2024年2月25日掲載
ワンポイント:スズネリッツはオーストリア出身で、フランスのリール大学(University of Lille)・教授になった。ブケルブはスズネリッツの夫で、フランスの国立科学研究センター(CNRS)・部長でリール大学のエレクトロニクス研究所(IEMN)のグループ長である。ほとんどの論文は2人の共著である。2023年9月、パブピアでスズネリッツ(52歳)の論文にデータの異常が指摘され、結局、疑惑論文は、2005~2023年(スズネリッツ、34~52歳)の98論文になった。2023年11月末、国立科学研究センター(CNRS)とリール大学は調査を始め、2024年2月24日現在、調査中である。国民の損害額(推定)は30億円(大雑把)。この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「5」の「3」である。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits、ORCID iD:?、写真出典)は、オーストリアで生まれ育って、フランスのリール大学(University of Lille)・教授になった。医師免許は持っていない。専門は化学(バイオセンサー、ナノ電気材料)である。
ラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)は、フランスの国立科学研究センター(CNRS:Centre national de la recherche scientifique)・部長で、リール大学(University of Lille)のエレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス・ナノテクノロジー研究所(Institute of Electronics, Microelectronics and Nanotechnology (IEMN))のナノバイオインターフェースチーム (NanoBioInterfaces group (NBI))・グループ長である。
エレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス・ナノテクノロジー研究所は長いので、白楽記事ではエレクトロニクス研究所(IEMN)と表記した。
スズネリッツは、グループ長のブケルブナノバイオインターフェースチーム (NBI)・グループの室員(正教授)である。
スズネリッツはブケルブを「隣の研究室」の人と呼んでいるが、正式には、ブケルブ(5年上)の妻である。ほとんどの論文はブケルブと共著で、不正行為では同罪だと思われる。
ネカト処分の白楽原則:「受益者有責の原則」・・・発表した論文で利益を得る人は、その論文に問題があれば、責任がある。
白楽記事では、ネカトの実行犯は別にいたとしても、研究室主宰者であるスズネリッツとブケルブに主要な責任があるとした。レジオン・ドヌール勲章を受章したスズネリッツを中心に、ブケルブを脇役として記述した。
2023年9月、スズネリッツ(52歳)の多数の論文にデータの異常があるとパブピアで指摘された。
2023年11月末、国立科学研究センター(CNRS)とリール大学は、エレクトロニクス研究所(IEMN)の数人の研究者に、スズネリッツのネカト調査を依頼した。
2024年2月24日現在、調査開始3か月後、本事件は調査中で、結論は出ていない。
2024年2月24日現在、スズネリッツの撤回論文数は0報だが、「パブピア(PubPeer)」では98論文にコメントがある。内、85論文はブケルブと共著である。
この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「5」の「3」である。つまり、「より良い科学のために(For Better Science)」サイトで2023年に最も読まれた記事ランキングの第3位だった。
リール大学(University of Lille)のエレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス・ナノテクノロジー研究所(Institute of Electronics, Microelectronics and Nanotechnology (IEMN))。写真(By Peter Potrowl.Please credit this with : © Peter Potrowl, CC BY 3.0, 出典)
★サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)
- 国:フランス
- 成長国:オーストリア
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:英国のロンドン大学
- 男女:女性
- 生年月日:1971年8月4日
- 現在の年齢:53歳
- 分野:化学
- 不正論文発表:2005~2023年(34~52歳)の19年間
- ネカト行為時の地位:フランスのグルノーブル工科大学・教授、フランスのリール大学・教授
- 発覚年:2023年(52歳)
- 発覚時地位:リール大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は匿名で、「パブピア(PubPeer)」に公表
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①国立科学研究センター(CNRS)とリール大学が調査中
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査中(ー)
- 大学の透明性:調査中(ー)
- 不正:データねつ造
- 不正論文数:「パブピア(PubPeer)」で96報。撤回論文なし
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 特徴:今のところ撤回論文はないが、「パブピア(PubPeer)」で96報もコメントがあり、疑惑度が高い。ネカトと結論され、大量の論文撤回になるかも。
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)はネカトでクロとして、30億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
★サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)
主な出典:szunerits_cv_webpage.pdf、Sabine Szunerits | CNRS
- 生年月日:1971年8月4日、オーストリアのウィーンで生まれた
- xxxx年(xx歳):xx大学(xx)で学士号取得
- 1994年(23歳):オーストリアのウィーン大学(Universität Wien)で修士号取得:化学
- 1998年(27歳):英国のロンドン大学(Univ. of London、Queen Mary College)で研究博士号(PhD)を取得:電気化学
- 1998~2000年(27~29歳):フランス・パリの高等師範学校(Ecole Normale Supérieure)・ポスドク
- 2000~2001年(29~30歳):米国・ボストンのタフツ大学(Tufts University)・研究員
- 2003年(32歳):フランスのジョゼフ・フーリエ大学(Université Joseph Fourier)でハビリテーション(Habilitation)を取得:化学
- 2004年9月~2009年8月(33~38歳):フランスのグルノーブル工科大学(universités de l’Institut polytechnique de Grenoble)・教授、または、グルノーブル工学経営研究所(Grenoble INP:Grenoble Institut d’ingénierie et de management)・教授
- 2005~2023年(34~52歳):この19年間の多数の論文にパブピアでコメントある
- 2009年9月(38歳):フランスのリール大学(Université Lille 1)・教授
