フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)、マリオン・ブラッハ(Marion Brach)(独)


【概略】

日本学術会議会長・金澤一郎が2009年7月3日の講演で述べている。

131202 395532aa.eps.0[1]男性のヘルマンは基礎医学研究者です。彼は、助手のマリオン・ブラッハ女史という人と、共同で血液細胞の成長と細胞周期調節という分野で仕事をしていて、大変高い評価を得てきたといいます。ところが、ブラッハのデジタル画像に「改ざん」の疑惑を受けます。ブラッハはヘルマン先生から圧力があったからやったと告白しました。

けれども、二人の意見が食い違って、ドイツでの最大の不正行為として衝撃を与えたということです。こういうことに基づいて、ドイツでは研究者のためのガイドラインがつくられることになったそうです。つまり、不正行為に相当するような出来事が起こって初めて、そういうものが、「これは大事だ。きちんとしなくてはいけない」ということで、ガイドラインがつくられ、あるいは行動規範がつくられることになっていくわけです。(2009年7月3日講演

フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann 写真)は、ドイツの生物医学界のスターだったので、ドイツ科学界を震撼させた大事件になった。

フリードヘルム・ヘルマンとマリオン・ブラッハ (Marion Brach) の2人は共同研究者で、実質的な夫妻だった。

フリードヘルム・ヘルマンは、ドイツのウルム大学(University of Ulm)・教授で、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)を含め、政府のいくつもの審議会の委員、研究費配分の審査員、遺伝子治療研究のリーダーだった。

131202 brach[1]マリオン・ブラッハ(写真)は、フリードヘルム・ヘルマンの内縁の妻で、ドイツのリューベック大学(University of Lübeck)・教授だった。

2人は長年、血液学、がん学、遺伝子治療の共同研究者だった。

1997年春、ヘルマン研究室のポスドクが、彼らのデータねつ造・改ざんを公益通報した。

1998年、両者とも大学を辞職した。マリオン・ブラッハは、ねつ造・改ざんを認めたが、フリードヘルム・ヘルマンは認めなかった。

2000年、調査委員会は、フリードヘルム・ヘルマンとマリオン・ブラッハを有罪とした。

2004年、ドイツ政府はフリードヘルム・ヘルマンと和解し、無罪とした。

★フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)

  • 国:ドイツ
  • 成長国:ドイツ
  • 男女:男性
  • 生年月日:1949年
  • 現在の年齢:68 (+1)歳
  • 分野:血液学、がん学、遺伝子治療
  • 最初の不正論文発表:1988年(38歳)
  • 発覚年:1997年(48歳)
  • 発覚時地位:ドイツのウルム大学(University of Ulm)・教授、上級医師
  • 発覚:内部公益通報
  • 調査:①ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)とがん財団クレブスヒルフェの共同調査委員会。調査委員長は、ヴュルツブルク大学・細胞生物学教授・ウルフ・ラップ(Ulf Rapp)。期間は1999年1月~2000年6月の1年6か月。②ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)のエーザー調査委員会。委員長はマックス・プランク外国・国際刑法研究所・所長のアルビン・エーザー(Albin Eser)
  • 不正:データねつ造・改ざん
  • 不正論文数:94論文は不正が明白、121論文は不正がないとは言えない。21論文撤回
  • 時期:研究キャリアの途中から
  • 結末:大学を辞職。公式には、不正研究では無罪とされた。医師免許は取り消されていない

★マリオン・ブラッハ (Marion Brach)
不明点が多い。

  • 国:ドイツ(推定)
  • 成長国:ドイツ(推定)
  • 男女:女性
  • 生年月日:1960年
  • 現在の年齢:57 (+1)歳
  • 分野:血液学、がん学、遺伝子治療
  • 最初の不正論文発表:1990年(30歳)
  • 発覚年:1997年(37歳)
  • 発覚時地位:ドイツのリューベック大学(University of Lübeck)・教授
  • 発覚:内部公益通報
  • 調査:①ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)とがん財団クレブスヒルフェの共同調査委員会。調査委員長は、ヴュルツブルク大学・細胞生物学教授・ウルフ・ラップ(Ulf Rapp)。期間は1999年1月~2000年6月の1年6か月。②ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)のエーザー調査委員会。委員長はマックス・プランク外国・国際刑法研究所・所長のアルビン・エーザー(Albin Eser)
  • 不正:データねつ造・改ざん
  • 不正論文数:14論文撤回
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:大学を辞職。米国に移住

