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ワンポイント:乳癌検診技師が1,289人の検診結果を改ざんし、2人死亡
●【概略】
レイチェル・ラプレーガー(Rachael Rapraeger、写真出典)は、米国・ジョージア州のペリー病院(Perry Hospital)の放射線技師(テクニシャン)で、専門は乳癌を検査するマンモグラフィー(mammography)だった。
2010年3月(29歳)、マンモグラフィーの検診結果の改ざんが発覚し、2010年9月(29歳)、1,289人のマンモグラフィー(mammography)の検診結果を改ざんした罪で起訴された。「癌なし」とした人の内、10人は後に乳癌だと判明し、内2人は乳癌で死亡した。
2014年4月17日(33歳)、有罪と判決された。刑期6か月、10年間の保護観察、12,500ドル(約125万円)の罰金、10年間医療関連職禁止となった。
乳癌検出のため乳房をX線撮影するマンモグラフィー(mammography)。写真出典:”Mammogram” by National Cancer Institute – US National Institutes of Health – National Cancer Institute。Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ –
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:女性
- 生年月日:1981年頃生まれる。仮に、1981年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:43 (+1)歳
- 分野:乳癌検査
- 最初の不正:2009年(28歳)
- 発覚年:2010年(29歳)
- 発覚時地位:ペリー病院・放射線科のテクニシャン
- 発覚:患者の連絡でペリー病院が調査
- 調査:①ペリー病院の調査。②裁判所。2014年4月17日判決
- 不正:改ざん
- 不正数:1,289検診結果
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職。投獄6か月。罰金12,500ドル(約125万円)
●【経歴と経過】
詳細不明である。
- 1981年頃生まれる。仮に、1981年1月1日生まれとする
- 20xx年(xx歳):米国・ジョージア州のペリー病院(Perry Hospital in Perry, Georgia)・放射線科のテクニシャンに就職
- 2010年3月(29歳):マンモグラフィーの検診結果の改ざんが発覚
- 2010年9月(29歳):1,289人のマンモグラフィー(mammography)の検診結果を改ざんした罪で起訴された
- 2014年4月17日(33歳):裁判で有罪になった
米国・ジョージア州ペリーにあるペリー病院(Perry Hospital in Perry, Georgia)。写真出典
●【不正発覚の経緯と内容】
放射線機器でマンモグラフィー(mammography)撮影した後、以下のように、画像を解析し、「乳癌あり」「乳癌なし」を判定する必要がある。
ラプレーガー技師(写真出典)は、画像を解析しないで、全部、「乳癌なし」と報告したのだ。まあ、ズボラというか、怠惰というか、いい加減だった。
検診者の大半は「乳癌なし」だから、実際に乳癌がある人の割合は少ない。しかし、実際に乳癌があった人もいた。そもそも、検診結果を改ざんされたら、検診の意味がない。
写真出典
「乳癌あり」「乳癌なし」の判定は、画像解析の知識とスキルが必要だ。その上、手間と時間も必要だ。
「乳癌あり」:出典 The Radiology Assistant : Bi-RADS for Mammography and Ultrasound 2013
2009年12月、シャロン・ホームズ(Sharon Holmes、写真出典)は、ペリー病院でラプレーガー技師に「乳癌なし」と診断された。以後、公益通報者はホームズではないかもしれないが、ホームズということで話を進める。
