ワンポイント:米国で事件を起こし日本に帰国した医師・課程博士
●【概略】
カズヒロ・タナカ、田仲和宏(Kazuhiro Tanaka、写真出典)は、医師、課程博士で、九州大学・整形外科の岩本幸英・研究室から、1996 – 1998年、米国・NIH・歯学顔面研究所(NIDCR:National Institute of Dental and Craniofacial Research)のヨシ・ヤマダ研究室(Yoshihiko Yamada、分子生物学、日本人1世、日本語堪能)のポスドク(Visiting Postdoctoral Fellow)として留学した。
専門は整形外科だが、NIHのヨシ・ヤマダ研究室の専門は分子生物学だった。
2002-2004年頃、帰国していた田仲和宏に、3つの論文(2000年2報、2002年1報)の画像改ざんが発覚した。
2007年8月、NIH・調査委員会が、田仲和宏をクロと結論した。
2009年2月18日、米国・研究公正局は、田仲和宏の3論文(2000年2報、2002年1報)に画像改ざんがあったと発表した。
米国・ベセズダのNIH(National Institutes of Health)
- 国:米国
- 成長国:日本
- 研究博士号(PhD)取得:九州大学、課程博士
- 男女:男性
- 生年月日:1965年。仮に、1965年1月1日とする
- 現在の年齢:59 (+1)歳
- 分野:分子生物学
- 最初の不正論文発表:2000年(35歳)
- 発覚年:2002年?(37歳)
- 発覚時地位:九州大学・整形外科・教員
- 発覚:内部公益通報
- 調査:①NIH・調査委員会。2007年1月-8月の8か月。②研究公正局。2007年8月~2009年2月の1年6か月
- 不正:画像改ざん。本人は否定
- 不正論文数:3報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:日本での辞職なし
●【経歴と経過】
- 1965年:生まれる。仮に、1965年1月1日生まれとする
- 1989年(24歳):大分大学・医学部を卒業。医師免許
- 1995年3月31日(30歳):九州大学・整形外科の岩本幸英教授。課程博士。「The establishment and characterization of a peripheral neuroepithelioma cell line in soft tissue of extremity (Peripheral Neuroepithelioma 細胞株の樹立とその解析)」
- 1996 – 1998年(31 – 33歳):米国・NIH・歯学顔面研究所(NIDCR:National Institute of Dental and Craniofacial Research)のヨシ・ヤマダ研究室(Yoshihiko Yamada分子生物学)のポスドク(Visiting Postdoctoral Fellow)として留学
- 1998年(33歳):九州大学・整形外科・教員。岩本幸英研究室
- 2002-2004年(37-39歳):不正研究が発覚する
- 2009年2月(44歳):研究公正局が不正と判定した報告書を発表
- 2009年?(44歳?):九州がんセンター・室長
- 2015年(50歳)(もっと前?):大分大学・医学部・整形外科・講師
●【不正発覚・調査の経緯】
以下は【主要情報源③】を主に述べる。
1996年、九州大学整形外科の岩本幸英研究室から、米国・NIH・歯学顔面研究所(NIDCR:National Institute of Dental and Craniofacial Research)のヨシ・ヤマダ研究室(Yoshihiko Yamada、写真出典)にポスドク(Visiting Postdoctoral Fellow)として留学した。ヨシ・ヤマダの専門は分子生物学。
マウスやラットの細胞を使用して、Ⅱ型コラーゲンとXI型コラーゲンの翻訳制御の分子生物学を研究した。
1998年、田仲和宏は帰国し、九州大学・整形外科の岩本幸英研究室に戻った。
2000-2002年、米国留学中の論文が出版された。
2002-2004年、ヨシ・ヤマダ研究室の室員が、田仲和宏の2000-2002年論文の図が「異常」なことに気が付いた。ヨシ・ヤマダに伝えると、ヨシ・ヤマダが田仲和宏に問い合わせた。
田仲和宏は、「その図は、日本の友人(女性)の××が実験してくれたのを使いました」と答えた。しかし、名前を挙げられた友人(女性)××は、実在していなかった。
2005年1月-6月、ヨシ・ヤマダの報告を受け、NIHの研究公正官・ジョアン・シュワルツ(Joan Schwartz 写真出典)が調査した。
田仲和宏は「別の誰かが画像を改ざんしたのであって、私はしていません」と主張した。
シュワルツは、「正直、その誰かがいるとは思えなかったし、実際にその誰かを特定できなかった」。それで、一時的に、田仲和宏が実行犯と想定して調査を進めた。
彼が画像改ざんを実行したかどうかは別にして、生データを調べると、田仲和宏が日本帰国後の時期ではなく、田仲和宏がNIH滞在している時期に、画像操作が行われたことは確実だった。
シュワルツは、これ以上調査しても進展が望めないという時点まで調査し、その後、調査委員会を公式に設置するようNIHに依頼した。
2007年1月、NIH調査委員会が設置され、公式な調査が開始された。
田仲和宏は日本から米国に行き、弁護士と共にNIH調査委員会に出頭した。
2007年8月、NIH調査委員会は、田仲和宏が主に画像改ざんをしたと最終的な結論を下した。その時点で、論文中のいくつかの図は訂正や撤回がされた。
この時、ヨシ・ヤマダは、「田仲和宏は熊本県の民間病院に移籍し、研究はもうしない(no longer conducting research)」と述べている。
