マルコム・ピアース(Malcolm Pearce)(英)

西暦2000年以前の事件は、15年以上前の事件であり、研究環境が現在とソコソコ異なり、あまり参考にならないと考えた。

また、2000年以前の事件は、インターネット、デジカメ、動画などの事情が、現在と大きく異なる。情報量が少なく、事件をしみじみ理解しにくいかもしれない。

それで、今まで取り上げなかったが、事件の本質は同じだろう。

【概略】
日本学術会議会長・金澤一郎が2009年7月3日の講演で述べている。

1990 年代にマルコム・ピアースという人が、子宮外着床の受精卵を子宮に着床させる臨床研究の論文を書いたわけですが、2年後に若いお医者さんが、対象になった患者さんがいないことに気が付いて告発しました。一旦、目を付けられますと名前を載っている論文が全部調べられます。その結果、共著者のジョフリー・チェンバレンという人が、自分はその論文に関係していなかったということまで言ってしまうわけです。(2009年7月3日 www.scj.go.jp/ja/head/img/090703-kaityou.pdf

141103 Malcolm Pearceマルコム・ピアース(Malcolm Pearce)は英国・ロンドンの名門・セント・ジョージ医科大学(St George’s Hospital Medical School)・上級講師で産科医師である。データねつ造が発覚するまでの経歴は非の打ちどころがないエリートだった。写真出典

1994年、同年に出版した論文のデータねつ造が発覚した。

  • 国:英国
  • 成長国:
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。以下、1957年1月1日生まれとした年齢を(?)付で入れた
  • 現在の年齢:60歳?
  • 分野:産科学
  • 最初の不正論文発表:1994年8月(37歳?)
  • 発覚年:1994年(37歳?)
  • 発覚時地位:セント・ジョージ医科大学・上級講師、医師
  • 発覚:内部公益通報
  • 調査:セント・ジョージ医科大学・調査委員会。期間は1994年11月~1995年6月の9か月
  • 不正:データねつ造
  • 不正論文数:4論文撤回
  • 時期:研究キャリアの初期から?
  • 結末:大学は解雇。医師免許取り消し

★主要情報源:
① 1998年8月9日のロジャー・ドブソン(Roger Dobson)の「The Independent」記事: SCIENCE: DOCTORING THE EVIDENCE – Arts and Entertainment – The Independent
② Richard Smith:Research misconduct: the poisoning of the well、J R Soc Med. May 2006; 99(5): 232–237. doi: 10.1258/jrsm.99.5.232
③ 英国公文書館に資料あるようだ。インターネットでアクセスできない AIM25 collection description

【経歴】

  • 19xx年x月x日:以下、1957年1月1日生まれとした年齢を(?)付で入れた
  • 19xx年(xx歳):xx大学医学部で産科学を学び卒業。医師免許
  • 1988年(31歳?):キングス・カレッジ病院で論文出版.
  • 1988年(31歳?):セント・ジョージ医科大学で最初の論文出版.
  • 19xx年(xx歳):セント・ジョージ医科大学・上級講師.
  • 1994年(37歳?)8月:問題の論文出版
  • 1995年(38歳?)6月:セント・ジョージ医科大学・解雇
  • 19xx年(xx歳):医師免許取り消し

HOSPITAL RAPE VICTIMセント・ジョージ病院 写真出典

【不正発覚の経緯】

1994年8月 マルコム・ピアースは以下の2つの論文を発表した。

  1. Pearce JM, Manyonda IT, Chamberlain GVP.
    Term delivery after intrauterine relocation of an ectopic pregnancy.
    Br J Obs Gynaecol 1994;101: 716-7 [PubMed]
  2. Pearce JM, Hamid RI.
    Randmised controlled trial of the use of human chorionic gonadotrophin in recurrent miscarriage associated with polycystic ovaries.
    Br J Obs Gynaecol 1994;101: 685-8 [PubMed]

第1の論文は、29歳のアフリカ系女性が子宮外妊娠をしたので、受精卵を子宮に移動させ、無事に出産させたという臨床例の論文である。産科医は、この方法を何年も探していたので、もし本当なら大発見ということで、世界の注目を集めた。

