2019年3月7日掲載
白楽の意図:捕食論文は定評ある学術論文データベースにどれだけ浸食しているのだろうか? 公式には、スコーパス(Scopus)は捕食論文を採録していないことになっている。そのスコーパス(Scopus)中の捕食論文の浸食度を世界で初めて調べたヴィト・マカセック(Vít Macháček)の2017年3月の論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
スコーパス(Scopus)は、エルゼビア社が提供する世界最大級の抄録・引用文献データベースで、全分野(科学・技術・医学・社会科学・人文科学)、世界5,000社以上の出版社、逐次刊行物22,800タイトル、会議録100,000イベント、書籍170,000タイトルからの7,200万件の文献を収録している(出典:エルゼビア社:https://www.elsevier.com/ja-jp/solutions/scopus/about)。公式には、スコーパス(Scopus)は捕食論文を採録していないことになっているが、捕食論文は、2015年、スコーパス(Scopus)が採録した全論文の約3.0%を占めるまでになった。2013-2015年にスコーパス(Scopus)に採録された論文中の捕食論文は、アルバニアでは36%にものぼった。捕食出版は、アジアや北アフリカの中所得国に強く浸食していた。日本は1%、つまり、100報に1報が捕食論文だった。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Predatory journals in Scopus
日本語訳:スコーパス中の捕食学術誌 - 著者:Vít Macháček and Martin Srholec
- 出版社:Praha : Národohospodářský ústav AV ČR v.v.i.
- 発行年月日:2017年3月
- ISBN : 978-80-7344-407-5
- ウェブ:テキストのみ、https://idea-en.cerge-ei.cz/files/IDEA_Study_2_2017_Predatory_journals_in_Scopus/files/basic-html/page3.html
- PDF:https://idea-en.cerge-ei.cz/files/IDEA_Study_2_2017_Predatory_journals_in_Scopus/files/downloads/IDEA_Study_2_2017_Predatory_journals_in_Scopus.pdf
★著者
- 第1著者:ヴィト・マカセック(Vít Macháček)
- 写真:https://idea.cerge-ei.cz/files/Machacek_CurriculumVitae.pdf
- 履歴:https://idea.cerge-ei.cz/files/Machacek_CurriculumVitae.pdf
- 国:チェコ
- 生年月日:チェコ。現在の年齢:33 歳?
- 学歴:プラハ・カレル大学(Charles University, Prague)、2016年に修士号取得:経済学
- 分野:経済分析
- 論文出版時の地位・所属:IDEA CERGE-EIの研究員。また、チェコ貯蓄銀行の欧州事務所/ナレッジセンターのジュニアアナリスト:Junior Analyst, Česká Spořitelna, EU Office/Knowledge Centre。
なお、Institute for Democracy & Economic Analysis (IDEA) はチェコのシンクタンク。CERGE-EI (Center for Economic Research and Graduate Education – Economics Institute) はプラハ・カレル大学の経済関係の関連研究所(以下の動画、写真)。
CERGE-EI’s Schebek Palace 写真出典
●3.【論文内容】
●【1.序論】
この論文は、引用データベースであるスコーパス(Scopus)中に捕食学術誌がどれほど浸透しているかを分析した世界で最初の論文である。
なお、スコーパス(Scopus)は、エルゼビア社が提供する世界最大級の抄録・引用文献データベースで、全分野(科学・技術・医学・社会科学・人文科学)、世界5,000社以上の出版社、逐次刊行物22,800タイトル、会議録100,000イベント、書籍170,000タイトルからの7,200万件の文献を収録している(出典:エルゼビア社:https://www.elsevier.com/ja-jp/solutions/scopus/about)。
そして、公式には、スコーパス(Scopus)は捕食学術誌を索引付けしていないことになっている。
だから、例えば、徳島大学図書館は2018年11月、捕食学術誌でないことはスコーパス(Scopus)の収録誌になっていることで、確認するとある。
https://www.lib.tokushima-u.ac.jp/img/banner/2018/2018112601.pdf
SCOPUSの収録誌になっているかを確認する
SCOPUSは質の高い文献情報を収録するため,外部の専門家集団によるコンテンツ選定・諮問委員会を設置しています。
委員会では,査読誌である・英語の抄録がある・定期的に出版されている等の条件をクリアしているジャーナルに対して,ジャーナルの方針,コンテンツの質,Scopusにおける被引用度等の量的・質的な選定基準に照らし合わして審査を行い,収録ジャーナルを選定しています。
