アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)(オランダ、エジプト)、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim、حاتم ابو هاشم)(ベルギー、エジプト)

2023年11月25日掲載 

ワンポイント:バダウィとハシムは、エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・教授・医師である。事件は別々だが、、似た事件なので1つの記事にし、部分的に分けて記述した。バダウィは、 2006~2017年(42~53歳)の12年間に出版した23論文がデータねつ造・改ざんで撤回された。2008年12月(44歳)、学外院生としてオランダのユトレヒト大学(Utrecht University)で研究博士号(PhD)を取得したが、2022年、ネカトがバレて、研究博士号が剥奪された。
ハシムは、2013年に、学外院生としてベルギーのブリュッセル自由大学で研究博士号(PhD)を取得した。2023年2月10日(49歳?)、 ネカトがバレて、研究博士号が剥奪された。両者とも、 2020年4月、オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のベン・モル教授(Ben Mol)が、論文のデータねつ造・改ざんを見つけ、各学術誌と各大学に通報した。2023年11月24日現在、両者とも、マンスーラ大学・教授職を維持している。国民の損害額(推定)はバダウィ事件で5億円(大雑把)、ハシム事件で 2億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy、Ahmed Mahmoud Badawy、Ahmed Mahmoud Moustafa Badawy、写真出典)は、エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・婦人科学の教授・医師である。

ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim、حاتم ابو هاشم、ORCID iD:?、写真左出典)も、エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・教授・医師である。

不正行為は独立した行為なので、別の事件とすべきかもしれないがバダウィとハシムは、同じ大学の婦人科学の同僚である。2人の共著論文があるなど重複する面もあり、一緒の記事にした。

バダウィとハシムを全く別々に記載した部分と一緒に記載した部分が混合している。そのつもりでお読みください。

バダウィもハシム事件とよく似た事件を起こしている。

オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のネカトハンターであるベン・モル教授(Ben Mol)が、2人のネカトを指摘した。

2020 ~2023年(56~59歳)、バダウィは、 2006~2017年(42~53歳)の12年間に出版した23論文が撤回された。

その撤回論文を発表していた時期の2008年12月(44歳)、マンスーラ大学に在職のまま、オランダのユトレヒト大学(Utrecht University)で研究博士号(PhD)を取得した。

2022年、この博士論文にデータねつ造・改ざんが見つかり、博士号が剥奪された。

ハシムも、マンスーラ大学に在職のまま、ベルギーのブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel、Free University of Brussels)の学外院生として2013年に研究博士号(PhD)を取得した。専門は婦人科学(多嚢胞性卵巣症候群)である。

2020年4月(48歳?)、オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のネカトハンターであるベン・モル教授(Ben Mol)が、ハシムの11論文にデータねつ造・改ざんを見つけ、「2020年4月のEur J Obstet Gynecol Reprod Biol」論文で指摘した。

このネカト論文群の中のデータが、ハシムの2013年の博士論文に使われていた。

2021年9月(49歳?)、ベン・モルの通報を受け、博士号を授与の8年後、ブリュッセル自由大学はネカト調査委員会(Scientific Integrity Committee of VUB)を設置し、ハシムの2013年の博士論文のネカト調査をはじめた。

2023年2月10日(51歳?)、博士号を授与の10年後、ブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel)は、ハシムの博士号を剥奪した。

エジプトのマンスーラ大学・医学部(Mansoura University Faculty of Medicine)。写真出典

オランダのユトレヒト医科大学(University Medical School of Utrecht)。写真By Calpa – Own work, Public Domain, 出典

ベルギーのブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel、Free University of Brussels)。写真出典

★アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)

