2020年12月23日掲載
ワンポイント:サージスフィア社(Surgisphere)・社長で医師のデサイーは、COVID-19(新型コロナ)治療薬のデータに基づき、2020年5月(41歳)、「2020年5月のLancet」論文と「2020年6月のN Engl J Med.」論文を出版した。出版1週間後から、そのデータに関するねつ造疑惑がブログ、社交メディア、パブピア(PubPeer)で指摘され、新聞で大騒ぎになった。2020年6月4~5日(41歳)、データの信頼がないことで、両論文は撤回された。デサイーは無処分。この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「1」、「4A」の「2」に挙げられた。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
サパン・デサイー(サパン・デサイ、Sapan Desai、写真出典)は、米国のサージスフィア社(Surgisphere)・社長で医師である。専門は血管外科。
デサイーは、サージスフィア社(Surgisphere)が収集したと称するCOVID-19(新型コロナ)治療薬の膨大なデータを同じ分野の研究者に提供した。
そのデータに基づき、ハーバード医科大学院(Harvard Medical School)のマンディープ・メーラ教授(Mandeep R. Mehra)等とともに、2020年5月(41歳)、「2020年5月のLancet」論文と「2020年6月のN Engl J Med.」論文を出版した。メーラ教授が第一著者で、デサイーは第二著者だった。
ところが、論文出版1週間後から、そのデータのねつ造疑惑がブログ、社交メディア、パブピア(PubPeer)で指摘され、新聞で大騒ぎになった。
2020年6月(41歳)、データの信頼がないことで、両論文は撤回された。
デサイーは大学・研究機関に所属していないので、処罰は受けていない。
この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「1」、「4A」の「2」に挙げられた。
サージスフィア社(Surgisphere)の連絡先(875 N Michigan Ave, Chicago, IL 60611:出典: Surgisphere Corporation)は全米五位の高層ビルであるジョン・ハンコック・センター(John Hancock Center)だった。写真はPath2k6さん、CC 表示 2.5、 出典。
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:イリノイ大学
- 研究博士号(PhD)取得:イリノイ大学
- 男女:男性
- 生年月日:1979年4月6日。インド人の両親のもと、米国で生まれる
- 現在の年齢:45 歳
- 分野:血管外科
- 最初の不正論文発表:2020年(41歳)
- 不正論文発表:2020年(41歳)
- 発覚年:2020年(41歳)
- 発覚時地位:サージスフィア社・社長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は多数いた。ブログ、社交メディアで指摘した
- ステップ2(メディア):ブログ、社交メディア、「パブピア(PubPeer)」、「Scientist」、「撤回監視(Retraction Watch)」、「Science」など多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。大学に所属していないので、調査なし
- 所属機関の事件への透明性:大学に所属していないので、発表なし(✖)。
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1論文が訂正、2論文が懸念表明、4論文が撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:処分なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 1979年4月6日:インド人の両親のもと、米国で生まれる
- 1998年(19歳):19歳で、イリノイ大学(University of Illinois)で学士号取得:生物学
- 2006年(27歳):同大学で研究博士号(PhD)、医師免許を取得
- 2006年(27歳):デューク大学(Duke University)で研修医
- 2008年(29歳):上記の研修医中に、サージスフィア社(Surgisphere)を設立
- 2012年(33歳):テキサス大学健康科学センター(University of Texas Health Science Center)・血管外科・臨床医
- 2014年7月~2016年5月(35~37歳):南イリノイ大学医科大学院(Southern Illinois University School of Medicine)・血管外科医
- 201x年x月~2020年2月(~40歳):ノースウェスト・コミュニティ病院(Northwest Community Hospital)・血管外科医(2018/10/21の医師紹介動画:Northwest Community Hospital / Healthcare – Meet Dr. Desai – )
- 2020年(41歳):後に問題視されるCOVID-19の治療薬データを提供し、「2020年5月のLancet」論文と「2020年6月のN Engl J Med.」論文を出版
- 2020年6月(41歳):上記データがねつ造だったことが発覚、両論文は撤回
●3.【動画】
【動画1】
「サパン・デサイー」と紹介。
インタビュー動画:「Coronavirus Pandemic: Sapan Desai, Hydroxychloroquine study Co-author – YouTube」(英語)3分10秒。
TRT World Nowが2020/05/26に公開
【動画2】
「サパン・デサイー」と紹介。
ニュース動画:「How an Indian-origin man misled the world on HCQ – YouTube」(英語)6分9秒。
NEWS9 liveが2020/06/05に公開
【動画3】
以下は事件の動画ではない。講演はうまい。
講演動画:「Venous Disease (Lunch with the Doctor) September 2014 – YouTube」(英語)39分26秒。