2010年2月、ホームズは、「乳癌なし」と診断されてから3か月後、別の病院で「乳癌あり」と診断された。しかも、リンパ節転移までしていたことが分かった。ホームズがこのことをペリー病院に伝えると、病院は直ちに調査を始めた。なお、シャロン・ホームズは2014年4月時点で49歳で生存している。
2010年3月、ペリー病院は担当した医師を調査し、次いで、検診担当技師であるラプレーガー技師を調査した。
問い詰めるとすぐに、ラプレーガー技師は自分がやりましたと白状した。「自分が悪いことをしていると思っていました。ただ、その結果、どうなるかは考えていませんでした」。
調査の結果、2009年1月22日~2010年4月1日の間、ペリー病院で乳癌検診を受けた1,289人に「乳癌なし」と改ざん結果を報告していた。「乳癌なし」と診断された人のうち、実際に乳癌だった人が10人もいて、2人は乳癌で死亡した。(白楽注:2009年1月22日以前にも改ざんがあったのかどうか不明)
死亡した1人はミリアム・ミゼルである(Miriam Mizell、写真出典)。2008年のラプレーガー技師による検診で乳癌なしと判定された。2010年9月の別の技師の検診で乳癌が見つかり、2012年1月に63歳で乳がんで亡くなった。
ラプレーガー技師が検診結果を改ざんした理由はよくわからない。金銭的な利得のためではない。本人が警察官に言うには「仕事をする気がなくなった。仕事量が多すぎて、仕事をこなしきれず、遅れていた。分析を省いて「乳癌なし」とすれば、楽だった」と述べている。
2014年4月17日(33歳)、ヒューストン群上級裁判官(Houston County Superior Judge)のキャサリン・ラムスデン裁判長(Katherine Lumsden、写真出典)は、判決を下す前に、「この地区の女性の命をロシアンルーレットのように弄(もてあそ)んだ」と述べた。
そして、ラプレーガー技師に対し刑期6か月、12,500ドル(約125万円)の罰金、刑期後10年間の保護観察、ただし、10年間医療関連職禁止の有罪と判決した。
【動画】
▶ Rapraeger sentenced to probation – YouTube
●【論文数と撤回論文】
この事件は「論文数と撤回論文」という概念に該当しないので、調べていない。
●【事件の深堀】
★日本の検診でのねつ造・改ざん事件
日本にも、検診でのねつ造・改ざん事件はある。
兵庫県予防医学協会によると、2009/07/02に明石市職員の健康診断をした際、担当者が、肝機能を調べる尿検査用の試薬を忘れた。しかし、血液検査から類推して判定し、午前中に受診した96人について、正常との結果を本人に通知していた。
兵庫県予防医学協会がさらに調べたところ、2009/07/02午後の検査でも同様の捏造が判明。午後から検査に立ち会った臨床検査科長(50)が、担当者から虚偽記載の報告を受けながら、そのまま続けるよう指示した。臨床検査科長は「部下をかばおうと思った」と事実を認めている。(財)兵庫県予防医学協会:検査せずに「正常」捏造|Sclaps KOBE
上記の記事の臨床検査科長(50)は、「部下をかばおうと思った」ではなく、「自分をかばおうと思った」のでしょう。検査された人の健康より保身が優先する臨床検査科長は担当者と共犯である。厳罰に処してほしい。2009/07/02の96人だけではないだろう。上記記事には、逮捕したとか懲戒解雇などの処分が記されていない。
マサカ、オトガメなしだったのだろうか? そうだとすると、日本は・・・・・・、アリエナイ。
★日本の検診データの異常
白楽は、東京都文京区に住んでいる。文京区では毎年無料の健康診断を実施している。しかし、この健康診断を受けると、多くの場合(数回だが)、どこかを「要検査」という結果が通知される。
「要検査」となった項目を、有料で検査するようにと指示される。例えば、妻は、無料健康診断で胃がんの「要検査」と出て、有料で胃カメラを飲む羽目になった。検査すると、異常なしと出た。こういうことが続いた。
一方、有料の検査を受けたとき、数回しかないが、今まで全部、「異常なし」と判定されている。
偶然だろうか?
白楽は、日本の健康診断では、データが改ざんが恒常的に行なわれていると感じている。チェックする仕組みが日本にあるのだろうか?
