2016年9月6日掲載。
ワンポイント:【長文注意】。韓国研究財団が支援する研究倫理政策研究プロジェクト「主要先進国の研究倫理政策とガバナンス研究」に参加しているキ厶・チイン助敎授の質問に、白楽が回答した。その質問と回答を羅列した。
【追記】
・2021年5月、文部科学省・研究公正推進室:文科省の取組
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
概略
Ⅰ.日本の研究倫理ガバナンスに関して:日本では政府が研究倫理確立のために具体的にどんな努力をしているかについて
Ⅱ.研究不正行為発生時、検証手続について
Ⅲ.大学及び研究機関の研究倫理教育について
白楽の感想
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●【概略】
韓国研究財団が、研究倫理政策研究プロジェクト「主要先進国の研究倫理政策とガバナンス研究」を支援し、その政策研究プロジェクトに参加しているキ厶・チイン助敎授の質問に白楽が回答した。
研究倫理について、韓国の状況を理解する一助、そして、日本の状況を理解する一助にもなると考え、キ厶・チイン助敎授の許可を得て掲載する。
質問文はキ厶・チイン助敎授に著作権がある。
なお、韓国研究財団(NRF:National Research Foundation of Korea、http://www.nrf.re.kr/nrf_eng_cms/)は、日本の科学技術振興機構(JST)の説明によると、以下のようだ。
韓国研究財団は、2009年に韓国科学財団、韓国学術振興財団、国際科学技術協力財団の3つの機関が統合され発足した、韓国の競争的資金を一手に取り扱うファンディングエージェンシー。支援対象分野は人文社会科学から自然科学までありとあらゆる分野を対象としている。
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●Ⅰ.日本の研究倫理ガバナンスに関して:日本では政府が研究倫理確立のために具体的にどんな努力をしているかについて
1。韓国ではソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)敎授の捏造事件が国家的次元の研究倫理に関する法令等が動き出した切っ掛けです。日本にもそのような切っ掛けになった大事件がありますか。
回答:1つの大きな事件が切っ掛けとなり、すべてが動き出したという流れではありませんでした。いくつかの中程度と小程度の事件が起こり、中程度の事件をメディアが大きく取り上げ、政府が動き出しました。政府側に意識の高い人(例:黒川清)がいたことも重要です。
2000年11月5日、民間の考古学研究者である藤村新一の旧石器ねつ造事件が発覚した。メディアがこのねつ造事件を大々的に報じた。日本にとって残念だったことは、主流大学の学術的に著名な教授のねつ造事件ではなく、趣味で研究をしている民間人の事件だったことだ。このことで学術界が真剣に向き合うことが遅れた。
→ 旧石器捏造事件 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%8D%8F%E9%80%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6
この旧石器ねつ造事件が契機になり、その後、テレビや新聞が大学・研究所の研究ネカト(ねつ造・改ざん・盗用)事件と研究費不正事件を報道するようになった。
2002年の米国・ベル研のシェーン事件の報道も大々的に取り上げられた。その事件は、2004年10月9日にNHKテレビでBSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」として放送され、大きな反響を呼んだ。
→ NHK コンクール受賞番組
http://www6.nhk.or.jp/awards/award/program.html?i=20050614_01(保存版)
2003年頃から日本学術会議が研究ネカト問題の検討を始めた。 → 2003年6月24日に「科学における不正行為とその防止について」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-18-t995-1.pdf)(保存版)
2003年に黒川清(医師、生命科学者)が日本学術会議の会長に就任し、研究不正問題を熱心に扱った。白楽研究室に電話してくるほど熱心だった。
→ 2005年8月31日、日本学術会議|日本学術会議会長コメントhttp://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/comment/050831.html
(保存版)
→ 黒川清 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%B7%9D%E6%B8%85
同時期、総合科学技術会議なども研究不正問題に動き出した。
2006年8月8日、最終的に、文部科学省が「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」を発表したことで、日本政府の対応は一段落した。
