2016年6月25日以前に掲載、2026年9月29日(火)更新
ねつ造・改ざんで米国の研究公正局から5年間締め出し処分を受け、コロンビア大学は2011年3月にシゼンの博士号を正式に取り消したが、事件後、母国のトルコで研究者を続けた少数例。分野は化学だが研究公正局が扱ったので生命科学枠に書いた。
※本記事は、白楽ロックビル氏による旧稿を土台に、その後判明した情報(本人のその後の経歴を含む)を加えて全面的に書き改めたものである。
目次
1.【概略】
ベング・シゼン(Bengü Sezen、Bengu Sezen、ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)、トルコ出身、推定1977年頃生まれ、写真出典)は、米国コロンビア大学(Columbia University)化学科の大学院生として、指導教員ダリボア・サメス(Dalibor Sames)準教授(当時)のもとで、炭素-水素結合(C-H結合)を選択的に活性化・官能基化するという、有機合成化学の分野できわめて注目度の高い手法を開発したと主張した。
この成果は2002年から2005年にかけて『Journal of the American Chemical Society(JACS)』や『Organic Letters』など一流誌に相次いで発表され、シゼンは2005年10月、優等(with distinction)でコロンビア大学の化学博士号を取得した。
しかし実際には、この輝かしい研究成果のほとんどがねつ造・改ざん・盗用による虚構であった。
シゼンは核磁気共鳴(NMR)スペクトルを切り貼りして合成し、白色修正液(ホワイト)でピークを消し、存在しない元素分析結果を捏造し、さらに調査に対しては実在しない支持者・組織まで作り上げて自己弁護を試みた。
コロンビア大学の調査委員会と米国の研究公正局(Office of Research Integrity, ORI)は、少なくとも3本の論文と学位論文において、合計21件の研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)を認定した。この結果、コロンビア大学は2011年3月にシゼンの博士号を正式に取り消し、研究公正局は同年、5年間の連邦研究資金からの排除(debarment)などの行政処分を科した。
研究公正局の案件になったので、本ブログでは「生命科学」枠で扱ったが、分野は化学なので、「研究者の事件一覧(世界:自然科学・工学)」の一覧表にもリストした。
シゼン事件で注目すべきは、このスキャンダルが表面化する前に、シゼンは、米国のコロンビア大学を去り、ドイツのハイデルベルク大学(University of Heidelberg)で分子生物学の第二の博士号を2009年に取得していた点である。
さらに、その後トルコに帰国し、現在は「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)」という姓(結婚後の姓とみられる)で、ゲブゼ工科大学(Gebze Technical University、トルコ)バイオ工学科の準教授(Doç. Dr.)として研究・教育活動を継続していることである。
同大学の教員紹介ページでは、学歴として中東工科大学(METU/ODTÜ)での学士(1999年)・修士(2000年)、ハイデルベルク大学での博士(2009年)のみが記載され、コロンビア大学での博士号取得歴(および、その取り消し)については一切触れられていない。
本件は、研究不正を犯した研究者が、被害を受けた研究分野(化学)を離れて隣接分野(生物工学)で経歴を「洗浄」し、学術界に復帰し得ることを示す典型例としても注目される。
2.【学歴・職歴・研究不正歴】
※シゼン(現エルギュデン)の正確な生年月日は公表されていない。以下の年齢は、1999年に学士号(22歳前後で取得するのが一般的)を取得したと仮定し、1977年頃の生まれと推定して算出した、あくまで目安の年齢である。
- 1977年頃(推定0歳):トルコで出生(推定)。
- 1999年(推定22歳):トルコの中東工科大学(Orta Doğu Teknik Üniversitesi, METU/ODTÜ)で学士号取得。
- 2000年(推定23歳):同大学で修士号取得。
- 2000年8月(推定23歳):米国コロンビア大学化学科の博士課程に入学。
- 2000年12月(推定23歳):ダリボア・サメス準教授(当時は助教授)の研究室に配属。
- 2002年(推定25歳):JACSに最初の(後に不正と認定される)論文を発表。同年、サメス研究室内外から実験結果の再現性を疑う声が上がり始める。
- 2004年(推定27歳):JACSに単著筆頭著者論文を発表(後に撤回)。
- 2005年(推定28歳):JACSに複数の論文を発表(後に撤回)。7月1日、化学博士論文の口頭試問(ディフェンス)に合格。同月、研究室内の同僚が不正を確認するための「おとり実験」を計画・実施し、シゼンによる人為的な操作の初めての直接証拠を得る。10月19日、優等(with distinction)で化学博士(Ph.D.)の学位を取得。
- 2005年11月7日(推定28歳):コロンビア大学が2004年のJACS論文におけるデータねつ造を指摘する内部文書を作成し、3名からなる「予備調査委員会(Inquiry Committee)」を設置。
- 2006年2月16日(推定29歳):予備調査委員会が、シゼンの不正・ねつ造の明確な証拠があるとの報告を大学院長に提出。
- 2006年3月(推定29歳):サメスが、シゼンとの共著JACS論文2本と、別の1本の一部を撤回。
- 2006年6月(推定29歳):サメスが、JACSおよびOrganic Lettersに掲載されたシゼンとの共著論文をさらに4本撤回。
