ワンポイント:エライ学者がトンデモ研究を真実と錯誤した
●【概略】
アルベルト・カルピンテーリ(Alberto Carpinteri、写真出典)は、イタリアのトリノ工科大学(Polytechnic University of Turin)・教授で、イタリア気象研究所・所長(Italian National Institute of Meteorological Research: INRIM)だった。専門は物理学(ピエゾ核融合)である。200編以上の論文を発表し、2冊著書があり、「European Structural Integrity Society」学会長(2002年―2006年)などの要職をいくつも務めた。
カルピンテーリは、ピエゾ核融合で安全なエネルギーを作れると信じて、イタリア政府から巨額の研究資金を得ようとする。
2012年6月(59歳)、ところが、ピエゾ核融合はどう見てもまやかし研究であると、イタリアを中心に世界の科学者1,000人以上が、ピエゾ核融合への研究助成に反対した。結局。イタリア政府も、研究費助成しないことにした。
2015年(62歳)、利害関係(conflict of interest)の理由で、カルピンテーリの11論文が撤回された。内、4報はピエゾ核融合を支持する論文だった。また、撤回論文にはまた、「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin)の論文が含まれていた。
なお、この事件は、「livescience」誌の疑念科学:2015年「論文撤回」ランキングの第2位になった(2015年ランキング)
トリノ工科大学(Polytechnic University of Turin)・キャンパス。By Golden globe – Own work, 写真出典
- 国:イタリア
- 成長国:イタリア
- 研究博士号(PhD)取得:ボローニア大学。核工学と数学の2つ
- 男女:男性
- 生年月日:1952年12月23日
- 現在の年齢:71歳
- 分野:物理学(ピエゾ核融合)
- 最初の不正論文発表:2014年(61歳)?
- 発覚年:2015年(62歳)
- 発覚時地位:トリノ工科大学(Polytechnic University of Turin)・教授、イタリア気象研究所・所長
- 発覚:学術誌編集委員
- 調査:①学術誌編集委員
- 不正:利害
- 不正論文数:11論文が撤回
- 時期:研究キャリアの後期から
- 結末:辞職なし
●【経歴と経過】
主な出典:ESIS Awards 2008、保存版
- 1952年12月23日:イタリアのボローニアで生まれる
- 1976年(23歳):イタリアのボローニア大学(University of Bologna)で究博士号(PhD)取得。核工学
- 1981年(28歳):イタリアのボローニア大学(University of Bologna)で究博士号(PhD)取得。数学
- 1986年(33歳):イタリアのトリノ工科大学(Polytechnic University of Turin)・教授
- xxxx年(xx歳):イタリア気象研究所・所長(Italian National Institute of Meteorological Research: INRIM)
- 2012年(59歳):1,000人以上の研究者の反対で、カルピンテーリが主導するピエゾ核融合へのイタリア政府から研究助成されなかった
- 2015年(62歳):カルピンテーリの11論文が撤回された。内、4報はピエゾ核融合を支持する論文だった
★受賞
- Odone Belluzzi Prize for Science of Constructions, University of Bologna (1976)
- Medal Robert L’Hermite, RILEM (1982)
- NATO Senior Scholarship – Lehigh University, Pennsylvania (1982) – Northwestern University, Illinois (1985)
- Medal of Japan Society of Mechanical Engineers (1993)
- Honoris Causa Professor, Nanjing University, China (1996)
- Honoris Causa Professor, Albert Schweitzer University of Ginevra, Switzerland (2000)
- Wessex Institute of Technology International Prize, Southampton, UK (2000)
- Griffith Medal for Fractural Mechanics, ESIS (2008)
- “Top 100 Scientists”, International Biographical Centre List, Cambridge, UK (2009)
●【問題の経緯と内容】
最初に日本語の解説を引用する。
★2012年6月21日の「STEFANO PISANI」氏の記事を「TAKESHI OTOSHI」氏が日本語訳
出典:ピエゾ核融合は絵空事ではないのか? « WIRED.jp、保存版
ピエゾ核融合から得られると推定されるエネルギーである。これは2009年に、現在ローマ第三大学に所属する物理学者ファビオ・カルドーネとロベルト・ミニャーニが最初に発表した現象だ。
論文は、放射性元素であるトリウムを水に溶かして衝撃波をあてると、固有の自然崩壊の比率を変化させて、ニュートリノを生み出す反応を起こしたと主張するものだった。つまり、核反応が検出されたというのである。
しかし、この現象にはすぐに疑問符が付けられた。3つの論文は、カルドーネとミニャーニの結果を裏付けることができず、このテーマについて発表されたデータの有効性に強い疑問を呈したのである。
その研究は3つで、国際的なものだ。1つはローマ近郊フラスカーティにあるINFIN(Istituto Nazionale di Fisica Nucleare:国立核物理学研究所)、もう1つはスウェーデンのウプサラ大学、そして最後の1つはカナダのSNOLAB(Sudbury Neutrino Observatory:サドバリー・ニュートリノ観測所)のものである。