→ 「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/06082316.htm(保存版)
2。日本政府は大学や研究機関の研究倫理確立のために 国家次元でどのような政策と支援(予算等)を行なっていますか。
回答:日本政府は、2015年4月に文部科学省内に研究公正推進室を設置し、研究公正の企画、立案、推進を開始した。
それ以前の2012年、文部科学省は、2012年から2017年までの5年間、「大学間連携共同教育推進事業」の1つとして「研究者育成の為の行動規範教育の標準化と教育システムの全国展開(CITI Japan プロジェクト)」を助成した。目的は、大学院生の研究倫理教育をシステムとして確立するためである。この研究倫理プログラムは、研究機関の研究員も利用できる。
→ 大学間連携ポータル 研究者育成の為の行動規範教育の標準化と教育システムの全国展開 http://daigakukan-renkei.jp/b005/(保存版)
CITI Japan プロジェクトの予算は2013年に5,600万円、2014年に5,500万円で、2017年3月末まで毎年少し減額され(推定)、助成される。
→ http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/021/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/01/31/1343731_04.pdf(保存版)
2015年4月1日に発足した日本医療研究開発機構(AMED;Japan Agency for Medical Research and Development)は、内閣府所管の国立研究開発法人である。人員約300人で、予算は1,400億円である。
2016年10月20日、研究ネカト対象に、2016年~2018年の3年間の研究助成を公募した(締め切りは2016年11月18日)。
→ 平成28年度「研究公正高度化モデル開発支援事業」に係る公募について | 公募情報 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機 (保存版)、 公募要領(保存版)
- 研究倫理教育に関するモデル教材・プログラムの開発:1課題の上限、年間30,000千円程度(間接経費を含む)、 最長3年度、0~8課題程度
[本プログラムの取組で要求される事項]
1) 本モデル教材・プログラムの主な対象は、医療分野の研究開発における次の項目とします。
・特定不正行為(捏造、改ざん、盗用)の防止
・研究データの信頼性確保、研究データの保管・管理
・研究費の不正使用防止
・臨床研究関連(研究倫理審査コンサルタントの育成、倫理審査委員会の委員の教育など)
・利益相反管理
2) 受講者層(大学院生、研究員、研究リーダー、倫理審査委員会の委員、事務担当者など)に応じた受講内容及びカリキュラムの設定をすることを求めます。 - 研究公正の取組み強化のための調査研究:1課題の上限、年間10,000千円程度(間接経費を含む)、最長3年度、0~3課題程度
[想定される研究課題例]
1)過去の不正事例、各種統計データ等の収集、調査・分析等を通じて、不正発生の要因・メカニズムを分析する。
2)不正実行者(及び不正実行直前で思い留まった人)などの、不正を行うに至った要因を心理学的な面から解析する。
3.最近文部科学省内に'研究公正推進室'が設置されたと聞いていますが、その機関の具体的な役割は何ですか。 研究不正行為発生した場合 直接 調査にかかわったりもしますか。
回答:2015年4月に設置した研究公正推進室の役割は、研究公正の企画、立案、推進で、具体的には、研修や講演会などを開催し、大学の研究公正体制のチェックをしている。
→ 研究機関における研究倫理教育に関する調査・分析
2014年度:http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1357901.htm
(保存版)
2015年度:http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1368869.htm(保存版)
研究ネカト者の公表もしている。
→ 研究活動における不正事案について:文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1360483.htm(保存版)
→ 文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案(一覧):文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1360839.htm(保存版)
ただし、告発事案を、直接、調査することはない。告発窓口は別の部局にあり、研究公正推進室にはない。
なお、以下は、研究公正推進室に関する文部科学省組織の規則です。
――― 文部科学省組織規則
