7-158 不正対処機関を大学外に設置するのに反対

2024年10月20日掲載 

白楽の意図:白楽は捜査権を持つネカト取締り機関の設置が究極の解決策だと考えている。それで、逆に、ネカト取締り機関を大学外に設置するのに反対する意見に興味がある。今回、カナダのマギル大学で土木工学を専門とするジム・ニセル教授(Jim Nicell)の「2024年4月のTimes Higher Education」論文が反対意見を述べていたのでを読んだ。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ジム・ニセルの「2024年4月のTimes Higher Education」論文
9.白楽の感想
10.コメント
ーーーーーーー

【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【ジム・ニセルの「2024年4月のTimes Higher Education」論文】

★書誌情報と著者情報

  • 論文名:An external regulator is not the solution to academic misconduct
    日本語訳:外部規制当局は学術不正の解決策ではない
  • 著者:Jim Nicell
  • 掲載誌・巻・ページ:Times Higher Education
  • 発行年月日:2024年4月22日
  • ウェブ:https://www.timeshighereducation.com/opinion/external-regulator-not-solution-academic-misconduct
  • 著者の紹介:ジム・ニセル(Jim Nicell、写真出典)は、カナダのウィンザー大学(University of Windsor)で学士号、修士号を取得し、1991年に同大学で研究博士号(PhD)(環境工学)を取得した。論文出版時の所属・地位は、カナダのマギル大学(McGill University)・土木工学科の教授。出典:Jim A. Nicell | LinkedIn

●【論文内容】

★ニコラス・ロウ(Nicholas Rowe)

今回読んだジム・ニセル(Jim Nicell)の論文は、ニコラス・ロウ(Nicholas Rowe、写真出典)の「2024年3月の論文」に対する反論を展開した論文である。

それで、まず、ニコラス・ロウの論文の要点を以下に示す。

欧米の科学系知識人でフィンランド在住のニコラス・ロウは、「2024年3月のTimes Higher Education」論文で、アカハラを例に、大学は不正行為の取り締まりに十分な努力をしていないと批判した。 → 2024年3月14日:If abusive lawyers can be banned from practising, why not academics? | Times Higher Education (THE)

以下に、ニコラス・ロウの批判を簡単に整理した。

白楽注:ニコラス・ロウが主に対象としている大学は英国の大学である。英国の大学は米国の大学や日本の大学とおおむね同じだが異なる点もある。

大学は、教育と研究を行なう責任があり、教員の諸行為について、大学自身が管理(governance)している。

ところが、大学教員は長年、頻繁に不祥事を起こしてきた。

この事実は、大学自身が大学教員を管理(governance)するという原則とその実践の両方が、ひどく間違っていた(いる)ことを示している。

例えば、英国の大学教員は、日常的に契約時間のほぼ2倍も働かされている。しかも、半数以上にうつ病の兆候が見られている。

英国の大学教員の32%がいじめの被害を経験し、約39%が性不正の被害を経験、または目撃している。女性学生の5人に1人が大学で性的暴行の被害に遭っている。

大学が金融犯罪を助長し、大学教員の8人に1人がネカトを目撃し、学生の6人に1人がカンニングしている。

しかし、大学はこれらの不正行為に対して効果的な対策・対処ができていない。

ニコラス・ロウは、学術専門職(academic profession)は、医療、法律、工学などの専門職で使用されているシステムを大学も採用すべきだと主張している。

つまり、専門職は資格取得後、専門職機関に登録することで、初めて専門職を実践できるというシステムである。

白楽注―――ここから

ニコラス・ロウが主張するシステムで、日本のシステムで似ているのは弁護士である。

日本の弁護士は、大学・大学院で学び → 司法試験に合格 → 司法修生(1年間) → 日本弁護士連合会(日弁連)または弁護士会に所属して初めて弁護士業務ができる

以下に英国の医師の例を示す。

英国では医学部で5~6年の教育を受けた最後に卒業試験(資格認定)があり、医師資格が得られる。

英国には日本式の医師免許はない。ただし、英国で診療をするためには、医師資格を国に登録する必要がある。それを管理するのがGMC(General Medical Council)である。GMCは医師の生涯にわたっての医療行為に対する適正を評価・認定する役割を担う。(八木 聰明:海外の専門医制度 (アメリカ、イギリス、韓国、ドイツ、フランス)

白楽注―――ここまで

医師や弁護士はそれぞれの専門職機関に登録し、専門職の仕事ができる。

専門職機関は、専門職の基準を満たさない人や規則に違反した人の登録を抹消する。登録を抹消された人は専門職の仕事をできない。

登録者の審査を通して、専門職の知識・技術・倫理のレベルを維持し、国民に信頼される専門職の地位を保っている。

学者・研究者はトップレベルの学術専門家としてのすべての基準(広範なトレーニングを受け、専門知識・技術・倫理)を満たしている。

それで、学者・研究者も専門職機関に登録するシステムにし、研究不正や性不正・アカハラをした人の登録を抹消することで、不正者は専門職の仕事ができなくなる、というのが、ニコラス・ロウの主張である。