★主要情報源:

① 1997年6月9日の「Times Higher Education」記事:German fraud shock | General | Times Higher Education
② 2000年7月8日の「BMJ」記事:BMJ. Jul 8, 2000; 321(7253): 72. Fraud investigation concludes that self regulation has failed
③ ダン・アギン(Dan Agin)の2007年11月27日出版の著書:『Junk Science: How Politicians, Corporations, and Other Hucksters Betray Us』、Macmillan社、336 ページ:一部無料閲覧可能。その章のpdf
Ausstellung: Eberhard Hildt (EN) | Whistleblower-Netzwerk 131202 arzt[1]フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)写真出典

【経歴】

★フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)の経歴

  • 1949年x月x日:ドイツ(推定)に生まれる
  • 1975年(26歳):ベルリン自由大学医学部・卒業。医師免許
  • 1976年(27歳):ベルリン自由大学で博士号取得
  • 1976-1982年(27-33歳):ベルリン自由大学の内科研修医
  • 1982-1985年(33-36歳):ハーバード大学医学部ポスドク。血液学、腫瘍学、輸血医学を学ぶ
  • 1985年(36歳):マインツ大学の教授資格論文(Habilitation)提出。マインツ大学・内科学・教授
  • 1985 -1997年(36-48歳):マインツ大学、フライブルク大学、ベルリン大学、ウルム大学の教授・上級医師と移籍
  • 1992年(43歳):ドイツの科学賞であるポール•マルティーニ賞(Paul-Martini-Preis)を受賞
  • 1997年(48歳)春:不正研究と内部告発される
  • 1998年(49歳):ウルム大学を辞職し、私設のミュンヘンがん病院を設立
  • 2004年(55歳):ドイツ政府が実質的に不正研究を無罪とした

★マリオン・ブラッハ (Marion Brach)

不明点が多い。

  • 1960年x月x日:ドイツ(推定)に生まれる
  • 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
  • 19xx年(xx歳):xx大学で博士号取得
  • 19xx年(xx歳):ドイツのフライブルグ大学(University of Freiburg)・教授
  • 1992年(32歳):ドイツの科学賞であるポール•マルティーニ賞(Paul-Martini-Preis)を受賞
  • 19xx年(xx歳):ドイツのリューベック大学(University of Lübeck)・教授.
  • 1997年(37歳)春:不正研究と内部告発される
  • 1998年(38歳):不正を認めた。米・ニューヨークに移住し、研究とは異なる仕事をしている

【不正発覚の経緯】

1994~5年、米国の若い研究者がドイツ・ベルリンのマックス・デルブリック分子医学研究所のフリードヘルム・ヘルマン研究室に加わった。

彼は、研究を始めてしばらくすると、ヘルマン研究室のデータに不審な点があることに気がついた。不正研究をしているのではないかと疑念を抱いて、同じ研究室の若い同僚たちに相談した。

同僚たちは彼の推測は当たっていると認めたけど、ことを荒立てると地位が危なくなるので、ゲームだと思って適当に見過ごすように勧めた。

研究所の4人の教授にも相談したが、教授らは、その程度のことは科学研究の許容範囲だというだけだった。さらに、もし彼が不正研究だと公然と騒ぐと、キミの研究キャリアに害となるよと教授に警告された。

それで、米国の若い研究者はことを荒立てずに、米国に帰った。

1996年、米国の若い研究者が米国に帰った時を同じくして、別の若い分子生物学者・エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)がマリオン・ブラッハ (Marion Brach)の紹介で、フリードヘルム・ヘルマン研究室に入ることが許された。

131202 hildt-eberhard-en[1]エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)は、ドイツ・チュービンゲン大学で生化学を学び、1992-1995年、ドイツ・マーチンスリードにあるマックス・プランク生化学研究所(Max Planck Institute of Biochemistry in Martinsried)のホッフシュナイダー教授(Professor Hofschneider)のもとで大学院を過ごし、博士号を取得した。