  • 国:エジプト
  • 成長国:エジプト
  • 医師免許(MD)取得:エジプトのマンスーラ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:オランダのユトレヒト医科大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1964年2月23日
  • 現在の年齢:60 歳
  • 分野:婦人科学
  • 不正論文発表:2006~2017年(42~53歳)の12年間
  • ネカト行為時の地位:エジプトのマンスーラ大学・準教授、教授
  • 発覚年:2020年(56歳)
  • 発覚時地位:エジプトのマンスーラ大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はオーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のネカトハンターであるベン・モル教授(Ben Mol)で、論文に発表し、大学と学術誌に通報した
  • ステップ2(メディア):論文、「Nick Brown’s blog」、「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):① マンスーラ大学・調査委員会。②オランダのユトレヒト医科大学・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:①マンスーラ大学はあり(推定、白楽未発見)。 ②オランダのユトレヒト医科大学はあり(但し、氏名の記載なし)。(1)Utrecht University withdraws doctoral degree granted in 2008 – News – Utrecht University、(2)Casus Wetenschappelijke Integriteit 2022
  • 大学の透明性:① マンスーラ大学は調査報告書(調査委員名あり)がウェブ閲覧可(推定、白楽未発見)。②博士号を剥奪したオランダのユトレヒト医科大学は調査報告書がウェブ閲覧可(但し、氏名の記載なし)(Ⅹ)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:博士論文、 7論文が懸念表明、23論文が撤回
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。学位取消(Ⅹ)
  • 処分:オランダのユトレヒト医科大学から学位取消
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。

★ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)

  • 国:ベルギー、エジプト
  • 成長国:エジプト
  • 医師免許(MD)取得:エジプトのマンスーラ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:ベルギーのブリュッセル自由大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。あてずっぽう
  • 現在の年齢:52 歳?
  • 分野:婦人科学
  • 不正論文発表:2009~2013年(37~41歳?)の5年間
  • ネカト行為時の地位:エジプトのマンスーラ大学・教授でベルギーのブリュッセル自由大学の学外院生
  • 発覚年:2020年(48歳?)
  • 発覚時地位:エジプトのマンスーラ大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はオーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のネカトハンターであるベン・モル教授(Ben Mol)で、論文に発表し、大学と学術誌に通報した
  • ステップ2(メディア):論文、「Nick Brown’s blog」、「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):① マンスーラ大学・調査委員会。②ブリュッセル自由大学・調査委員会。③フランドル科学公正委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:①マンスーラ大学はあり。 → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2023/03/English-report-on-Dr-AbuHashim-research.pdf。②ブリュッセル自由大学はない。③フランドル科学公正委員会はあり。 → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2023/03/VCWI_SecondAdvice_2022-01.pdf
  • 大学の透明性:①マンスーラ大学は調査報告書(調査委員名あり)がウェブ閲覧可(◎)。②博士号を剥奪したベルギーのブリュッセル自由大学は実名報道でウェブ公表(〇)。③フランドル科学公正委員会は実名報道でウェブ公表(〇)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:11報と博士論文。4報撤回
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。学位取消(Ⅹ)
  • 処分:ブリュッセル自由大学から学位取消
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

★アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)

主な出典:Dr. Ahmed Mahmoud Badawy – CURRiCULUM VITAE

  • 生年月日:1964年2月23日
  • 1987年11月(23歳):エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)で医師免許(M.B.B.Ch.)(?)取得:婦人科学
  • 医師免許(MD)

  • 1990年7月~1993年6月(26~29歳?):同大学で研修医(Resident)
  • 1992年11月(28歳):同大学で修士号(M.Sc.)取得:婦人科学
  • 1993年7月~1998年9月(29~34歳):同大学・助教授
  • 1998年5月(34歳):同大学で医学博士号(M.D.)取得:婦人科学
  • 1998年7月~2003年10月(34~39歳):同大学・講師
  • 2003年10月~2008年10月(39~44歳):同大学・準教授
  • 2006~2017年(42~53歳):この12年間に出版した23論文が、2020 ~2023年(56~59歳)に撤回された
  • 2008年12月(44歳):オランダのユトレヒト医科大学(University Medical School of Utrecht)で研究博士号(PhD)を取得:生殖医学
  • 2008年10月(44歳):エジプトのマンスーラ大学・正教授
  • 2020 ~2023年(56~59歳): 2006~2017年(42~53歳)の12年間に出版した23論文が撤回された
  • 2022年x月xx日(58歳):オランダのユトレヒト医科大学から博士号が剥奪された
  • 2023年11月24日(59歳)現在:エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・教授職を維持 → マンスーラ大学のStaff Members

★ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)

  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。あてずっぽう
  • xxxx年(xx歳):エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)で医師免許(MD)取得:婦人科学
  • 20xx年(xx歳):同大学・教員、後に教授
  • 2009~2011年(37~39歳?):この3年間に出版した4論文が後に撤回
  • 2013年(41歳?):ベルギーのブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel、Free University of Brussels)で研究博士号(PhD)を取得
  • 2014年(42歳?):マンスーラ大学・ネカト調査員会は、 ハシムの「2013年4月のJ Gynecol Oncol.」論文にデータねつ造があったと結論した。ハシムは無処分?
  • 2020年4月(48歳?):ハシムの11論文と博士論文のネカト発覚が公表された
  • 2021年9月17日(49歳?):博士論文がネカトと告発される
  • 2023年2月10日(51歳?):ベルギーのブリュッセル自由大学から博士号が剥奪された
  • 2023年11月24日(51歳?)現在:エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・教授職を維持 → マンスーラ大学のStaff Members

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)の講演動画:「ا.د حاتم ابو هاشم – YouTube」(英語)32分24秒。
senddk@synddktalkhaチャンネル登録者数 905人が2012/10/15 に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

【アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)】

★流産

流産は、胸が張り裂けるほの悲劇だが、母親の 4 人に 1 人がこの悲劇に遭遇している → What is miscarriage? – Miscarriage Australia

母親も父親も、そして医師もなんとか流産を防ぎたい。現在の理論の1つは、流産した女性、特に複数回流産した女性の卵巣は、妊娠初期にプロゲステロン・ホルモンを十分に生成していないという説である。 → 2018年の論文:Progestogen for preventing miscarriage in women with recurrent miscarriage of unclear etiology – PMC

プロゲステロンは子宮が赤ちゃん育てる状況を整えるのに重要である。

原因として、血管に血栓が形成され、血液が十分量供給されないためにプロゲステロンが十分に生成されないとバダウィは考えた。

それで、血栓が形成されないように血液凝固を防ぐヘパリンを注射するという予防法を考案した。

アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy、写真出典)は、バダウィ率いるエジプトのチームによる臨床研究の結果、ヘパリンで治療を受けた340人の女性の流産率が半分に減ったと、「2008年4月のJ Obstet Gynaecol」論文で発表した。

この臨床試験の結果はとても有望で刺激的なものだった。

2019年、しかし、この論文のデータの分析方法にいくつかの誤りが見つかり、ネカト疑惑が生じた。

学術誌はバダウィ論文のネカト調査を行なった。

しかし、バダウィは元データの提供を拒否した。

2022年11月、問題が指摘されてから3年後、学術誌は184 回も引用さたこのバダウィ論文を撤回した。  → 撤回公告 

2023年7月、そして、大規模なランダム化対照研究で、ヘパリンは流産の予防に何の役にも立たないことが証明された。

オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のベン・モル教授(Ben Mol、産婦人科学、写真出典)は「私たちは何年もの間、女性たちに『妊娠中は毎日ヘパリン注射をすべきだ』と言い続けてきましたが、効果はありませんでした」と述べている。

ベン・モル教授はネカトハンターでもある。

2020年4月、ベン・モル教授はエジプトのバダウィのネカトを指摘した。

なお、日本の日本産婦人科医会は現在も、ヘパリン療法を推奨している。 → 「3.ヘパリン療法の使用について – 日本産婦人科医会」、

★博士号剥奪

バダウィは1964年2月23日生まれで、マンスーラ大学(Mansoura University)・婦人科学の教授・医師である。

2008年12月、44歳の時、オランダのユトレヒト大学(Utrecht University)で研究博士号(PhD)を取得した。

その博士論文「Oral agents for ovulation induction: old drugs revisited and new drugs re-evaluated」にデータねつ造・改ざんが見つかり、2022年、博士号が剥奪された。

【ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)】

★学外院生(External PhD students)

ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)は、エジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)に在職していながら、ベルギーのブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel)の学外院生(External PhD students)として博士号を取得した。

学外院生(External PhD students)は日本では聞きなれない用語だが、ベルギー、オランダ、ドイツなどではポピュラ―なようだ。

オランダの学外院生(External PhD students)とは、オランダの大学で博士号の取得を目指しているが、大学のスタッフや院生として雇用されていない人を指す。他の組織に雇用されたり、自己資金で賄われている。彼らは通常、自分自身で研究し研究資金も自己負担する。学内院生(Internal PhD students)に比べてリソースやサポートへのアクセスが少ない。出典:What is an external PhD candidate in the Netherlands? – Quora

★発覚の経緯

2013年、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)は多嚢胞性卵巣症候群 (PCOS) に関する博士論文「Ovulation induction in polycystic ovary syndrome (PCOS): An appraisal of different strategies」でブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel)の博士号を取得した。

オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)のベン・モル教授(Ben Mol、産婦人科学、写真出典)はネカトハンターである。

2020年4月、ベン・モルはエジプトのマンスーラ大学・産婦人科学のアーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)の24論文、ハシムの11論文にデータねつ造・改ざんを見つけ、「2020年4月のEur J Obstet Gynecol Reprod Biol」論文で指摘した。なお、この論文は閲覧有料なので白楽は未読である。

ベン・モルは、バダウィとハシムの論文を掲載した各学術誌にバダウィとハシムのネカトを通知し、論文を撤回するよう依頼した。

ハシムの2013年の博士論文は、上記のネカト論文のデータを使用している。それで、ベン・モルはハシムの博士論文にネカトがあるとブリュッセル自由大学に通報した。

★調査と博士号剥奪

2021年9月17日にベン・モルの通報を受け、ブリュッセル自由大学はネカト調査委員会(Scientific Integrity Committee of VUB)を設置し、調査をはじめた。

この同じ時期ベン・モルがネカトと指摘し、オランダのユトレヒト大学で博士号を取得したアーメド・バダウィの博士論文のネカト調査を、オランダのジャーナリストがネカトハンターのニック・ブラウン(Nick Brown、似顔絵出典)に依頼した。

それで、ニック・ブラウンはベン・モルの「2020年4月のEur J Obstet Gynecol Reprod Biol」論文に倣って、バダウィだけでなく、同時にハシムの論文についても調べた。 → 2021年10月28日のニック・ブラウン(Nick Brown)記者の「Nick Brown’s blog」記事:Nick Brown’s blog: A catastrophic failure of peer review in obstetrics and gynaecology

ニック・ブラウンは、バダウィとハシムの論文群に「致命的な欠陥」がいくつもあることにすぐに気が付いた。

事実上すべてのP値(p-value)が間違っていた。場合によっては、1を超えていたが、これは数学的に不可能である。

また、定義上同じ結果が得られるはずの同じ統計検定に対して、大幅に異なる数値が記載されていることも見つけた。

ニック・ブラウンは「著者らは急いで『それっぽい』数字をでっち上げただけで、これらが同じはずの数値だとは認識していなかったに違いありません。不正行為をする人は、本当の数値がどうあるべきかを知らないことがよくあります」と「撤回監視(Retraction Watch)」に答えている。

