パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)(スウェーデン)

ワンポイント:気管手術の国際的スター外科医がねつ造・改ざん疑惑

【概略】
15625-1パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini、英語でマチアリーニと発音。日本の新聞はマッキアリーニ。写真出典)は、スイスに生まれ、スウェーデン・カロリンスカ医科大学(Karolinska Institutet)・教授(Professor of Regenerative Medicine)・医師で、カロリンスカ医科大学のACTREM所長でもある(ACTREM:Advanced Center for Regenerative Medicine)。英国のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)の名誉教授。専門は幹細胞・移植外科。

2008年6月、患者の幹細胞を使った気管移植手術に世界で最初に成功した。この方法は、医学界に革命を起こすほどインパクトがある治療法だった。それで、パウロ・マッキャリーニは。人工気管移植手術の世界的権威となったのである。特許もいくつか取得した。

2012年(53歳)、しかし、同じ分野の医師・研究者からマッキャリーニの研究論文に疑念が持たれた。論文1報が撤回され、他の論文も含め、ねつ造・改ざんがあるのではないかと調査が始まった。

2015年7月現在(56歳)、カロリンスカ医科大学・学長の裁定はでていない。
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【動画】
パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)の幹細胞人工気管移植法が画期的であるとニュースで報じられた。「Stem Cells Used to Grow Windpipes」、(英語)2分6秒、Laboratory Equipmentが2010/08/09 にアップロード。

  • 国:スウェーデン
  • 成長国:イタリア、米国、フランス
  • 研究博士号(PhD)取得:フランシュ・コンテ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1958年8月22日
  • 現在の年齢:58歳
  • 分野:幹細胞・移植外科
  • 最初の不正疑惑論文発表:2012年(53歳)
  • 発覚年:2012年(53歳)
  • 発覚時地位:カロリンスカ医科大学・教授
  • 発覚:公益通報
  • 調査:①カロリンスカ医科大学・調査委員会
  • 不正:ねつ造・改ざん疑惑
  • 不正疑惑論文数:7報
  • 時期:研究キャリアの中期から?
  • 結末:2015年6月現在、カロリンスカ医科大学・学長の裁定はでていない

【経歴と経過】

  • 1958年8月22日:スイス、バーゼルで生まれる
  • 1979-1986年(20-28歳):イタリアのピサ大学(University of Pisa)を卒業。医師免許
  • 1986年11月-1991年12月(28-33歳):一般外科。イタリアのピサ大学
  • 1990-1991年(31-32歳):米国・バーミンガムのアラバマ大学(University of Alabama)。修士号。生物統計学
  • 1991年1月-1993年12月(32-35歳):フランス・ブザンソンのフランシュ・コンテ大学(University of Franche-Compte)。修士号。器官組織移植学
  • 1994-1997年(35-38歳):フランス・ブザンソンのフランシュ・コンテ大学(University of Franche-Compte)。研究博士号(PhD)取得。論文タイトル「From tracheal and trachea-esophageal allotransplantation to lung xenotransplantation」
  • 1995年8月-1999年3月(36-39歳):フランス・パリのパリ第11大学(University: Paris-Sud University)。マリーランロン病院(Hopital Marie-Lannelongue)・胸部血管外科・医師。
  • 1997-1998年(38-39歳):フランス・パリのパリ第11大学(University: Paris-Sud University)。Habilitation as Research Director取得。
  • 1999年4月-2004年12月(40-46歳):ドイツのハノーバー医学大学院(Hannover Medical School)・教授。ヘイデハウス病院(Heidehaus Hospital)・胸部血管外科・医師。
  • 2005年1月-2009年12月(46-51歳):スペインのバルセロナ大学(University of Barcelona)・教授・医師。病院長(Barcelona Metro)
  • 2010年1月-現(51歳-現):英国のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)の名誉教授・コンサルタント
  • 2010年12月-現(52歳-現):スウェーデン・カロリンスカ医科大学(Karolinska Institutet)・教授(Professor of Regenerative Medicine)・医師
  • 2015年(56歳):論文に研究ネカトがあると告発される
  • 2015年6月現在(56歳現):カロリンスカ医科大学・学長の裁定はでていない

【医療と研究内容】

マッキャリーニは、バイオ人工臓器(組織工学)のパイオニアである。

web1_17605corbis-42-49144207手術中のマッキャリーニ。写真出典  Karolinska Univ. Hospital via Scanpix/Corbis/Reuters