エバーハルト・ヒルトの写真(出典)は、2014年の写真です。当時(青年)の約20年後の写真です。

当時、フリードヘルム・ヘルマンはマリオン・ブラッハと仲が悪かった。ヘルマンが若い青年・エバーハルト・ヒルトをチームに組み入れる時、フリードヘルム・ヘルマンは、マリオンの論文に「ふしだらな行為」があるんだよと、マリオンに失礼なことを言った。

ヒルトは、結果として、一流誌・「Journal of Experimental Medicine」に出版されたマリオンの最新論文を丁寧に読んだ。すると、重要な図が実験結果と矛盾していることに気がついた。

しかし、一流誌に出版された論文に、そんなハズはない。なにかの間違いだろう。そう思いつつも、ヒルトは、「図が実験結果と矛盾しているように思えるんだけど」と、マリオンに尋ねた。すると、マリオンは何も否定せずに、論文を撤回すると約束した。

ところが、マリオンは約束を守る代わりに、マリオンと彼女のボーイフレンド・兼・ボスのフリードヘルム・ヘルマンとともに、ヒルトを威嚇した。論文を不正だと中傷するなら裁判に訴えるとおどかしてきた。

しかし、ヒルトは、調査を続けた。

ヒルトは、以前、フリードヘルム・ヘルマン研究室で研究していた人から当時のオリジナルな実験記録を入手した。その実験記録と論文を見比べ、論文に「データねつ造」があると確信するに至った。そして、また、ヘルマンの他のいくつかの論文にも「データねつ造」が見つかった。

ヒルトはそのことをヘルマンに伝えた。すると、ヘルマンは、「もし公開したら人生をメチャクチャにするゾ」とヒルトを再び脅した。

しかし、若い分子生物学者・ヒルトは屈しなかった。科学に不正があってはならないと考えたのである。

1997年春、エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)は、彼の以前の「ドクター・ファーザー(博士号論文指導者)」に相談した。

「ドクター・ファーザー」は、直ちに問題を理解し、別の専門家に相談した。内輪の科学者仲間とともに、ヘルマンとマリオンが所属する大学、そして、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)に、フリードヘルム・ヘルマンと共同研究者のマリオン・ブラッハ、さらに共同研究者であるマイケル・キーントプフ(Michael Kiehntopf)、その他数人(実際は実名だが、省略)は、一緒に、データをねつ造・改ざんしていたと公益通報した。

131202 Kiehntopf_900[1]マイケル・キーントプフ(Michael Kiehntopf)写真出典

当時、フリードヘルム・ヘルマンはサイトカインの遺伝子療法で注目を集めていた世界的に著名な研究者だった。ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)を含め、政府のいくつもの審議会の委員、研究費配分の審査員、遺伝子治療研究のリーダーだった。ドイツの血液学(白血病)のスター研究者だったのである。

ウルム大学・教授として、年俸278,000 USドル(約2780万円)を得ていた。

事件報道を受けて、ドイツがん財団(German Cancer Research Fund)は、51万5千マルク(約2900万円)の研究費、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)は、少なくとも30万マルク(約1700万円)の研究費をヘルマン・チームに支給していたが、調査終了まで助成金を凍結すると発表した。

最初、フリードヘルム・ヘルマンとマリオン・ブラッハの両者とも、ねつ造・改ざんをしていないと主張した。

間もなく、ブラッハはねつ造・改ざんを認めたが、ボスのフリードヘルム・ヘルマンに指示され、仕方なくやったと主張した。つまり、ヘルマンが主犯で、自分は共犯であると。

マイケル・キーントプフ(Michael Kiehntopf)も、ねつ造・改ざんを認めたと「主要情報源①」に記述されているが、その後、マイケル・キーントプフに不正の罪が課された記録はない。無罪とされてのだろうが、その説明文献を探せていない。

その後、キーントプフは研究者のキャリアを積んで、フリードリヒ・シラー大学イェーナ(Jena University)の教授になった。

一方、フリードヘルム・ヘルマンは不正をしていないと主張し続けた。自分は基本的に臨床に忙しく、基礎研究は、他の人が中心になって進めていたので、不正があったことさえ知らなかったと主張した。

ヘルマンは、不正をしていないのに、マスメディアや調査委員会から不正犯人のような扱いを受け、自分のキャリアに大きな損害を被ったとして、調査委員を訴える裁判を起こした。1千万マルク(560万USドル:約5億6千万円)の賠償を要求した。