結局、統計的妥当性の欠如、被験者の未申告の再利用、統計結果の改ざん、データねつ造など、ハシムの論文には多くの重大なネカトが見つかった。

博士論文はそれらネカト論文をベースにしているので、必然的に、博士論文はネカト論文ということになる。

ニック・ブラウン自身もオランダの大学の学外院生として博士号を取得している。院生が学外か学内かに関係なく、大学は政府から同額の補助金を受け取れる。それで、大学は学外院生を大歓迎なのだ。しかし、教授は、学外院生の博士論文なので、ロクに論文内容をチェックしないで、博士号を授与している、とニック・ブラウンは推察している。

2021年11月16日(49歳?)、ブリュッセル自由大学は博士論文にネカト告発を受けたことをハシムに通知した。

ベン・モルの調査、ニック・ブラウンの調査でネカトを指摘しているので、当然ながら、ブリュッセル自由大学・ネカト調査委員会(CWI-VUB)は、ハシムの博士論文に多くのネカトを見つけた。

2022年4月21日(50歳?)、ブリュッセル自由大学は博士論文のネカト調査報告書の原案をハシムに送付した。

2022年7月15日(50歳?)、ブリュッセル自由大学から博士論文にネカト発覚の通知を受けたハシムは、残る手の1つとして考えられる悪あがきをした。セカンドオピニオンとしてフランドル科学公正委員会(Flemish Commission for Scientific Integrity、フラマン語でVlaamse Commissie voor Wetenschappelijke Integriteit。略してVCWI)の調査を要請したのだ。

5か月後の2022年12月22日(50歳?)、フランドル科学公正委員会(VCWI)は独立に調査を行なった結果、ブリュッセル自由大学・ネカト調査委員会(CWI-VUB)の調査結果と完全に一致する調査結果に至った。

以下は2022年12月22日のフランドル科学公正委員会(VCWI)の調査報告書(英語版)の冒頭部分(出典:同)。全文(12ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2023/03/VCWI_SecondAdvice_2022-01.pdf

2022年12月(50歳?)、両委員会は、アブ・ハテム・ハシムの博士号を剥奪することを推奨した。

2023年2月10日(51歳?)、ブリュッセル自由大学(Vrije Universiteit Brussel)は、アブ・ハテム・ハシムの博士号を剥奪した。

ブリュッセル自由大学はアブ・ハテム・ハシムが所属するエジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)に博士号剥奪の決定を通知した。

ブリュッセル自由大学のピーテル・バロン研究担当副学長(Pieter Ballon、写真出典)は、次のように述べた。

「偽情報があふれる世界では、科学を信頼するには誠実な科学が不可欠です。万が一、その誠実性に疑義が生じた場合には、大学として責任を負わなければなりません。それはとりわけ、大学があらゆる報告を徹底的に調査し、信頼が侵害されたと思われる場合には必要な決定を下すことを意味します。」

★前科と「大学のネカト対応怠慢・不作為」

アブ・ハテム・ハシムはエジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)・婦人科・教授である。

2013年の博士論文のネカトは2022年に発覚したが、マンスーラ大学はアブ・ハテム・ハシムが別の論文でネカトしていたのをその9年前に調査し、ネカトと結論していた。

この9年前の結論は、ブリュッセル自由大学に伝えていないし、公表されなかった。

今回、ハシムの博士号剥奪事件で、「撤回監視(Retraction Watch)」が掘り起こし、記事にしたことで、世間の知ることとなった。

2014年(42歳?)、マンスーラ大学の当時のナセル・エル・ラカニ学部長(Nasser El Lakany、写真出典)傘下のネカト調査委員会は、ネカト調査の結果、アブ・ハテム・ハシムの「2013年4月のJ Gynecol Oncol.」論文にデータねつ造があることを突きとめた。

データねつ造の内容は以下のようだ。

1件は臨床試験が行われていなかった。

6件の臨床試験には非常に多数の多嚢胞性卵巣症候群の女性患者が参加していたが、この数値はあり得ない多さの患者数だった。

6件の臨床試験の内の2件では、366件の卵巣ドリリング手術をしたとあるが、実際は94件だった。ハシムの2013年の博士論文は、この2件の臨床試験のデータを使っていた。

