7-142 米国・研究公正局の規則改訂:その3、ボスの責任

2024年3月3日掲載

白楽の意図:米国・研究公正局の規則改訂案が「2023年10月の連邦官報」論文として公表された。ジェームズ・ケネディ(James Kennedy)は、従来規則との変更点に、ネカトの責任者を明確にし、ボスを不正者とすべきだと主張している。そのコメントを取り上げた「2023年12月のRetraction Watch」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.「2023年10月の連邦官報」論文
3.ケネディの「2023年12月のRetraction Watch」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理

7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

7-140 米国・研究公正局の規則改訂:その1 

7-141 米国・研究公正局の規則改訂:その2、賛否両論

●2.【「2023年10月の連邦官報」論文】

●3.【ケネディの「2023年12月のRetraction Watch」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Guest post: Why I commented on the proposed changes to U.S. federal research-misconduct policies ? and why you should, too ?
    日本語訳:ゲスト投稿: 米国連邦の研究不正行為に関する方針の変更案について私がコメントしたのはなぜか? そしてなぜあなたもそうすべきなのか?
  • 著者:James E. Kennedy
  • 掲載誌:Retraction Watch
  • 発行年月日:2023年12月20日
  • ウェブサイト:https://retractionwatch.com/2023/12/20/guest-post-why-i-commented-on-the-proposed-changes-to-u-s-federal-research-misconduct-policies-and-why-you-should-too/
  • 著者の紹介:ジェームズ・ケネディ(James E. Kennedy、写真出典)は英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)・上級講師(Senior Lecturer)で専門は社会学。学歴は、xxxx年、英国のグラスゴー大学(University of Glasgow)で修士号取得、xxxx年、カナダのマギル大学(McGill University) で研究博士号(PhD)取得:出典
  • ケネディは、かつて、レヴィ事件の摘発に携わり、規則策定の経験をしている。 → Journal of Parapsychology, 81(1), 63-72, 2017, Experimenter Fraud: What are Appropriate Methodological Standards?
  • レヴィ事件は、米国の超心理学研究所(Institute for Parapsychology)のウォルター・レヴィ・ジュニア所長(Walter J. Levy Jr.)が実験データをねつ造・改ざんした事件で、1974年に研究不正が暴露された。 → ①Levy, Walter J., Jr. (ca. 1948-) | Encyclopedia.com、②Science: The Psychic Scandal – TIME

●【論文内容】

この白楽記事の本来の意図はジェームズ・ケネディ(James Kennedy)が解説した「2023年12月のRetraction Watch」論文の解説である。

しかし、「2023年12月のRetraction Watch」論文の内容は薄く、研究公正局(ORI)の規則変更案に対して提出したケネディのコメントの導入みたいな論文だった。

それで、白楽記事では、そのケネディのコメントをかなり取り入れた。

1.はじめに

連邦政府の研究不正行為に関する規則で最も物議を醸す点の1つは、研究室主宰者(laboratory director)、主任研究者(PI:Principal Investigator)、筆頭著者は、研究チームの他のメンバーの不正行為に、どの程度の責任を負うかということだ。

大規模なデータねつ造・改ざん事件では、犯人を特定できないことがしばしばある。この場合、データ管理はズサンで、元データは保存されず、データ改変は記録されていない。

多くの場合、主任研究者(PI)が事件の中心にいるのだが、証明可能な唯一の責任は、データねつ造・改ざんが起こるようなズサンな研究環境を、その主任研究者(PI)が放置していたという事実だけだ。

この場合、主任研究者(PI)はデータねつ造・改ざんの責任を問われるべきか?

現在、米国の公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))が資金提供した研究での研究不正行為の取り扱いに関する研究公正局(ORI)の規則を改正しようとしている。

この規則は、大学や研究機関における不正行為規則のモデルになることが多いため、不正行為の捉え方や対処に大きく影響する。

主任研究者(PI)の責任に関して、筆者(ジェームズ・ケネディ)は研究公正局(ORI)にコメントを提出した。以下、説明する。

2. 他人の不正行為に責任があるのか?

