7-178 なりすまし被害:査読していないのに査読者

2025年7月20日掲載 白楽ブログの1,300本目の記事です。

白楽の意図:ここ10年、従来の研究不正、つまり、データねつ造や文章盗用とは全く異質の学術上の不正行為がいくつも登場している。どう理解し、どう取り締まるとよいのか? 学術界にどれほど浸透しているのか、そして、日本にどれほど蔓延しているのか? 今回、マーティン・エンサリンク(Martin Enserink)が解説した「2024年12月のScience」論文を紹介する。自分では査読していないのに、査読者として自分の名前が使われた査読偽装、なりすまし事件である。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.エンサリンクの「2024年12月のScience」論文
7.白楽の感想
ーーーーーーー

【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2024年12月9日:執筆者名不記載(科学・政策と社会研究室):ホライズン・ヨーロッパ参加へ、フェイクピアレビューの脅威 – 科学・政策と社会ニュースクリップ

出典 → ココ、(保存版) 

 研究者が勝手に名前を使われて、レビューしたことにする「フェイクピアレビュー」爆誕…。手を変え品を変えのいたちごっこになっています。

●2.【エンサリンクの「2024年12月のScience」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:‘It felt very icky’: This scientist’s name was used to write fake peer reviews
    日本語訳:「とても気持ち悪かった」:偽の査読を書くためにこの科学者の名前が使われた
  • 著者:Martin Enserink
  • 掲載誌・巻・ページ:Science
  • 発行年月日:2024年12月3日
  • ウェブサイト:https://www.science.org/content/article/it-felt-very-icky-scientist-s-name-was-used-write-fake-peer-reviews
  • 著者の紹介:マーティン・エンサリンク(Martin Enserink、写真出典同)。
  • 学歴:xxxx年にxx大学で学士号、xxxx年にオランダのフローニンゲン大学(University of Groningen)で修士号(生物学)を取得
  • 分野:科学ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:サイエンス誌のニュース副編集長(Deputy News Editor at Science)

●【論文内容】

★査読偽装

査読偽装(fake peer review)は、学術詐欺(academic fraud、学術上の不正行為)としてますますポピュラーになってきている。 → 2024年9月11日記事:Suspicious phrases in peer reviews point to referees gaming the system | Science | AAAS

多くの学術誌は、論文を投稿する時、査読候補者の名前を原稿と一緒に提出するよう論文投稿者に求めている。

このシステムを悪用する研究者(学術詐欺者)が少数いる。

その手段は、論文を投稿する時、その分野の本物の研究者の姓名を書いて、その研究者の連絡先として自分が作ったニセの電子メールアドレスを書く。

学術誌編集者が電子メールアドレスを精査せずにこの提案を受け入れた場合、査読依頼がニセの電子メールアドレス宛に送られてくる。

論文投稿者は、当然、自分の論文に好意的な査読をするので、原稿はほぼ確実に出版される。 → 2024年11月26日記事:Publishing: The peer-review scam | Nature

★被害者:マイケル・バートラム助教授(Michael Bertram)

2024年5月、スウェーデン農業大学(Swedish University of Agricultural Sciences)の行動生態学者のマイケル・バートラム助教授(Michael Bertram、写真出典)は、エルゼビア社(Elsevier)編集部から送られてきたメールにとても驚いた。

そのメールは、別の研究者が彼になりすませて、学術誌「Science of the Total Environmental」(表紙出典)に投稿された論文を査読したというものだった。それも数十本もである。

その後、エルゼビア社は学術誌「Science of the Total Environmental」の22報の論文を撤回し、今後さらに撤回する予定だ(2025年7月5日時点で46報が撤回された)。 → Keywords(Retraction) Journal or book title(Science of The Total Environment) Content ID(271800) Authors(malafaia) – Search | ScienceDirect.com

2025年7月5日時点、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースで調べると、 47論文が撤回されていた。つまり、撤回論文のほぼ全部は学術誌「Science of the Total Environmental」の論文だった。