2009年2月18日、米国・研究公正局は、田仲和宏の3論文(2000年2報、2002年1報)に画像改ざんがあったと発表した。研究公正局の報告書では、「田仲和宏は、生データを紛失したと述べ、自分は不正をしていない」と記載されている。しかし、田仲和宏は、2012年まで3年間の米国の研究費申請不可の調停には合意した。
★米国・研究公正局が認定した不正点(英語のママでゴメン)
不正は画像の改ざんである。画像の改ざんは各論としては個々に異なるが、総論としては似たり寄ったりなので、1つ1つ提示する意味があまりない。それで英語のママでゴメン。
- falsified the results for CRYBP1 or Sox9 binding to the Col2a1 DNA sequence in electrophoretic mobility shift assays in Figure 1D and Figure 7 in MCB 20:4428-4435, 2000. He used duplicate copies of bands or duplicate copies of parts of lanes to falsely represent results from reportedly different experimental conditions;
- falsified the results for NT2 binding to the Col11a2 DNA sequence in electrophoretic mobility shift assays in Figures 2D and 6B, and falsified the Western blot for NT2 mutant proteins in Figure 8B in MCB 22:4256-4267, 2002. He used duplicate copies of bands, parts of bands, or duplicate copies of parts of lanes to falsely represent results from reportedly different experimental conditions in Figures 2D and 6B; and falsely represented results for the Figure 8B Western blot by using duplicate copies of bands to represent NT2ª1 (lane 2) and NT2Î4 (lane 5) mutant proteins;
- falsified the Western blot for Sox9 protein expression in Figure 4B, JBC 275:12712-12718, 2000, by using duplicate copies of lanes 1 and 2 to represent the Sox9 expression in cell extracts from both Balb 3T3 and undifferentiated ATDC5 cells;
- falsified the Northern blots in multiple panels of Figure 3, MCB 20:4428-4435, 2000. He used duplicate copies of bands for CRYBP1, for Type II collagen, for Type X collagen, and for GAPDH and 18S EtBr stained control bands to falsely represent results of RNA expression from these different genes in ATDC5 cells. He also used duplicate copies of bands to falsely represent the RNA expression in ATDC5 cells grown under different conditions for either collagen Type II in Figure 3, MCB 2000 or collagen 1(X) in Figure 5 in MCB 22:4256-4267, 2002. Similarly, duplicate copies of 18S EtBr stained control bands were used in both figures with reportedly different experimental conditions.
●【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、田仲和宏(Kazuhiro Tanaka)の論文を「Tanaka K[Author]」で検索すると、12,500論文がヒットした。多すぎる。「Kazuhiro Tanaka[Author]」の検索は2002年以降だから、今回の役に立たない。
「retraction」と同時検索すると、2015年5月6日現在、1論文が撤回されている。2006年に一部撤回し、2009年に全部撤回している。
- A Krüppel-associated box-zinc finger protein, NT2, represses cell-type-specific promoter activity of the alpha 2(XI) collagen gene.
Tanaka K, Tsumaki N, Kozak CA, Matsumoto Y, Nakatani F, Iwamoto Y, Yamada Y.
Mol Cell Biol. 2002 Jun;22(12):4256-67.
Retraction in: Mol Cell Biol. 2009 Jun;29(12):3453.