ケネディは研究公正局(ORI)の規則変更案に対してコメントを提出した。以下は、そのコメントの冒頭部分(出典:同上)。全文(11ページ)は → Regulations.gov

主任研究者(PI)の責任に関する研究公正局(ORI)の現在の判例には問題がある。

この判例は、研究公正局(ORI)が2018年にクロと認定したクレプキー事件で確立されている。

クレプキー事件では、論文の主任研究者(PI)と筆頭著者は、ネカトデータの責任を問われたのだが、その責任は、主任研究者(PI)または筆頭著者の管理下にはない共同研究者から提供されたデータにまで及んでいた。 → Christian Kreipke, Ph.D., DAB CR5109 (2018) | HHS.gov

白楽注:2018年のクレプキー事件:クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)(米) | 白楽の研究者倫理

クレプキー事件は裁判になったが、裁判官は、共同研究者の所属するすべての大学・研究所が深く掘り下げて共同研究者のネカト調査することを期待しているようだった。

しかし、そのような調査は少なくとも数か月かかり、非現実的であることを裁判官は理解していなかった。

私(ジェームズ・ケネディ)の考えでは、研究室主宰者(laboratory director)と主任研究者(PI)は、直接管理している研究員・院生・テクニシャンなどが、研究公正を守って研究していることを保証する責任がある。しかし、直接管理していない共同研究者に対しては保証する責任がない。

この主任研究者(PI)と筆頭著者の責任について、変更案では取り上げられていない。

変更案で取り上げ、過去のクレプキー事件の判例よりも、もっと現実的な責任を明確にすべきである。研究公正局への私のコメントでこのことを説明している(ポイント2を参照)。

次項でポイント2を述べる。

★ポイント2:責任

ケネディのコメントのポイント2は以下のようである。

どのような立場の責任者がどのような状況で研究不正行為の責任を負うのか?

クレプキー事件の行政法判事(ALJ:Departmental Appeals Board Administrative Law Judge)は次のように結論付けた(ページ数はChristian Kreipke, Ph.D., DAB CR5109 (2018) | HHS.gov のページ)。

論文であれ、書籍、ポスターであれ、研究発表の形式がどのようなものであれ、研究助成金を申請したのが主任研究者(PI)であり、研究を発表した著者群の筆頭だったという事実は、その人物に助成金申請書や研究発表の内容に責任があると想定できる (82 ページ)。

従って、研究結果の正確さを検証せずに研究データや画像を発表することは、適切な対処や注意を怠り、虚偽かもしれないリスクを無視したことになる。そのことで、大学と研究者は研究公正規則を守る責任を果たせていなかったことになる。 (83 ページ)。

行政法判事(ALJ)のこの判例で、主任研究者(PI)または筆頭著者に研究不正行為の責任があり、助成金申請書や研究発表のすべての情報の妥当性を詳細に検証する責務があることが確立された。

この責務には、他の大学・研究所の研究室で行われた研究も含む。

この結論では、研究室主宰者(laboratory director)が自分の研究室の研究不正行為に対して責任があるかどうかについては言及されていないが、クレプキー事件での他の議論(例えば、84ページ)では、研究室主宰者(laboratory director)にもその責任があることが示されている。

この判例には次の問題があり、変更する必要がある。

弁護士(や裁判官)は訴訟を進めるにつれ、実際の研究現場での状況を考慮しなくなり、非現実的で単純化された法的論理が支配的になった。

このことは、クレプキー事件の裁判で明らかだ。

いくつかの研究不正行為の事例について、行政法判事(ALJ) は、主任研究者(PI)がデータの責任を負っているので、(実際にネカトをしたと思える)被告人は研究不正をしていないと認定した(例えば、84 ページ)。

しかし、データを受け取る主任研究者(PI)に責任があり、データを作り・渡した室員に責任がないという判断は、まったくばかげている。

研究室主宰者(laboratory director)は研究室全体の運営に責任があり、主任研究者(PI)には主任研究者(PI)の指示の下で行なう研究について責任がある、という論理は合理的である。