SIU Medicineが2014/10/04に公開
●4.【日本語の解説】
★2020年6月6日:榎木英介(病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー):「一流医学誌で論文撤回~新型コロナウイルスの研究に何が起こっているのか」
問題となった論文は以下だ。
ランセット誌のページに撤回されたいきさつが書かれている。
論文のデータに関して様々な懸念が提示されたため、調査を行おうとしたが、データを扱った会社であるサージスフィア社がデータの提出を拒否した。このため、データの信ぴょう性が保たれないと、著者4人中3人が論文の撤回に同意した。
なお、撤回に同意しなかったのは、このサージスフィア社の創業者で、論文の共著者に名を連ねていたSapan Desai氏だ。
★2020年6月29日:日経バイオテクONLINE:著者不記載:「コロナ論文が撤回、ねつ造は見抜けるか?」
LancetとNew England Journal of Medicine(NEJM)という一流医学誌が6月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する論文を相次いで撤回した。いずれも共著者の1人であるSapan Desai医師が設立した米Surgisphere社が世界中の医療機関から収集したCOVID-19患者のデータを分析したものだったが、第三者から疑問の声が上がり、検証を求められた著者がデータを検証できないとして撤回した。
データベースに登録された患者数と、実際に国などが公表している患者数のつじつまが合わないことなどが判明しており、Surgisphere社によるデータのねつ造とみられている。
・・・中略・・・
新型コロナなので査読が甘くなったとの指摘もあるが、Surgisphere社は「クライアントとの契約」などを理由に査読者に対して生データなどの開示を拒んだ。医療機関などがデータ事業者に医療データを提供する場合は同様の契約を結ぶことが多いという。「今回はすぐに発覚して取り下げになったからよかったけれど、巧妙にやられると見抜くのは難しいかもしれない」という声も出ている。
★2020年7月2日:ワセダクロニクル:谷本哲也(内科医):「「論文バブル」で起きた研究不正──コロナ世界最前線(5)」
電子カルテのビッグデータ捏造
不正がみつかった研究では、論文著者の1人が運営するサージスフィア(Surgisphere)という小さな医療データ会社が集めたビッグデータを使っていました。約10万人の新型コロナ患者の医療情報ビッグデータを、世界中の約700の病院の電子カルテから集め、統計学的な解析を行った、というのがサージスフィアの触れ込みでした。医療情報の電子化が進み、国際的なプラットフォーム作りも進められているので、研究としては「如何にもありそう」な流行りの設定です。
ところが論文発表後、電子カルテ情報を提供したはずの病院は、サージスフィアと何の契約もしていないことが露見しました。このビッグデータは捏造の可能性が濃厚、となってしまったのです。
・・・中略・・・
サージスフィアの運営者は、今回のビッグデータの捏造を公式には認めていません。なぜ、このような国際的な大舞台で研究不正をしたのか。サージスフィアのブランド価値を高め研究費取得や投資など金銭的利益を狙ったのか、あるいは、有名専門誌への論文掲載で名声や出世を求めたのか、その動機についても明らかにはなっていません。ただサージスフィアの運営者は、若い時に書いた論文でも画像の操作が見つかっており、不正の常習者だったのかもしれません。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★サパン・デサイー(Sapan Desai)の人生
サパン・デサイー(Sapan Desai)はインド人の両親のもと、米国で生まれ、19歳でシカゴのイリノイ大学(University of Illinois)の生物学・学士号を取得した。いわゆる神童である。
とはいえ、研究博士号(PhD)と医師免許を取得したのは27歳なので、この時点では、「ただの人」になったようだが、今回の事件を起こし、やはり、「ただの人」ではなかった
2008年(29歳)、デューク大学(Duke University)の研修医を続けながら、サージスフィア社(Surgisphere Corporation)を設立した。
2012年(33歳)、テキサス大学健康科学センター(University of Texas Health Science Center)・血管外科・医師をしていたが、この時、医療上の問題を起こした。ハジム・サフィ学科長(Hazim Safi)は、問題はデサイーの医療スキルではなく人格に起因していると述べている。
つまり、今回の事件は、人格に問題があるインド系の超優秀な医師・研究者が起こした事件である。
2019年後半(40歳)、イリノイ州クック郡の裁判所の記録によると、デサイーは3件の医療過誤で訴えられた。
2020年2月(40歳)、デサイーはアーリントンハイツ郊外のノースウェスト・コミュニティ病院(Northwest Community Hospital)の血管外科医だったが、家庭の事情を理由に辞任した。憶測だが、多分、上記の医療過誤で辞任させられたのだろう。
→ ノースウェスト・コミュニティ病院(Northwest Community Hospital)・血管外科医としての医師紹介動画:2018/10/21公開のNorthwest Community Hospital / Healthcare – Meet Dr. Desai –
どうやら、今回の事件を起こす前から、デサイーは何かと問題が多い医師だったようだ。
★論文発表:2020年5月
デサイーは、サージスフィア社(Surgisphere)が収集したと称するCOVID-19(新型コロナ)治療薬の膨大なデータを同じ分野の研究者に提供した。
2020年5月(41歳)、デサイーは、そのデータに基づき、ハーバード医科大学院(Harvard Medical School)のマンディープ・メーラ教授(Mandeep R. Mehra)等とともに、「2020年5月のLancet」論文と「2020年6月のN Engl J Med.」論文を出版した。メーラ教授が第一著者で、デサイーは第二著者だった。
- Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Covid-19.