1998年、フリードヘルム・ヘルマンとブラッハは、長年、男女の関係にあったという記事が世間に公表された。

つまり、マスメディアは、「ヘルマンは、米国・ハーバード大学、フライブルグ大学、ベルリン大学と移籍し、ブラッハと共同研究をしていたその期間、2人は同棲していた。1996年までの9年間に37論文を発表したが、その間、2人は恋人どうしだった」と報道した。

マスメディアは、1945年以来のドイツ最大のスキャンダルだとも報道した。「著名な科学者・大学教授が、色恋沙汰でカネがらみで悪事を働いた」醜聞に、ドイツの大衆は興味深々だった。

ドイツでは、2人とも著名な学者だったので、そういう学者がねつ造・改ざんしていたなら、どの研究者を信じればいいんだと、マスメディアは嘆いた。

1980年代、1990年代に米国では不正研究事件が多発していたが、ドイツは、その頃、事件が全くなかったので、ドイツ科学者の規範・人格は優れていると、ドイツ科学界は自慢しているフシがあった。

そのこともあって、ドイツ科学界は驚き、戸惑い、錯綜した。世界中の科学者も驚いたが、先進国の研究規範学者はドイツにも不正研究があって当然と受け止めた。

1998年、マリオン・ブラッハはドイツを去りニュヨークに移住した。ドイツでの研究ネカトは犯罪ではないし、研究ネカトの不正者を引き渡る協定は、米国とドイツの間にはなかった。

1998年4月2日、マリオン・ブラッハは 移住した米国・ニューヨークから、ネイチャー誌に「ドイツの不正研究でスケープゴートにされた?(Scapegoat for fraud in Germany?)」と題する文章を発表した。内容は以下だそうだ(ネイチャー誌は有料サイト。未読)。

  • 自分(ブラッハ)は改ざんを認めた
  • 大学の教授職を辞職した
  • 改ざんを認め、大学を辞職したので、これ以上、私(ブラッハ)への攻撃をやめてほしい
  • 調査委員会は、不正を明白にすることより、ドイツ学術界へのダメージを少なくすることに汲々としている
  • ドイツ政府は、自分(ブラッハ)が初期に不正を認め辞職する代わりに、退職金を支払うと約束(法的契約)したのに履行してくれない
  • ドイツの公的機関は、自分(ブラッハ)を主犯とし、他の研究者を救う、つまり、自分(ブラッハ)をスケープゴートにしようとしている

bild1319190187704[1]1998年、ヘルマンはウルム大学を辞職し、ドイツのミュンヘンに私設の病院(ミュンヘンがん病院:Münchner Onkologie – Prof. Dr. med.Herrmann – Weinstrasse 5 – 80333 München)を開設し、臨床医として働き始めた。依然として、不正行為への関与を否定していた。写真出典

【不正研究の調査と結末】

★ラップ調査委員会(1998-2000年、期間1年半)

1998年、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)とがん財団・クレブスヒルフェ(Krebshilfe)の共同調査委員会が設置された。

131202 405871ab.0[1]委員長は、ヴュルツブルク大学・細胞生物学教授・ウルフ・ラップ(Ulf Rapp 写真)である。ラップは、米国で25年間研究していたので、ドイツの研究組織・研究者とのしがらみ・利害関係が薄く、専門がフリードヘルム・ヘルマンとマリオン・ブラッハの研究領域である白血病とサイトカインの研究に近いので、委員長に選任された。

2000年6月19日 ラップ調査委員会は、1年6か月かけて550報以上の論文をチェックし、調査結果を公表した。(①Scientific misconduct. Panel finds scores of suspect papers in Germ… – PubMed – NCBI、②DFG – Pressemitteilung Nr. 26, 2000 – Task Force legt Abschlußbericht vor

  • フリードヘルム・ヘルマンは、1985~1996年の12年間に347報の論文を出版した。1988~1992の5年間の94論文は不正が明白であり、121論文は不正がないとは言えない、132論文は不正がない、と結論した。
  • 元データと実験プロトコールはほとんど入手できなかった。しかし、オートラジオグラフの画像操作は明白で、古い画像を使いまわす「自己再発表」が見つかった。
  • ヘルマンの臨床研究での「研究上の不正」は見つからなかった。
  • マリオン・ブラッハはヘルマンの共同研究者だが、ヘルマンとは別個にデータ改ざんと画像改ざんを行なった。
  • フライブルグ大学付属病院長・ローランド・メルテルスマン(Roland Mertelsmann)は、ヘルマンとの共著論文が100報以上あるので、メルテルスマンについても調査した。調査の結果、不正はなかった。