Partial retraction in: Mol Cell Biol. 2006 Nov;26(21):8215-6
★米国・研究公正局が認定した不正論文
米国・研究公正局の報告書で不正と認定した論文は以下の3論文である。2番目の論文が上記の撤回論文である。
- Kazuhiro Tanaka, Yoshihiro Matsumoto, Fumihiko Nakatani, Yukihide Iwamoto, and Yoshihiko Yamada, “A zinc finger transcription factor, “A-crystallin binding protein 1, is a negative regulator of the chondrocyte-specific enhancer of the “1(II) collagen gene,” Molecular and Cellular Biology (MCB) 20:4428-4435, 2000;
- Kazuhiro Tanaka, Noriyuki Tsumaki, Christine A. Kozak, Yoshihiro Matsumoto, Fumihiko Nakatani, Yukihide Iwamoto, and Yoshihiko Yamada, “A Krüppel-associated box-zinc finger protein, NT2, represses cell-type-specific promoter activity of the “2(XI) collagen gene,”Molecular and Cellular Biology 22:4256-4267, 2002;
- Ying Liu, Haochuan Li, Kazuhiro Tanaka, Noriyuki Tsumaki, and Yoshihiko Yamada, “Identification of an enhancer sequence with the first intron required for cartilage-specific transcription of the “2(XI) collagen gene,” Journal of Biological Chemistry (JBC) 275:12712-12718, 2000.
●【白楽の感想】
《1》事件後の人生
2009年2月の記事(【主要情報源③】)で、米国留学時のボスであるヨシ・ヤマダ(2019年12月16日逝去)は、「田仲和宏は熊本県の民間病院に移籍し、研究はもうしない(no longer conducting research)」と述べている。
しかし、田仲和宏の研究費受給の記録を見ると、民間病院に移籍していないし、「研究はもうしない(no longer conducting research)」ことはない。研究している(参考:KAKEN – 田仲 和宏(10274458))。
事件後の人生はどうあると良いのか?
大学教員・医師の場合、欧米では、大学を辞職し、民間機関で医師を勤めることが多い。研究せずに、臨床のみをする。日本もそれが1つの方法だろう。
田仲和宏の場合、正確には、田仲本人が、「民間病院に移籍し、研究はもうしない(no longer conducting research)」と述べているわけではないので虚偽の言い訳をしたわけではない。しかし、米国留学時のボスであるヨシ・ヤマダが述べているのは、田仲本人から今後の身の振り方を聞いたとき、田仲本人がそう答えたと理解するが通常だろう。それは、ヨシ・ヤマダがそうすべきだとアドバイスしたのかもしれない。というのは、その価値観が米国の1つの基準だからである。
2015年(もっと前?)、大分大学は田仲和宏を講師に採用している。不正の過去を知らずに、田仲和宏を講師に採用したのだろうか? 承知で採用したのだろうか?
一般的に、研究者の採用・昇進時に、過去の不正がわからないことが多い。本件は、事件加害者が実名で報告されたが、米国・研究公正局の英文報告書である。日本では同じ分野の研究者でも本件を知らない。
研究者名が匿名で報道されると、日本の新聞記事でも人物を特定できない。
研究者の不正情報を一元的に管理する機関が必要だと思う。研究者の採用・昇進時に、問い合わせることができるようにするのだ。政府委員の任用や国・団体から褒賞する時にも、国内・国外を問わず、過去に不正研究者だったではまずかろう。
例えば、過去にセクハラ実行者だった教授がセクハラ防止委員ではマズイでしょう。日本の現状ではありがちですが・・・。
《2》本人は無罪を主張
田仲和宏は、「私は不正していません」と主張している。
この場合、どうする? どうなる?
この事件は冤罪?
《3》時効
1996-1998年に留学し、論文が2000-2002年に出版した。
それが調査され。約10年後の2007年8月、NIH・調査委員会がクロと報告している。
さらにその1年半後の2009年2月18日、米国・研究公正局がクロと発表した。最初に不正を実行したとされる留学時の約12年後である。
これでは、調査・判定がいかにも遅い。論文発表後5年以内に着手し、1年以内に結論を出す。それを過ぎたら時効などのルールを設けないと、被疑者とその関係者は大変だ。社会システムとして欠陥だと感じる。
●【主要情報源】
① 科研費データベース:KAKEN – 田仲 和宏(10274458)
② 2009年2月18日、研究公正局の報告:NOT-OD-09-051: Findings of Scientific Misconduct。また、ニュースレター(http://ori.hhs.gov/images/ddblock/mar_vol17_no2.pdf)の10頁目。また、2009年年報 の53-54頁目
③ 2009年2月17日のエリー・ドルジン(Elie Dolgin)の「The Scientist」記事:Misconduct from NIH postdoc | The Scientist Magazine®