- 2006年8月~2007年2月(推定29~30歳):コロンビア大学が任命した調査委員会による本格的な本調査(investigation)が実施される。この間、シゼンはドイツで、電子メールや電話に応答しない、対面での面談を避ける、実在しない支持者や代理人を使うなど、調査を回避する行動を取り続けた。
- 2007年1月(推定30歳):シゼンが著者に含まれない論文についても、彼女の撤回済み手法を引用していた部分が訂正され、通算8件目の(部分)撤回となる。
- 2007年頃(推定30歳):本調査完了。ドイツのハイデルベルク大学、エルマー・シーベル(Elmar Schiebel)研究室で分子生物学の博士課程に在籍していたことが判明。
- 2009年8月18日(推定32歳):ハイデルベルク大学より分子生物学の博士号(第二の博士号)を取得。
- 2010年11月4日(推定33歳):米国研究公正局(ORI)が、21件の研究不正(ねつ造・改ざん・1件の盗用)の認定を発表。5年間の連邦資金利用資格停止(debarment)等の行政処分を科す。
- 2011年3月(推定34歳):コロンビア大学理事会が、シゼンの化学博士号を正式に取り消す(rescind)決定を行う。
- 2011年7月(推定34歳):ORIが情報公開請求(FOIA)に応じ、コロンビア大学の調査報告書と自らのオーバーサイト分析報告書の墨消し版を公開。C&ENなど複数のメディアがその内容を詳細に報道。
- 2012年1月頃(推定35歳):トルコのゲブゼ工科大学(当時ゲブゼ高等技術大学、Gebze Yüksek Teknoloji Enstitüsü)工学部バイオ工学科の助教(yardımcı doçent)に着任したとされる(トルコ語圏の掲示板情報による)。
- 2020年代(推定40代半ば):「ベング・エルギュデン(Bengü Ergüden)」名義で、ゲブゼ工科大学バイオ工学科の準教授(Doç. Dr.)として活動。抗菌・抗真菌化合物やナノ粒子に関する論文を国際誌(Archives of Microbiology、ChemistrySelect、Journal of Nanomaterials等)に継続的に発表している。
- 2023年(推定46歳):同学科の大学院プログラム(修士・博士)のコーディネーターの一人を務めていることが大学公式サイトで確認できる。
- 2024年(推定47歳):複数の共著論文を発表(Journal of Nanomaterials誌、Archives of Microbiology誌等)。研究者としての活動を継続中。
3.【発覚・調査の経緯】
《1》研究人生
シゼンはトルコ出身で、トルコの名門理工系大学である中東工科大学(METU/ODTÜ)で学士号・修士号を取得した後、2000年8月に米国コロンビア大学の化学科博士課程に入学した。同年12月、当時助教授(assistant professor)だったダリボア・サメス(Dalibor Sames、チェコ出身)の研究室に配属され、2003年にサメスがコロンビア大学で終身在職権(テニュア)を得るまでの間、その中心的な博士課程学生として研究に従事した。
シゼンが取り組んだテーマは、パラジウム触媒などを用いてC-H結合(炭素-水素結合)を選択的に活性化・官能基化するという手法の開発であり、これは医薬品合成をはじめとする有機合成化学全般に応用可能な、当時きわめて注目度の高い研究領域であった。シゼンは2002年から2005年にかけて、この分野の研究成果をJACSやOrganic Lettersに相次いで発表し、筆頭著者として少なくとも6本の論文を執筆した。指導教員サメスの研究資金は、米国国立衛生研究所(NIH)傘下の国立総合医科学研究所(NIGMS)からの研究費(グラント番号R01 GM60326)であり、2001年から2006年(延長分を含む)にかけて総額でおよそ125万米ドルが交付されていたことが、後の情報公開によって明らかになっている。
2005年7月1日、シゼンは化学博士論文の口頭試問に合格し、同年10月19日、優等(with distinction)でコロンビア大学より化学博士(Ph.D.)の学位を授与された。しかし、この学位授与の直前・直後の時期に、研究室内部では既にシゼンの実験結果の再現性をめぐる深刻な疑念が生じていた。学位取得後、シゼンはコロンビア大学を離れ、ドイツのハイデルベルク大学に移り、分子生物学者エルマー・シーベル(Elmar Schiebel)の研究室で、今度は分子生物学分野の博士課程に進んだ。つまり、コロンビア大学がシゼンの化学分野での不正調査に本格的に着手した時点(2006年以降)では、シゼンは既に米国を離れ、ドイツで新たな博士号取得を目指していたことになる。
研究不正が発覚した当時のシゼンの所属・地位は「コロンビア大学化学科・元大学院生(博士号取得済み)」であり、調査が本格化した時点では既に「ドイツ・ハイデルベルク大学・博士課程学生」という異なる身分に移行していた。なお、コロンビア大学在籍中、シゼンは米国スタンフォード大学のチャイタン・コースラ(Chaitan Khosla)研究室に博士研究員として採用が内定していたが、コロンビア大学の調査を理由に、その着任は無期限に延期されたと報じられている。
受賞歴については、公開情報からは確認できなかった(学位論文が「優等(with distinction)」の評価を受けたこと以外、特筆すべき受賞の記録は見当たらない)。
《2》研究不正発覚と調査
シゼンの研究に対する疑念は、彼女がサメス研究室に加わってわずか2年後の2002年には、既に研究室の内外から上がっていた。特に、シゼンが不在のときには、他の研究室メンバーが同じ手順で実験を行っても、彼女が報告したような反応がまったく進行しないという指摘が繰り返しなされていた。