★幹細胞人工気管移植法

気管移植手術の1つで、方法は次のようだ。

まず、患者の骨髄から得た幹細胞を増殖させる。一方、ドナーから得た気管から付着している細胞を洗い落とす。ドナーの細胞をすべて洗い落した細胞外構造体に、増殖した幹細胞をまぶして、人工気管を作り、患者に移植する。

この方法の利点は、ドナーの細胞がないので、通常の移植で用いる免疫抑制剤を使う必要がないことだ。免疫抑制剤を使うと、患者の免疫系が抑制され、細菌などの感染症にかかりやすくなるという欠点があった。

この方法はまた、免疫抑制剤を使えないがん患者などにも適用できる点も優れている。もちろん、気管以外の臓器移植にも応用可能である。

以下の写真は、ラットでの実験である。左はラットの心臓と肺臓である。洗剤と酵素を使い、心臓と肺臓に付着している細胞を約6週間かけて洗い落とす。その途中が中央である。右は細胞がすっかり洗い落とされ、白い細胞外構造体だけになったものである。

body-articleLarge写真出典。写真の所有権者は Stefan Zimmerman

★世界で最初に幹細胞人工気管移植を成功

dn16072-1_3002008年3月(49歳)、コロンビア人のクローディア・カスティロ(Claudia Castillo、30歳、写真出典)は左肺に重大な損傷を負い、定期的な治療が必要だった。しかも、従来の治療法では左肺切除という大手術しか選択の道はなかった。この手術は複雑で死亡率も高かった。

スペインのバルセロナ大学(University of Barcelona)・教授・医師だったマッキャリーニは、クローディア・カスティロに新しい組織工学の手法である幹細胞人工気管移植法を提案した。

【動画】
「Trachea Trasplant 3D animation」、(無声)2分23秒、Hospital Clínic de Barcelona が2009/03/18 に公開。

2008年6月(49歳)、マッキャリーニは、イタリアチーム、英国チームの協力を得て、スペインのバルセロナの病院で幹細胞人工気管移植に取りかかった。クローディア・カスティロ自身の骨髄から得た幹細胞を増殖させ、ドナーから得た気管の細胞を洗い落とした細胞外構造にカスティロの幹細胞を植え付けた。幹細胞で覆われた人工気管をカスティロに移植した。

2008年11月(50歳)、移植臓器を体内の免疫系が拒絶することなく、カスティロは元気に生活できるようになった。世界で最初の人工気管移植の成功患者となったのである。

論文は2008年12月号のランセットに掲載された。

  • Clinical transplantation of a tissue-engineered airway.
    Macchiarini P, Jungebluth P, Go T, Asnaghi MA, Rees LE, Cogan TA, Dodson A, Martorell J, Bellini S, Parnigotto PP, Dickinson SC, Hollander AP, Mantero S, Conconi MT, Birchall MA.
    Lancet. 2008 Dec 13;372(9655):2023-30. doi: 10.1016/S0140-6736(08)61598-6. Epub 2008 Nov 18.

クローディア・カスティロは2014年6月、手術から6年経過したが、元気に生きている(A Leap Of Faith Recap: Dr. Macchiarini & Pioneering Regenerative Medicine (6/27/14)

【参考】執筆後気が付いた。
類似患者の日本語解説文:①2011年1月27日の記事「世界2例目の咽頭移植手術で発声能力回復、米女性 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

★世界で最初に子供に幹細胞人工気管移植を成功

2010年3月(49歳)、子供に幹細胞人工気管移植を行った(出典:Stem cells used to repair boy’s windpipe | UK news | The Guardian)。

1北アイルランドの10歳の少年・キアラン・フィン=リンチ(写真、両親とともに)は、英国・ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート病院 (Great Ormond Street Hospital)のマーチン・エリオット医師(Martin Elliott)の患者だった。

病名は生まれた時から長節気管狭窄症(long segment tracheal stenosis)で、気管は直径1mmしかなく、呼吸するのは大変だった。手術は、気管再建しかない。