世界の科学コミュニティがこのピエゾ核融合について議論を行っている間に、イタリアでは2009年の国内のエネルギー政策についての法案で、政府にピエゾ核融合の研究への資金投入を課す修正が加えられ、11年、トリノ工科大学の建築学正教授アルベルト・カルピンテーリがINRIMの所長に任命された。これは、計量学を専門とする教育・大学・科学研究省の機関である。
カルピンテーリは常温核融合反応の存在を主張するいくつかの論文の共著者のひとりで、例えば、花崗岩と、大理石と、その他の岩の小片を粉々にしてニュートリノを生み出すことができると主張しており、これによって放射線も廃棄物もない核エネルギーというほとんど奇跡のような展望に希望を与えている。そして、カルピンテーリは着任するとすぐにINRIMの戦略ヴィジョンの修正を提案して、20ページの文書のうち4ページを常温核融合に割いた。
★11論文の撤回
2012年(59歳)、カルピンテーリが正しいと錯誤しているピエゾ核融合へのイタリア政府からの研究助成が得られなかったのは、上記の日本語解説の通りである。
なにせ、他の研究者がカルピンテーリの論文結果を再現できなかったのである。イタリアを中心に世界の科学者1,000人以上が、ピエゾ核融合への研究助成に反対した(Appello al Ministero dell’Istruzione, dell’Università e della Ricerca scientifica、保存版)、。
2015年(62歳):カルピンテーリの11論文が撤回された。内、4報はピエゾ核融合を支持する論文だった。掲載していた学術誌は「Meccanica誌」で、なんと、カルピンテーリは2014年まで「Meccanica誌」の編集長だった。2015年に後続の編集長Luigi Gambarottaが英断を下したことになる。
撤回論文にはまた、「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin)の論文が含まれていた。
「トリノの聖骸布」は物理学ではないが、キリスト教では重要なものだ。
聖骸布(せいがいふ、Holy Shroud)は、キリスト教でいう聖遺物の一つで、イエス・キリストが磔にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布。イエス・キリストの風貌を写したという布には、聖ヴェロニカの聖骸布、自印聖像など、複数あったといわれるが、トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin) だけが現存している。(聖骸布 – Wikipedia)
放射性炭素での年代測定では、「トリノの聖骸布」は1260~1390年のものとされている。以下、引用しよう。
考古学でもっとも信頼をもって受け止められているこの炭素の放射性同位体(炭素14)の崩壊率による年代測定法。聖骸布の上部左端数センチを切り取り、オックスフォード(英国)、チューリッヒ(スイス)、トゥーソン(アリゾナ、米国)にて測定が行われた。
結果は、「1260~1390年のもの」。
しかし、これには疑問を唱える学者も多い。閉ざされた空間にある遺跡にある遺物の鑑定とは異なり、常に移動し、一定の保存状態にあったわけではない聖骸布は、たとえば火災にあった際に一時的に炭素の多い状態に置かれたわけで、それが結果に影響したのではないか。
また、布の半分以上に現在も生存し続けているバクテリアが生成したバイオプラスティック様被膜が結果に誤差をもたらした、など結果の信憑性を疑う批判がされている。いずれにせよ、聖骸布の真偽については依然として議論と研究がつづいている。(キリスト教最大の謎・聖骸布博物館を訪れる | アーモイタリア旅行ガイド、保存版)
カルピンテーリの撤回論文は次のように述べている(RETRACTED ARTICLE: Is the Shroud of Turin in relation to the Old Jerusalem historical earthquake? – Springer)。
キリストが死亡した西暦33年にマグニチュード8.3以上の大地震が起こった。ピエゾ核融合理論によると、この地震で地球の地殻から中性子線が生成した。この時、聖骸布にも炭素14の同位体が増えたので、放射性炭素を測定することで、聖骸布の存在年を決定できると述べている(Shroud of Turin: Could Ancient Earthquake Explain Face of Jesus?、保存版)。
●【論文数と撤回論文】
2016年2月5日現在、arXiv.org e-Print archiveで、アルベルト・カルピンテーリ(Alberto Carpinteri)の「物理学(Physics)」論文を検索すると、論文は4報ヒットした。経歴書には200編以上の論文があると記載されている。
2015年4月16日、「Meccanica誌」の以下の11論文が、利益相反で、撤回された(【主要情報源】②)。なお、カルピンテーリは2014年まで「Meccanica誌」の編集長だったので、お手盛りで自分の論文を掲載していたことになる。
- “Is the Shroud of Turin in relation to the Old Jerusalem historical earthquake?” A. Carpinteri, G. Lacidogna, O. Borla
- “The Sacred Mountain of Varallo renaissance complex in Italy: damage analysis of decorated surfaces and structural supports.” Federico Accornero, Stefano Invernizzi, Giuseppe Lacidogna, Alberto Carpinteri
- “Ultrasonic piezonuclear reactions in steel and sintered Ferrite bars.” F. Cardone, A. Carpinteri, A. Manuello, R. Mignani, A. Petrucci, E. Santoro