決定的な証拠が得られたのは2005年7月のことである。疑念を強めたある研究室メンバーが、自分の実験フード内で秘密裏に「おとり実験」を計画した。通常の出発物質(イミダゾール)を用いた反応と、それに近縁だが異なる誘導体(N-メチルイミダゾール)を用いた反応を並行して仕込み、双方からシゼンの手法どおりの生成物が得られるかどうかを検証したのである。その結果、両方の反応から同一の生成物(フェニルイミダゾール)が検出された。これは、reaction自体が試薬の違いに関わらず「同じ結果」を示したことを意味し、何者か(シゼン)が反応液に人為的に生成物を添加していた可能性を強く示唆するものであった。翌日、別の研究室メンバー立ち会いのもとで同じ実験を正しい試薬のみで再現したところ、今度は生成物がまったく検出されず、この疑惑はほぼ確定的なものとなった。
2005年11月7日、コロンビア大学は2004年発表のJACS論文に含まれるデータのねつ造を指摘する内部文書を作成し、3名からなる「予備調査委員会(Inquiry Committee)」を設置した。同委員会は2006年2月16日、大学院長(Graduate School of Arts & Sciences学部長)に対し、シゼンの不正行為を裏付ける明確な証拠があると報告した。これを受けて、指導教員サメスは2006年3月、シゼンとの共著JACS論文2本とその他1本の一部を撤回し、同年6月にはさらに4本(JACSおよびOrganic Letters掲載分)を撤回した。2007年1月には、シゼンが著者に含まれない別の論文についても、彼女の撤回済み手法を参照していた記述が訂正され、これが通算8件目の(部分)撤回となった。
2006年8月から2007年2月にかけて、コロンビア大学が任命した調査委員会による正式な本調査(formal investigation)が行われた。しかし、この間シゼンは一貫して非協力的な態度を取り続けた。当初は自らの研究を積極的に擁護していたが、証拠が積み上がるにつれ、電子メールや電話への応答を避け、対面での面談のための口実を重ね、欧州側の大学法律顧問に送付された文書の確認を拒み、さらには実在しない支持者や代理人を名乗る人物からの連絡(後にハイデルベルク大学のコンピューターや彼女自身のパソコンから発信されたものと判明)を調査委員会に対して提示するなど、調査を回避・妨害する行動を重ねた。最終的に、調査委員会はシゼンに直接連絡を取ることができないまま、2007年前半(一部報道では2007年5月)に不正行為を認定する調査結果をまとめたとされる。
コロンビア大学の調査報告書は、大学として自主的に公開されることはなく、その内容が明らかになったのは、C&EN(Chemical & Engineering News)誌などが米国情報自由法(FOIA)に基づき開示請求を行った結果である。ORI(米国研究公正局)も、コロンビア大学の調査結果に基づく独自のオーバーサイト分析を行い、2010年11月、連邦官報(Federal Register)上で最終的な認定結果を公表した。それによれば、シ�ゼンは少なくとも3本の論文と博士論文において、意図的にデータをねつ造・改ざんし、また1件について盗用を行ったとして、合計21件の研究不正が認定された。この認定に基づき、ORIは2010年11月4日を起算日として、5年間にわたり、(1)米国政府機関との契約・補助金等(covered transactions)への関与資格の停止、(2)米国公衆衛生局(PHS)の諮問委員会等への関与の禁止、という行政処分を科した。
コロンビア大学は、2011年3月、理事会の決定として正式にシゼンの化学博士号を取り消した(学位はく奪)。さらに同年7月、ORIは前述のFOIA開示請求に応じる形で、コロンビア大学の調査報告書とORI自身のオーバーサイト分析報告書の墨消し(redacted)版を公開し、これによって不正の詳細な手口が広く知られるところとなった。なお、これらの報告書は独立した専用ウェブサイト等での恒常的な一般公開はされておらず、C&EN誌など報道機関の記事を通じて内容の要約・引用が閲覧可能な状態にとどまっている。本件を主に報じたのはC&EN誌(American Chemical Societyの発行するニュース誌)で、Nature誌やScience誌(AAAS)も関連記事を掲載した。専用のニュース動画などは確認されていない。
《3》研究不正の具体的内容
ORIおよびコロンビア大学の調査委員会が特定した、主な不正の手口は以下のとおりである。
- NMRスペクトルのねつ造・改ざん:複数の別々のスペクトルの断片を切り貼りして1枚の「合成スペクトル」を作成する、白色修正液(ホワイト)を用いて不要なピークを物理的に消去するなど、極めて手の込んだ手法でNMRデータを捏造していた。ある例では、4枚のリン-31(31P)NMRスペクトルを合成した複合図が用いられ、一部のピークが修正液のような手段で除去されていたことが確認されている。
- NMR測定記録の偽装:コロンビア大学のNMR測定施設を利用するには、学生ごとに講習を受けた上で個別のアカウントとパスワードが発行される規則になっていたが、調査の結果、シゼン本人には一度もアカウントが発行されていなかったことが判明した。彼女は、既に研究室を離れた元メンバーを含む、他の研究室メンバーのアカウント名とパスワードを流用し、様々なメンバーの記録データの中に、自らの捏造論文に使用したスペクトルを紛れ込ませていた。