2歳半で手術を試みたが、手術に失敗し、大動脈が傷つけられた。その回復のためにさらに8か月手当をし、退院した。

2009年11月、キアラン少年は10歳になり、それまで何とか生きてきたが、ある日、大きく吐血した。母親のコリーン(Colleen)は、キアラン少年がもう一度吐血したら助からないだろうと予感した。それで、マーチン・エリオット医師に全幅の信頼を寄せ、世界で2例目(子供としては世界初)の幹細胞人工気管移植法を承認した。

この手術に、2010年1月から英国のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)の名誉教授・コンサルタントになっていたパウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)が参加した。

2010年2月、イタリアで気管のドナーが見つかった。さっそく、キアラン少年の骨髄から幹細胞を取り出し、気管の細胞外構造体に植え付けた。しかし、幹細胞が気管細胞に十分に分化するのに必要な6週間まで、キアラン少年の容態が待てないという緊迫した状況だった。

2010年3月、気管細胞に十分に分化しない状況で、キアラン少年に手術を施した。手術は9時間かかった。

2010年3月19日、マーチン・エリオット医師は、「キアラン少年の状況はとてもよく、完全に呼吸でき、話すこともできる。手術は成功した」と語った(BBC News – Windpipe transplant success in UK child)。

2013年4月、バチカンは14歳になったキアラン少年の勇気をたたえ、法王英雄賞(Pontifical Hero Award)を授与した。

★世界で最初に幹細胞プラスチック気管移植を成功

幹細胞人工気管移植法の1つのネックは気管を提供してくれるドナーが少ないことである。それで、気管の細胞外構造体の代わりに、ドナーに頼らずいつでも作れる人工的プラスチックを使うことを開発した。研究としては当然の方向である。

下図は細胞外構造体の代わりにプラスチックを使い、増殖した幹細胞を植え付けているところだ。

3SUBjpBODY1-popupカロリンスカ医科大学のイリーナ・ギレヴィッチ(Irina Gilevich)が、プラスチック製の気管にラット幹細胞を植え付けている。写真出典。写真の所有権者はStefan Zimmerman。

Andemariam-Teklesenbet-Beyene2011年6月9日、パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)は、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London)のアレキサンダー・セイファィアン教授(Alexander Seifalian)の作ったプラスチック製気管を使用して36歳の男性アンデマリアム・ベイエン(Andemariam Teklesenbet Beyene、写真出典)に幹細胞人工気管移植法をカロリンスカ医科大学で世界で最初に行った。

ベイエンは、アフリカのエリトリアで生まれ育った。2009年にアイスランドの大学院に留学し、エンジニアの研究博士号を取得しようと勉強していた。その頃、気管に小さなしこりができ、やがて、がんはゴルフボールの大きさになってしまった。アイスランドで外科手術・放射線療法を行なったが、がんは増殖し続けた。

それでスウェーデンのパウロ・マッキャリーニの病院に来たときには、がんは深刻は状態で、ベイエンは、ほとんど死んだも同然だった。

パウロ・マッキャリーニはベイエンの治療に思い切った計画を提案した。気管の移植手術で、細胞外構造体の代わりにプラスチック製の気管を使い、プラスチック製気管に彼の幹細胞を植え付け、気管に移植しようと提案したのだ。その最初の患者にならないかというものだった。

ベイエンは、「移植手術をしなくてもあと3年生きられるなら3年生きて、死のうと考えていた。まだ、ブタでしか成功しておらず、ヒトで一度も実施していない手術はしたくないと思っていた」。しかし、パウロ・マッキャリーニの説明を受け、手術を了承した。

手術から1年3か月後、ベイエンは39歳になり、普通に呼吸できていた。手術は成功したのである。

【動画】
「First Successful Transplant of Trachea Made of Stem Cells」、(英語)2分23秒、NTDTV が2011/07/21 にアップロード。

最初のアメリカ人・クリストファー・ライルス

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2011年11月、幹細胞プラスチック気管移植を使用した世界で2人目の患者はアメリカ人の男性・クリストファー・ライルス(Christopher Lyles、写真出典)だった。

手術後の2012年1月、米国・バルチモアに帰国し、その時は「体調は良いです。第二の人生を得たことに感謝しています」と答えていたが、2012年3月に亡くなった。手術のほぼ4か月後だった。