データねつ造は明白だと結論した。

ネカト調査報告書には調査委員の5人の教授名が記載されていて、しっかりした調査結果である。

但し、この後、ハシムが処分された記事がない。つまり、大きな疑問だが、ハシムはマンスーラ大学から解雇されていない。

以下は2014年のネカト調査報告書(英語版)の冒頭部分(出典:同)。全文(4ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2023/03/English-report-on-Dr-AbuHashim-research.pdf

【ねつ造・改ざんの具体例】

ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)の論文には、撤回されたネカト論文が4報ある。

撤回理由は、統計的妥当性の欠如、被験者の未申告の再利用、統計結果の改ざん、データねつ造などである。

ある程度上記したのと、数値のねつ造・改ざんなので、省略。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。

★パブメド(PubMed)

【アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)】

2023年11月24日現在、パブメド(PubMed)で、アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)の論文を「Ahmed Badawy[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2005~2023年の9年間の99論文がヒットした。

2023年11月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、14論文が撤回されていた。

【ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)】

2023年11月24日現在、パブメド(PubMed)で、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)の論文を「Hatem Abu Hashim[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2008~2023年の6年間の37論文がヒットした。

2023年11月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、3論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

【アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)】

2023年11月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)を「Ahmed Badawy」で検索すると、 7論文が懸念表明、23論文が撤回されていた。

2006~2017年(42~53歳)に出版した23論文が、2020 ~2023年(56~59歳)に撤回された。

【ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)】

2023年11月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)を「Hatem Abu Hashim」で検索すると、 1論文が懸念表明、6論文が撤回されていた。

2009~2011年(37~39歳?)に出版した6論文が、2020年9月に1報撤回、2023年3月に3報撤回、2023年11月に2報撤回、されていた。なお、6撤回論文のハシムの所属はエジプトのマンスーラ大学(Mansoura University)で、ベルギーのブリュッセル自由大学の記載はない。

★パブピア(PubPeer)

【アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)】

2023年11月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アーメド・バダウィ(Ahmed Badawy)の論文のコメントを「Ahmed Badawy」で検索すると、16論文にコメントがあった。

【ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)】

2023年11月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)の論文のコメントを「Hatem Abu Hashim」で検索すると、5論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

以下、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)を中心に記述した。

《1》共同学位制度 

ハシム事件では、ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim)はエジプトのマンスーラ大学に在職のまま、ベルギーのブリュッセル自由大学の学外院生として2013年に研究博士号(PhD)を取得した。

こういう、二重研究をすれば、院生指導は無責任になる。

だから、博士号審査でも博士論文をロクに審査せず、2013年に研究博士号(PhD)を授与してしまった。

ネカトハンターのベン・モル教授が博士論文のネカトを指摘したのは、幸運だった。

さらに幸運だったのは、ブリュッセル自由大学のピーテル・バロン研究担当副学長(Pieter Ballon)もまともだったことだ。バロン研究担当副学長は、ベン・モル教授の指摘を受け、8年前に授与したハシムの博士論文を、2021年に調査したことだ。

本来、学外院生の制度は、大学がブランド名と博士号を売って、授業料というお金を簡単に得る無責任な制度だと白楽は思う。

この制度は高等教育を歪めていると思う。

日本にも、その大学院課程の全コースに在籍していないのに、その大学院の博士号を取得できる無責任制度がある。

文部科学省はダブル・ディグリー・プログラムを「我が国と外国の大学が、教育課程の実施や単位互換等について協議し、双方の大学がそれぞれ学位を授与するプログラム。」と定義している。(出典:複数学位 – Wikipedia

文部科学省はこの共同学位制度を推奨している。

(2)共同学位制度導入大学の例:文部科学省保存版)」はいくつかの学位取得パターンがあるが、以下に2つのパターンを具体的に示す。

1.長岡技術科学大学「ツイニングプログラム」(ハノイ工科大学)

2.立命館大学「立命館大学・アメリカン大学学部共同学位プログラム制度」(アメリカン大学)

要するに、博士課程で学ぶ教育期間の5年間を2つの大学分割する。

博士課程の5年間を1人の教授の研究室で一貫して教育しても、しっかりした研究者を養成するのは容易ではない。

それを、細切れにして、あっち・こっちに在籍して、だれが、責任をもって博士号を取得させるのか?