ドイツの月刊誌「研究と教育(Forschung und Lehre)」誌の2000年8月号421-422頁の記事「”Ein Gefühl der Desillusionierung” – Innenansichten der Forschungsgruppe Herrmann/Brach, deutsche」に、オートラジオグラフの画像を使いまわしたデータねつ造像が示されている。線で結んであるのが同じ画像の使い回しである。 131202 herrmann-punkte_side[1]

論文の中の1つの図で、バンドを使いまわしていたのである。かなり軽率な使い回しである。同じ図で使うとは、査読者も読者も舐めている。同じ論文なら別の図に使い回しても気がつく確率は高いけど、同じ図で使うとは、呆れるほどズサンだ。もっとも、査読者は、不正に気がつかずに論文をパスしたのだから、査読者のレベルも、なんてコッた。

★その後とエーザー調査委員会

131202 Eser[1]その後、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)は、別個に調査委員会を設置した。委員長はマックス・プランク外国・国際刑法研究所・所長のアルビン・エーザー(Albin Eser 写真左)が務めた。

131202 mertelsmann_Innere_I_150エーザー委員会は、ラップ調査委員会がシロと結論したローランド・メルテルスマン(Roland Mertelsmann、写真右 出典)の疑惑も調査した。

ローランド・メルテルスマン(Roland Mertelsmann)は、ドイツの血液学・がん学の重鎮で、1989 – 2012年はフライブルグ大学・教授だった(ローランド・メルテルスマンの履歴書)。

調査の結果、ローランド・メルテルスマンの1994年9月の「Blood」誌論文と1995年8月の「New England Journal of Medicine」誌論文は、ヘルマンとの共著論文ではないが、「重大なごまかし(serious irregularities)」があるとした。

ところが、ローランド・メルテルスマンに、調査委員会はアンフェアーとなじられ、反撃の用意があるとおどかされた。それで、アルビン・エーザーは、どうやら腰砕けになったようだ。

2002年、エーザー調査委員会は、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)が事件の調査を骨抜きにしようとしていると非難した。

しかし、結局、その後、ローランド・メルテルスマンに不正研究の罪を課した記録はない。

2004年春、ドイツ政府はフリードヘルム・ヘルマンのウルム大学・教授職への復権を認めた。同時に、エーザー調査委員会は、方針を大きく転換し、事件終結の方向へと動いた。

2004年、ベルリン地方検事とフリードヘルム・ヘルマンの弁護士は、ヘルマンが1万USドル(約100万円)を払うことで、事件の終止符を打つ示談を成立させた。そして、今後、マスメディアにヘルマンを「偽造者」と呼ばせないという和解も成立した。

フリードヘルム・ヘルマンは、論文のデータねつ造・改ざんで政府からの研究費を得ていない。それで、現代のドイツの法律に従うと、ヘルマンの罪は無視しうるものとなる。

大衆の関心は低くなり(つまり、マスメディアが記事にしなくなり)、事件は終わった。

【公益通報者のその後】

公益通報したエバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)は、その後はどうなったか? (PEI Paul-Ehrlich-Institut, Federal Institute for Vaccines and Biomedicines, Germany – Prof. Dr. Eberhard Hildt (Curriculum Vitae)

  • 1997年、公益通報して間もなく、マックス・デルブリック分子医学研究所のフリードヘルム・ヘルマン研究室を辞めた。
  • 1997 – 1999年、ミュンヘン工科大学で研究グループリーダー
  • 1999 – 2004年、ベルリンのロベルト・コッホ研究所の分子ウイルス・グループ長
  • 2005 – 2007年、フライブルグ大学・内科学第二講座・グループ長
  • 2006 – 2007年、実験医学でフライブルグ大学に教授資格論文(Habilitation)提出し合格
  • 2007 – 2011年、ドイツのキール大学・分子医学ウイルス学・教授
  • 2011年 -現在、ドイツ・ランゲンのポール・エールリッヒ研究所(Paul-Ehrlich-Institut in Langen)・ウイルス分門長