- 元素分析(燃焼分析)データのねつ造:学位論文および複数の論文において、外部の分析会社に依頼したとする元素分析結果を報告していたが、調査の結果、該当する分析会社からコロンビア大学への請求実績が一切ないことが判明した。シゼンは後に「無償で分析してくれた別の業者を見つけた」と釈明したが、彼女が名指しした業者側はこれを否定し、シゼンとの接触記録も一切残っていなかった。
- スペクトルの盗用:一部のNMRデータについては、同僚の研究データや、測定機器付属ソフトウェアのデフォルト(初期設定)スペクトルをそのまま流用していたことも確認された。ある事例では、シゼンが「400MHzの機器で測定した」と主張したスペクトルが、実際には別の既発表論文に掲載された「300MHzの機器で測定した」スペクトルと一致しており、両者の周波数条件では本来まったく異なる形状になるはずであることから、盗用が強く疑われた。
- 実験記録(ノートブック)の実質的な欠如:調査委員会は、学位論文および6本の筆頭著者論文に記載された実験の相当数について、それを裏付けるだけの実験記録が研究ノートに存在しないと結論づけた。委員会の報告書は、シゼンが管理していた「研究記録」は科学研究コミュニティの標準的な水準を満たしておらず、公表された手順・結果を十分に裏付けるものではなかったと明確に指摘している。
- 「シゼンが実験室にいるときにしか再現できない」という証言:研究室の複数のメンバーが、シゼンが報告した反応は、彼女自身が実験室にいて実験の実施を把握しているときにのみ再現でき、彼女が不在のときには同じ手順を踏んでも再現できなかったと証言している。これは、彼女が実験結果を人為的に操作していたことを強く示唆する。
- 架空の第三者・組織の創作:調査が進む中で、シゼンの研究結果の再現性を「保証する」とする、実在しない研究者や組織からの連絡が調査委員会に寄せられたが、これらの通信はすべてハイデルベルク大学のコンピューターまたはシゼン自身のパソコンから発信されたものであることが技術的に特定された。
具体的に撤回が確認されている論文(書誌情報)は以下のとおりである。
- Sezen, B. & Sames, D. “Oxidative C-arylation of free (NH)-heterocycles via direct (sp3) C-H bond functionalization.” Journal of the American Chemical Society, 2004, 126, 13244-13246.(2006年、同誌128巻3102頁にて撤回)
- Sezen, B. & Sames, D. “Selective and catalytic arylation of N-phenylpyrrolidine: sp3 C-H bond functionalization in the absence of a directing group.” Journal of the American Chemical Society, 2005, 127, 5284-5285.(2006年、同誌128巻3102頁にて撤回)
- 上記2本に加え、シゼン自身が2006年当時のC&EN誌への抗議メールの中で言及した、同誌127巻3648頁掲載論文の一部も同時期に撤回されている。
- 2006年6月には、上記とは別に、JACSおよびOrganic Lettersに掲載されたシゼンとの共著論文がさらに4本撤回された(撤回通知の詳細な書誌情報は、ジャーナル側の公表方法が非定型であったため、当時の化学系ブログ等でも「追跡が困難」と指摘されている)。
- 2007年1月には、シゼンが著者に含まれない、元研究室メンバーによる論文(筆頭著者ベンジャミン・レーン)についても、シゼンの撤回済み手法を参照していた記述が訂正され、通算8件目の(部分)撤回となった。
なお、コロンビア大学の調査委員会は、これらの撤回論文および学位論文以外にも、シゼンが関与した研究成果全体について、実験記録の裏付けを欠く「相当数の実験が実際には報告どおりに実施されていない」との強い疑いを示している。ORIによる正式な「21件の不正認定」は、あくまで連邦研究資金(NIH助成金)が関わった範囲、すなわち3本の論文と学位論文を対象としたものであり、それ以外の共著論文(Organic Letters掲載分等)については、著者であるサメスの判断により「再現不能」を理由に撤回されたものの、ORIによる正式な不正認定の対象とはなっていない点に留意が必要である。
4.出版論文数・h指数・評価・撤回論文数・疑惑論文数
(この項目は白楽が後日追記する。)
5.【本件から学ぶ研究不正】
- 指導教員(PI)による生データの一次確認の徹底
本件では、2002年という早い段階から研究室内外で実験結果の再現性に対する疑念が上がっていたにもかかわらず、指導教員のサメスは学生本人の報告を鵜呑みにし続け、NMRの生データや実験ノートを自ら検証することがなかった。特に、研究テーマが学術的インパクトの大きい「画期的な成果」である場合ほど、その裏付けとなる一次データ(機器のログイン記録、生スペクトル、ノートブック)をPI自身が定期的に確認する仕組みが不可欠である。この教訓は、C-H結合活性化という当時最先端かつ競争の激しい分野であったからこそ、なおさら重い意味を持つ。 - 大学院生・若手研究者が安心して疑義を申し立てられる仕組みの整備
コロンビア大学の調査報告書自体が認めているとおり、シゼンの結果を再現できずに疑問を呈した少なくとも3名の大学院生が、研究室を去ることになったり、指導上不利益な扱いを受けたりした。研究不正の告発者・疑義提起者が報復や不利益を恐れることなく声を上げられる正式な相談・通報窓口と、その利用者を保護する制度を、研究室単位ではなく大学レベルで整備しておくことが、不正の早期発見にとって決定的に重要である。 - 3.誰が、何をどうすべきだったか?