第四十九条 人材政策課に、人材政策推進室及び研究公正推進室を置く。
4 研究公正推進室は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 科学技術に関する研究者に関する基本的な政策のうち研究開発の公正な実施の推進に係るものに関する企画及び立案並びに推進に関すること。
二 科学技術に関する研究者に関する関係行政機関の事務の調整に関する事務のうち研究開発の公正な実施の推進に係るものに関すること。
三 研究者の養成及び資質の向上に関する事務(研究開発局の所掌に属するものを除く。)のうち研究開発の公正な実施の推進に係るものに関すること。
―――
→ 文部科学省組織規則http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H13/H13F20001000001.html (保存版)
4。日本の代表的な国家支援の研究費支援(配分)機関がありますか。あるなら何という機関で、この機関達で研究倫理ガバナンスはどう構築されていますか。
回答:日本学術振興会(JSPS)と科学技術振興機構(JST)が日本の代表的な国家支援の研究費支援(配分)機関です。2つとも、文部科学省系列の研究助成機関です。
科学技術振興機構(JST)の例を示します。
→ 全体のサイト:http://www.jst.go.jp/researchintegrity/(保存版)
科学技術振興機構(JST)の研究公正ポータルサイト(2016年4月設置?)には、ガイドライン、教材、研究不正事案などがあります。
→ 研究公正ポータル http://www.jst.go.jp/kousei_p/index.html(保存版)
なお、科学技術振興機構(JST)の研究費を申請する場合、CITI Japan プロジェクトのような研究公正研修の受講が義務化されています。
5。日本学術振興会(JSPS)、理化學硏究所、科学技術振興機構(JST)の機関は政府機関ですか。それらの機関と政府は(文部科学省、厚生労働省等)との関係はどうなっていますか。
回答:政府機関です。日本学術振興会(JSPS)と科学技術振興機構(JST)は文部科学省系列の研究助成機関です。理化學硏究所は文部科学省系列の巨大な研究所です。
日本は縦社会なので、特定の学問(例:生命科学研究)を日本政府が一括して研究助成することはなく、各省庁がそれぞれ独立に助成しています(ある程度の相互連絡はある)。
例えば、厚生労働省には文部科学省とは別に、厚生労働科学研究費制度があり、主として厚生労働省の研究所に助成しています。業務は、大臣官房 厚生科学課が扱っています。
→ 研究事業 |厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/ (保存版)
→ 2015年度、日本政府の競争的資金制度一覧 http://www.tsc.u-tokai.ac.jp/pubhome/ikenkyu/03youshiki/19projectkenkyu/format/2016/2015.pdf (保存版)
6。現在日本の研究倫理確立に関して、直面している問題、もしくは争点と改善するべきところは何だと思いますか。また、これらのために政府もしくは大学はどのような準備をしていますか。
回答:立場により、問題点、争点、改善点が異なります。
政府側の立場の意見を、2016年7月21日の講演会の内容(引用の2番目)から抜粋し羅列する。
- 日本の課題として、アメリカでは証拠を迅速に押収できるが、日本では委員会組織が対応するため意思決定に時間
がかかる - 日本には国レベルの ORI が無く、不正調査を行う人材が不足している
- 調査委員の選定について、日本では専門家が限られ、また調査委員となる教員の負荷が重く、必ずしも前向きに受け入れられている訳ではない
- 文部科学省・研究公正推進室・広瀬登室長の発表では以下の点。
文部科学省のガイドラインの趣旨が十分に浸透していない。
文部科学省では、今後、履行状況調査の結果や取組事例の普及・啓発(説明会の実施、先進的・特徴的な取組の把握・啓発)、個別機関に対する指導・助言(履行状況のフォローアップ、公募型研究資金へ応募する機関からのチェックリスト提出)に取り組む。
→ 2016年7月21日、「ORI(米国研究公正局)に聞く 医学研究における不正の防止と調査」講演者など http://www.amed.go.jp/news/event/amed160628.html(保存版)
→ 上記の講演会の内容 http://www.jst.go.jp/kousei_p/kousei_pdf/20160721amedsymposium.pdf(保存版)
→ 2015年11月27日の文部科学省・研究公正推進室・広瀬登室長の発表に政府の見解がさらに読み取れるかもしれません。 https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/2015_2.pdf(保存版)
大学の一般論はわかりません。個々の大学が問題にし、改善している例として、東京大学を例に挙げます。東京大学の取り組みは、日本の大学の平均値ではなく、ベスト3大学の1つ(白楽の推定)です。
