ワンポイント:約50年前の大学者のねつ造・改ざん事件だが、研究ネカトではないという意見も強い
●【概略】
シリル・バート(Cyril Burt、写真出典)は、英国・ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College, London)・教授・心理学科長を20年も勤め、英国の教育心理学界の偉大な学者だった。専門は教育心理学である。
「知能は遺伝的にかなり決まっている」説が著名だが、この説に反論する人、嫌悪する人も多い。
1946年(63歳):心理学者として初めてナイトの称号が授与された。
1971年にバートが88歳で亡くなってから、データねつ造・改ざんが指摘された。
2015年12月現在、データの異常値は不注意が原因であって、ねつ造・改ざんではないという意見が強い。
なお、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンは、「Times Higher Education 2015-2016」の大学ランキングで世界第14位の大学である(World University Rankings | Times Higher Education (THE)#!/page/0/length/25)。
英国・ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College, London)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 研究博士号(PhD)取得:
- 男女:男性
- 生年月日:1883年3月3日
- 没年:1971年10月10日(88歳)
- 分野:教育心理学
- 最初の不正論文発表:
- 発覚年:1974年(没後)
- 発覚時地位:没後
- 発覚:同分野の研究者
- 調査:
- 不正:改ざん? 無罪?
- 不正論文数:
- 時期:研究キャリアの全部
- 結末:
●【経歴と経過】
1883年3月3日:英国・ロンドンで生まれる
- 1902-1906年(19-23歳):英国・オックスフォード大学・ジーザス・コレッジ(Jesus College)。哲学と心理学(William McDougall)
- 1908年(25歳):英国・リヴァプール大学(Liverpool University)・心理学・講師
- 1913年(30歳):ロンドン市(London County Council:LCC)の非常勤学校心理学士(school psychologist)
- 1924年(41歳):英国・ロンドン・デイ・訓練大学(London Day Training College:LDTC)の非常勤教授。教育心理学
- 1931年(48歳):英国・ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College, London)・教授・心理学科長
- 1946年(63歳):心理学者として初めてナイトの称号が授与された
- 1951年(68歳):英国・ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンを退職
- 1971年10月10日(88歳):英国・ロンドンで癌で死去
心理学実験中のバート(右)。”Mr. Cyril Burt, psychologist to the London County Council, measuring the speed of the thought of a child with a chronoscope to two-hundredths of a second.” 出典
●【日本語の既解説】
シリル・バート(Cyril Burt)の研究内容及びデータねつ造・改ざんに関しては日本語解説が多数ある(勿論、英語解説も多数ある)。他人の日本語解説を引用する。
なお、1971年にバートが亡くなってから、レオン・カミン(Leon Kamin (1974)、写真出典) やオリバー・ギリー(Oliver Gillie) (1976)がデータがねつ造・改ざんと指摘した。そのため、1970年代は、バートのデータは全部ねつ造・改ざんだと信じられていた。
しかし、その後、米国・ワシントン大学(University of Washington)・心理学・教授のアール・ハント(Earl B. Hunt)が、データを再検討し、データは不注意が原因であって、ねつ造・改ざんではないとした。[Earl Hunt (2011). Human Intelligence. Cambridge: Cambridge University Press, pp. 234–235.]。
★坂崎 紀 (さかざき おさむ)/ W.ブロード、N.ウェード著:『背信の科学者たち』:研究ネカト派
出典 → bcc: 004
イギリスの応用心理学者シリル・バートは双子の研究を行った結果、知能の75%は遺伝するという結論を出した。これは一見、極めて科学的な結論に思われた。ところがバートの死後に調査してみると、彼のデータがほとんど捏造されたものであることが判明した。彼は調査結果にもとづいて結論を出したのではなく、自分の説に都合のいい調査結果をデッチ上げたのである(W.ブロード、N.ウェード著:『背信の科学者たち』、化学同人刊より)。
★安藤寿康:研究ネカト否定派
出典 → 「遺伝子の不都合な真実」 – shorebird 進化心理学中心の書評など
それはシリル・バートのデータ捏造疑惑事件だ.バートは双子研究を通じてIQが遺伝の影響を受けることを明らかにしてきた.
バートの死後,アーサー・ジェンセンがそのデータや論文を引用して知能への遺伝の影響が大きいこと,人種差があり得ることを論じてから,そのあら探しを行う動きが一気に広まり,バートの最後に付け加えた一連のデータが怪しいという主張がまず現れ,その後マスメディアが大キャンペーンを打って,一般にはシリル・バートの研究はデータ捏造によるものと認知されるようになった.
しかしその後のジャーナリストによる調査では,確かに一部のデータは不自然だが,それは印刷の誤りである可能性が高く,データの追加自体はあっても不思議はないこと,そして少なくとも捏造の明白な証拠はどこにもないことが主張されている.
そして「この追加データがなくても知能が遺伝すること自体は科学的知見としては揺るがないと考えられるが,バートの業績は通常データ捏造の結果と扱われる.そして日本でも否定的な紹介の仕方が未だに一般的だ」と著者は指摘している.