まず第一に、指導教員であったダリボア・サメスは、2002年に研究室内外から最初の再現性への疑義が上がった時点で、シゼンに対する生データの直接検証(NMRアカウントの実在確認、原本スペクトルと発表データの照合、外部分析会社への発注記録の確認等)を自ら行うべきであった。それを怠ったことが、その後3年以上にわたって不正が継続する土壁を作った。第二に、コロンビア大学化学科および大学院当局は、2002年時点で複数の学生から非公式に上がっていた懸念を組織的に吸い上げる仕組みを持つべきであり、実際に懸念を示した学生たちが研究室を去るに至った際、その背景を精査していれば、正式調査の開始は2005年よりもはるかに早い時期に可能であったと考えられる。第三に、JACSをはじめとする関係学術誌の編集部は、シゼン論文の急速な撤回・部分撤回が繰り返された2006年から2007年にかけて、撤回通知を通常のASAP速報・RSS配信の枠外で処理するなど、透明性を欠く対応を取ったことが当時から指摘されている。学術誌側が撤回情報を迅速かつ明確な形で読者コミュニティに周知していれば、他の研究者による追検証や警戒がより早く働いた可能性がある。最後に、シゼンが第二の博士号を取得したハイデルベルク大学、および現在の所属先であるゲブゼ工科大学が、採用・学位授与に際して過去の学術不正歴を確認する仕組みを持っていたかどうかも問われるべき論点である。少なくとも現時点で確認できる同大学教員紹介ページには、コロンビア大学での経歴(および学位取り消し歴)についての記載が一切なく、研究不正歴の開示・共有の仕組みが国際的にも機関横断的にも十分に機能していない実態を、本件は如実に示している。
6.【白楽の感想】
(この項目は白楽が後日追記する。)
7.【主要情報源】
- 2010年11月29日, Office of Research Integrity(Federal Register掲載), “Findings of Misconduct in Science“
- 2010年12月1日, Retraction Watch, “ORI comes down (hard) on Bengu Sezen, Columbia chemist accused of fraud“
- 2010年11月30日, Chemical & Engineering News (William G. Schulz), “Bengu Sezen Cited For Research Misconduct“
- 2011年7月11日, Chemical & Engineering News, “Reports Detail A Massive Case Of Fraud“
- 2011年8月, Chemical & Engineering News (William G. Schulz), “A Puzzle Named Bengü Sezen“(詳細な事件タイムラインを含む)
- 2011年10月30日, Chemical & Engineering News, “Sezen, Sames, and Columbia“
- 2006年3月, Chemical & Engineering News, “Researcher Responds To Retraction Of Papers“
- 2007年1月24日, ChemBark (Paul Bracher), “An Eighth Retraction By Sames; Sezen Not A Co-author“
- 2011年, Science/AAASブログ, “The Sames / Sezen Fraud Case: Holy Cow“
- 2006年, Science/AAAS, “Columbia Lab Issues Four Additional Retractions“
- 2011年, Scientific American(ブログ), “What about Dalibor Sames? The Bengü Sezen fraud and the responsibilities of the PI in the training of new scientists“
- ゲブゼ工科大学(Gebze Teknik Üniversitesi)教員紹介ページ, “Assoc. Prof. Dr. Bengü ERGÜDEN(Bioengineering)“(本人の現職・現在の学歴表記を確認できる一次資料)
- ハイデルベルク大学 ZMBH(Schiebel研究室)同窓生ページ, “Alumni of the Schiebel lab“(ハイデルベルク大学での博士号取得日等を確認できる一次資料)
ワンポイント:ねつ造・改ざんで米国・研究公正局の5年間締め出し処分を受けたが、事件後、母国のトルコで研究者を続けた少数例。分野は化学だが研究公正局が扱ったので生命科学枠に書いた。
●1.【概略】
ベング・シゼン(Bengü Sezen、写真出典)は、トルコの中東工科大学で修士号を取得し、2000年(23歳)に米国に渡り、コロンビア大学(Columbia University)・化学専攻の院生になった。専門は化学(NMR)だった。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.研究内容
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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2005年(28歳)、論文結果の再現性がないことからデータねつ造・改ざんが発覚した。
2010年12月(33歳)、研究公正局はベング・シゼンの研究ネカトを公表した。出版した3論文と博士論文に、ねつ造・改ざん・盗用が多数見つかった(21件)。シゼンは、根っからの嘘つきで、かなり悪質なネカト者とみなされ、5年間の締め出し処分を受けた。
2011年3月(34歳)、米国・コロンビア大学は2005年にベング・シゼンに授与した研究博士号(PhD)を剥奪した。
研究公正局が調査したので、本ブログでは「生命科学」枠で扱ったが、分野は化学なので、「研究者の事件一覧(世界:自然科学・工学)」の一覧表にもリストした。
なお、これだけの事件を起こしたシゼンだが、2009年にドイツのハイデルベルク大学で分子生物学の研究博士号(PhD)を取得し、2016年1月24日現在、母国トルコのゲブゼ工科大学(Gebze Technical University)・生物工学科の助教授である。事件後も研究者を続けた少数例である。
この事件は、2012年2月27日の「大学の10大研究不正」ランキングの第6位になった(2012年ランキング | 研究倫理)。
米国・コロンビア大学・化学科(Columbia University Department of Chemistry)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:トルコ
- 研究博士号(PhD)取得:1つ目、米国・コロンビア大学大学院・化学。2つ目、ドイツのハイデルベルク大学・分子生物学
- 男女:女性
- 生年月日:1977年らしい。仮に1977年1月1日とする
- 現在の年齢:[showcurrentage month=”1″ day=”1″ year=”1977″ template=”1″] (+1)歳
- 分野:化学
- 最初の不正論文発表:2002年(25歳)
- 発覚年:2005年(28歳)
- 発覚時地位:コロンビア大学大学院・院生
- 発覚:同じ研究室の人
- 調査:①コロンビア大学・調査委員会。2006年8月~2007年2月②研究公正局。~2010年11月19日
- 不正:ねつ造・改ざん・盗用
- 不正論文数:撤回論文は5報、博士論文
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:博士号はく奪