東京大学は、2014年3月に「研究倫理アクションプラン 」を発表した。そこから抜粋し羅列する。http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400006402.pdf(保存版)
- 学部前期課程、学部後期課程及び大学院において、それぞれの段階に応じた研究倫理教育をすべての学部・研究科で実施する。
- 独立した研究者また指導者として身に付けるべき研究倫理を修得させるため、採用時をはじめとする各キャリアに応じた研究倫理研修を実施する。
- 高い倫理観をもった責任ある研究活動が常日頃から行われるよう、学生、研究者の研究倫理定着のための啓発活動の充実を図る。
- 研究倫理推進部署の設置など本部及び部局の研究倫理推進体制を強化し、責任ある研究活動実施のための体制を整備する。
- 研究データの保存等に関するルール作りや研究者間の円滑なコミュニケーションを増進させる取組などにより、責任ある研究活動が実現される環境の整備を図る。
- 研究活動の不正行為について、迅速かつ徹底した調査を行うための体制の整備、ルール等の改善を推進する。
- 研究活動における不正行為に対して厳格な措置を講じるとともに、その事例を教訓として同種の不正行為についての再発防止を徹底する。
- 本アクションプランに基づき、すべての部局において学問分野の特性等を踏まえた研究倫理教育・研修や体制整備等の取組を推進する。
- 各部局の取組状況を定期的に把握し、研究倫理教育等のさらなる充実や体制の見直しに努める。
東京大学の「研究倫理アクションプラン 」は、1年半後の2015年9月30日に、取組状況が発表された(東京大学・長棟輝行)。
https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/2-TokyoUniv.pdf
白楽の意見は別の質問で答えます。
7。日本政府の研究倫理に関する政策、システムの特徴は何だと思いますか。欧米と比べて長所と短所は何だと思いますか。
回答:日本の研究倫理に関する政策・システムの特徴は、米国の政策・システムを10-25年遅れで、形式的に追従していることです。
長所は、米国や欧州を追う立場なので、効率よく、米国レベルに到達できることです。
短所は、①米国レベルに到達し、越えようという意欲・意識がない。②科学研究に十分な知識・経験のない官僚が研究ネカト政策を主導するため、いわゆる日本官僚に共通する短所がある(長所もあるが)。③米国の研究公正局のような国家システムがなく、研究倫理システムそのもの弱体である。④大学に研究倫理を扱う研究室が1つ2つしかなく、研究倫理の教授・研究者がほとんどいない。それで、日本の研究倫理の知識・スキルが増えない。また、研究倫理の人材が育たない。
8。日本政府では国家的に研究不正行為発生の件数とか研究倫理教育実績等を定期的に収集し発表しますか。そうなら、その具体的な資料はどこで確認できますか。この三年間日本で一番多く発生した研究不正行為は何で、何故そのような結果が出たと思いますか。
回答:日本政府は、2015年4月以前は研究ネカトの件数を収集・発表していません。
2015年4月以降、文部科学省は研究ネカト行為をウェブサイトで発表している。
→ 文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案(一覧):文部科学省http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1360839.htm(保存版)
研究倫理教育実績等は従来は定期的に収集していませんでしたが、2014年からしています。
→ 研究機関における研究倫理教育に関する調査・分析
2014年度:http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1357901.htm
(保存版)
2015年度:http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1368869.htm(保存版)
2016年7月、研究不正への対応体制整備等の取組状況を各大学・研究機関に依頼しています。
→ (事務連絡)「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に基づく取組状況に係るチェックリストの提出について(依頼)(平成28年7月15日):文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1374508.htm(保存版)
この3年間の日本の研究ネカト行為は、白楽の概算ですが、以下の通りです。
ねつ造・改ざんは、2015年に14人、2014年に11人、2013年に2人、計27人。盗用は、2015年に16人、2014年に12人、2013年に5人、計33人。
→ 「[1‐1‐4.研究ネカトは増えているのか? | 研究倫理](http://haklak.com/page_increase.html)」
