ワンポイント:著名な幹細胞治療医師の研究ネカト
●【概略】
ボド=エケハルト・シュトラウアー(Bodo-Eckehard Strauer、写真出典)は、ドイツ・デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)・教授・医師で、専門は幹細胞を用いた心臓治療だった。
2007年(64歳)頃、ねつ造・改ざんの疑惑がもたれ、2014年2月14日(71歳)、デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)は、研究ネカトがあったと結論した。
「生命科学系研究者のためのジャーナルガイド」(2015年12月、1巻、14ページ)に日本語の解説がある。修正引用する。
幹細胞研究では、ほかにも似たような悪評高い事件が起きています。その一つが、幹細胞を用いた心臓病治療にかかわるドイツ人研究者ボド=エケハルト・シュトラウアー(Bodo-Eckehard Strauer)氏の研究です。
シュトラウアー氏は骨髄内の間葉幹細胞により、心臓の損傷を治すことができると主張しました。彼が大いに論争の的になったのは、ドイツにあるデュッセンドルフ大学(2009年にこの大学を退職)に在職中、 初めて、ヒト幹細胞で心臓の損傷を治せると主張した2001年のことでした。この主張の疑わしさに関するメディアの報道とともに、数名の幹細胞研究者も疑念を公式に表明していました。
International Journal of Cardiology掲載の最近の論文で、彼の研究グループが発表した48の論文が入念に分析され、一連の疑問を提起しています。その中には、統計的分析における計算誤差に関わる疑問や、異なる体格の患者から同一の反応が得られたことに関する疑問があります。(http://www.editage.jp/insights/sites/default/files/Life%20Science%20Jounarl%20Guide%20light.pdf)
ドイツ・デュッセルドルフ大学病院・外科センター(University Hospital Düsseldorf Centre for Surgical Medicine II)。写真出典
- 国:ドイツ
- 成長国:
- 研究博士号(PhD)取得:
- 男女:男性
- 生年月日:1943年1月16日
- 現在の年齢:81 歳
- 分野:幹細胞・心臓治療
- 最初の不正論文発表: 2001年(58歳)?
- 発覚年:2007年(64歳)頃
- 発覚時地位:デュッセルドルフ大学・教授
- 発覚:同分野の研究者
- 調査:①デュッセルドルフ大学・調査委員会
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:数十報がねつ造・改ざん疑惑。撤回論文はない
- 時期:研究キャリアの後期から
- 結末:辞職
ボド=エケハルト・シュトラウアー(Bodo-Eckehard Strauer)(左)とベネディクト16世 (ローマ教皇)(右)。写真
●【経歴と経過】
- 1943年1月16日:生まれる
- 1966年(23歳):xx大学を卒業。医師免許取得。この年に研究博士号(PhD)取得という記述もあるが、若すぎるので、医師免許取得の間違いだろう
- 1973年(30歳):教授資格論文(Habilitation)提出。
- 19xx年(xx歳):ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン・教授(?)。同付属・グロスハデルン病院(Grosshadern Hospital)・医師
- 1984年(41歳):マールブルグ大学・教授・心臓内科学科長(Head of Department of Internal Medicine-Cardiology at the University of Marburg)
- xxxx年(xx歳):デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)・教授、デュッセルドルフ大学病院・心臓・肺炎・脈管学科長(Department of Cardiology, Pneumology and Angiology of the University)
- 2007年(64歳)頃:論文にねつ造・改ざんがあると、疑惑をもたれる
- 2009年(66歳):デュッセルドルフ大学を辞職
- 2014年2月14日(71歳):デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)は、シュトラウアーに研究ネカトがあったと発表
★受賞
1978 Theodor-Frerichs-Preis
