歴史学:マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)(米)

2024年2月15日掲載 

ワンポイント:ダイクストラはカリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)・助教授だった2022年(40歳)に出版した書籍が、翌年、アマースト大学(Amherst College)のジョージ・チャオ助教授(George Qiao)に、「基本的な学術基準を満たしていない。誤った情報で満ちている」と強く批判された。この批判は、学術論争なのか不正告発なのかハッキリしない。著書は撤回されていない。出版社も大学も調査していない。この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「8」である。国民の損害額(推定)は5千万円(大雑把)。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー

●1.【概略】

マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra、戴史翠、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のカリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)・助教授から、2023年にイェール大学(Yale University)・助教授に移籍した。専門は歴史学(清時代の中国史)である。

カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)・助教授だった2022年(40歳)、書籍『Uncertainty in the Empire of Routine』(日常の帝国の不確実性)(300ページ、表紙出典)を出版した。

翌2023年(41歳)、アマースト大学(Amherst College)のジョージ・チャオ助教授(George Qiao)は、この書籍を、「基本的な学術基準を満たしていない。誤った情報で満ちている」と強く批判した。

この批判は学術論争なのか不正告発なのかハッキリしない。

著書は撤回されていない。出版社も大学も調査していない。

この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「8」である。

カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:カリフォルニア大学ロサンゼルス校
  • 男女:女性
  • 生年月日:1982年(根拠:ココ)。仮に1982年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:42 歳?
  • 分野:歴史学
  • 問題著書出版:2022年(40歳)
  • ネカト行為時の地位:カリフォルニア工科大学・助教授
  • 発覚年:2023年(41歳)
  • 発覚時地位::イェール大学・助教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はアマースト大学(Amherst College)のジョージ・チャオ助教授(George Qiao)。論文で指摘
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①出版社・編集部は静観。②カリフォルニア工科大学は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 不正:ねつ造・改ざん? ズサン?
  • 不正書籍数:1つ
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5千万円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典: Dykstra_Maura_2021Dr. Maura Dykstra

  • 生年月日:1982年(根拠:ココ)。仮に1982年1月1日生まれとする
  • xxxx年(xx歳):xx大学(xx)で学士号取得
  • 2008年(26歳):カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles)で修士号取得:歴史学
  • 2014年(32歳):同大学で研究博士号(PhD)を取得:歴史学
  • 2015年(33歳):カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)・研究助教授
  • 2015年夏(33歳):東京大学に滞在
  • 2016年(34歳):カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)・助教授
  • 2022年8月(40歳):後で問題視される著書を出版
  • 2023年(41歳):イェール大学(Yale University)・助教授
  • 2023年8月(41歳):著書が批判された
  • 2024年2月14日(42歳)現在:従来の職を維持

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★発端

2022年8月16日(40歳)、マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)は、人生で最初の著書『Uncertainty in the Empire of Routine』(日常の帝国の不確実性)(300ページ、表紙出典)を出版した。

2023年2月2日(41歳)、著書出版の5か月後、ダイクストラは、博士論文絡みでこの著書を執筆したと述べている。 → Uncertainty in the Empire of Routine – An Interview with Maura Dykstra – Association for Asian Studies

2023年8月31日(41歳)、著書出版の1年後、アマースト大学(Amherst College)のジョージ・チャオ助教授(George Qiao、画像出典は本論文)はダイクストラのこの著書を、「基本的な学術基準を満たしていない。誤った情報で満ちている」と学術誌「ジャーナル・オブ・チャイニーズ・ヒストリー(Journal of Chinese History)」に書評を書いた。
 → 書評
 → Was There an Administrative Revolution? | Journal of Chinese History 中國歷史學刊 | Cambridge Core

チャオ助教授は「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせに、「概念に欠陥がある、事実認識に多数の誤りがある、既存の学問との関連ができていない、問題のある一次資料を選んだ、そして、引用がおかしい」と指摘した。

さらに、「この本は、自分の理論を裏付けるために、主要情報源の大部分を誤って伝えている」とも述べた。

2023年9月1日(41歳)、スタンフォード大学の中国史学者であるコール・バンゼル(Cole M. Bunzel)は、とても残酷な書評だとツイッターした。·

★事後

出版元のハーバード大学アジアセンター(Harvard University Asia Center )は、一般論として、書籍を出版する際、出版前に2人の査読者が原稿をチェックする、と述べている。