他にも同様な記述がある。
- Scopusの採録対象は、Web of Scienceとは異なりますが、やはりElsevier社が雑誌の質を判断した上で選ばれています。(ジャーナルの質を判断するために(情報提供) | 信州大学医学部図書館)
- 世界的には、審査のしっかりした雑誌の認証であるSCOPUSというような基準があります。諸外国の大学の人事評価では、SCOPUSなどに認証された雑誌に掲載された論文でなければ、評価に加算されない、というところもあります。(2018年09月03日、塩崎 悠輝、International Islamic University Malaysia 助教授
:粗悪学術誌:論文投稿、日本5000本超 業績水増しか)
つまり、スコーパス(Scopus)は捕食学術誌を締め出し、全く採録していない。と、学術界が認識しているという前提で、この論文は、スコーパス(Scopus)中に捕食学術誌がどれほど浸透しているかを分析したのである。
なお、説明不要と思うが、捕食学術誌(predatory journals)を簡単に説明する。
捕食学術誌(predatory journals)は、著者がオープンアクセス学術誌に論文掲載料を払って論文を出版してもらう時、査読しないで、あるいはいい加減な査読で、論文を出版し、著者からの論文掲載料で儲ける学術誌である。捕食学術誌の中には、論文掲載料さえもらえれば、明らかに内容がひどい論文でも出版する出版社がある。捕食出版社(predatory publisher)は、適切な査読システムがないし、オンラインなので経費もさほど掛からない。金をもらえるなら、とんでもない原稿でも出版しようということになる。
●【2.方法】
捕食学術誌(predatory journals)は、コロラド大学のジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)が作った「捕食学術誌(と思われる)」リストに記載された学術誌とした。ビールは捕食学術誌リストに入れる学術誌の選択に苦しんだが、私たちの見解ではビールのリストは捕食学術誌の全体像を分析するのには十分である。
ウルリックスウェブ(Ulrichsweb)レジスタを使用して、ジェフリー・ビールが捕食学術誌と見なした捕食学術誌の包括的なデータベースを作成した。 このデータベースは、ビールの最初と2番目の捕食学術誌リストの雑誌名を網羅している。 次に、データベース内の捕食学術誌のISSNを使用してスコーパス(Scopus)を検索した。
ウルリックスウェブ(Ulrichsweb)は、 世界中で出版されている約25万誌の刊行物情報、出版社情報、A & Iサービス、また雑誌の発注など、図書情報プロフェッショナルにとって必要不可欠な情報源として親しまれてきた著名なUlrich’s Periodicals Directoryのオンライン版です。Ulrichsweb | 筑波大学附属図書館
●【3.年傾向】
分析の結果、スコーパス(Scopus)中に3,218誌の捕食学術誌が見つかった。そのうちの281誌は独立系学術誌(standalone journals、スタンドアローン学術誌、出版社はその学術誌1誌だけを出版している)のリストから、2,937誌は捕食出版社(1つの出版社が複数・たくさんの学術誌を出版)のリストからだった。
そして、2004年から2015年の間に、ビールの捕食学術誌に掲載された306,000報の論文を特定した。306,000報は、スコーパス(Scopus)の採録論文の1.2%に相当する。つまり、スコーパス(Scopus)は捕食学術誌に侵食されていた。
長期的にみると、スコーパス(Scopus)が捕食学術誌にドンドン侵食されてきた傾向が明らかになった(図1)。
2004年、スコーパス(Scopus)は約2,000報の捕食論文を索引付けしただけで、シェアは0.1%というごくわずかだった。しかし、2015年にこの数字は約6万報まで増え、スコーパス(Scopus)が採録した全論文の約3.0%を占めるまでになった。
図1に示すように、2011年まで、スコーパス(Scopus)中の捕食論文の割合は急激に増加し、 2012-2014年は増減がなかった。
2012年1月、ジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)は、Scholarly Open Accessという新しいブログを立ち上げ、捕食出版社と捕食学術誌をリストし、学術的なオープンアクセス出版に関する批判的なコメントをし始めた。
2012年 、エルゼビア社はビールの指摘を学び、スコーパス(Scopus)が採録する学術誌の戦略を変えたと思われる。つまり、捕食学術誌に注意し採録しないようにし始めたと思われる。
2015年、しかし、スコーパス(Scopus)中の捕食論文の割合は再び急上昇した。
●【4.国】
以下、2013-2015年のデータに絞る。
★経済協力開発機構(OECD)の加盟国
経済協力開発機構(OECD)の加盟国は36か国あり、各国の捕食出版の浸食度を図2を示した。第1位の韓国が5.0%と極端に高く、第2位のスロヴァキアが約2%、第3位のトルコが約1.8%と続いた。
台湾は経済協力開発機構に加盟していないので図2に入っていないが、1.5%なので、もし入れれば、第4位に入る。
そして、日本は、第16位で約1%だった。つまり、スコーパス(Scopus)に採録された日本の2013-2015年の論文の100報に1報が捕食論文というわけだ。
★影響の大きい国