★最初の2歳児・ハンナ・ワーレン

2-12-yr-old-girl-windpipe-300x197ハンナ・ワーレン(Hannah Warren)は、カナダ人の父・ダリル(Darryl Warren)と韓国人の母・ヤンミ(Young-Mi Warren)の子供として生まれ、韓国に住んでいた。といっても、不幸なことに、世界で5万人しかいない気管異常症の1人で、生れてからずっとソウルの病院で生きてきた。

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2013年4月、パウロ・マッキャリーニは米国イリノイ州の聖フランシス病院で、韓国人の2歳の女児・ハンナ・ワーレン(Hannah Warren、写真出典)の幹細胞人工気管移植手術を実施した。

2013年7月6日、悲しいことに、手術から3か月後、ハンナは死亡した。

ハンナの両親は、「ハンナは幹細胞テクノロジーのパイオニアです。彼女の挑戦は私達の美しい地球の隅々にまで届くでしょう。彼女の新しい気管はよく機能していたのですが、最初よかった彼女の肺は、弱くなり、そして、新しい状況に耐えられなくなったのです」と述べた。

【参考】執筆後気が付いた。
ハンナ手術時の2013年5月の日本語記事:①2013年5月4日の近藤 辰也の記事「史上最年少、2歳児に自身の幹細胞から作られた人工気管が移植された件 – IRORIO(イロリオ)」、②2013年5月3日のAFPBB News記事「2歳女児に自身の幹細胞で作った人工気管を移植、会話や食事も可能に 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News、③2013年5月3日のAFPBB News記事で②と類似「2歳女児に自身の幹細胞で作った人工気管を移植、会話や食事も可能に 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News

【不正発覚・調査の経緯】

上記のように、2008年~2011年の4年間に、パウロ・マッキャリーニは新しい気管移植手術で大成功をおさめ、世界の超有名外科医となった。

2012年、そして、大きく暗転し、「不正行為があった」とメディアで報道されたのである。それが本当なら、大成功の裏で、いくつかの違法行為と論文のねつ造・改ざんがされていたのである。

2012年3月、患者に「机の下」(つまり、金)を要求したとして、イタリア検察当局に告発され、イタリアの自宅で逮捕された(Arrestato il superchirurgo Macchiarini «Approfittava della fragilità dei malati» – Corriere Fiorentino)。

2014年12月、上記の幹細胞人工気管移植手術で画期的な成功をおさめた時、実は、患者から手術前にインフォームドコンセントを得ていないで手術したと告発された。手術後17日目に患者にインフォームドコンセント用紙のサインをもらっていた。手術そのものも患者のためというより、パウロ・マッキャリーニが患者をモルモットにして実験的な手術を行なったと非難された。つまり、生命倫理違反だとのことだ(Surgeon Faces Misconduct Allegations | The Scientist Magazine®)。
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★盗用

2012年11月、他人の2007年出版の論文中の表を引用しないで、「Ann Thorac Surgの2012年論文」の自分の論文に使用した。この盗用で、出版編集局が、「Ann Thorac Surgの2012年論文」(電子版は2012年8月)を撤回した。「Ann Thorac Surgの2012年論文」はパウロ・マッキャリーニが責任著者だった。“Misconduct” leads to retraction from Italian “super surgeon” under house arrest – Retraction Watch at Retraction Watch

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★2014年11月28日の「ネイチャー」記事から

2014年11月28日のデイヴィット・シラノスキー(David Cyranoski)の「ネイチャー」記事によると以下のようだInvestigations launched into artificial tracheas : Nature News & Comment

2014年8月、カロリンスカ医科大学でパウロ・マッキャリーニとともに幹細胞人工気管移植手術に加わった4人の医師、Matthias Corbascio, Thomas Fux, Karl-Henrik Grinnemo、Oscar Simonsonが、実際の医療記録とマッキャリーニの論文内容(Lancet の2011年論文)が異なるので、論文はねつ造・改ざんだと非難した。

以下の論文の著者名を見ると、非難した4人の医師のうち、1人だけ、Karl-Henrik Grinnemoだけが著者に入っている。

ねつ造・改ざんと指摘された複数の指摘点のうち、2点を書くと、以下のようだ。

「Lancet の2011年論文」では、プラスチック製気管の表面は「ほとんど健康な上皮細胞で部分的におおわれていた」と記述してある。これは、細胞層が十分に生育し表面は保護できていると受け取れるが、生体組織検査のリポートにはそういう証拠はない。

