シーマ・ライ(Seema Rai)(インド)

2022年11月25日掲載 

ワンポイント:ライは現在、インドのグル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学(Guru Ghasidas Vishwavidyalaya)・準教授だが、2007年、イタリアのインサブリア大学(University of Insubria)・ポスドクだった。インドに帰国する時、ポスドク時代のデータは予備的なので論文に発表するなとボスに言われていたのに、インドに帰国した8年後、「2015年7月のJ Clin Cell Immunol」論文に発表した。ポスドク時代のボスだったコセンティーノ教授をは激怒し、論文データの改ざんを指摘した。論文は撤回された。なおこの学術誌は捕食学術誌だった。グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学はネカト調査をしていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

シーマ・ライ(Seema Rai、ORCID iD:?、写真出典)は、インドのグル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学(Guru Ghasidas Vishwavidyalaya)・準教授で、専門は動物学(獣医学)である。

本事件はデータ改ざん事件だが、主たる問題は、共同研究者に無断で予備的なデータを論文発表した行為である。

2007年(35歳)、シーマ・ライはイタリアのインスブリア大学(University of Insubria)のマルコ・コセンティーノ教授(Marco Cosentino)のポスドクとして6か月、研究データを集めた。

インドに帰国する時、集めた研究データは予備的データなので、論文に発表するなとコセンティーノ教授に言われた。

それなのに、インドに帰国した8年後、シーマ・ライを第一著者、コセンティーノ教授を第二著者として「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文を発表した。

コセンティーノ教授は激怒した。

コセンティーノ教授は、論文データに改ざんがあると学術誌・編集長に通報し、スッタモンダの末、論文は2015年8月1日に撤回された。シーマ・ライは撤回に同意していない。

グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学はネカト調査をしていない。

グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学(Guru Ghasidas Vishwavidyalaya)・動物学科。出典は以下の動画

以下は、グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学(Guru Ghasidas Vishwavidyalaya)のキャンパス案内動画

  • 国:インド
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:バナラスヒンドゥー大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:1972年8月7日
  • 現在の年齢:52歳
  • 分野:動物学
  • 不正論文発表:2015年(43歳)
  • 発覚年:2015年(43歳)
  • 発覚時地位:グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学・準教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はイタリア・ポスドク時代のボスであるインスブリア大学(University of Insubria)のマルコ・コセンティーノ教授(Marco Cosentino)
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学はネカト調査をしていない(推定)
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。グル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学はネカト調査していない(推定)
  • 大学の透明性:調査していない(推定)、発表なし(✖)
  • 不正:共同研究者に無断でデータ発表。著者在順。データ改ざん
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Dr_Seema_Rai_Zoology_8.11.2019.pdf

  • 1972年8月7日:インドで生まれる
  • xxxx年(xx歳):インドのパトナ大学(Patna University)で学士号取得
  • 2004年(32歳):インドのバナラスヒンドゥー大学(Banaras Hindu University)で研究博士号(PhD)を取得:動物学
  • 2007年(35歳):イタリアのインスブリア大学(University of Insubria)・マルコ・コセンティーノ教授(Marco Cosentino)研究室でポスドク。半年間
  • 2009年(37歳):インドのグル・ガサイダス・ヴィシュワヴィディヤラヤ大学(Guru Ghasidas Vishwavidyalaya)・助教授
  • 2013年(41歳):同大学・準教授
  • 2015年7月(43歳):後で問題視される「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文を発表
  • 2015年9月(43歳):不正が発覚
  • 2015年(43歳):上記論文が撤回
  • 2022年11月24日(50歳)現在:大学・準教授を維持:Department of Zoology | People

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
講義の動画:「Lecture – Dr. Seema Rai , Associate Professor, Zoology Deptt. – YouTube」(英語)14分36秒。
Central University(チャンネル登録者数 38人)が2019/10/03に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★発覚の経緯

2007年、シーマ・ライ(Seema Rai)はイタリアのインスブリア大学(University of Insubria)のマルコ・コセンティーノ教授(Marco Cosentino、写真出典)の研究室にポスドクとして滞在し、6か月間、研究データを集めた。