白楽は、研究不正の調査は大学ではなく、麻薬取締部のような外部機関がすべきだと主張している。

それで、外部機関と言ってもニコラス・ロウが述べている外部機関と白楽の外部機関はかなり異なっているに見えるが、大学外の外部機関がネカトの調査をし、クロなら処分する(刑罰を科す)部分は同じである。

★反対

ここから、今回取り上げたジム・ニセル(Jim Nicell)の論文である。

前項で解説したように、ニコラス・ロウは、研究不正に対する大学の対応・対処が不正行為の取り締まりに不十分だと述べている。

私(ジム・ニセル)もその主張にある程度同意するが、教授、学術界リーダー、登録専門技術者(registered professional engineer)としての経験から、ニコラス・ロウの解決策に警戒心がある。

医師や弁護士という専門家に対して世界中で規制を設けているように、学者・研究者という専門家に規制を設けるのは、確かに潜在的な利益(potential benefits)はある。

規制には、説明責任の強化、倫理的行動の強制、仕事の質の保証と管理、クライアントの利益の保護、公共の安全と健康の保護、専門能力の開発、国際的な認知と活動の促進が含まれる。

しかし、学者・研究者と認定する権限、長期に研究できる人と認定する権限、そして、学者・研究者を学術界から排除する権限を、地方、州、国、国際レベルを問わず、外部機関に託した場合の悪影響について、慎重に検討する必要がある。

★反対する理由

1つ目は、学者・研究者を厳しく規制しすぎると(regulating scholars too tightly)、論争となる研究テーマや型破りなアイデアを避けるようになり、学問の自由と知識の進歩の両方が窒息する。

2つ目は、学問の発展には多様な視点・方法論が必要だが、過剰な規制(overregulation)には均質化のリスクがある。

3つ目は、学問は状況の変化に応じて進歩・進化するが、状況の変化を規制当局が認識できない場合、新しい分野の創造が阻害される可能性がある。

4つ目は、不平等だからである。ますます相互関係が進む世界では、大学は必然的に人材、資金、認知度をめぐってグローバルに競争している。

この競争では、規制が厳しい環境下に置かれた学者・研究者は相対的に不利になる。

ある国・地域で研究実施を認定された学者・研究者が、別の国・地域では認定されない可能性がある。となると、学者・研究者が国・地域を越えてグローバルに移籍するのが難しくなる。

★当局が対処できない

また、外部規制当局が、学者・研究者のさまざまな悪い行為に対処できるかどうかという問題がある。

私(ジム・ニセル)の経験では、大学教員が学生・院生にする性不正とアカハラは、権力の不均衡の構図の中で起こる。

この状況で、被害者は自分の大学よりも外部の規制当局に大学教員の不正行為を報告するだろうか?・・・[白楽の感想:すると思う。つまり、外部の方を好むと思う]

さらに、外部の規制当局は迅速かつ公正な結論を下せるだろうか? ・・・[白楽の感想:外部の方が公正だと思う]

ニコラス・ロウは、大学は被害者の福祉よりも自分たちの評判を守ることに関心があると主張しているが、外部の規制当局をいったん設立すると、その組織も自分たち組織の評判を守るため利己的で官僚的になる。

その結果、外部の規制当局は、悪質な行動のみに対処し、その責任を最小限にしようとするかもしれません。

そうなると、少数の悪質な学者・研究者が専門職から排除されるだけで、大多数の学者・研究者の普通レベルの悪い行動を減らすことにはならない。・・・[白楽の感想:組織の悪い点を一般論として述べているだけで、外部の規制当局だからこうなるという論理ではない]

★では、どうするか?

私(ジム・ニセル)の考えでは、同僚の疑わしい行動を取り締まる最善の方法は、大学内部で適切に管理することです。

ほとんどではないにしても、多くの大学はすでに必要な規則、対処法を導入しています。

問題は、大学は合議制で高度に分散化されている傾向があるため、多くの学術リーダーや管理者が悪者に対処する権限をまだ実行できていないことです。

彼らは、いつか戻ってくるかもしれない同僚を処分する複雑な状況の管理的および感情的な負担を避け、躊躇しています。

ですから、管理的な責任と説明責任を果たす大学文化を構築する方に勢力を傾けるべきです。

私は、大学の管理運営する側の勇気を大切にし、複雑な問題に対処する管理者のトレーニングに焦点を当てたいと思います。私は、悪者に対処する最前線の人々を支援する人を大学の管理運営者に選びたいと思います。

また、教員の昇進や終身在職権の選考プロセスだけでなく、あらゆるレベルの採用プロセスでも、研究成果や学問分野への影響力だけでなく、大学で行なってきた教育や卒業生の指導の質、大学や学術界、外部コミュニティへのサービスなど、候補者の貢献のあらゆる側面を評価したいと考えています。