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:1977年らしい。仮に1977年1月1日とする。トルコで生まれる
- 1995年(18歳):トルコの高校生の時、化学オリンピック(中国)で銅メダル受賞
- 1995年(18歳):トルコのアンカラ科学高校(Ankara Science Lycee)を学年2位の成績で卒業
- 1999年(22歳):トルコの中東工科大学(Middle East Technical University)で学士号取得。化学工学専攻
- 2000年(23歳):トルコの中東工科大学(Middle East Technical University)で修士号取得。化学専攻

- 2000-2005年(23-28歳):米国・コロンビア大学大学院・化学専攻、院生。助教授のダリボア・セームズ(Dalibor Sames、上記の写真、出典)研究室で、研究博士号(PhD)を取得した
- 2006年(29歳):シゼンの3論文が撤回された
2009年8月18日(32歳):ドイツのハイデルベルク大学(University of Heidelberg)のエルマー・シーベル(Elmar Schiebel、写真出典)研究室で分子生物学の研究博士号(PhD)を取得した- 20xx年(xx歳):トルコのイェディテペ大学(Yeditepe University)の研究員に就職
- 2010年11月19日(33歳):米国・研究公正局は調査の結果、シゼンに21件のネカトがあったと発表した
- 2011年3月(34歳):米国・コロンビア大学はシゼンに授与した研究博士号(PhD)をはく奪した
- 2011年12月2日(34歳):トルコのゲブゼ工科大学(Gebze Technical University)・生物工学科の助教授
●4.【日本語の解説】
日本語の解説を引用する。
★2012年4月 4日の「Tshozo」氏の記事
出典:捏造は研究室の中だけの問題か? | Chem-Station (ケムステ)
D. Sames教授が、博士課程の学生B. Sezenによる実験の再現が出来ないため捏造と判断、JACS論文6本を含む7本(全て2人のみによる著作論文)を撤回(2006年)
(後日研究倫理委員会(ORI)が行った調査によると、Sezenによる明らかな捏造があったとのこと)
★村井君のブログ(岐阜大学工学部応用化学科に勤務)
2011年8月24日記事
2000年8月、彼女(Bengü Sezen)はコロビンア大学大学院化学コースに入った[1]。12月にはSames研に所属、その二年後、JACS誌に論文が掲載された。同じ年、その結果に対して、大学内と学外からも再現性について疑問を呈された。
2005年7月にはPh.D.論文の審査会が行われた。
同じ頃、そのグループではSezenの実験の再現性の検証を試み、そこでは実験について間違いがあるという最初の検証結果が示された。
2005年10月SezenにはPh.D.(化学)が授与された。
11月、彼女の論文の中には捏造があることが指摘され、3名による調査委員会が設立された。
2006年2月16日調査委員会は、彼女の不正と詐欺を研究科長に報告した。
同年3月Sames教授はSezenが主たる実験者であった論文にSezenが協力して公表されたあわせて三つの論文をJACS誌から取り下げた。
同年6月Sezenが関わったさらに四つの論文(JACS三報、OL一報)が取り下げられた。2006年8月から2007年2月にかけて、今回の実験データの捏造に関して、大学が設置した委員会の調査が行われた。
2010年10月コロンビア大学は、Sezenに対して21の不正行為があることを示し、2011年3月大学はSezenのPh.D.を剥奪した。同年7月Sezenに関する調査結果を公表した。
[1] Chemical & Engineering News, 2011, August 8, p. 40参照
2011年8月25日記事
少なくとも三名の部下(大学院生)がSames研を去るか、あるいはやめさせられた[1]。Sezenの実験結果が疑わしいあるいはさらに踏み込んだために。これらの学生は、Sezenの結果の再現をとるために長い間、うまくいかない実験を担当していた。」とコロンビアの調査委員会の報告にはある。
ただし委員会は「なぜ大学院生が研究グループを変わる様に言われたかを明らかにはできていない」けど、担当した学生の履歴には、すでに報告された実験の結果を再現できない状況と、その事実が持つ負のイメージによって相当ネガティブな印象を植え付けられたことになる。
再現性について疑いを持った学生が、それを確認するために、自分自身のドラフトで同じ実験を二つ仕込んだ。またこれを別の学生一人にだけ打ち明けた。ただし彼は、一つのフラスコにはイミダゾール、もう一つのフラスコではN-メチルイミダゾールを原料に用いた。結果どちらのフラスコからもN-フェニルイミダゾールが得られた。
[1]村井君のブログ11.8.24参考、以降は Chemical & Engineering News, 2011, August, 8, p. 41, 43の一部のほとんど直訳です。
2011年8月26日記事
そのころ研究室での緊張感は頂点に達していたに違いない[1]。Sames研のメンバーはSezenの成果を再現しようとし、それに対して前向きで彼自身の研究の目標達成に協力的なメンバーに対して彼は好意的であったようである。
しかしSezenのデータがねつ造であったことが確定的である今、それは衝撃的な打撃である。コロンビアはSezenの初期の実験についての調査を開始し、その結果から全体像が明らかになり始めるであろう。
一方でSames自身が、Sezenの偽りのデータを見抜けなかったことに対してどう考えているのかはわからない。
ただ彼の現在のホームページには、現在所属する多くの活気溢れるメンバーが写し出され、「代謝や神経伝達に対する新しい分子イメージング剤を開発していること、それは新しい結合形成の方法論によるもので、自分たちは触媒的C-H結合の官能基化に興味を持っている」とあるらしい。
今も「Bengü Sezen」をGoogle検索すれば彼女の写真を見ることもできる。この破壊的な詐欺事件の謎は、かなり前から今後も、私たちに立ちはだかっていることには変わりない。
[1]村井君のブログ、11.8.24、8.25の続き
Chemicals & Engineering News, 2011, August 8, p. 43半ば以降の
要約
記事では、元素分析やNMRをどの様にねつ造したか、学位取得後、B. Sezenはドイツで生化学の学位も取得したこと、調査が開始された当初は協力的であったけど、その態度も変化し、現在は、所在不明であることも記されている。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
上の図・写真出典
シゼンはトルコに生まれ育ち、高校の頃から化学に秀で、トルコの名門大学である中東工科大学(Middle East Technical University)の化学専攻で、学士号と修士号を取得した。
2000年8月(23歳)、米国の名門であるコロビンア大学大学院・化学専攻の院生として入学した。
2000年12月(23歳)、シゼンは所属をダリボア・セームズ(Dalibor Sames)研究室を選んだ。研究室では、シゼンはとても優秀な院生だとみなされた。
2002年10月(25歳)、最初の論文をJACS誌に発表した(DOI: 10.1021/ja027891q)。後にこの論文のNMRデータのねつ造が発覚する
- Sezen, B., Franz, R., & Sames, D. C-C bond formation via C-H bond activations: Catalytic arylation and alkenation of alkane segments. J. Am. Chem. Soc. 124:13372-13373, 2002.