イタリアを去る時、コセンティーノ教授はシーマ・ライにデータは予備的なので、論文に出版しないようにと伝えた。

ところが、シーマ・ライはインドに帰国した8年後の2015年、シーマ・ライを第一著者、コセンティーノ教授を第二著者として「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文を発表した。

★論文撤回騒動

2015年9月xx日(43歳)、コセンティーノ教授はいつものようにグーグルで自分の研究分野の論文検索していた。すると、自分が第二著者になっているシーマ・ライの「2015年7月のJ Clin Cell Immunol」論文を見つけた。

とても驚いた。

自分が知らないうちに著者になっていたのだ。

しかも、データは予備的なので、論文に出版しないように伝えていたデータである。

コセンティーノ教授は、翌日、学術誌のチャールズ・マレマッド編集長(Charles Malemud、米国のケース・ウェスタン・リザーブ大学・教授、写真出典)に次のメールを送付し、論文著者から自分の名前を削除するよう依頼した。

この論文で使用されているデータは、2007年にシーマ・ライ博士がイタリアのインスブリア大学の私の研究室に、客員研究員として滞在し、私の研究室で収集したものです。しかし、私に無断で、私の許可なしに論文データとして発表しています。ライ博士との以前の議論で、私の意見は、データは決定的ではなく、再実験してデータの正しさを確認する必要があるというものでした。従って、ライ博士は、現在の形での出版に、私が同意しないことを十分承知していました。

実際、 私はこの原稿のことをまったく知りませんでした。原稿が投稿され、論文として出版されたことを、今になってウェブで初めて知りました。当然ながら、原稿のテキストを修正する機会はありませんでした。そもそも、私は投稿を承認していません。私はその論文の責任を負うことに同意しておりません。データの正確さと研究公正に大きな問題があります。

2015年10月xx日(43歳)、コセンティーノ教授はマレマッド編集長と数回のメールのやり取りの後、コセンティーノ教授の名前を著者から削除するのではなく、結局、論文を撤回するという結論に、2人は至った。

しかし、シーマ・ライは論文撤回に反対し続けた。

「撤回監視(Retraction Watch)」が問い合わせると、シーマ・ライは次のように答えた。

インドに戻った後、私はコセンティーノ教授に、少なくとも成功裏に実験できた部分のデータについて、論文に発表したいと伝えました。しかし、5回も再実験したデータでさえ、コセンティーノ教授は論文発表レベルには達していないと否定していたのです。

マレマッド編集長がなかなか公式に論文を撤回しないので、コセンティーノ教授はマレマッド編集長をせかした。

そうこうしている内に、シーマ・ライは、コセンティーノ教授を共著者としない新しい論文原稿を同じ学術誌「J Clin Cell Immunol」に投稿した。

2016年6月30日の「撤回監視(Retraction Watch)」の記事では、マレマッド編集長は編集委員会で、新しく投稿されたこの原稿をどうするか検討中だとのことだ。

2022年11月24日現在、それから6年後、この件はどうなっているか?

わかりません。

白楽がわからない理由の1つは、学術誌「J Clin Cell Immunol」は捕食学術誌で、信頼のおけるデータベースに索引付けされていない。それで、論文の動向がつかめない。

なお、撤回監視データベースによると、最初に問題視されたシーマ・ライの「2015年7月のJ Clin Cell Immunol」論文は2015年8月1日に撤回されていた。

しかし、これは、経過年月上に矛盾がある。

上記したように、撤回は、その3か月後の2015年10月xx日に決まった。従って、「2015年8月1日に撤回」はあり得ない。学術誌が撤回した実際の年月は2015年10月以降のハズだ。

一般的に学術誌の実際の出版日と表記上の出版日が大きくズレることは良くある。

推定だが、論文撤回を告知する号は、実際は、2015年10月以降に出版した。その号の表記上の出版日を数か月前の 2015年8月1日にした。あるいは、「撤回監視(Retraction Watch)」または撤回監視データベースが単に年月日の数字を間違えたか。

【改ざんの具体例】

★「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文

「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文の書誌情報を以下に示す。2015年8月1日に撤回された。

データ改ざん箇所を「撤回監視(Retraction Watch)」のコメント欄にコセンティーノ教授が、以下のように示している。

5頁の図の実験の繰り返し回数は5回となっているが、元データでは1回である。従って、データの再現性があるかどうか不明である。

[白楽注:図番号がないので、どの図か不明]

