ワンポイント:学長の研究ネカト疑惑で、撤回論文はあるが2015年8月、調査委員会は無罪とした
【追記】
・2020年2月1日の記事:Top geneticist ‘should resign’ over his team’s laboratory fraud | Education | The Guardian
・2020年1月25日の記事:UCL Knew Of Problems In David Latchman’s Lab Years Before Fraud Probe
・2019年7月1日の記事:①:David Latchman Of University College London Oversaw Lab That Carried Out Widespread Data Fraud、②:University Releases Reports from Investigation of Prominent Geneticist | The Scientist Magazine®
・2019年7月1日の大学調査報告書:UCL-FOIA-Latchman-Lab-Investigations.pdf
・2018年12月5日の記事にネカト無罪とある:Birkbeck master cleared of misconduct after latest retraction | Times Higher Education (THE)
・2017年1月3日の「Guardian」記事に再調査とある: Top UK geneticist faces new inquiry over claims of research misconduct | Education | The Guardian
●【概略】
デイヴィッド・ラッチマン(David Latchman、写真出典)は、英国・ロンドン大学のバークベック・カレッジ(Birkbeck, University of London)・学長・教授で、専門は遺伝学である。
2014年(58歳)、「パブピア(PubPeer)」で研究ネカトが指摘された。
2015年(59歳)、1月に論文1報が撤回され、3月にもう1報が撤回された。
2015年8月(59歳)、ロンドン大学・調査委員会は、犯人を特定しないで、ラッチマンを無罪とした。で、誰が犯人?
英国・ロンドン大学のバークベック・カレッジ(Birkbeck, University of London)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 研究博士号(PhD)取得:英国・ケンブリッジ大学
- 男女:男性
- 生年月日:1956年。仮に、1956年1月1日とする。
- 現在の年齢:68 (+1)歳
- 分野:遺伝学
- 最初の不正疑惑論文発表:2002年(46歳)
- 発覚年:2014年(58歳)
- 発覚時地位:ロンドン大学のバークベック・カレッジ・学長・教授
- 発覚:「パブピア(PubPeer)」の指摘
- 調査:①ロンドン大学・調査委員会
- 不正疑惑:ねつ造・改ざん。主犯はラッチマンではなく、複数の研究室員?
- 不正疑惑論文数:約25報(パブピアの指摘)。2報が撤回
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:シロ判定。おとがめなし
●【経歴と経過】
履歴:Master of Birkbeck — Birkbeck, University of London
- 1956年月日:英国で生まれる。仮に、1956年1月1日とする。
- 19xx年(xx歳):英国・ハーバーダッシャー中高校(Haberdashers’ Aske’s Boys’ School)を卒業
- 1978年(22歳):英国・ケンブリッジ大学(Cambridge University)を卒業。遺伝学専攻
- 1981年(25歳):英国・ケンブリッジ大学(Cambridge University)で研究博士号(PhD)取得。博士論文タイトル「Control of Alpha-fetoprotein gene expression in the mouse」
- 1981年(25歳):ロンドン大学のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)で3年間のポスドク。生化学
- 1984年(28歳):ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London:UCL)・生物学科の講師
- 1988年(32歳):ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London:UCL)・生化学科教員。後に、医学分子生物学ユニット長、講師(Reader)
- 1991年(35歳):ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London:UCL)・分子病理学・教授、化学病理学科長
- 1999-2002年(43-46歳歳):ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン・小児研究所長(Dean of the Institute for Child Health)
- 2003年-2015年現在(47歳-現在):ロンドン大学のバークベック・カレッジ(Birkbeck, University of London)・学長
- 2010年(54歳):高等教育への貢献で大英帝国勲章コマンダー(Commander of the Order of the British Empire (CBE))が授与された
- 2014年(58歳):研究ネカトが指摘される
- 2015年8月(59歳):調査委員会が無実と判定した
●【不正発覚の経緯と内容】
最初に結論を書くが、2015年8月26日(58歳)、ロンドン大学の調査委員会は、ラッチマンが「責任を負うべきケースではない(no case to answer)」と判定した。ラッチマンは今までの研究室を維持してよろしい。つまり無罪と宣告した。
ただ、ラッチマン研究室には「留意が必要な手続上の問題(procedural matters)がある」とした。
しかし、「手続上の問題」とは何か? いくつの論文を調査したのか? などについて、調査委員会は答えるつもりはないと、回答を拒否した(David Latchman has ‘no case to answer’ after research misconduct investigation | Times Higher Education)。
最初に結論を書いてしまったが、事件の発端は2014年の「パブピア(PubPeer)」の指摘である。結論が「シロ」なので、事件の内実はほとんど不明である。
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では、最初から。
2014年(58歳)、匿名者が「パブピア(PubPeer)」で、ラッチマンの論文の研究ネカトを指摘した。指摘された問題論文は約25報もあった。以下に4報のデータを示す。内、2報が撤回された。
★「Circulationの 2002年論文」・・・論文撤回なし
- “K(ATP) channel gene expression is induced by urocortin and mediates its cardioprotective effect”
K M Lawrence, A Chanalaris, T Scarabelli, M Hubank, E Pasini, P A Townsend, L Comini, R Ferrari, A Tinker, A Stephanou, R A Knight, D S Latchman
Circulation, 106 (2002)
2014年5月23日、匿名者は、図3のアクチン(Actin)画像を反転すると、図2のアクチン(Actin)画像と同一だと指摘した。出典:パブピアhttps://pubpeer.com/publications/12234964
★「Cell Cycleの 2010年論文」・・・論文撤回なし