- 2018年3月15日(46歳):国立科学研究センター(CNRS)・銀メダルの受章:Two winners of the CNRS Silver Medal are from Lille
- 2023 年7月13日(51歳):レジオン・ドヌール勲章・騎士の受章:ordre national de la Légion d’honneur – Légifrance
- 2023年9月(52歳):パブピアが多数の論文のデータ異常を指摘
- 2023年11月末(52歳):国立科学研究センター(CNRS)とリール大学がネカト調査を開始
- 2024年2月24日(52歳)現在:ネカト調査中。従来職を維持
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
研究紹介動画:「A Brief Conversation with Sabine Szunerits | What do you find exciting in electrochemistry? – YouTube」(英語)1分39秒。
Soft Matter Laboratory‧(チャンネル登録者数 192人)が2022/06/02に公開
【動画2】
ラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)の講演動画:「PRIOCHEM 2022 Day 3 Plenarry Session 8, Prof. Dr. Rabah BOUKHERROUB – Université de Lille, FRANȚA – YouTube」(英語)32分42秒。
INCDCP ICECHIM‧(チャンネル登録者数 52人)が2022/12/15に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
ラバ・ブケルブ教授(Rabah Boukherroub、2023年で57歳、写真出典)は、フランスの国立科学研究センター(CNRS:Centre national de la recherche scientifique)・部長で、リール大学(University of Lille)のエレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス・ナノテクノロジー研究所(Institute of Electronics, Microelectronics and Nanotechnology (IEMN)、白楽記事ではエレクトロニクス研究所(IEMN)と表記する)のナノバイオインターフェースチーム (NanoBioInterfaces group (NBI))・グループ長である。
サビーヌ・スズネリッツ(Sabine Szunerits、2023年で52歳、写真出典)は、妻でリール大学・教授である。エレクトロニクス研究所(IEMN)のナノバイオインターフェースチーム (NBI)・グループに所属している。
スズネリッツは有名な研究者で、2018年に国立科学研究センター(CNRS)・銀メダルを受章した。 → Two winners of the CNRS Silver Medal are from Lille
2023 年7月13日には、レジオン・ドヌール勲章・騎士を受章した。 → ordre national de la Légion d’honneur – Légifrance
約10件の特許を保有していて、新型コロナウイルス検査を推進する新興企業の共同創設者だった。企業は1年後に消滅したので短命だったが。
★発端
2023年9月、スズネリッツ(52歳)は多数の論文にデータ異常があると、パブピアで指摘された。
2023年11月末、それで、国立科学研究センター(CNRS)とリール大学は、エレクトロニクス研究所(IEMN)の数人の研究者に、スズネリッツのネカト調査を依頼した。
2024年2月24日現在、本事件は調査中で、結論は出ていない。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
スズネリッツの多数の論文にデータの異常があると、パブピアで指摘された。しかし、ネカト調査中なので、ハッキリしたことは言えない。
とはいえ、3報選んで、どのデータに異常があったのか見ていこう。
★「2022年のSensors & Diagnostics」論文
スズネリッツとブケルブが共著の「2022年のSensors & Diagnostics」論文の書誌情報を以下に示す。2024年2月24日現在、論文は撤回されていない。
- Sensing of COVID-19 spike protein in nasopharyngeal samples using a portable surface plasmon resonance diagnostic system
Sensors & Diagnostics (2022)
Hiba Saada , Quentin Pagneux , James Wei , Ludovic Live , Alain Roussel , Alexis Dogliani , Lycia Die Morini , Ilka Engelmann , Enagnon Kazali Alidjinou , Anne Sophie Rolland , Emmanuel Faure , Julien Poissy , Julien Labreuche , Gil Lee , Peng Li , Gerard Curran , Anass Jawhari , Jhonny A. Yunda , Sorin Melinte, Axel Legay , Jean-Luc Gala, David Devos, Rabah Boukherroub, Sabine Szunerits
2023年10月、図4a。SPR曲線のノイズが非常によく似ている、と指摘された。つまり、図の使いまわしという、ねつ造データ。 → https://pubpeer.com/publications/5DC3E0CCEA47A2338694A4B13ADC21
図1c。曲線のノイズも非常によく似ている、と指摘された。つまり、図の使いまわしという、ねつ造データ。
★「2017年のChemical Engineering Journal」論文
スズネリッツとブケルブが共著の「2017年のChemical Engineering Journal」論文の書誌情報を以下に示す。2024年2月24日現在、論文は撤回されていない。
- Reduced graphene oxide decorated with Co3O4 nanoparticles (rGO-Co3O4) nanocomposite: A reusable catalyst for highly efficient reduction of 4-nitrophenol, and Cr(VI) and dye removal from aqueous solutions
Chemical Engineering Journal (2017)
Amer Al Nafiey , Ahmed Addad , Brigitte Sieber , Guillaume Chastanet , Alexandre Barras, Sabine Szunerits, Rabah Boukherroub
2023年11月、容器は全く同じなのに、図6と図8で表示が異なる、と指摘された。つまり、図の使いまわしという、ねつ造データ。 → https://pubpeer.com/publications/105774B4E07E5E29957EBF03B58E8B
★「2010年10月のLangmuir」論文
スズネリッツとブケルブが共著の「2010年10月のLangmuir」論文の書誌情報を以下に示す。2024年2月24日現在、論文は撤回されていない。
- Cell adhesion properties on chemically micropatterned boron-doped diamond surfaces.