研究キャリアを順調に積み、ハッピーそうである。写真の顔は怒っているような表情だが、それは地顔のようだ。 131202 Eberhard_Hildt[1]エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)の写真出典

【論文数と撤回論文】

★フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)を「Herrmann F[Author]」として検索すると、1939年~2014年の874論文がヒットした。

1939年はフリードヘルム・ヘルマンの生前なので、874論文には他人の論文が混入していることになる。

2014年12月2日現在で1988年~1996年の21論文が撤回されている。

以下に新しい撤回論文を5報+最も古い撤回論文を1報リストする。マリオン・ブラッハ (Marion Brach)と共著ではない論文も撤回されている。

  1. Tumor necrosis factor receptor-associated factor (TRAF)-1, TRAF-2, and TRAF-3 interact in vivo with the CD30 cytoplasmic domain; TRAF-2 mediates CD30-induced nuclear factor kappa B activation. Ansieau S, Scheffrahn I, Mosialos G, Brand H, Duyster J, Kaye K, Harada J, Dougall B, Hübinger G, Kieff E, Herrmann F, Leutz A, Gruss HJ. Proc Natl Acad Sci U S A. 1996 Nov 26;93(24):14053-8.
    Retraction in: Kieff E. Proc Natl Acad Sci U S A. 1997 Nov 11;94(23):12732.
  2. Activation of Hodgkin cells via the CD30 receptor induces autocrine secretion of interleukin-6 engaging the NF-kappabeta transcription factor. Gruss HJ, Ulrich D, Dower SK, Herrmann F, Brach MA. Blood. 1996 Mar 15;87(6):2443-9. Retraction in: Blood. 1999 May 15;93(10):3573.
  3. Functional NF-IL6/CCAAT enhancer-binding protein is required for tumor necrosis factor alpha-inducible expression of the granulocyte colony-stimulating factor (CSF), but not the granulocyte/macrophage CSF or interleukin 6 gene in human fibroblasts. Kiehntopf M, Herrmann F, Brach MA. J Exp Med. 1995 Feb 1;181(2):793-8.
    Retraction in: Adler G. J Exp Med. 1997 Jul 7;186(1):171.
  4. Interleukin 5 expressing allergen-specific T-lymphocytes in patients with house dust mite sensitization: analysis at a clonal level.
    Bonifer R, Neumann C, Meuer S, Schulze G, Herrmann F. J Mol Med (Berl). 1995 Feb;73(2):79-83.
    Retraction in: J Mol Med (Berl). 1997 Oct;75(10):765.
  5. Ribozyme-mediated cleavage of the MDR-1 transcript restores chemosensitivity in previously resistant cancer cells. Kiehntopf M, Brach MA, Licht T, Petschauer S, Karawajew L, Kirschning C, Herrmann F. EMBO J. 1994 Oct 3;13(19):4645-52.
    Retraction in: EMBO J. 1997 Jul 1;16(13):4153.

最も古い撤回論文

  1. Interleukin 1 stimulates T lymphocytes to produce granulocyte-monocyte colony-stimulating factor. Herrmann F, Oster W, Meuer SC, Lindemann A, Mertelsmann RH. J Clin Invest. 1988 May;81(5):1415-8.
    Retraction in: J Clin Invest. 2003 Oct;112(8):1265.

★マリオン・ブラッハ (Marion Brach)

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、マリオン・ブラッハ (Marion Brach)を「Brach M[Author]」として検索すると、1989年~2014年の26年間の103論文がヒットした。

ただ、少なくとも、1999年以降の28論文の著者は、ここで論じているマリオン・ブラッハとは別人である。

2014年12月2日現在で1990年~1996年の14論文が撤回されている。14論文は全部、フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)と共著である。

以下に新しい撤回論文を2報+最も古い撤回論文を1報リストする。

  1. Activation of Hodgkin cells via the CD30 receptor induces autocrine secretion of interleukin-6 engaging the NF-kappabeta transcription factor. Gruss HJ, Ulrich D, Dower SK, Herrmann F, Brach MA. Blood. 1996 Mar 15;87(6):2443-9. Retraction in: Blood. 1999 May 15;93(10):3573.
  2. Functional NF-IL6/CCAAT enhancer-binding protein is required for tumor necrosis factor alpha-inducible expression of the granulocyte colony-stimulating factor (CSF), but not the granulocyte/macrophage CSF or interleukin 6 gene in human fibroblasts. Kiehntopf M, Herrmann F, Brach MA. J Exp Med. 1995 Feb 1;181(2):793-8.
    Retraction in: Adler G. J Exp Med. 1997 Jul 7;186(1):171.