同じく「Lancet の2011年論文」では、「移植された気管は、隣接した組織としっかり結合し、ほぼ正常の気道として働いていた」と記述されている。しかし、気管支鏡の記録では、気管と気管支(気管から肺に導く管)の間にギャップがあって、気道を安定に保つためにステントが必要だったと記述してある。

途中ですが、【白楽の疑問】・・・ 少し理解できないのは、非難している4人のうちの1人・Karl-Henrik Grinnemoは「Lancet の2011年論文」の共著者である。どうして、自分が共著者になっている論文を自分で非難しているのだろう? 発表してから非難しないで、論文作成時に問題点を議論すべきで、納得できないなら著者になるべきではないだろう。それに、他の3人は、パウロ・マッキャリーニの幹細胞人工気管移植手術に加わったのに、どうして論文の著者ではなかったのだろう。納得できずに著者にならなかったのか? あるいは、本人は貢献したと思っているのに、パウロ・マッキャリーニに論文の共著者にしてもらえるほどには評価されなかったのか? そしてそのことを恨んでいるのか? あるいは貢献は十分だったが、マッキャリーニとの人間関係の悪化で、著者にしてもらえなかったのか? どうもヘンだ。白楽の疑問はこのままにし、次行こう。

SUBjpBODY3-articleInline記者の質問に対して、パウロ・マッキャリーニは、「現在、不正疑惑に関して外部の委員会が調査中なので、論文と治療記録の間の矛盾など、特定の項目についてお答えできません。これは、調査中の事項に関して当事者がとるべき態度としてはまっとうだと理解しています。私は、委員会の調査を歓迎しています。私は、疑わしい行為、非倫理的行為、誇張した表現、ミスリードを一切しておりません」と述べている。

4人の医師は、「カロリンスカ医科大学でパウロ・マッキャリーニが行なった3つの手術のうちの2つは、カルテにインフォームドコンセントの記載がない。インフォームドコンセントが記録されている唯一のカルテは、手術の17日後に患者がサインしていたものだけだ」と主張した。

パウロ・マッキャリーニに問い合わせると、「私は、もちろん、手術前にインフォームドコンセントを得ています。インフォームドコンセントなしに患者を手術することは、決して、ありません。なぜ手術の17日後の日付になっていたのか、私は存じませんが、それは、ある種の事務的問題ではないでしょうか。患者は手術前、私の目の前で書類にサインをしました。倫理違反は絶対にありません」と述べていた。

2030142014年6月にベルギーのルーヴェン・カトリック大学のピエール・デレア教授(Delaere Pierre、写真出典)がパウロ・マッキャリーニのデータねつ造を指摘していた。

手術後の患者の状態が万全ではないのに、都合の悪い所見を載せずに論文を出版したと指摘したのだ。つまり、ねつ造・改ざんである。カロリンスカ医科大学・規範委員会は第2次調査委員会を発足させた(スミマセン、どれが第1次調査委員会か、白楽は把握していません)。

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第2次調査委員会は、2015年1月末までに、告発した医師たちにインタビューし、早ければ2015年2月末に、カロリンスカ医科大学のアンダース・ハムステン学長(Anders Hamsten、写真出典、撮影Gunnar Ask)に対処方法を報告する。その後、ハムステン学長がどう進めるかを決める。

ハムステン学長は、「過去2回、カロリンスカ医科大学はパウロ・マッキャリーニの論文に研究ネカトがないかどうかを調査した。1回目は2013年7月で2回目は2014年9月である。そして、2回とも、パウロ・マッキャリーニの論文に研究ネカトはなかったと結論した」と述べた。

2015年4月7日、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学のピエール・デレア教授に要請された調査委員会の報告をもとに、ハムステン学長は、パウロ・マッキャリーニは無罪だと裁定した。このことは、1週間後の2015年4月14日に公表された(Artificial trachea pioneer cleared in first of two misconduct cases | Science/AAAS | News)。

★2015年5月21日の「ニューヨークタイムズ」記事から

ピエール・デレア教授に要請された調査とは別に、もう1つ、ウプサラ大学病院のベング・ガーディン名誉教授(Bengt Gerdin)の指摘に対する調査も進行していた。

2015年5月20日のヘンリー・ファウンテン(Henry Fountain)の「ニューヨークタイムズ」記事によると以下のようだ(Inquiry Finds Misconduct by a Top Surgeon, Paolo Macchiarini – The New York Times