盗用が一番多い(33人)が、ねつ造・改ざん人数(27人)と大差ありません。何故そのような結果が出たのかは、何故と言われても、日本の現実をそのまま反映したのだと思います。
9。韓国では研究倫理不正行為の大半は盗用の問題で、盗用可否を判断するための明確なガイドラインが必要だとの声が多いです。日本には盗用に関してのガイドラインがありますか。又はそのガイドラインを作ろうとする動きはありますか。
回答:文部科学省は盗用を「他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。」と2006年版ガイドラインで定義しました(2014年版ガイドラインでも変更なし)。
日本政府および助成機関は、それ以上の解説をほとんどしていません。つまり、「盗用可否を判断するための明確なガイドライン」はありません。
東京大学は少し詳しく解説しています。
●研究室の同僚がミーティングで発表したアイデアを自らのアイデアとして公表した。
●論文を作成する際、序論や先行研究の説明は重要ではないと考え、他者の論文からそのまま流用した。
●インターネットで見つけた他人の文章を切り貼りして自分のレポートとして提出した。
→ http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400030733.pdf(保存版)
しかし、東京大学の解説も「盗用可否を判断するための明確なガイドライン」ではありません。白楽は、「盗用可否を判断するための明確なガイドライン」が必要だと強く思いますが、日本政府や大学には作る動きがありません。
10.日本の研究倫理確立を妨げている日本独特の研究雰囲気(韓国とすれば儒教的な考え方と慣習等)があるとしたら何だと思いますか。またそれを変えていくにはどのように処するべきだと思いますか。
回答:白楽の考えを述べます。
アメリカの文化人類学者のルース・ベネディクトが、1946年に著書『菊と刀』で示したように、日本にはかつて、世間の目を気にする恥の文化がありました。また、誇りや社会正義も生き方として普及していました。
しかし、現代では、一般的に、誇りや社会正義よりも、自分の富(カネ)や地位(面子)を優先する価値観がとても強い。
この価値観が学術界にも浸透しています。だから、ズルしてでも得だから研究ネカトをする、そういう人たちが増えてきています。
もう1つ、日本は、医師・科学者・大学教授を特別視する風潮が強い。特定分野の専門家でしかないのに、医師・科学者・大学教授は、人格が優れ、万能な人間のように扱われる傾向がある。
だから、研究倫理について教育訓練し、規則を守らせる努力をしなくても、医師・科学者・大学教授は自律的に倫理的な行動をするとみなす傾向があります。その結果、研究倫理体制は穴だらけになります。
「それを変えていくにはどのように処するべきだと思いますか」。
1つ目は、現在の日本の研究倫理システムを大幅に改善することです。改善点を1つ1つ示しませんが、たくさんあります。
2つ目は、研究活動は世界共通です。だから、研究規範も世界共通です。日本の文化がどうであれ、研究の場では、世界標準で行動するしかありません。世界標準になっている欧米の研究規範を学び、合わせるしかありません。それができない人は研究界から排除されるべきです。勿論、欧米の研究規範がすべて優れているわけではありません。韓国や日本の研究規範が優れていれば、それを欧米に取り入れさせ世界標準にする必要があります。
●Ⅱ.研究不正行為発生時、検証手続について
1.研究不正行為 が発生した場合大体どのような通路を通して 情報提供 をしますか。 大学や研究機関内で発生した不正行為を提報する時、その機関ではない別の機関の窓口(例えば 文部科学省等)に提報することも出来ますか。それと、国レベルで(例えば文部科学省等)管理している窓口がありますか。もしあるなら、告発があった場合どう対応しますか。 研究不正行為があったところが大学なら大学に、 研究機関なら 研究機関に 自律的に調査をするように命じますか。 それとも国レベルの機関から職員を派遣して 調査と 検証を行う場合もありますか。
回答:告発窓口は文部科学省や研究助成機関にもありますが、受け付けても、実際に調査するのは大学・研究所です。大学・研究所にも告発窓口はあります。
「国レベルの機関から職員を派遣して 調査と 検証を行う場合もありますか」。
ありません。
2.研究不正行為の情報提供者(whistleblower等)と被調査者を保護するためのルールはありますか。
回答:保護のルールはありますが、情報提供者と被調査者はしばしば危険にさらされます。日本では、この10年間で、研究ネカト関係者(情報提供者、被調査者)が4人自殺しています。この自殺率は一般の50倍です。
→ 「[1‐5‐9.研究ネカトで自殺者をだすな!](http://haklak.com/page_Suicide.html)」
保護のルールを文部科学省の2014年版ガイドラインから以下に引用します。少し長いです。
3-3 告発者・被告発者の取扱い