Mehra MR, Desai SS, Kuy S, Henry TD, Patel AN.
N Engl J Med. 2020 Jun 18;382(25):e102. doi: 10.1056/NEJMoa2007621. Epub 2020 May 1. - Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19: a multinational registry analysis.
Mehra MR, Desai SS, Ruschitzka F, Patel AN.
Lancet. 2020 May 22:S0140-6736(20)31180-6. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31180-6. Online ahead of print.
論文は、COVID-19患者に抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを投与しても治療効果はなく有害である、と結論した。
この論文を受けて、世界保健機関(WHO)などいくつかの保健機関は、ヒドロキシクロロキンの臨床試験を中止した。
論文では、6大陸の671病院からの96,032人の患者のデータに基づいた結果を分析したのだが、サージスフィア社しかそのデータにアクセスできなかった。
そして、論文が発表された1週間後から、そのデータに関するねつ造疑惑がブログ、社交メディア、パブピア(PubPeer)で指摘され、新聞で大騒ぎになった。
事件を、サパン・デサイー(Sapan Desai)を中心に描いてきたが、論文の共著者は、まともな研究者だったのか、怪しげな研究者だったのか? 2報の共著者の2人を以下に見ていこう。
★マンディープ・メーラ教授(Mandeep R. Mehra)
「2020年5月のLancet」論文、「2020年6月のN Engl J Med.」論文の2報とも、第一著者はハーバード医科大学院(Harvard Medical School)のマンディープ・メーラ教授(Mandeep R. Mehra – Wikipedia、写真出典)である。
メーラ教授は1967年12月にインドで生まれ、インドの大学で医師免許を取ってから米国に来た。そして、ハーバード医科大学院の教授(心臓外科)になった。論文をたくさん出版し、とても優秀である。しかし、育ちがインドなので、インド文化が染みついている。
★アミット・パテル(Amit Patel)
「2020年5月のLancet」論文、「2020年6月のN Engl J Med.」論文の2報とも、最後著者はアミット・パテル(Amit Patel – Wikipedia、写真出典)である。
パテルは米国に生れ育ったインド系米国人で、ユタ大学(University of Utah)の教員(faculty appointment)で医師(心臓外科)だった。
2020年6月7日、今回の事件で、ユタ大学はパテルを解雇した(terminated)。 → 2020年6月7日記事:Researcher has faculty appointment terminated after Lancet retraction
★インド系のネカト・チーム?
第一著者のメーラ教授はインド生まれ、サパン・デサイー(Sapan Desai)とパテルは米国生まれのインド系米国人である。3人共、心臓外科医である。
そして、サパン・デサイー(Sapan Desai)は最後著者のパテルと義理兄弟だった(姉妹が結婚)。義理兄弟なので、当然、知り合いだ。そして、最後著者のパテルがデサイーを、第一著者のメーラ教授に紹介した。
メディアではデサイーだけが悪者で、他の共著者をほとんど取り上げないが、この事件は、インド系の米国人仲間が、つるんで、一発、たくらんだネカト事件なのか? それとも、デサイー単独犯で、メーラ教授とパテルは被害者なのか?