1985 Prize of the German Therapy Week
1987 Franz-Gross Science Award
2010 Bundesverdienstkreuz (Federal Cross of Merit) First Class
2011 Medica Plaque of Merit for Medical Education
●【研究内容】
2001年頃、シュトラウアーは幹細胞を用いた心臓疾患の治療法を開発した。この新しい治療法を10人の患者に適用し顕著な効果を得たことを世界で最初に報告した(「Circulationの2002年論文」)。
シュトラウアーは幹細胞を用いた心臓疾患の治療分野の世界の先頭を走っていた。
「心疾患幹細胞治療-臨床試験は精確か? 科学ニュースの森」(2014年04月30日)から、新しい治療法の解説を修正引用しよう。
背景:
間葉系幹細胞は成体幹細胞の1つであり、骨や血管など体の構造を形成するための細胞へと広く分化する。一方心臓は一度組織が死んでしまうと容易に再生しないため、幹細胞を利用した再生医療の実現が期待されている。そのため様々な研究から、臨床試験へといたっているものも多く存在する。
要約:
間葉系幹細胞は骨髄から簡単に得ることができる。元々は、間葉系幹細胞を傷ついた組織へと注入することで、その組織へと分化して正常な組織として再生すると考えられていた。しかし近年その説は否定され、現在では炎症を起こす物質を分泌することで、酸素を運ぶ毛細血管の成長を促進して、患部の再生を促していると考えられている。
この治療法が実用化されれば将来的に巨大なマーケットとなることが確実であるため、様々な企業が参入し臨床試験を進めている。特に心臓病の治療目的での研究が進められ、臨床試験の最終段階へと進もうという手法もある。(心疾患幹細胞治療-臨床試験は精確か? 科学ニュースの森)
マンガで理解すると以下のようだ(出典:国立循環器病研究センター)
出典:再生医療-心血管病の新しい治療 | 国立循環器病研究センター
●【不正発覚の経緯と内容】
発覚の経緯に関する情報はつかめないが、同分野の研究者の間では、シュトラウアーが「Circulationの2002年論文」を発表してすぐから、論文に疑念が多かったようだ。
シュトラウアーは自分の治療法を新聞発表した。このことが研究者の反感を買った。
2007年(64歳)、複数の著名な幹細胞研究者が、シュトラウアーの新聞発表を鋭く批判した。その一例をあげると、フランクフルト大学・心臓学科長で幹細胞研究者のアンドレアス・ゼイハー教授(Andreas Zeiher、写真出典)は、「単一の治療例を示しただけでは科学とは言えない。シュトラウアーがしたことは臨床治療であって科学研究ではない」と鋭く批判した。
2009年(66歳)、シュトラウアーは、デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)を辞職した。ということは、2007年頃から、研究ネカトの疑惑がもたれ、この頃には具体的に何らかの調査が始まっていたと思われる。
2012年中頃(69歳)、デュッセルドルフ大学病院はシュトラウアーの研究ネカトを調査したらしい(第1回目調査)。「らしい」というのは、「調査している」と公式に回答していないことと、調査結果が公表されなかったからである。
2012年12月3日(69歳)、南ドイツ新聞(Süddeutsche.de GmbH)は、シュトラウアーに研究ネカトの疑惑があると報道した(Fälschungsvorwürfe gegen bekannten Stammzellforscher – Wissen – Süddeutsche.de)。
2013年7月2日(70歳)、英国・ロンドンにあるインペリアル・カレッジ・ロンドン大学のナショナル心肺研究所(National Heart and Lung Institute)の心臓研究者・ダレス・フランシス教授(Darrel Francis、写真同)は、シュトラウアー論文の問題点を厳しく追及した結果を出版した。以下の論文である。
- Autologous bone marrow-derived stem cell therapy in heart disease: discrepancies and contradictions.
Francis DP, Mielewczik M, Zargaran D, Cole GD.
Int J Cardiol. 2013 Oct 9;168(4):3381-403. doi: 10.1016/j.ijcard.2013.04.152. Epub 2013 Jul 2. Review.
