2016年7月11日掲載。
ワンポイント:若くして著名なタンパク質結晶学者が、2012年にねつ造を指摘され、告白し、大学を解雇されたが、解雇は不当だと裁判に訴えた(?)
●1.【概略】
ロバート・シュワルツェンバッハー(Robert Schwarzenbacher、写真出典)は、オーストリアのザルツブルグ大学(University of Salzburg)・教授で、専門は構造生物学(タンパク質結晶学)だった。医師ではない。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.研究内容
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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2012年1月(39歳)、同じ分野の研究者の指摘で、「2010年のJournal of Immunology」論文の結晶データがねつ造と指摘され、シュワルツェンバッハー自身がねつ造を告白した。
2012年4月11日(39歳)、ザルツブルグ大学を解雇された。
しかし、シュワルツェンバッハーは、前言のねつ造を撤回し、ねつ造ではなく「間違い」で、解雇は不当で、裁判に訴えると述べた。
2016年7月10日現在(43歳)、実際に裁判に訴えたのかどうか不明である。その後、裁判の情報はないので裁判になっていないと思われる。
オーストリアのザルツブルグ大学(University of Salzburg)。写真出典。Copyrighted free use。
- 国:オーストリア
- 成長国:オーストリア
- 研究博士号(PhD)取得:オーストリア科学アカデミーの生物物理・X線構造研究所
- 男女:男性
- 生年月日:1973年1月25日
- 現在の年齢:51 歳
- 分野:構造生物学
- 最初の不正論文発表:2010年(37歳)
- 発覚年:2012年(39歳)
- 発覚時地位:ザルツブルグ大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は、同分野研究者のバーンハード・ラップで、論文で指摘
- ステップ2(メディア):「Acta Cryst.」誌編集長
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①オーストリア研究公正庁。~2012年4月11日。②ザルツブルグ大学。③ザルツブルグ地方裁判所(?)。
- 不正:ねつ造
- 不正論文数:1報。部分撤回論文が1報
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:解雇。裁判?
●2.【経歴と経過】
出典:
- 1973年1月25日:オーストリアのミッタージル(Mittersill)で生まれる
- 1991年10月-1997年7月(18-24歳):オーストリアのグラーツ工科大学(Technischen Universität Graz)を卒業。化学と生化学を専攻
- 1997年9月-1999年6月(24-26歳):オーストリア科学アカデミーの生物物理・X線構造研究所で研究博士号(PhD)取得した。博士論文:「Molecular Structure of apolipoproteins and lipid-protein complexes」
- 1999年9月-2000年9月(26-27歳):グラーツの「Jugent am Werk」(青少年団体?)の公務員
- 2000年9月-2002年9月(27-29歳):米国・バーナム研究所(Burnham Institute in La Jolla)・ポスドク
- 2002年1月-2005年9月(29-32歳):カリフォルニア大学サンディエゴ校・スタッフ科学者
- 2005年10月(32歳):オーストリアのザルツブルグ大学(University of Salzburg)・教授
- 2006年(33歳):マリー・キュリー助成金(Marie Curie fellowship)受領。170万ユーロ(約1億7千万円)
- 2012年1月(39歳):データねつ造を指摘され、ねつ造を認めた
- 2012年4月11日(39歳):ザルツブルグ大学・解雇
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2010年1月、シュワルツェンバッハーは、「2010年のJournal of Immunology」論文を発表した。樺(かば)の木の花粉アレルゲンの研究成果である。
- Antigen aggregation decides the fate of the allergic immune response.
Zaborsky N, Brunner M, Wallner M, Himly M, Karl T, Schwarzenbacher R, Ferreira F, Achatz G.
J Immunol. 2010 Jan 15;184(2):725-35. doi: 10.4049/jimmunol.0902080. Epub 2009 Dec 7.
シュワルツェンバッハーはタンパク質の結晶解析が専門で、他の研究室がタンパク質を精製し、シュワルツェンバッハーの研究室に送ってくる。シュワルツェンバッハーはそれを結晶化し、構造解析する。それで、たくさんの論文を書いていた。この「2010年のJournal of Immunology」論文もそうだった。
2012年1月、米国の著名な結晶学者のバーンハード・ラップ(Bernhard Rupp、写真出典)が以下の論文で、「2010年のJournal of Immunology」論文のデータの異常さを指摘した。
- Detection and analysis of unusual features in the structural model and structure-factor data of a birch pollen allergen
B. Rupp
Acta Cryst. (2012). F68, 366-376. doi:10.1107/S1744309112008421
2012年2月、ラップの「2012年のActa Cryst.」論文を掲載した「Acta Cryst.」誌編集長が、「2010年のJournal of Immunology」論文の著者たちに、データがおかしいと連絡した。
連絡を受けた「2010年のJournal of Immunology」論文の著者たちは、出版した論文を検討し、ラップの論文に同意し、「2010年のJournal of Immunology」論文の結晶データが異常だということを認めた。。
2012年4月、著者たちは、「Acta Cryst.」誌の4月号 に、次の文章を掲載した。
タンパク質・Bet v 1d(PDBコード3k78;「2010年のJournal of Immunology」論文)の回折データは、Bet v 1dの本来の回折実験では得られない異常なデータでした。3k78モデルは異常です。