メーラ教授はまともな論文を200報も出版している。ネカト論文を出版して得しようとする状況証拠はない。論文撤回後、「私は、十分な検証もなしにデータソースを信用し、論文を出版してしまいました。そのため、学術界および世間に直接・間接に多大な混乱をもたらしました。本当に申し訳ありません」と学術界および世間に謝罪している。多分、メーラ教授は被害者だろう。
一方、パテルは心臓病や性機能障害の治療と、老化の実験的幹細胞治療の研究をしてきた医師だが、しかし、パテルはNIHからの研究費を獲得したことがない。そして、ユタ大学のプロフィールに100報以上の出版物を掲載していたが、その3分の2近くは、同じPatelの姓をもつ他の科学者、つまり別人の論文だった。業績リストをねつ造していた経歴詐称者だったのだ。従って、パテルは共犯者かもしれない。
★発覚の経緯と批判
2020年5月23日、アトッサ・セラピューティクス社(Atossa Therapeutics Inc)の社長・スティーブン・キー(Steven Quay、写真出典)が自分のブログで、論文の異常を指摘したのが、事件の始まりである。
→ 2020年5月23日、Hydroxychloroquine When medical science look like political science
2020年5月25日、上記とは別に、コロンビア大学の統計学・政治学のアンドリュー・ゲルマン教授(Andrew Gelman – Wikipedia)は、タイのジェームズ・ワトソン(James Watson)が論文の異常を指摘のを自分のブログで解説し、パブピアにも掲載した。 → 2020年5月25日ブログ記事:Hydroxychloroquine update « Statistical Modeling, Causal Inference, and Social Science
タイのジェームズ・ワトソン(James Watson、写真出典)はタイのマヒドール・オックスフォード熱帯医学研究ユニット(Mahidol Oxford Tropical Medicine Research Unit)の上級科学者で、 二重らせんでノーベル生理学・医学賞を受賞したワトソンとは別人である。
他にも多くの研究者が論文の問題点を指摘した。
問題点の1つは、論文が示す6大陸の671病院からの96,032人の患者データに対する疑念である。
人口統計および基礎となる健康状態の違いにもかかわらず、COVID-19患者データが6大陸の全体で驚くほど均一なのはおかしい。
デサイーはこの疑念に答えたが、しかし、その答えに学術界は納得しなかった。また、要求されても、デサイーはデータの出所を示さなかった。
その理由として、デサイーは、研究に関与した病院とプライバシー契約があるので、病院の名前を公表できないと弁明した。
2020年5月28日、そして、タイのジェームズ・ワトソンが主導し、世界中の研究機関の180人を超える研究者が署名した、「Lancet」誌のリチャード・ホートン編集長(Richard Horton)あての公開書簡が公開された。
公開書簡は、研究データと分析に複数の疑念があると述べている。以下は公開書簡の冒頭部分(出典:同)。全文は5頁 → https://statmodeling.stat.columbia.edu/wp-content/uploads/2020/05/Open-Letter-the-statistical-analysis-and-data-integrity-of-Mehra-et-al_Final-1.pdf
疑念は、ヒドロキシクロロキンを投与された患者の死亡率が驚くほど高いことだった。ヒドロキシクロロキンは何十年もの間、病院で使われてきたが、これまで、論文が記述したような悪影響は報告されていなかった。
研究者たちは、サージスフィア社(Surgisphere)の実態、そして、比較的短期間でこのような膨大で複雑なデータセットを取得した方法についても疑念を抱き始めた。
データセットに含まれているアフリカのCOVID-19患者の割合が異常なほど高い。アフリカ疾病管理予防センターは、アフリカ大陸全体で15,738件のCOVID-19症例を報告しているが、論文(4月14日まで)では、4,402人の入院患者の詳細な健康記録を含む電子化データがあると述べていた。
多くの研究者は、アフリカの詳細な健康記録をこれほど迅速に入手できたのはオカシイと批判した。
ケニアの医師および臨床疫学者もオカシイと批判した。
また、オーストラリアのデータの出所を確認できなかったと批判した。
ジョンズホプキンス大学は、4月21日時点でオーストラリアには67人の患者しか数えていなかったのに、サージスフィア社のデータにはオーストラリアの73人の死亡者が含まれていた。
デサイーは、アジアの病院の患者数を「間違えて」オーストラリアの患者にカウントしていたと陳謝し、矛盾点を釈明した。
★論文撤回
2020年6月4日、「N Engl J Med.」誌は、サージスフィア社(Surgisphere)のデータを精査し、データ疑惑に対してデサイーとやり取りした。しかし、デサイーから納得できる説明を得られなかったとして、「2020年6月のN Engl J Med.」論文を撤回した。デサイー以外の著者は論文撤回に同意したが、デサイーは同意しなかった。
Correspondence — Retraction: Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Covid-19. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2007621. https://t.co/6NVZ4mqIJA
— NEJM (@NEJM) June 4, 2020
「N Engl J Med.」誌のエリック・ルービン編集長(Eric Rubin)は、「この論文は元々掲載すべきじゃなかった」と述べている。
2020年6月5日、同様な理由で、「Lancet」誌は「2020年5月のLancet」論文を撤回した。
Today, three of the authors have retracted “Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19: a multinational registry analysis” Read the Retraction notice and statement from The Lancet https://t.co/pPNCJ3nO8n pic.twitter.com/pB0FBj6EXr
— The Lancet (@TheLancet) June 4, 2020
「Lancet」誌のリチャード・ホートン編集長(Richard Horton)は、この論文は「記念碑的なねつ造論文」だと述べている。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