ベング・ガーディン名誉教授は、マッキャリーニの2011年のランセット論文などいくつかの論文を調べ、「手術後の患者の状態が万全ではないのに、都合の悪い所見を載せずに論文を出版した。つまり、パウロ・マッキャリーニはねつ造・改ざんをした」と断定した。

3528504_1969_1106ウプサラ大学病院のベング・ガーディン名誉教授(Bengt Gerdin、写真出典)。

2014年11月、カロリンスカ医科大学は調査を開始し、2015年5月19日、カロリンスカ医科大学は調査報告書をスェーデン語で発表した。8日後の5月27日に英語版(42ページ)を公表した。Karolinska releases English translation of misconduct report on trachea surgeon | Science/AAAS | News

★2015年5月19日の「論文撤回監視」記事から

「論文撤回監視」記事(Misconduct found in 7 papers by Macchiarini, says English write-up of investigation – Retraction Watch at Retraction Watch

カロリンスカ医科大学の調査報告書は、7論文(以下は5論文のみ示した)に問題があったとした。

  1. 「Nature Communicationの2014年論文」…最も顕著な問題は、著者のうちの誰も責任を取らない研究結果を発表したことである。発表内容が実際の実施内容と一致せず、「研究上の不正行為」とみなされる。論文には、動物実験の記述を含め多くの問題点/間違いもある。実験内容が曖昧に記述されているのに論文審査で十分な説明・訂正を要求しなかった点は驚くほどである。
  2. 「Lancet の2011年論文」・・・手術の5か月後に臨床結果を記述した論文を投稿しているが、投稿前に、患者を診察し患者の状態を記述するのは必須である。それをしない論文原稿はミスコンダクトである。
  3. 「Lancet の2011年論文」・・・インフォームドコンセントを得ていないのに「得ていた」と記述したのは、研究論文の信頼性を損なうねつ造である。
  4. 省略
  5. 省略
  6. 「J Biomed Mater Res A. の2014年論文」・・・手術の12か月後、患者の健康がとても危険な状況なのに、経過は良好と記述した。これは、「研究上の不正行為」とみなされるミスコンダクトである。患者の状態をチェックしたという病院記録がなかったという弁解は通用しない。
  7. 「Thorac Surg Clin. の2014年論文」・・・治療用資材が不足したため患者に新しい手術を施す状況になった事実を記述せず、手術結果をつくろった。このような意図的な情報非開示は「研究上の不正行為」とみなされるミスコンダクトである。
  8. 「Biomaterialsの2014年論文」・・・手術患者の死亡の主原因を記述せず、手術後の些末な問題を記述しているのは、結果の粉飾である。これは「研究上の不正行為」とみなされるミスコンダクトである。

訴えたベング・ガーディン名誉教授たちと、マッキャリーニの両方に、コメントする時間が2週間与えられた。

2週間後、カロリンスカ医科大学のハムステン学長が決断することになっている。

さてどうなる(なった)のでしょう?

実は、記事執筆終盤時(2015年6月中旬)に、丁度、その決断が報道されるころと踏んだが、なかなか報道されない。

本事件記事を書き終えた後、ウェブへのアップをしばらく遅らせていたが、待てど暮らせど状態になってきた。結末を待たずにアップする。事態が大きく変化すれば、いずれ、追記する。
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ーーーー

2015年6月22日、スウェーデン政府研究機構(Swedish Research Council)は、 カロリンスカ医科大学のACTREM(Advanced Center for Regenerative Medicine、マッキャリーニの研究所)への研究費支給を凍結すると発表した。

2015年6月26日のグレッチェン・ヴォーゲル(Gretchen Vogel)の「サイエンス」記事によると、マッキャリーニは2015年6月26日付けでガーディン名誉教授への24ページの反論をハムステン学長に送付した。

この解読と検証のために、ハムステン学長の決断はもっと遅れるだろうとのことだ。

olaportrait22015年6月29日、カロリンスカ医科大学の上級研究員・オラ・ハーマンソン(Ola Hermanson、写真)はカロリンスカ医科大学の調査報告書に「重要な欠陥と間違いがある」と発表(PDF)した。ハーマンソンは「Lancet の2011年論文」の共著者の1人なので、この文書はマッキャリーニを強く擁護するだろう。