★マンモグラフィ検診は無意味
研究ネカトと少し異なるが、マンモグラフィ検診は無意味という話もある。そうなると、検診結果のねつ造・改ざんの問題というより、マンモグラフィ検診システム全体が医療詐欺となる。
「ほたかのブログ」の「マンモグラフィは過剰診断を増やすだけ」から引用する。
2015年7月6日号のJAMA Internal Medicine(JAMA Network | JAMA Internal Medicine | Breast Cancer Screening, Incidence, and Mortality Across US Counties) に、マンモグラフィの過剰診断問題について新しい論文が出たようです。
マンモグラフィの実施率が10%増加すると、乳がんの診断数が全体で16%増加し、2 cm以下の小さな腫瘍の診断数は25%増加した。しかし、乳がんで死亡する女性の数には有意な低減は認められなかった。
乳癌の過剰診断は、日本でも隠しようのない大きな問題になっています。今年の乳がん学会では、「過剰診断」をテーマにした演題も多数あり、過剰診断の宝庫ともいえるDCISはセッションも組まれています。(・・・中略・・・ )。専門医の間では、過剰診断のことは常識なのに、都合の悪い事実を隠して検診のメリットのみを誇大広告で宣伝する日本は何をやっているのでしょう?(マンモグラフィは過剰診断を増やすだけ(最新論文))
マンモグラフィ以外にも、検診自体が無意味という検診項目はたくさんあるように思える。この場合、有効とした原典にデータねつ造・改ざんがあったということなのだろう。
●【防ぐ方法】
《1》教育不足、監視不足
医療データのねつ造・改ざんは文字通り患者には致命的である。
医療の現場に「データのねつ造・改ざん」がある、という前提で教育・監視システムを組んでほしい。
米国では、テクニシャンを対象とした研究ネカト禁止教育が不足していると思われる。日本でも十分教育していないだろう。
また、米国では、テクニシャンの研究ネカト監視体制が不十分なのだろう。日本でも十分ではないだろう。
日本は、医療技師(臨床検査技師、放射線技師、看護師など)に研究ネカトを教育(必修)し、研究ネカトを監視するシステムを設けるべきだろう。
●【白楽の感想】
《1》「体面を繕う」ためのねつ造・改ざん
ラプレーガー技師の場合、データ改ざんは、仕事をそれなりにこなしていますという体面を繕う意図で行なわれたと思われる。「体面を繕う」という姿勢は基本的には人間善行の根本である。
不正をすれば、バレたときは「体面を失う」ので、「体面を繕う」ためにデータを改ざんするのは、論理的には矛盾がある。
しかし、仕事がこなせないとき、「体面を繕う」ために誤魔化したのである。本来の善行は、「仕事量が多くて上手くこなせません」と伝えて、仕事量を軽減してもらうことだが、そうせずに、データを改ざんしている。
白楽にもイヤな記憶がある。卒論生(学部4年生)には無理と思える修士・博士向けの研究テーマなのに、見栄で、その研究テーマを要求した4年生がいた。1対1の研究検討会では、明らかに研究テーマが過重で研究をこなせない。何も進まない。それで、研究テーマを少し削減しようと提案した。すると、学生は激しく怒ったのである。
学生は、「テーマが過重すぎてできません」と言えないし認めない。テーマを示した教授がそう判断しても、受け付けない。
ラプレーガー技師の場合、データ改ざんで、利得になることはほとんどない上、いずれバレる。それなのに、選択肢の悪い方を選んだ。人間行動の非理性的な一面である。
そう考えると、研究ネカト解決策として理性的な対策だけを提示しても、事件は防げない。研究ネカトを一網打尽的に防止する方法はなく、あの手この手で、多様で幅広い対策を進めるしかないだろう。
●【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Rachael Rapraeger – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2014年4月15日、AP通信社(Associated Press)とアシュリー・コールマン(Ashley Collman)の「Daily Mail Online」記事:Two died of breast cancer after Rachel Rapraeger gave negative results to 1,289 patients | Daily Mail Online
③ 2014年4月28日、ライアン・ゴーマン(Ryan Gorman)とAP通信社員(Associated Press Reporter)の「Daily Mail Online」記事: Rachael Rapraeger speaks out as she is sent to prison | Daily Mail Online
④ Fake Mammogram Results – Tech Gets Jail Time For Altering Records Of 1,289 Patients
⑤ 動画あり:Tech who falsified mammogram results found guilty
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。