上記したので詳細を省くが、ようするに、6大陸の671病院からの96,032人の患者データに信ぴょう性がないということだ。
矛盾点があるし、これほど多数の患者データをどの国のどの病院が集めたのか、デサイーは答えていない。
当然のように、データねつ造と判断された。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年12月22日現在、パブメド( PubMed )で、サパン・デサイー(Sapan Desai)の論文を「Sapan Desai [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2020年の1年間の2論文がヒットした。
「Desai SS」で検索すると、1985~2020年の36年間の210論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。
2020年12月22日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2論文が撤回されていた。
「2020年5月のLancet」論文、「2020年6月のN Engl J Med.」論文が、ともに2020年6月に撤回された。
★撤回監視データベース
2020年12月22日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでサパン・デサイー(Sapan Desai)を「Sapan S Desai」で検索すると、 1論文が訂正、2論文が懸念表明、4論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年12月22日現在、「パブピア(PubPeer)」では、サパン・デサイー(Sapan Desai)の論文のコメントを「Sapan Desai」で検索すると、11論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》情報の共有
COVID-19に関する「2020年5月のLancet」論文、「2020年6月のN Engl J Med.」論文が、ともに2020年6月に撤回された。
この2論文に提供したデータがねつ造データだったことで、サパン・デサイー(Sapan Desai)は強く非難された。
しかし、チョッと待て。
すこし調べれば、デサイーはイカガワシイ人物であることがわかる。
本当のところ、こんなイカガワシイ人物のデータを使う研究者も、とても、問題だと思う。そして、イカガワシイ人物であるという情報を学術界が共有できていないことは、大きな欠陥だと思う。
これほどの情報社会なのに、いまだに、学術界はそういう情報の共有ができていない。
《2》処罰
この事件は大事件である。2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「1」、「4A」の「2」に挙げられた。
ただ、データに関するねつ造疑惑が論文出版1週間後から、ブログ、社交メディア、パブピア(PubPeer)で指摘され、新聞で大騒ぎになった。1か月後には論文が撤回された。
ただ、ねつ造データによる「直接」の健康被害はない。しかし、研究は遅れ、ヒト・モノ・カネ・時間の無駄はあったのだから「間接」の健康被害はあった。
ただ、サパン・デサイー(Sapan Desai)は大学や研究機関に所属していない。それで、調査し、クロと判定する機関はない。従って、デサイーを処罰する機関はない。
以前もこのようなケースがあったが、大学・研究機関以外が調査し、クロなら処分するシステムを導入した方がいいですね。 → 1‐3‐2.研究ネカトは警察が捜査せよ! | 白楽の研究者倫理
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Sapan Desai – Wikipedia、Surgisphere – Wikipedia、Mandeep R. Mehra – Wikipedia、Amit Patel – Wikipedia
② ◎2020年5月30日のキャサリン・オフフォード(Catherine Offord)の「Scientist」記事:Disputed Hydroxychloroquine Study Brings Scrutiny to Surgisphere | The Scientist Magazine®
③A 2020年6月5日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:Would Lancet and NEJM retractions happen if not for COVID-19 and chloroquine? – For Better Science
③B 2020年6月6日のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の「Science Integrity Digest」記事:The Surgisphere Founder and the Melba Toast figure
④ 2020年6月8日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者の「Science」記事:Who’s to blame? These three scientists are at the heart of the Surgisphere COVID-19 scandal | Science | AAAS
⑤ 2020年6月12日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者とジョン・トラビス(John Travis)記者の「Science」記事:Authors, elite journals under fire after major retractions | Science
⑥ 2020年7月27日のエレン・ガブラー(Ellen Gabler)記者とロニ・キャリン・ラビン(Roni Caryn Rabin)記者の「New York Times」記事:The Doctor Behind the Disputed Covid Data – The New York Times
⑦ 2020年12月16日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Journal expresses concern — we think — about papers by Surgisphere founder – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
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