarism in India – Wikipedia, the free encyclopedia。②Special Report: Why India’s medical schools are plagued with fraud | Reuters。③Plagiarised scientific papers plague India – SciDev.Net。
白楽が推定するに、今まで出版した大半の論文は盗用だろう。つまり、日常茶飯事的に盗用をしたのだろう。
インドでは一般に研究倫理教育をどのように行なっていて、シャミンはどのような研究倫理教育を受けてきたのか? シャミンの他の論文の盗用疑惑を公式調査したのか? 状況がわかりにくい。
●【主要情報源】
① 2015年4月1日のイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:You can’t make this stuff up: Plagiarism guideline paper retracted for…plagiarism – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2015年4月2日のマイケル・ブラウシュタイン(Michael Blaustein)の「New York Post」記事:Academic paper on plagiarism pulled because of plagiarism | New York Post、保存版
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