最も古い撤回論文

  1. Mechanisms of differential regulation of interleukin-6 mRNA accumulation by tumor necrosis factor alpha and lymphotoxin during monocytic differentiation.
    Brach MA, Cicco NA, Riedel D, Hirano T, Kishimoto T, Mertelsmann RH, Herrmann F. FEBS Lett. 1990 Apr 24;263(2):349-54.
    Retraction in: Mertelsmann R. FEBS Lett. 1998 Jun 16;429(3):426.

オヤ? 上記の論文の「Hirano T」と「 Kishimoto T」は、日本人名だ。

調べると、平野俊夫(大阪大学大学院教授・大阪大学第17代総長)と岸本忠三 (大阪大学大学院教授・大阪大学第14代総長)だった。大阪大学総長になった2人の論文が撤回されている。マー、いいけど。

【事件の深堀】

【白楽の感想】

《1》 人間関係が崩れていた

ヘルマンはブラッハと長い間、実質的な夫婦で、一緒に住んでいた。

公益通報された1997年、ヘルマンは48歳で、フラッハは37歳だった。この頃、2人の男女関係に亀裂が生じ、それまでの良好な人間関係が崩れていた。

そのために、研究室員の人間関係もギスギスし、不正が外部に出る状況になっていたのだろう。

前にも書いたが、「研究上の不正行為」が明るみに出るには、研究室の人間関係が崩れた時だと言ってよいと思う。

《2》 ドイツ政府の処置の悪さ

ダン・アギン(Dan Agin)は、2007年の著書『Junk Science: How Politicians, Corporations, and Other Hucksters Betray Us』で、この事件に対するドイツ政府の処置を批判している。

この事件はなんだったのだろうか? データをねつ造・改ざんし、多数の論文を書いたので、研究者は出世が早く、著名になった。それが、高い年収、富をもたらす教授職、さらに富と名声をもたらす研究費の獲得へとつながった。

しかし、結局、ヘルマンを無罪にしたので、多くのドイツ国民は、ドイツ政府の処理に憤慨し、失望した。

ドイツ政府は、科学界が大きくダメージを受けるのを避けるために、ヘルマンを擁護し、事件の収束に腐心し、うわべを取り繕っただけではないのか?

ヘルマンが率いた1つの研究グループで、国際一流誌にねつ造・改ざん論文を100報近くも発表した。それらは、世界中の誰も追試できなかった。それなのに、処分はこれだけである。

もし、エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)が、公益通報しなかったら、いまだに、ねつ造・改ざんは発覚せず、糾弾されていなかっただろう。

日本もそうだけど、ドイツ政府や研究所上層部はどうして甘い処置をしたのだろう。処置が甘いから、改革が進まない。

結局、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)、大学教授、科学界上層部は、改革よりも、傷つくことを恐れた。将来よりも今取り繕うほうをとった。

なぜか?

仲間を守るというより、実は、自分たちも「研究上の不正行為」をしていたのだろう。ヘルマンの不正が洗いざらい表に出て糾弾されると、自分の不正行為も引きずり出される。自分の不正行為が明るみに出ないように、「研究上の不正行為」追及の活動一般を鎮静化したい。それで、臭いものにフタをしたのだ。自分の保身行動だったのだろう。

日本でも、白楽が研究不正に取り組んだ初期、白楽の昔の先生筋の人(某国立大学の学長になった)から、「そういう操作は、昔は必要悪だったんだよ。その問題は、危険だから触れないように」と諭されたことがある。そして、白楽が素直に従わないと知ると、白楽が申請したポジション(彼は審査員の1人)が不採用になった。

《3》 公益通報者の組織

世界各国に公益通報者の組織があることは知らなかった。日本にもありました。

公益通報支援センター(Public Interest Speak-up Advisers :PISA) (日本)がある。「研究上の不正行為」に特化してはいませんが。