それで、「撤回監視(Retraction Watch)」は今回も査読をしたのかと問い合わせた。

ハーバード大学アジアセンターのクリステン・ワナー部長(Kristen Wanner、写真出典)は次のように回答した。

現時点では、チャオ助教授の書評についてコメントすることはありません。 また、チャオ助教授の書評に対する著者・ダイクストラの対応文書を待っているところです。

2023年12月21日(41歳)、チャオ助教授の書評の4か月後、ダイクストラはチャオ助教授の書評に対する反論を論文として発表した。ワナー部長が待っていた対応文書である。 → Response | Journal of Chinese History 中國歷史學刊

反論の詳細な内容を省くが、反論では、まず、書評が指摘した誤りを認めて感謝している。しかし、チャオ助教授の書評にも多くの誤りがあり、ダイクストラが学術的不正行為を犯したというチャオ助教授の主張には強く反論した。

ダイクストラは、チャオ助教授の書評は非常に意地悪な書評だと非難した。

そして、以下のツイッターで見るように、ダイクストラの反論もまた、チャオ助教授の書評を悪意を持って解釈した非常に意地悪・失礼な反論だった、と批判された。

なお、「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせに、アメリカ歴史協会(American Historical Association)は、研究者の「専門職上の行動基準に関する声明(Statement on Standards of Professional Conduct (updated 2023) | AHA)」で次のように述べていると、回答してきた。

歴史家は調査結果を文書化し、インタビュー文書、証拠、データの情報源を利用できるようにする必要があります。歴史家は情報源を偽って伝えてはなりません。彼らは調査結果をできるだけ正確に報告する必要があり、自分の解釈に反する証拠を省略してはなりません。

【ねつ造・改ざんの具体例】

マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)著の著書『Uncertainty in the Empire of Routine』(日常の帝国の不確実性)(2022年8月16日出版、300ページ、表紙出典) について、アマースト大学(Amherst College)のジョージ・チャオ助教授(George Qiao)が記載内容の間違い(ねつ造・改ざん? ズサン?)を指摘した。

2024年2月14日現在、著書は撤回されていない。

指摘の内容を、白楽記事では省略する。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。

★スコーパス(Scopus)

2024年2月14日現在、スコーパス(Scopus)で、マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)の論文を「Maura Dykstra」で検索した。2013、2019、2021、2024年に各1論文、計4論文がヒットした。

★撤回監視データベース

2024年2月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでマウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)を「Maura Dykstra」で検索すると、 0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2024年2月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)の論文のコメントを「Maura Dykstra」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》選んだ理由 

この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「8」である。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「2023年の論文撤回トップ10」にマウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra、写真出典)事件を選んだ理由が、白楽にはよくわからない。

同じ分野の研究者であるジョージ・チャオ助教授(George Qiao)が、ダイクストラの著書を書評で強く批判し、それに、ダイクストラが強く反論した。

批判・反論が度を越えて激しかった点は問題だろうが、学問上のやり取りとしての批判・反論自体は、本来、許容範囲である。むしろ、ほとんどの書評が褒めるだけの提灯記事になっている方が問題だと思う。

今回のやり取りは、学術論争なのか不正告発なのかハッキリしない。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「2023年の論文撤回トップ10」に選んだ理由は何だったのだろう?

批判・反論が度を越えて激しかった点だろうか? そうだとすると、表面的すぎる。

もっと根本的な問題、あるいは、最近に新しく登場した研究不正問題を取り上げて欲しかった。

《2》ズサン

ネカトはなかったとしても、しかし、マウラ・ダイクストラ(Maura Dykstra)の著書はズサンだったようだ。

査読者や編集者が出版前に著書の原稿をもっと丁寧にチェックすべきだとも言えるが、基本、著書の内容・文体は著者の責任である。

ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー

●9.【主要情報源】

① 2023年9月25日のエリー・キンケイド(Ellie Kincaid)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Yale professor’s book ‘systematically misrepresents’ sources, review claims – Retraction Watch
② 2023年9月29日のダンジャン・ロウ(彈劍樓)記者の「方格子 vocus」記事:「戴史翠事件」引發我的兩個感嘆|方格子 vocus
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●コメント

注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
0 コメント
Inline Feedbacks
View all comments