- “Correlated fracture precursors in rocks and cement based materials under stress.” G. Niccolini, O. Borla, G. Lacidogna, A. Carpinteri
- “Piezonuclear evidences from tensile and compression tests on steel.” Stefano Invernizzi, Oscar Borla, Giuseppe Lacidogna, Alberto Carpinteri
- “Correlation between acoustic and other forms of energy emissions from fracture phenomena.” Giuseppe Lacidogna, Oscar Borla, Gianni Niccolini, Alberto Carpinteri
- “Elemental content variations in crushed mortar specimens measured by Instrumental Neutron Activation Analysis (INAA).” Alberto Carpinteri, Oscar Borla, Giuseppe Lacidogna
- “Alpha particle emissions from Carrara marble specimens crushed in compression and X-ray photoelectron spectroscopy of correlated nuclear transmutations.” Alberto Carpinteri, Giuseppe Lacidogna, Oscar Borla
- “Piezonuclear neutron emissions from earthquakes and volcanic eruptions.” Oscar Borla, Giuseppe Lacidogna, Alberto Carpinteri
- “Cold Nuclear Fusion explained by hydrogen embrittlement and piezonuclear fissions in the metallic electrodes—Part I: Ni–Fe and Co–Cr electrodes.” A. Carpinteri, O. Borla, A. Goi, A. Manuello, D. Veneziano
- “Evolution and fate of chemical elements in the Earth’s crust, ocean, and atmosphere.” Alberto Carpinteri, Amedeo Manuello
●【白楽の感想】
《1》学術界ボスの暴走
学術界のボスの暴走を止めるシステムはとても弱い。「錯誤」のケースが最もむつかしい。
研究者は独自のアイデアを提唱する。最初は、誰も信じてくれない、トンデモナイ、馬鹿げたアイデアだったとしよう。それが、数十年後、多くの研究者が賛同し、ノーベル賞に至ったケースがある。
もちろん、馬鹿げたアイデアのままの見捨てられた研究は死屍累々である。
ピエゾ核融合は、少し前まで、イヤ、現在も、錯誤かどうかわからない。
学術界のボスであっても、錯誤と判断するなら(誰が? という問題があるが)、論文を掲載しなければいい。しかし、学術界のボス自身が学術誌の編集長になっているので、とめるのは難しい。
研究費を配分しなければいいのだが、学術界のボス自身が研究費の配分を決める立場で、政府役人や政治家は“偉い研究者”に弱い。とめる仕組みは弱い。
国のトップの大統領や首相は、国民の選挙で止められるが、学術界のボスは、選挙で選ばれるわけではない。カリスマ学者なのである。
今回のように、ピエゾ核融合へのイタリア政府の巨額の研究費配分を、「ばかげている」と、1,000人以上の研究者が反対してようやくとめることができた。
振り返って、日本の大規模研究も、失敗を修正できないで巨額な浪費が続いている。これらは研究ネカトではない。しかし、社会としては、これらを修正するメカニズムも構築すべきでしょう。
本質的には、「学術的な正否は多数決で決まらない」という面もある。イヤイヤ、グリンネルが解説したように「真実は多数決で決まる」のも事実である。となると、「研究費配分は多数決で決める」のが現実だ。しかし、それでは、学術界のボスの暴走を止められない。
●【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Alberto Carpinteri – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2015年4月16日のキャット・ファーガソン(Cat Ferguson)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:You searched for Alberto Carpinteri – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2012年6月13日のエミリアノ・フェレシン(Emiliano Feresin)の「ネイチャー」記事:Italian scientists win battle to halt controversial research : Nature News & Comment、保存版
④ 2012年6月11日のエドウィン・カートリッジ(Edwin Cartlidge)の「サイエンス」記事:Italian Government Slams Brakes on ‘Piezonuclear’ Fission | Science | AAAS、保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。