2002年(25歳)、シゼンの論文の結果は、同じ研究室および他大学で再現できないと言われ始める。
2004-5年、シゼンは後に撤回される2つ目と3つ目の論文をJACS誌に発表した
- Sezen, B. & Sames, D. Oxidative C-arylation of free (NH)–heterocycles via direct (sp3) C-H bond functionalization. J. Am. Chem. Soc. 126:13244-13246, 2004.
- Sezen, B. & Sames, D. Selective and catalytic arylation of N-phenylpryrrolidine: sp3 C-H bond functionalization in the absence of a directing group. J. Am. Chem. Soc. 127:5284-5285, 2005.
問題視されたデータの一部を以下に示すが、どの部分をどうねつ造・改ざんされたのか、白楽にはわかりません(図の出典:A Puzzle Named Bengü Sezen | Science & Technology | Chemical & Engineering News)
2005年7月1日(28歳)、シゼンの研究博士号(PhD)の審査が行われた。
2005年7月(28歳)、ダリボア・セームズ(Dalibor Sames)研究室の室員が、シゼンのデータねつ造の証拠をつかんだ。
2005年10月19日(28歳)、シゼンのデータねつ造を知ってか知らずか、バカなことに、コロビンア大学はシゼンに研究博士号(PhD)を授与してしまった。
2005年11月7日(28歳)、コロビンア大学はシゼンの「2004年のJACS」論文のデータねつ造に関する予備調査委員会(Inquiry Committee)を設置した。
2006年2月16日(29歳)、コロビンア大学・予備調査委員会(Inquiry Committee)はシゼンの論文に明白な研究ネカトがあったと結論した。このことを受け、正式な調査委員会の設置が必要になった。
2006年3月(29歳)、ダリボア・セームズ(Dalibor Sames)はJACS の3報の論文を撤回した(DOI: 10.1021/ja069957d; DOI: 10.1021/ja069956l; DOI: 10.1021/ja0699586)。
2006年8月-2007年2月、半年間、コロビンア大学・調査委員会が正式な調査を行なった。
シゼンは、半年間に及ぶ調査に対して、精巧な駆け引きをした。最初、彼女は調査委員会に協力的だった。初期に彼女は非常に実験に熟練していると主張したが、委員会にそうではないと思われてから、彼女は態度を変えてきた。
彼女のデータねつ造・改ざんの証拠が集まりはじめると、シゼンは、ますます釈明を重ね、ますます怪しい行動をとるようになった。調査が進むにつて、電子メールや電話に応答せず、理由をつけて直接の会合を避け、指示されても、コロンビア大学の欧州法律事務所に文書を送らず、存在しないサポーターや担当者の書類を提出した。
2010年11月19日(33歳)、コロビンア大学・調査委員会の調査に加え、研究公正局が調査した。その結果、研究公正局は、シゼンに21件のネカトがあったと結論した。この発表は、なんと、コロビンア大学・調査委員会の報告から3年9か月も遅れていた。
2011年3月(34歳)、コロビンア大学はシゼンに授与した研究博士号(PhD)をはく奪した。
2011年7月(34歳)、研究公正局は編集済のコロビンア大学調査報告書と調査分析書を公表した。
★その後
シゼンは、結婚して(推定)、苗字をErgüdenと変えた(つまり、Bengü Ergüden)。
2009年8月18日(32歳)、米国を離れた年月日は不明だが、ドイツのハイデルベルク大学(University of Heidelberg)のエルマー・シーベル(Elmar Schiebel)研究室で分子生物学の研究博士号(PhD)を取得した。
2011年12月2日(34歳)、母国・トルコのトルコのイェディテペ大学(Yeditepe University)の研究員を経て、ゲブゼ工科大学(Gebze Technical University)・生物工学科の助教授になった。所属と写真出典(Bioengineering)。
2016年1月24日現在も、ゲブゼ工科大学・助教授である。
●6.【論文数と撤回論文】
2016年1月24日現在、パブメド(PubMed)で、ベング・シゼン(Bengü Sezen)の論文を「Bengü Sezen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2015年の14年間の12論文がヒットした。
内、2論文は論文撤回の告知である。また2論文は、2009年と2015年の論文で、所属はコロンビア大学ではない。
2016年1月24日現在、コロンビア大学で出版した8論文のうち、5論文が撤回され、2論文が訂正されている。8論文全部、ダリボア・セームズ(Dalibor Sames)が最後著者になっている。7論文はJ Am Chem Soc.誌論文である。
撤回した5論文の書誌情報を以下に示す。
- Selective and catalytic arylation of N-phenylpyrrolidine: sp3 C-H bond functionalization in the absence of a directing group.
Sezen B, Sames D.
J Am Chem Soc. 2005 Apr 20;127(15):5284-5.
Retraction in: Sezen B, Sames D. J Am Chem Soc. 2006 Mar 8;128(9):3102. - Oxidative C-arylation of free (NH)-heterocycles via direct (sp3) C-H bond functionalization.
Sezen B, Sames D.
J Am Chem Soc. 2004 Oct 20;126(41):13244-6.
Retraction in: Sezen B, Sames D. J Am Chem Soc. 2006 Mar 8;128(9):3102. - Diversity synthesis via C-H bond functionalization: concept-guided development of new C-arylation methods for imidazoles.
Sezen B, Sames D.
J Am Chem Soc. 2003 Sep 3;125(35):10580-5.
Retraction in: J Am Chem Soc. 2006 Jun 28;128(25):8364. - Selective C-arylation of free (NH)-heteroarenes via catalytic C-H bond functionalization.
Sezen B, Sames D.
J Am Chem Soc. 2003 May 7;125(18):5274-5.