撤回公告には、エルゼビア社の研究公正・出版倫理チームが、著名な研究者の名をかたった「虚偽」査読が行なわれたと記されている。

編集長は論文とその研究結果の妥当性/公正性に確信が持てず、撤回すべきと判断しました、とある。

★疑惑者:ギリェルメ・マラファイア(Guilherme Malafaia)

学術誌「Science of the Total Environmental」の22報の論文のすべては、査読者の名前と架空の連絡先は、ブラジルのゴイアーノ連邦研究所(Goiano Federal Institute)の生態毒性学者ギリェルメ・マラファイア教授(Guilherme Malafaia、写真出典)だった。

マラファイア教授は22論文のうちの21論文の連絡著者で、残りの1論文では共著者だった。

普通に考えれば、マラファイア教授が犯人だと思う。

ところが、マラファイア教授は、査読をしていない、無実だと主張している。

それで、撤回公告では、エルゼビア社はマラファイア教授が査読偽装をしたとは明言していない。エルゼビア社の広報担当者に問い合わせても、この件に関する直接の回答が拒否された。

マラファイア教授は、無実だとの説明をサイエンス誌に送り、2024年12月3日、「科学界への公開書簡」(28ページ)を彼の研究室のウェブサイトに掲載した。

以下は「科学界への公開書簡」(2024年12月3日公開)の冒頭部分(出典同)。全文は28ページとそれなりに詳細である。しかも、6個の付録(Appendix)もついていて全資料は膨大である。白楽は全部を読んでいない。

「科学界への公開書簡」(28ページ) → https://web.archive.org/web/20241210085805/https://ddcdb2d2-ff28-4d8d-9dd2-6807ed4391f3.filesusr.com/ugd/ffa018_663a0a22829c4f268dfe489fab25d7ba.pdf
6個の付録(Appendix) → Appendix – Google ドライブ
https://drive.google.com/drive/folders/1hfgu-93pfFfddNiZTT99H7rjm1r7jG4b

「科学界への公開書簡」で、マラファイア教授は査読していないと主張しているが、査読者候補者に示した自分宛の電子メールアドレスのこと、そして、実際は、誰が査読したのかなどは説明していない。

マラファイア教授は、ハッカーが彼の職業情報と個人情報にアクセスし情報を盗んだと主張している。

その意図は、マラファイア教授の評判を傷つけ、彼の研究者としてのキャリアを妨害しようとしているとのことだ。

または、査読システムの脆弱性を悪用し、査読システムと編集システムを弱体化しようとしている可能性もあると指摘している。

そして、マラファイア教授は、出版社の編集プロセスと調査を批判し、撤回はアンフェア―だと非難した。

しかし、エルゼビア社は最終的にマラファイア教授が同誌に掲載した70本以上の論文のうち47本を撤回する方向である。

なお、学術誌「Science of the Total Environmental」は、いい加減な三流学術誌ではない。過去3年間に毎年7,000以上の研究論文を掲載し、8.2 という高いインパクトファクターを持っている。

ただ、クラリベイト社は、この学術誌の論文の品質が落ちたとの懸念から、最近、Web of Science 書誌データベースの索引付けを「保留」にした。 → 2024年10月24日記事:eLife latest in string of major journals put on hold from Web of Science – Retraction Watch

★インタビュー:マイケル・バートラム助教授(Michael Bertram)

サイエンス誌は、なりすましの被害者であるバートラム助教授に話を聞いた。

質問:なりすましの被害者であることをどうやって知ったのですか?

バートラム助教授:約6か月前、エルゼビアの出版社から大学のメールアドレスに、「これはあなたのメールアドレスですか?」と尋ねられました。私の名前が書かれていましたが、見たことがないGmailアドレスでした。この偽のメールアドレスから査読を送り、私になりすましていたとのことでした。

その後、彼らは私に、論文のタイトル、提出日などが記載された提出済みの査読リスト約30件を送ってきて、「これらの査読をあなたがしたかどうか教えていただけますか?」とありました。私はそれらの査読を1件も行なっていませんでした。

質問:誰が論文を投稿したか教えてもらいましたか?