6~7頁の図5a~c、図6a~c も実験の繰り返し回数は5回となっているが、元データでは2~3回である。従って、データの再現性があるかどうか不明である。

以下に図5a~cを示す(図の出典:原著論文)。

図6a~cは上記の図5a~cと似た棒グラフである。

他にもあるが省略した。

論文の全図を以下に示す(図の出典:原著論文)。

データは折れ線グラフと棒グラフなので、著者が数値を操作するのは容易である。実験繰り返し回数が1回なのか5回なのか、論文に発表された図からは判別できない。

改ざんデータでも、折れ線グラフと棒グラフだと、第三者がデータの信頼性を疑う余地はほとんどない。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2022年11月24日現在、パブメド(PubMed)で、シーマ・ライ(Seema Rai)の論文を「Seema Rai[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2022年の19年間の30論文がヒットした。

この30論文に、学術誌「J Clin Cell Immunol」の論文は入っていない。学術誌「J Clin Cell Immunol」は捕食学術誌なので、信頼のおけるデータベース「パブメド(PubMed)」に索引付けされていないからである。

2022年11月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2022年11月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでシーマ・ライ(Seema Rai)を「Seema Rai」で検索すると、本記事で問題にした「2015年7月のJ Clin Cell Immunol 」論文・ 1論文が2015年8月1日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2022年11月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、シーマ・ライ(Seema Rai)の論文のコメントを「Seema Rai」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》無許可のデータ発表 

ポスドクで過ごした時のデータは在籍した大学(または研究室)の所有物で、ポスドクの所有物ではない。

シーマ・ライ(Seema Rai)のようにイタリアのポスドク時代のデータを、ボスだったコセンティーノ教授の許可を得ずに論文発表したのは規範違反である。それをデータの「盗用」と呼んでいいのかどうか、ハッキリしない。

ボスの了承を得ないでデータを発表することは、かつて白楽の隣の研究室でも起こった。この規範違反は、実は、世界中の研究室で高頻度に起こっていると思う。

規範無知と人間関係のもつれが主たる原因だが、正式な不正や法律違反でもないし、あまり表に出てこない。

なんらかの対策があるのだろうか?

《2》ポスドクのデータ盗用

ポスドクのデータ盗用は実態がつかみにくい。

白楽が米国の、NIH/国立がん研究所(NIH/National Cancer Institute、通称NCI)・分子生物部のポスドクだった時のことを思い出した。

NCI・分子生物部は、総勢100人近い大きな研究グループで、当時、日本人ポスドクが7~8人ほどいた。

その内の1人が日本の国立大学・助教授に就任するということで、日本に帰国した。

帰国数か月後、日本の大学だけを所属とした単著(?)の「Nature」か「Cell」の論文を発表した。

米国で一緒だった日本人ポスドクたちは、「あいつは、NIH/国立がん研究所・ポスドク時代のデータをボスに報告せず、黙って日本に持ち帰り、日本の大学からの研究成果として発表した」と噂した。

白楽もそうだと思った。

日本に帰国後、新しい研究室を立ちあげ、1~2か月以内に「Nature」「Cell」クラスのデータを完成することは、ほぼ不可能である。

ポスドク時代のデータをボスに黙って持ち帰るケースは、実際のところ、結構あるのではないだろうか?

外国からきたポスドクが母国に帰国する時だけでなく、米国人が米国内で新しい研究職を得られる予定は、数か月前にわかる。

自分が新しく主宰する研究室で、たくさんの研究成果を挙げたい。それで、移籍の数か月前から持ち去るデータを計画的に集め始める。

この問題は、ポスドク全員がしそうな不正なのだが、問題はほとんど表面化していない。イヤイヤ、ポスドクだけではない。移籍予定の多くの研究者がしそうな不正である。

世界的にどうなっているのか、白楽は把握できていない。

シーマ・ライ(Seema Rai)事件とは少し異なるが、合わせて考えたい。

シーマ・ライ(Seema Rai)。写真出典

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●9.【主要情報源】

① 2016年6月30日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Unwitting co-author requests retraction of melatonin paper – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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