Marcon L, Spriet C, Coffinier Y, Galopin E, Rosnoblet C, Szunerits S, Héliot L, Angrand PO, Boukherroub R.
Langmuir. 2010 Oct 5;26(19):15065-9. doi: 10.1021/la101757f.
2024年1月、条件が異なるのに、図4aと図4dが同じ図だと、指摘された。 → https://pubpeer.com/publications/D8A5AF43446D56886F95273A94768E
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。
★パブメド(PubMed)
2024年2月24日現在、パブメド(PubMed)で、サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)の論文を「Sabine Szunerits [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2024年の23年間の245論文がヒットした。
244論文の内、219論文(89%)はラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)と共著だった。共著は2006年論文からである。
ラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)の論文のコメントを「Rabah Boukherroub[Author]」で検索すると、2004~2024年の21年間の330論文がヒットした。
2024年2月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでスズネリッツの論文撤回リストをパブメドで検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2024年2月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでサビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)を「Sabine Szunerits」で検索すると、 0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2024年2月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)の論文のコメントを「”Sabine Szunerits”」で検索すると、2005~2023年の98論文にコメントがあった。
98論文の内、95論文(つまり、ほぼ全部)はラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)と共著である。
ラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)の論文のコメントを「”Rabah Boukherroub”」で検索すると、104論文にコメントがあった。104論文の内、95論文(91%)はサビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)と共著だった。
●7.【白楽の感想】
《1》ネカト者ほど出世する
疑惑論文は、サビーネ・スズネリッツ(Sabine Szunerits)の2005~2023年(スズネリッツ、34~52歳)の98論文に及んでいる。
98論文は、非常に多い。
白楽記事で示した3例は画像の使いまわしだが、指摘されれていない箇所でもねつ造・改ざんがある可能性は高い。
スズネリッツの論文の大半は夫のラバ・ブケルブ(Rabah Boukherroub)と共著である。
ネカトの実行犯は別にいたとしても、研究室主宰者であるスズネリッツとブケルブに主要な責任がある。
スズネリッツは、2018年に国立科学研究センター(CNRS)・銀メダルを受章し、2023年にレジオン・ドヌール勲章を受章した。
ネカト者は、ズルしているのだから、研究成果の質・量は見栄えする。それで、容易に出世する。スズネリッツは、ズルして栄誉を得ている典型のような気がした。
疑惑論文は、スズネリッツが34~52歳の19年間の98論文である。もっと早く指摘して、スズネリッツを学術界から排除すべきだった。そうすれば、その後のネカト論文の出版を防げたはずだ。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア・フランス語版:Sabine Szunerits — Wikipédia
② 2023年12月6日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Lille Papermille – For Better Science
③ 2023年12月19日のデヴィッド・ラルスリー(David Larousserie)の「Le Monde」記事:Soupçons d’inconduite scientifique pour un couple de chercheurs
④ 2024年2月2日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 2.02.2024 – Where’s Wally? – For Better Science
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
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「ネカト者ほど出世する」とは当におっしゃる通りで、研究者が不正をする最大の動機なのだろうと思います。
本来、それに歯止めをかけるのが文科省や研究機関~大学の役割なのですが、日本の中には「掲載された論文の内容に対する疑義は研究機関が調査すべき事案ではない」として不正調査そのものを否定する機関もあります。
日本の研究公正システムに似ているとも言われるフランスですが、この一件でどの様な調査を行うのか、日仏の比較も研究の対象となるかもしれませんね。