バートラム助教授:いいえ、出版社に教えてもらったわけではありませんが、かなり簡単に特定できました。同じ研究グループからの論文が多数あり、その多くは同じ連絡著者でした。

もちろん、これは私が入手できる情報に基づいた単なる勘に過ぎません。今でも、私になりすました人を正しく特定できる情報は提供されていません。

質問:なりすまし被害者はあなただけですか?

バートラム助教授:いいえ、エルゼビアの出版社は、同様の手口でなりすまし被害に遭った研究者は他に6人いたと言いました。被害者の共通点はほとんどなく、標的にされた理由は不明だそうです。

このことは、なりすまし被害はどんな研究者にも起こり得るということです。出版社はまた、この詐欺が別の学術誌でも起こったと述べていますが、おそらくエルゼビアの別の学術誌と思われます。

質問:この手の詐欺は簡単なようですね。Gmailアドレスは多くの研究者が使っているので、査読者として届け出ても、必ずしも疑われるわけではありません。

バートラム助教授:はい、私の知るトップクラスの研究者の多くはGmailを使っています。

複数の所属機関に所属する(つまり複数の研究機関のメールアドレスを持つ)上級研究者の中には、Gmailを使って、それらを1つのGmailアカウントに転送しています。これは多くの場合、許容されると考えられています。

しかし、編集者は、当然、著者から提供された電子メールアドレスを確認する必要があります。私は学術誌「英国王立協会紀要B(Proceedings of the Royal Society B)」の副編集者で、査読者を選ぶときは必ずその電子メールアドレスをチェックしています。

●7.【白楽の感想】

《1》ギリェルメ・マラファイア(Guilherme Malafaia)の論文を調べた 

ギリェルメ・マラファイア(Guilherme Malafaia)は査読偽装をしていないと主張しているが、単純に考えれば、マラファイアが犯人だと思う。

しかし、マラファイアは「科学界への公開書簡(Open letter to the scientific community)」(28ページ)を公開し、自分は被害者だと主張している。

ただ、公開書簡と言っても、スミ塗り箇所でポイントとなる情報を隠蔽している。

エルゼビア社も隠蔽している。公開すると裁判沙汰になるのを恐れているのだろう。

ナンカ、ヘンだ。

それで、白楽は、パブメド(PubMed)で、ギリェルメ・マラファイア(Guilherme Malafaia)の論文を調べた。

2025年7月5日現在、2009 ~2025年の 247論文がヒットした。以下はパブメドが示している年次別の出版数である。縦軸は論文数。具体的な数字は、右の表。

具体的な論文数を右の表にまとめた。

つまり、2016年以前は年に2~5報の論文しか出版していないのに、2017年以降、急速に多量に出版するようになり、2023年に57報、2024年に74報も出版した。

おかしくないか?

2017年から学術誌「Science of the Total Environmental」(STOTEN)に論文を出版し始め、2025年7月5日現在、2017~2025年に117論文を出版している。

2022年以降は全論文数の半分を学術誌「Science of the Total Environmental」(STOTEN)から出版している(数値は表のSTOTENカラム)。

撤回論文を調べると、2019年に4報、2020年に1報、2021年に9報、2022年に5報、・・・以下略、だった。

つまり、2019年以降の論文が撤回された。

なお、ブラジルのゴイアーノ連邦研究所(Goiano Federal Institute)はギリェルメ・マラファイア教授の不正疑惑を調査していないし、マラファイア教授を解雇していない。

47論文も撤回されたマラファイア教授の査読偽装疑惑は、疑惑のままである。

ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
ーーーーーーー
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
ーーーーーーー