【2015年8月29日 追記】
2015年8月28日、カロリンスカ医科大学は「マッキャリーニは無罪」と発表した。
① Update: Karolinska Institute clears trachea surgeon of misconduct charges | Science/AAAS | News
② Karolinska Institutet clears professor Paolo Macchiarini of scientific misconduct – Techie News
③ Regenerative Medicine Researcher Cleared of Scientific Misconduct Charges – The New York Times

【論文数と撤回論文】

2015年6月17日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)の論文を「Paolo Macchiarini[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015年までの14年間の99論文がヒットした。とても多作である。

2015年6月17日現在、2012年の1論文が撤回されていた。

2008年の1論文が訂正されていた。

  • Clinical transplantation of a tissue-engineered airway.
    Macchiarini P, Jungebluth P, Go T, Asnaghi MA, Rees LE, Cogan TA, Dodson A, Martorell J, Bellini S, Parnigotto PP, Dickinson SC, Hollander AP, Mantero S, Conconi MT, Birchall MA.
    Lancet. 2008 Dec 13;372(9655):2023-30. doi: 10.1016/S0140-6736(08)61598-6. Epub 2008 Nov 18.
    Erratum in: Lancet. 2009 Feb 7;373(9662):462.

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【白楽の感想】

《1》不正は研究習慣病

パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)は、患者の苦痛を除くのが自分の使命と考えていた。それで、今までは単に死ぬのを待つしかなかった患者に、新しい治療法を次々と開発し、命をすくった。そこでは、多少のルール違反は「大事の前の小事」とみなす医療哲学があったと思われる。パウロ・マッキャリーニにとっては自分の偉業に比べれば取るに足らないほど些末なことだったろう。

そういう研究スタイルが彼の研究習慣病なのだろう。そして、大成功をねたむ人々は多い。ある日、些末なことで非難され、不正と糾弾され、逮捕されたのである。

《2》自分は神

米国の医学コンサルタントのホッホハウザーは、治験審査委員会(IRB)の委員を務めた経験をもとに,臨床医学研究者の不正研究の行動価値観には研究者特殊観があると指摘している。臨床医学研究者は「自己中心」、「全知」、「全能」、「処罰されない」という4つの間違った研究者特殊観を持つ人が多い。つまり、臨床医学の権威となり、有名で高い地位になれば、規則・規範を軽視・無視し、自分に都合のよいように解釈する性向が強くなる。それでも、医師仲間・部下・大学(病院)・世間・家族がこの教授を擁護する。

パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)は、「外科医のスーパーマン」「セレブ外科医」とあがめられた。世界的権威の外科医なので、自分は万能で、多少のルール違反は許されると思っていたに違いない。

《3》人間は間違える・失敗する

ルーヴェン・カトリック大学のピエール・デレア教授の告発内容も、ウプサラ大学病院のベング・ガーディン名誉教授の告発内容も、あまりに些末で、重箱の隅のさらに隅をつついているように思える。

人間は誰でも間違いや失敗をする。それがいいとは思わないが、研究論文なので、間違いは訂正すればいい。失敗は、次の研究者が塗り替えていけばいい。

デレア教授やガーディン名誉教授の指摘点は、カロリンスカ医科大学の調査委員会で調査するようなレベルの「研究上の不正行為」だろうか?

新聞はカロリンスカ医科大学が調査委員会を設けたから記事にしたのだろうけど、記事にするような「研究上の不正行為」だろうか? 新聞は、パウロ・マッキャリーニが国際的に有名なスーパー外科医だから記事にしたのだろう。

告発内容が、あまりに些末で、なんかおかしい。研究ネカトの純粋な事件とは思えない。経済抗争や政治抗争がらみの事件ではないのだろうか?

si-tracheaH_0Paolo Macchiarini – Wikipedia

【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Paolo Macchiarini – Retraction Watch at Retraction Watch
② ウィキペディア英語版:Paolo Macchiarini – Wikipedia, the free encyclopedia
③ カロリンスカ医科大学公認の履歴書「Qualifications portfolio for teachers and researchers at Karolinska Institutet: Curriculum vitae」、2010年2月4日:http://www.regmedgrant.com/files/CV_eng.pdf
④ 記事中の写真は、出典を記載していない場合も白楽に所有権はありません。