Retraction in: J Am Chem Soc. 2006 Jun 28;128(25):8364. - C-C bond formation via C-H bond activation: catalytic arylation and alkenylation of alkane segments.
Sezen B, Franz R, Sames D.
J Am Chem Soc. 2002 Nov 13;124(45):13372-3.
Retraction in: J Am Chem Soc. 2006 Jun 28;128(25):8364.
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最新の論文は2015年12月出版の生命科学論文で、所属は、トルコのゲブゼ工科大学(Gebze Technical University)・生物工学科である。
- Reduction of Saccharomyces cerevisiae Pom34 protein level by SESA network is related to membrane lipid composition.
Sezen B.
FEMS Yeast Res. 2015 Dec;15(8). pii: fov089. doi: 10.1093/femsyr/fov089. Epub 2015 Sep 28.
●7.【白楽の感想】
《1》日本は関心がなさすぎる
シゼン事件は米国とトルコでは多くの注目を集めた。たくさんの調査資料が公表されている。
しかし、日本では、ほとんど知られていない。日本の化学界(科学界)にまともに伝えられたのだろうか? ウェブで検索しても、それなりに解説しているのは、本記事で引用した「村井君のブログ(岐阜大学工学部応用化学科に勤務)」だけである(2000年8月: 村井君のブログ)。
情報が伝えられなくて、日本は大丈夫なのだろうか?
《2》若い美女
シゼンには「根っからの嘘つき」、「偽装の達人(Master of fraud)」など、最大級の侮蔑語がかぶせられている。
トルコでは高校の時から化学に秀で、天才と扱われ、米国にきてからも超優秀とみなされた。しかも、若い美女とあれば、研究者養成のまともな訓練を受けず、どこでもチヤホヤとお嬢様に扱われたのだろう。
それでも、期待に応えようとしたが、いかんせん研究の実力がない。それで、データねつ造・改ざんに走ったのだろう。調査報告書に、彼女の実験技術は低いとある。美しさで周囲をダマせても、研究はダマせない。
《3》研究指導者の責任
院生のデータねつ造・改ざん事件である。それに盗用もあった。
この場合、研究指導者であったダリボア・セームズ(Dalibor Sames)に大きな責任がある、と白楽は考える。
院生と研究指導者は対等の関係ではない。院生は、研究の進め方・スキル・考え方が未熟だから指導を受けるのだ。だから、院生のネカトは指導者の責任が大きい。シゼンの全論文にダリボア・セームズ(Dalibor Sames)が最後著者になっている。セームズに論文内容を精査する義務があったのは明白だろう。
しかし、研究指導者だったセームズは責任を問われていない。この点、米国でも問題視されているが、白楽も問題だと思う。セームズは現在、コロビンア大学・化学科の教授になっている。
《4》研究ネカトでクロの研究者が研究職を続けられた少ないケース
シゼンは研究ネカトでクロと判定されたのち、母国・トルコで研究職を続けている。このような例は日本以外では少数である。日本では多数いる。
研究界は研究ネカト者を追放すべきだと白楽は考える。研究ネカト者の研究に信頼おけるだろうか? 研究ネカトをした大学教授の講義に学生が信頼を寄せられるだろうか? もちろん、研究ネカト者も幸せに生きて欲しいとは思うが別の世界でのことだ。
交通事故では罪を償えば復職できても、研究ネカト者は研究者に復職が認められない。各職業には認められない過去がある。性犯罪で有罪になったら裁判官は罷免され、復職できない。
しかし、研究ネカトでクロと判定後にも研究職を続けている例が少しある。まとめた → 研究ネカト者が研究職を続けた
●8.【主要情報源】
① 2010年12月1日、研究公正局の報告:NOT-OD-11-024: Findings of Misconduct in Science
② 2012年12月1日のアダム・マーカス(Adam Marcus)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:ORI comes down (hard) on Bengu Sezen, Columbia chemist accused of fraud – Retraction Watch at Retraction Watch
③ ベング・シゼン(Bengü Sezen)の「Chemical & Engineering News」記事群:Chemical & Engineering News: Search Results
④ 2010年11月30日のアラ・カツネルソン(Alla Katsnelson)の「ネイチャー」記事:Former chemistry grad student found guilty of fraud : News blog
⑤ Walking the talk: taking ethics seriously in science – The Berkeley Science Review
⑥ 2011年8月8日のWilliam G. Schulzの「Chemical & Engineering News」記事:A Puzzle Named Bengü Sezen | Science & Technology | Chemical & Engineering News
⑦ ◎本事件のポータルサイト:Dr Tansu KÜÇÜKÖNCÜ — Gebze Technical University’s favourite “Master of Fraud” assistant professor (since 2012) with PhD Thesis with FABRICATED FALSIFIED PLAGIARIZED data which has been REVOKED by Columbia University USA (2011) : Bengü Sezen, 2005 | İntİhalKarlık : Fraudulent PhD Theses of Turkey、保存版
⑧ 他:
- The Sezen Files – Part I: New Documents | ChemBark
http://blog.chembark.com/2011/07/07/the-sezen-files-%E2%80%93-part-i-new-documents/ - The Sezen Files – Part II: Unraveling the Fabrication | ChemBark
http://blog.chembark.com/2011/07/08/the-sezen-files-%E2%80%93-part-ii-unraveling-the-fabrication/ - Bengü Sezen – A “Master of Fraud” at Columbia University | The k2p blog
http://ktwop.com/2011/08/02/bengu-sezen-a-master-of-fraud-at-columbia-university/ - Columbia University maintains a wall of silence around the Sezen – Sames case | The k2p blog
http://ktwop.com/2011/08/15/columbia-university-maintains-a-wall-of-silence-around-the-sezen-sames-case/ - Download Report(PDF, 14.4 MB, 167 pages).
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