- “STAT1 interacts directly with cyclin D1/Cdk4 and mediates cell cycle arrest”
Gloria Dimco, Richard A Knight, David S Latchman, Anastasis Stephanou
Cell Cycle, 9 (2010)
2014年5月23日、匿名者は、図5の画像の一部が図4の画像を加工してねつ造した画像だと指摘した。出典:パブピアhttps://pubpeer.com/publications/21084836
★「J. Biol. Chemの 2002年論文」・・・2015年1月論文撤回
- “Antiapoptotic activity of the free caspase recruitment domain of procaspase-9: a novel endogenous rescue pathway in cell death”
Anastasis Stephanou, Tiziano M Scarabelli, Richard A Knight, David S Latchman
J. Biol. Chem., 277 (2002)
2014年5月23日、匿名者は、図1d の画像の一部は、2001年論文の図2d(Circulation. 2001 Jul 17;104(3):253-6)の画像を加工してねつ造した画像だと指摘した。出典:パブピアhttps://pubpeer.com/publications/11825888
★「J Cell Sci.の 2005年論文」・・・2015年3月論文撤回
- “STAT-1 facilitates the ATM activated checkpoint pathway following DNA damage”
Paul A Townsend, Mark S Cragg, Sean M Davidson, James McCormick, Sean Barry, Kevin M Lawrence, Richard A Knight, Michael Hubank, Phang-Lang Chen, David S Latchman, Anastasis Stephanou
J. Cell. Sci., 118 (2005)
2014年9月3日、匿名者は、図5 の画像の一部(下線)は、同一の画像だと指摘した。この論文には他の画像でも同様な指摘がされた。出典:パブピアhttps://pubpeer.com/publications/15784679
●【論文数と撤回論文】
2015年9月16日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、デイヴィッド・ラッチマン(David Latchman)の論文を「David Latchman[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015年までの14年間の148論文がヒットした。多作である。
デイヴィッド・ラッチマン(David Latchman)の論文を「Latchman DS[Author]」で検索すると、480論文がヒットした。
2015年9月16日現在、以下の2論文が撤回されている。つまり、「J Cell Sci. 2005年論文」が2015年3月に、「J Biol Chem. 2002年論文」が2015年1月に撤回されている。
- STAT-1 facilitates the ATM activated checkpoint pathway following DNA damage.
Townsend PA, Cragg MS, Davidson SM, McCormick J, Barry S, Lawrence KM, Knight RA, Hubank M, Chen PL, Latchman DS, Stephanou A.
J Cell Sci. 2005 Apr 15;118(Pt 8):1629-39. Epub 2005 Mar 22.
Retraction in: J Cell Sci. 2015 Mar 1;128(5):1064. - Antiapoptotic activity of the free caspase recruitment domain of procaspase-9: a novel endogenous rescue pathway in cell death.
Stephanou A, Scarabelli TM, Knight RA, Latchman DS.
J Biol Chem. 2002 Apr 19;277(16):13693-9. Epub 2002 Feb 1.
Retraction in: J Biol Chem. 2015 Jan 16;290(3):1454.
両論文に共通の著者はラッチマン(Latchman DS)の他に「Stephanou A」と「Knight RA」の2人がいる。「Stephanou A」は2001年から2013年までに58報の共著論文があり、「Knight RA」は、2001年から2013年までに38報の共著論文がある。
●【白楽の感想】
《1》学長絡みの研究ネカト
日本でも、東北大学や琉球大学が学長がらみの研究ネカトが指摘され、大きく紛糾している。大学の調査委員会は当該大学が設置するから、学長に有利なことが頻発する。
学長の調査委員会は、日本なら文部科学省が別途の委員会を設置し調査すべきだろう。
《2》クロをシロ
2002年と2005年の論文を2015年に撤回するということは、撤回までの長い間、ラッチマン研究室では、画像を使いまわすねつ造が常態化していたと思われる。
ラッチマン自身は研究ネカトをしていないと判定された。しかし、「パブピア(PubPeer)」に示された画像は明らかにねつ造である。ということは、共著者の誰かがねつ造したということだ。データを出した人をラッチマンは知っているハズだから、誰が、ねつ造者かを知っているハズだ。それでも、その人物をあいまいにしておくのは、学長としていかがなものでしょう。
ラッチマンは英国の著名大学の学長で高等教育界の偉い人である。ねつ造者を知っているハズの学長がその人物を明示しないということは、ヒョッとして、ラッチマン自身がクロで、調査委員会は、クロをシロだと発表したのだろうか。調査委員も調査報告書も公表されていない。裏で、高等教育界の政治抗争・権力闘争が熾烈に行なわれていたのだろうか。
研究ネカト調査では、ねつ造・改ざん・誤魔かし・脅し・供応はつきものだろう。しかし、ラッチマンの場合、発表論文のデータという証拠があるので、「ねつ造・改ざんはありませんでした」では、研究者には通用しない。クロをシロに無理やり上塗りすると、社会システムが歪み、ラッチマン関係者の精神が蝕まれる。
●【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for David Latchman – Retraction Watch at Retraction Watch
② ウィキペディア英語版:David Latchman – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2015年1月27日のポール・ジャンプ(Paul Jump)の「Times Higher Education」記事: David Latchman in investigation into alleged research misconduct | Times Higher Education
④ 2015年8月26日のデイヴィット・マテューズ(David Matthews)の「Times Higher Education」記事:David Latchman has ‘no case to answer’ after research misconduct investigation | Times Higher Education
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。