人間(院生)はきついことをいう人(教授)を嫌い、甘い人(教授)に従う傾向が高い。そうすれば、ますます、ロクに育たない。

白楽は、この制度は高等教育を歪める異常な制度だと思う。即刻、廃止すべきだと思う。

共同研究を通して研究内容を高めるなら、日本の指導教授が相手側の教授と話し合い、日本の指導教授の責任の下で、院生を相手側に短期留学させるので十分だと思う。

《2》防ぐ方法

ハシム事件を、どう防ぐべきだったか?

制度として、共同学位制度がマズイ点は上記したので置いておく。

ハシム事件では、ベルギーのブリュッセル自由大学・博士号審査委員がいい加減な審査をした。これは、制度的な問題もあるが、審査委員の問題でもある。

どんな制度でも、どんな審査でも、審査委員は審査に責任を持つべきで、基本は、①審査能力のある人で利害関係のない審査員を選び、②審査に十分な時間・資料・報酬を与え、かつ、③審査結果の責任を取らせる、ことだ。

この3点のすべてが、ブリュッセル自由大学・博士号審査に欠けていた。

《3》処理のマズさ

ハシムが博士号を取得した翌年の2014年(42歳?)、エジプトのマンスーラ大学は、ネカト調査の結果、ハシムの「2013年4月のJ Gynecol Oncol.」論文にデータねつ造があることを突きとめていた。

この時、ベルギーのブリュッセル自由大学にネカト調査結果を伝え、ハシムの博士論文に疑念があると伝えるべきだった。そうすれば、博士号授与後ではあるが、授与翌年なので、年月を経ずに、ブリュッセル自由大学は対応したと思われる。

また、マンスーラ大学はネカト調査の結果、ハシムがデータねつ造したと結論している。この時、ハシムをどう処分したのか内容を白楽は掴めていないのだが、マンスーラ大学はハシムを解雇しなかった。この処分なし、あるいは、大甘な処分が、尾を引いて、ネカトまみれのマンスーラ大学という印象になっている。

ハテム・アブ・ハシム(Hatem Abu Hashim、حاتم ابو هاشم)、出典:https://archive.md/wip/daoZf

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日本の人口は、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。
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●9.【主要情報源】

① 2020年10月12日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Researchers face disciplinary action as dozens of their studies fall under scrutiny – Retraction Watch
② 2021年8月10日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Critics face legal threats as journal takes more than three years to act – Retraction Watch
③ 2021年10月28日のニック・ブラウン(Nick Brown)記者の「Nick Brown’s blog」記事:Nick Brown’s blog: A catastrophic failure of peer review in obstetrics and gynaecology
④ 2023年2月10日の記者名不記載の「Vrije Universiteit Brussel」記事:VUB revokes PhD of Hatem Abu Hashim | Vrije Universiteit Brussel
⑤ 有料なので白楽未読:2023年2月22日の記者名不記載の「economist」記事:There is a worrying amount of fraud in medical research
⑥ 2023年3月8日のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Ob-gyn loses PhD after committee finds he made up research – Retraction Watch
⑦ 2023年3月10日の「医小咖」記者の「知乎」記事:伪造数据撰写博士论文,10年后才被发现造假,最终失去了博士学位… – 知乎
⑧ 2023年3月16日のミーガン・バスケス(Megan Vasquez)記者の「Dividend Wealth」記事:Scientific fraud in the VUB dissertation
⑨ 2023年9月26日のキャロライン・ジエリンスキー(Caroline Zielinski)記者の「Cosmos」記事:Maternal health points to need for oversight on scientific research

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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