★心理学事典:研究ネカト派
出典 → 科学研究における不正行為とその心理:バートのデータ改竄疑惑
心理学の研究分野における大規模な不正行為としては、エリザベス女王から“ナイト(騎士)”の称号まで授与されていたイギリスの心理学者C.L.Bバート(1883-1971)の『知能の遺伝規定性の研究におけるデータ捏造・改竄』がある。
C.L.B.バートは双子の知能指数を測定して比較する双生児研究を行って、知能が生得的・遺伝的な要因によって強く規定されることを証明して、A.R.ジェンセンなどの人間の知能・社会的地位の高低は大枠が遺伝子によって決められているという『遺伝子決定論者』にも大きな影響を与えた。
C.L.B.バートは当時のイギリスにおける一線級の心理学者であって、十分な地位と名誉、財産を手に入れて心理学会の重鎮と目されており、性格心理学の因子分析を行って心理学史に名前を残しているH.J.アイゼンク(Hans Jurgen Eysenck, 1916-1997)などの指導教授でもあった。
バートの知能の遺伝子決定論(知能の遺伝規定説)を肯定する3つの主要論文を精査してみたところ、データ収集の具体的方法の記述がなく、データ・研究方法の引用元になっている論文も実在しないことが分かったのである。更に別々のデータを用いて書かれているはずのその3つの主要論文の相関係数が、『小数点以下の第三位』まで全く同じ数値になっており、それは統計学的な蓋然性を考えるとまず有り得ない結果であった。
複数の論文の結果である『相関係数』が全く同じであったことで、バートのデータ改竄疑惑が持ち上がってきたが、それに加えてバートの共同研究者やデータ収集の協力者として論文で名前を上げられている人物が、実際には存在していないことも明らかになってしまった。
C.L.B.バートは心理学者としての豊富な経験と統計的に妥当な数値についての知識を駆使して、自分の仮説理論をスムーズに肯定してくれるようなデータや統計の数値へと改竄していたのである。
★下條信輔:研究ネカト否定派
出典 → 科学の本質と論文不正の微妙な関係 – 下條信輔|WEBRONZA – 朝日新聞社
1940〜60年代英国で行われた IQ (知能指数) の研究などはその有力候補だ。心理学者シリル・バートは一卵性双生児などの血縁関係と IQ の関係を調べ、知能の遺伝性を「きわめて高い」と結論。11歳ですべての子どもにテストを受けさせ選別する、英国独特の教育制度に根拠を与えた。
ところが統計データの不自然さから捏造が発覚、「20世紀最大の科学詐欺」の烙印を押された。
この件のその後に触れておきたい。このような大スキャンダルの後、知能の遺伝研究は一種のタブーとなった。とりわけ「知能は遺伝でおおむね決まる」とする研究は長らく批判され、葬られる時代が続いた。研究資金を得る上でもハンディとなった。
ところが最近違う流れが出てきている。ミネソタ州での長期研究によってデータが蓄積され、たとえば一卵性双生児の IQ の類似性(相関係数)を見ると、70〜80%と高い数値になった。皮肉なことに上記バートが「捏造」した数値と、ほぼ重なるのだ。
★WSJ日本版。記者: Matt Ridley :研究ネカト否定派
出典 → ライフスタイル / IQは遺伝子に組み込まれているのか-双子の研究で学界も変化 / WSJ日本版 – jp.WSJ.com
英心理学者シリル・バート博士が1943年から66年まで実施した研究の推定結果と不思議なほどに似ている。バート博士は、MZAの双生児の間のIQの類似性は77.1%であると計算した。だが、彼の研究対象サンプルがありそうもないほどに多数になっても、この数字が変化しなかったことを受けて、プリンストン大学の心理学者レオン・カミン氏は、バート博士は研究結果の大半をねつ造してごまかした、と1970年代になって批判した(バート博士はその時死去していた)。
今日、専門家たちはバート博士がどれだけ多くのデータをねつ造していたのかについて意見が分かれているが、最近の研究成果をみれば、同博士の結論はそれほど大きな誤りでなかったことになる。
●【論文数と撤回論文】
時代が古いので、調べていないが、シリル・バート(Cyril Burt)は多数の著書・論文を発表している。 → Cyril Burt – Wikipedia, the free encyclopedia
●【事件の深堀】
★長谷川真理子
シリル・バートの研究結果「知能が遺伝的にかなり決まっている」ことが、気にくわない教育学者は多い。
シリル・バートを排斥する手段として、研究ネカトを声高に指摘し、研究結果を消滅・無視する方向に動いた面があるだろう。遺伝学者の長谷川真理子がそのあたりを巧みに描いている。総合研究大学院大学の長谷川真理子の2011年の「遺伝学と社会 遺伝から見た人間観の変遷」(総合研究大学院大学機関リポジトリ)を引用する。
●【白楽の感想】
《1》ぼんやり
約50年前の研究ネカト(無罪?)事件だが、古すぎて、状況がつかみにくい。
《2》遺伝的に決まっている
生命科学者からみれば、「知能が遺伝的にかなり決まっている」のは当然でしょう。
議論するのがバカバカしいほど当然だ。
●【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Cyril Burt – Wikipedia, the free encyclopedia
② 書籍・論文・記事をリストしないが、多数ある。
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