第2の論文は、流産しがちな191人の女性患者を対象にした3年間に及ぶ二重盲検試験で、患者の半数に絨毛性ゴナドトロピン(chorionic gonadotrophin、ホルモン薬)を投与し、残りの半数にプラセボ(偽薬)を投与した。その結果、絨毛性ゴナドトロピンを投与した女性群は流産の再発が抑えられ、多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome)だった女性の出産も改善したと結論した。

ところが、論文発表直後の1994年8月 病院内の公益通報者から、第1論文の患者は架空で実在していない、第2論文の191人の女性患者の多嚢胞性卵巣症患者も実在するかどうか疑問だと指摘された。

1994年11月 セント・ジョージ医科大学は調査委員会を設け、調査を開始した。

1995年6月 セント・ジョージ医科大学・調査委員会は、ピアースがデータねつ造をしたと認定した。ピアースは解雇され、医療監察委員会(General Medical Council)に報告された。

【撤回論文】
パブメドで検索すると、マルコム・ピアース(Malcolm Pearce)はセント・ジョージ医科大学で1988年~1994年の7年間に21論文発表している。

2014年11月2日現在で以下の4論文(1994年)が撤回されている。

  1. Term delivery after intrauterine relocation of an ectopic pregnancy.
    Pearce JM, Manyonda IT, Chamberlain GV.
    Br J Obstet Gynaecol. 1994 Aug;101(8):716-7.
    Retraction in: Br J Obstet Gynaecol. 1995 Nov;102(11):853.
  2. Randomised controlled trial of the use of human chorionic gonadotrophin in recurrent miscarriage associated with polycystic ovaries.
    Pearce JM, Hamid RI.
    Br J Obstet Gynaecol. 1994 Aug;101(8):685-8.
    Retraction in: Br J Obstet Gynaecol. 1995 Nov;102(11):853.

  3. Low dose aspirin in women with raised maternal serum alpha-fetoprotein and abnormal Doppler waveform patterns from the uteroplacental circulation.
    Hamid R, Robson M, Pearce JM.
    Br J Obstet Gynaecol. 1994 Jun;101(6):481-4.
    Retraction in: Br J Obstet Gynaecol. 1995 Nov;102(11):853.

  4. Doppler ultrasound of the uteroplacental circulation in the prediction of pregnancy outcome in women with raised maternal serum alpha-fetoprotein.
    Robson M, Hamid R, McParland P, Pearce JM.
    Br J Obstet Gynaecol. 1994 Jun;101(6):477-80.
    Retraction in: Br J Obstet Gynaecol. 1995 Nov;102(11):853.

【関連事件:贈与著者】

141103 Geoffrey Chamberlainジョフリー・チェンバレン(Geoffrey Chamberlain)はマルコム・ピアースの上司で、産科学の超音波診断で世界的に有名な医師である。チェンバレンはセント・ジョージ医科大学・産科学科長で、マルコム・ピアースのデータねつ造論文が出版された「British Journal of Obstetrics and Gynaecology」誌の編集長だった。写真

そして、ピアースのねつ造論文の1つの最終著者になっていた。

それで、チェンバレンの責任が問われた。チェンバレンは、ナント、「自分は全くこの研究に関与していない」とのたまわったのである。それで、研究に貢献していないのに著者になる「贈与著者(gift authorship)」の問題が明るみにでてきた。

話がずれるので、この問題はここでやめる。

【白楽の感想】

《1》 詳細が不明

マルコム・ピアース(Malcolm Pearce)事件は詳細が不明である。資料はロンドンの公文書館に保存されているようだが、インターネットでは閲覧不能である。

事件の詳細が不明だと、「どんな人が、どの状況で、どうして?」がわからない。

研究界は、マルコム・ピアース事件の関連として「贈与著者(gift authorship)」問題を学んだようだが、マルコム・ピアース事件そのもの核心を学んでこなかった。論文に「架空の患者」を記載したねつ造事件は、その後も発生している。