また、学者・研究者の疑わしい行動を目撃したときに受け身の傍観者にならないように、訓練することにも焦点を当てます。

私たちは、誰が悪者なのかを知っていながら、状況を是正する積極的な行動を控えることがあまりにも多いです。

ニコラス・ロウが提案する不正行為者の登録制度については、法的には複雑で、不正行為者と特定された学者・研究者に取り返しのつかない損害を与え、更生の可能性を破壊し、代替のキャリアパスを閉ざすことになります。

大学が学者・研究者を教員に採用する最終段階で、候補者(求職者)の現在または過去の雇用主に、候補者(求職者)の不正行為の前歴を問い合わせる仕組みを正式に確立した方がよいと思います。

この時、候補者(求職者)がその問い合わせを許可しない場合、不正行為の前歴がある候補者と同様に、失格としましょう。

●9.【白楽の感想】

《1》英国の大学 

本文で以下のように書いた。

例えば、英国の大学教員は、日常的に契約時間のほぼ2倍も働いている。しかも、半数以上にうつ病の兆候が見られている。

英国の大学教員の32%がいじめの被害を経験していて、約39%が性不正の被害を経験、または目撃した経験がある。女性学生の5人に1人が大学で性的暴行の被害に遭っている。

大学が金融犯罪を助長し、大学教員の8人に1人がネカトを目撃し、学生の6人に1人がカンニングしている。

日本と比べて、英国の大学は、労働時間、うつ病、いじめ、性不正、その他、めちゃヒドクないですか?

そして、それが改善されない。これも、めちゃヒドクないですか?

もっとも、日本の大学での、労働時間、うつ病、いじめ、性不正、その他の正確なデータ、白楽は調べてないけど、あるんですかね?

ないとすると、めちゃ、めちゃ、めちゃヒドクないですか?

《2》無知 

著者のジム・ニセル(Jim Nicell)は研究不正・性不正・アカハラの実態を知らない、と強く感じた。

ジム・ニセルが提案していることで、事態が好転するとは、とても思えない。

研究不正・性不正・アカハラに対する規制の強化、処罰の強化、に反対する人々の共通点は、ジム・ニセルを含め、研究不正・性不正・アカハラの実態を知らないことだ、と白楽はさらに強く確認した気分になった。

ジム・ニセルは、数十年来行なってきたネカト教育・研修などなどの対策が、研究不正の防止に効果がなかったということも知らない。効果がないと言い切ると若干問題があるので、言い換えると、効果はある(だろう)けど、少しであって、全く十分ではない(なかった)。

ジム・ニセルは、なぜ実態を知らないかと言えば、彼と彼の知り合いの研究者は、研究不正・性不正・アカハラをしないし、誠実で、学問に献身的である。

それで、そもそも、問題意識が生まれない。

学術界はそういう感覚の研究者が大半で、それは悪いことではないのだが、ジム・ニセルのように、その感覚で、研究不正・性不正・アカハラ問題に対処しようとする。

例えば、ジム・ニセルは、規制を強化すると、「論争となる研究テーマや型破りなアイデアを避けるようになる」と主張しているが、実際の研究不正は、そのようなレベルで起こっていない。

研究不正の規制を強化しても「論争となる研究テーマや型破りなアイデアを避けるよう」にはならない。なぜなら、研究不正とそれらは全く別物だからだ。

研究不正は「自分が得するために、研究がらみで他人を意図的にダマす行為」で、悪質さは明白である。

このような無知な教授は現状を肯定するだけで、彼に、研究不正・性不正・アカハラの問題の対処法を質問してはいけない。

日本も、そして世界も、大半の大学教授はジム・ニセルのように研究不正・性不正・アカハラの実態に無知で、その無知なまま、悪気はなく、研究不正・性不正・アカハラに対処しようとしている。

そして、実際に自分の直下や周辺で不祥事が起こると、ビックリして、保身に走り、隠蔽・脅迫の方向になる。だから、一向に事態が改善されない。

ーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少する。科学技術は衰退し、国・社会を動かす人間の質が劣化してしまった。回帰するには、科学技術と教育を基幹にし、堅実・健全で成熟した人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させる。
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●10.【コメント】

注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
1 コメント
Inline Feedbacks
View all comments
フォスター
フォスター
2024年10月20日 6:16 PM

二セル氏の原文を読みましたが、20~30年前にタイムスリップしたかの様な印象を受けました。

記事に対して、ニコラス・ロウ氏が「アカデミアは長い間、自主的なガイドラインというアメを与えられ、一般社会ならムチで対処される事を忘れている」と指摘しています。
私も同様に、二セル氏が記事で述べた通りに研究不正の対策が行われた結果が、現在の不正の隠蔽や告発者への報復に繋がっていると感じております。

二セル氏の理想とは裏腹に、デンマークやスウェーデンでは第三者機関による不正調査が行われておりますが、これに対する二セル氏の見解があれば、より深掘りされた面白い記事になったであろうと思います。