「異常」の意味は「データねつ造・改ざん」なので、ザルツブルグ大学は、オーストリア研究公正庁(Austrian Agency for Research Integrity (OeAWI))に調査を依頼した。
Bet v 1dの回折データは、結晶学者のシュワルツェンバッハーが担当した部分である。
オーストリア研究公正庁は2008年に発足し、2011年末までに46件の研究ネカト通報を受け、15件を調査していた。
多くは盗用やオーサーシップ問題で、データねつ造・改ざんは2件だけだった。シュワルツェンバッハー事件は、だから、オーストリア研究公正庁にとって、大事件だった。
オーストリア研究公正庁が、調査を準備している過程で、シュワルツェンバッハーは、データねつ造を告白し、共著者と学術界に謝罪した。
ところが、後に、シュワルツェンバッハーは、データねつ造の告白を撤回するのである。
一方、「2010年のJournal of Immunology」論文の連絡著者だったGernot Achatzは、論文を出版した翌年の2011年に亡くなった。
データの異常が指摘されたのはその翌年だった。それで、論文の責任者は、最後から2番目の著者だったファティマ・フェレイラ(Fatima Ferreira)が担うことになった。フェレイラは次のように述べている。
「2010年のJournal of Immunology」論文の主な内容は、免疫学に関することで、結晶データの部分を取り除いても、論文の主要な結論には影響しない。「Journal of Immunology」誌の編集長は、3k78構造が問題だと伝えてきた。シュワルツェンバッハー以外の共著者は、結晶学者ではないので、結晶データに全く関与していない。ねつ造された結晶データは撤回されるべきだと考えている。
2012年4月11日、オーストリア研究公正庁がシュワルツェンバッハーのデータねつ造を認めたことで、ザルツブルグ大学のハインリッヒ・シュミディンゲル学長(Heinrich Schmidinger、写真出典)は、シュワルツェンバッハーを解雇した。
しかし、その後、シュワルツェンバッハーは、データねつ造の告白を撤回し、問題のデータはねつ造ではなくて単に「間違い」だと主張しはじめた。
学長は、オーストリア研究公正庁が結論に至る前に解雇し、不当解雇だとも主張した。
欧州の多くの国に共通するが、オーストリアでは、教授は公務員で終身雇用である。解雇するのはなかなか難しい。ただ、2002年に法律が変わり、「教職員の信用を損傷した」場合、大学は解雇できることになった。
シュワルツェンバッハーのケースでは、研究ネカトをした教員を大学が解雇できるかどうかが裁判で争われる最初のケースになる。
欧州の大学は、この裁判の行方を見守っているだろう。研究ネカトで解雇できれば、欧州の大学は、その流れになるだろう。
シュワルツェンバッハーは、弁護士を通じて次のように述べた。
私は、病気休職中だが、解雇に関して次のことを伝えたい。政府・地方政府(Government & Public Service)の協力を得て、ザルツブルグ大学の不当解雇を撤回するようザルツブルグ地方裁判所に訴える。私は、科学論文の私が行なった実験部分の「間違い」を自己申告したにもかかわらず、ザルツブルグ大学は大学側が作った事由で、解雇を行なった。これは、労使法(Labour Relations Act)では認めていない。裁判が終わるまで、私は、これ以上の情報を提供できないことをご理解願いたい。
2016年7月10日現在、ゴタゴタから4年経つが、裁判に訴えたのか、訴えたのならどうなったのか、わからない。ただ、その後の裁判の情報はないので、裁判に持ち込まれなかったと思える。
●6.【論文数と撤回論文】
2016年7月10日現在、パブメド(PubMed)で、ロバート・シュワルツェンバッハー(Robert Schwarzenbacher)の論文を「Robert Schwarzenbacher [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2013年の11年間の89論文がヒットした。
2016年7月10日現在、1論文が部分撤回されている。本記事で問題視された「2010年のJournal of Immunology」論文が2013年4月に部分撤回されている。
- Antigen aggregation decides the fate of the allergic immune response.
Zaborsky N, Brunner M, Wallner M, Himly M, Karl T, Schwarzenbacher R, Ferreira F, Achatz G.
J Immunol. 2010 Jan 15;184(2):725-35. doi: 10.4049/jimmunol.0902080. Epub 2009 Dec 7.
Partial retraction in: J Immunol. 2013 Apr 15;190(8):4432.
PMID:19995902
●7.【白楽の感想】
《1》他の論文は?
本文で、「他の研究室がタンパク質を精製し、シュワルツェンバッハーの研究室に送ってくる。シュワルツェンバッハーはそれを結晶化し、構造解析する」と書いた。
となると、「2010年のJournal of Immunology」論文1報だけが問題視されたが、他の論文にもデータねつ造があるだろう(推定)。
シュワルツェンバッハーの全論文に疑念がある。しかし、それらを精査する機関・予算・必要・意志はないように思える。
精査しなくても、研究者はシュワルツェンバッハーの全論文を信用しない。これで実害なしということだろうか?
●8.【主要情報源】
① ウィキペディア・ドイツ語版:Robert Schwarzenbacher – Wikipedia
② 2012年4月12日などのアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Robert Schwarzenbacher – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
③ 2012年5月1日のアリソン・アボット(Alison Abbott)の「Nature」記事:Trial tests Austrian integrity body : Nature News & Comment(保存版)
④ 2012年4月11日、オーストリア研究公正庁の報告:Biologe wehrt sich gegen Vorwürfe vehement – salzburg.ORF.at(保存版)
⑤ 「パブピア(PubPeer)」のシュワルツェンバッハーの記事群:PubPeer – Results for Robert Schwarzenbacher
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。