フランシスはその論文でシュトラウアーの48報の論文を分析し、たくさんの問題点と数百のエラーがあったと指摘した。
例えば、統計値の計算エラー、同じ結果なのに異なる患者数の提示、食い違う記述でどちらかが真実であるはずがない複数の論文などである。
ある論文では患者群をランダム化したと記述したが、他の論文では、同じ結果を得ている患者群なのにランダム化しなかったと記述してあった。また、自分で対照群の統計テストを実行してみると、異常な数値になった。
フランシスは、もう1つ次元の異なる問題点を指摘した。それは、シュトラウアーの論文を出版した雑誌の編集部は、論文出版の責任があるにも関わらず、シュトラウアーの論文の研究ネカト疑念を調査ようとしないと指摘した。ゼイハー教授もこの編集部の態度を批判している。
2014年2月14日(71歳)、デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)は、最初に疑念を持たれてから12年もたってようやく、調査の結果(第2回目調査?)、シュトラウアーに研究ネカトがあったと発表した(Evidence of misconduct found against cardiologist : Nature News Blog)。
●【論文数と撤回論文】
2015年8月6日現在、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ボド=エケハルト・シュトラウアー(Bodo-Eckehard Strauer)の論文を「Strauer BE[Author]」で検索すると、1965年から2013年までの49年間の623論文がヒットした。多作である。
2015年8月6日現在、撤回論文はない。
●【事件の深堀】
幹細胞研究では、小保方晴子事件やウソク・ファン事件(韓国)だけでなく、2012年の「パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)(スウェーデン)」、2013年の「ダビデ・ヴァンノーニ(Davide Vannoni) (イタリア)」、2014年の「ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)(米)」など著名研究者の大事件がいくつも発生している。
「生命科学系研究者のためのジャーナルガイド」(2015年12月、1巻、15ページ)に日本語の解説がある。修正引用する。
なぜ、幹細胞研究をめぐってこれほどまでに多くのスキャンダルが起こり、こんなに深刻に受け止められているのでしょうか?
幹細胞研究は極めて利益に導かれやすい(利益駆動型)分野です。 変革をもたらす大いなる可能性を秘めており、これは商業的な影響も莫大であるということを意味します。それにより、研究者側が商業側に「拉致される(“kidnapped” )」可能性が生まれています。 生物医学における新しい分野として、幹細胞研究は医療、特に再生医療における最大の希望の光です。 幹細胞治療により、すばらしい可能性を夢見ることができるのです。この魅力が時に、将来への期待を広げさせ、患者を欺き、論争を引き起こすことがあります。こうした傾向は、学者たちにも重大な影響をもたらし、幹細胞研究を行う企業に利潤追求活動の引き金になっています。
学術論文に対し、高い注目やメディア報道を求めることは、世界的に見てももとには戻せない傾向になっています。幹細胞研究にもそれはあてはまります。ニュースとして取り上げられ、注目を浴びるために、学者たちは、認知度を高めようと信頼性を犠牲にしても論文を発表し、研究結果の捏造といった極端な手段まで選んでいます。
このような動向は、幹細胞研究という極めて競争的な分野に対し長期的な影響をもたらしていますが、幹細胞研究だけでなく、生命科学全般にとって痛ましいことです。幹細胞研究の混乱は、幹細胞の有用性が確立され、幹細胞研究への注目が大幅に減少するまでは、おそらく今後も続くと思われます。(http://www.editage.jp/insights/sites/default/files/Life%20Science%20Jounarl%20Guide%20light.pdf)
実は理由は3つ書いてあったが、最初の理由がよくわからなかったので削除した。2つ目の理由「利益駆動型分野」と3つめの理由「認知度を高めたい」は共感する。
ただ、その理由だと、新分野はおおむね該当する。それでも、研究ネカトが少ない新分野もある。ということは、スキャンダル起こるのは幹細胞研究自体の特性も起因しているだろう。例えば、幹細胞がらみだとデータの検証がしにくいので「ごまかし易い」。細胞は生きて変化しているので、全く同一の細胞ということが保障しにくく、「追試しにくい」のも大きな理由だろう。
●【白楽の感想】
《1》透明化
デュッセルドルフ大学は、この事件の調査を明確にし、調査報告書を公表すべきである。調査を透明にしないと調査自身に何らかの不備・間違い・不正・無能があるという懸念がぬぐいきれない。報告書を公表しないと同じ懸念がぬぐいきれない。
研究ネカトでは、日本でも世界でも調査を透明にしない大学・研究機関、報告書を公表しない大学・研究機関を処分するルールを制定すべきだろう。
●【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Bodo-Eckehard Strauer – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2013年7月2日、ラリー・ハステン(Larry Husten)の「フォーブス」記事:Paper Raises Hundreds Of Questions About The Integrity Of Stem Cell Research Group
③ 2013年7月7日、アレクシー・ベルセネフ(Alexey Bersenev)の「Stem Cell Blog」記事:Stem Cell Blog – The biggest scandal in cell therapy | Cell Trials
④ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。