しかし、筆頭著者の指示の下で行なっていない研究データについて、筆頭著者に責任を負わせるのは合理的ではない。

共同研究している研究室のデータにねつ造・改ざんが見つかった場合、不正行為の責任を問われるのは、そのデータを受け取って論文を書いた筆頭著者ではなく、共同研究先の研究室の研究室主宰者(laboratory director)である。

研究公正局は、クレプキー事件での非現実的な判例が今後の訴訟には適用されないことを科学界に明確にする必要がある。

これらには、筆頭著者に対する非現実的な責任を課さないで、筆頭著者や主任研究者(PI)に研究データを渡した者に責任を課すということである。

3.情報公開

ケネディは大学のネカト調査報告書を公表すべきと主張している。

大学のネカト調査報告書は、秘密事項を最小限に抑え、公開討論や評価のために公開すべきである。

論文を発表する場合、論理と証拠を示して結論に至る。

論文を撤回する場合も、論文を発表する場合と同様、論理と証拠を示さないのは、科学研究の基本原則に強く反している。

研究不正行為の申し立てがなわれた論文であっても、オープンで透明という科学研究の原則が損なわれるわけではない。

科学研究は、証拠、方法、結論についての公の場での発表、批判、討論を通して進んできたという長い伝統に基づいている。 この伝統的な原則をインターネット時代では「オープンサイエンス」で実行している。

2023年1月、米国のホワイトハウス科学技術政策局(The White House Office of Science and Technology Policy)は、2023年を「オープンサイエンスの年(The Year of Open Science)」と宣言した。 → FACT SHEET: Biden-Harris Administration Announces New Actions to Advance Open and Equitable Research | OSTP | The White House

以下、白楽のおせっかいで「オープンサイエンスの年(The Year of Open Science)」の情報を加えた。

――――以下、白楽のおせっかい

「オープンサイエンスの年(The Year of Open Science)」を日本語で紹介している記事は下記のようにいくつかある。

――――以上、白楽のおせっかい

●7.【白楽の感想】

《1》ちょっとわかり難い 

ジェームズ・ケネディ(James Kennedy)の文章がわかりにくい。

ただ、ケネディの次の主張に、白楽はほぼ全面的に賛成である。

研究室主宰者(laboratory director)と主任研究者(PI)は、直接管理している研究員・院生・テクニシャンなどが、研究公正を守って研究していることを保証する責任がある。しかし、直接管理していない共同研究者に対しては保証する責任がない。

つまり、研究員・院生・テクニシャンなどがネカト行為をした時、研究室主宰者(laboratory director)・主任研究者(PI)をネカト処分の対象とする。

白楽の考えでは、まず、ネカト実行者に最も強い処分を課す。次いで、研究室主宰者(laboratory director)・主任研究者(PI)にも強い処分を課す。そして、筆頭著者を含め著者全員に処分を課す。

整理すると、責任の重さ(=処分の程度)は、以下である。

ネカト実行者>研究室主宰者(laboratory director)・主任研究者(PI)>著者全員

ネカト処分の白楽原則:「受益者有責の原則」・・・論文の著者として利益を得る人は、その論文に不正が見つかれば、不正者として責任がある。

なお、「2023年12月のRetraction Watch」論文のコメントとして、「Yes, supervisors should be held accountable」氏は以下の意見を述べている。

主任研究者(PI)(および大学・研究所)は、ネカト実行者よりも厳しく罰せられるべきです。主任研究者(PI)は、院生や部下の研究公正をチェックするためにそこにいる。院生や部下がより良い研究をするのを助け、励ますためにそこにいる。それができなければ、解雇されるか、厳しく罰せられるべきです。

白楽もほぼそう思う。ただ、ネカト実行者が最も責任が重いと思う。それで、ネカト実行者を最も厳しく処罰する方が妥当だと思う。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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