捕食出版の浸食度が大きい国はどこか? 第1位はアルバニアの36%で、図2の縦軸の1桁上になる(図3)。第2位はカザフスタンで24%、第3位はインドネシアで13%と続く。つまり、捕食出版は、アジアや北アフリカの中所得国に強く浸食している。日本は図3には入ってこない。
貧しい国ほど捕食出版の浸食度が大きいかというと、そうではない。上述したように中所得国に強く浸食している。図5で所得別に分けると、低所得国での浸食度は高くない。
解釈としては、中所得国はそれなりに研究できる状況があり、それなりにでも研究できるなら、政府・学術界が、研究者に研究成果を強く要求するようになる。その結果、研究者は捕食論文でもいいいから業績を上げようとするのではないだろうか。
★人口の多い国
捕食出版の浸食度を、人口の多い国で見てみた(図4)。第1位はインドネシアで13%。第2位はナイジェリアで13%、第3位はインドで10%と続く。日本は第23位である。
インドと中国は人口が多いが、インドは10%で中国は約2%と大違いである。どうしてか? 理由の1つは、インドに捕食出版社の拠点がいくつもあるが、中国には少ない。もう1つの理由は、インドの公的言語は英語だが、中国は英語ではないことだ。
★世界の地域
捕食出版の浸食度を、世界の地域で調べた(図6)。それなりの凸凹はあるが、捕食出版は世界中に蔓延していた。
●【5.チェコの問題】
この論文は、チェコの研究者が行なった。それで、チェコの研究界における捕食論文の浸食度が懸念の中心だった。そして、結論は、チェコの科学が深刻なダメージを受けているという恐れは、現時点ではないが、注意はすべきとしている。
チェコの研究者は、スコーパス(Scopus)に索引付けされている捕食学術誌に毎年数百の論文を掲載している。
例えば、表1に示すように、第1位は、セルビアの出版社が発行する学術誌「International Journal of Electrochemical Science」に論文当たり500ユーロ(約6万円)払って115論文を出版した。
第2位は、ギリシャの出版社が発行する学術誌「International Journal of Mathematical Models and Methods in Applied Sciences」に論文当たり600ユーロ(約7万2千円)払って78論文を出版した。
これはチェコ全体の研究論文のごく一部である。 さらに、問題の捕食論文は、ほんの一握りの捕食学術誌に集中している。だから、研究者は、少し学べば比較的簡単に捕食学術誌を避けることができる。おそらく捕食論文の出版は止まるだろう。
捕食出版は学術界でリアルな問題だが、ジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)が作った「捕食学術誌(と思われる)」リストは慎重に使う必要がある。ビールの出版社リストには、必ずしも本当の意味で「捕食的」ではない学術誌が含まれる可能性がある。
●4.【関連情報】
①【捕食学術リスト】
「捕食学術誌への悪ふざけリスト(1)」
「捕食学術の記事リスト(1)」
●5.【白楽の感想】
《1》パブメド(PubMed)
スコーパス(Scopus)の採録論文の1%が捕食論文だとすると、捕食学術誌の排除基準にスコーパス(Scopus)を使えない。
今回のヴィト・マカセック(Vít Macháček)の論文は2015年までの論文を分析しているが、その後、2016年以降現在まで、どうなっているのか分析して欲しい。
また、他の信頼されているデータベース(パブメド(PubMed)など)への捕食論文の浸透度も、(誰か)調査して欲しい。
《2》捕食学術誌と認定
どの学術誌を捕食学術誌と認定するかは、難しい。ジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)が作った「捕食学術誌(と思われる)」リストは、そのまま使えないのに、代案がないのが現実である。
ジェフリー・ビールはオープンアクセス学術誌要覧(Directory of Open Access Journals)も否定的である。どうしたらいいんだろう。
《3》反論
マカセックの2017年の論文は、捕食出版社は研究者をダマし餌食するという従来の観念から抜け切れていない。だから、「捕食論文は、ほんの一握りの捕食学術誌に集中している。だから、研究者は、少し学べば比較的簡単に捕食学術誌を避けることができる。おそらく捕食論文の出版は止まるだろう」と述べている。
大ハズレである。
「New York Times」紙のジーナ・コラータ記者(Gina Kolata)が指摘しているように、本当の姿は「捕食」ではなく、捕食出版社と研究者は「グル」、つまり、共依存なのだ。多くの研究者は捕食学術誌と知っていて、というか、捕食学術誌だから審査が楽ですぐに出版してくれるから、捕食学術誌にすすんで論文を投稿し出版するのである。
→ 7-24.捕食業者と研究者はグル | 研究倫理(ネカト、研究規範)
また、チェコの研究者がスコーパス(Scopus)採録論文だけで毎年数百の捕食論文を掲載しているのに、マカセックはあまり心配していない。
白楽は、深刻な問題だと思う。
スコーパス(Scopus)の捕食学術誌に毎年数百論文なら、全部の捕食論文はもっと多い。そして、それらの10分の1が博士号授与、研究職採用・昇進などに寄与していたら、毎年、数十、数百の不正が起こっているということだ。
マカセックは経済学者なので経済学の視点からしか、事態をとらえていない印象を受けた。白楽は、チェコの学術界の深刻な問題だと思う。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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