① 告発を受け付ける場合、個室で面談したり、電話や電子メールなどを窓口の担当職員以外は見聞できないようにしたりするなど、告発内容や告発者(「3-2 告発の取扱い」⑥及び⑦における相談者を含む。以下「3-3告発者・被告発者の取扱い」において同じ。)の秘密を守るため適切な方法を講じなければならない。
② 研究・配分機関は、受付窓口に寄せられた告発の告発者、被告発者、告発内容及び調査内容について、調査結果の公表まで、告発者及び被告発者の意に反して調査関係者以外に漏えいしないよう、関係者の秘密保持を徹底する。
③ 調査事案が漏えいした場合、研究・配分機関は告発者及び被告発者の了解を得て、調査中にかかわらず調査事案について公に説明することができる。
ただし、告発者又は被告発者の責により漏えいした場合は、当人の了解は不要とする。
④ 研究・配分機関は、悪意(被告発者を陥れるため、又は被告発者が行う研究を妨害するためなど、専ら被告発者に何らかの損害を与えることや被告発者が所属する機関・組織等に不利益を与えることを目的とする意思。以下同じ。)に基づく告発を防止するため、告発は原則として顕名によるもののみ受け付けることや、告発には不正とする科学的な合理性のある理由を示すことが必要であること、告発者に調査に協力を求める場合があること、調査の
結果、悪意に基づく告発であったことが判明した場合は、氏名の公表や懲戒処分、刑事告発があり得ることなどを当該研究・配分機関内外にあらかじめ周知する。
⑤ 研究・配分機関は、悪意に基づく告発であることが判明しない限り、単に告発したことを理由に、告発者に対し、解雇、降格、減給その他不利益な取扱いをしてはならない。
⑥ 研究・配分機関は、相当な理由なしに、単に告発がなされたことのみをもって、被告発者の研究活動を部分的又は全面的に禁止したり、解雇、降格、減給その他不利益な取扱いをしたりしてはならない。
→ 文部科学省の2014年8月26日「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」p12 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf
3.研究不正行為の検証結果に対し不服する場合、情報提供者とか被調査者はどうしますか。法廷に研究不正行為か否かの最終判断を要請する場合もありますか。あるならどのくらいですか。
回答:文部科学省は、2014年版ガイドラインで次のように指示しています。
(5)不服申立て
① 特定不正行為と認定された被告発者は、あらかじめ調査機関が定めた期間内に、調査機関に不服申立てをすることができる。ただし、その期間内であっても、同一理由による不服申立てを繰り返すことはできない。
→ 文部科学省の2014年8月26日「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」p18 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf
告発者が不服申立てする場合の手順の記載がありません。告発者は不服申立てをできない仕組みです。
「法廷に研究不正行為か否かの最終判断を要請する」ことはありません。大学・研究所が最終判断をします。ただ、その判断・処分が不当であるという理由で、告発者と被告発者が法廷に訴える例はあります。
→ 解雇不当:兵庫医大の元教授が提訴 損害賠償も 地裁 /兵庫 – 毎日新聞 https://archive.is/XhqVY
→ 免職無効訴訟、外国論文盗用で諭旨免職は無効 神戸市外大の元准教授が提訴 (全国国公私立大学の事件情報) http://university.main.jp/blog5/archives/2008/04/post_1321.html(保存版)
→ 京都大学の博士論文が著作権侵害 解説:http://www.u-pat.com/d-49.pdf (保存版)。判例:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/575/009575_hanrei.pdf(保存版)
→ 大阪工業大学大学院知的財産研究科教授らによる論文剽窃事案について (1/2) http://blogos.com/article/137111/(保存版)
4.大学が 競争的資金を支援されて課題を実行している途中で研究不正行為が発生した場合、どの機関の窓口を優先して通報するようになっていますか。 競争的資金を配分した機関ですかそれとも研究者が属している大学ですか。またこのような場合、 競争的資金を配分した機関が調査に直接かかわるようになっていますか。それとも 大学が自体的に 調査した結果の報告を受けるだけでいいですか。
回答:優先すべき通報窓口はありません。競争的資金を配分する研究助成機関は、通報を受ければ、該当の大学・研究所に連絡し、大学・研究所が調査をします。
研究助成機関が調査に直接かかわることはありません。調査結果の報告を受けるだけです。
5.研究不正行為が発生した場合、どのように処罰をするかはその行為をした研究者が属している大学や機関の規程にゆだねられる方ですか。 大学や機関が処罰の程度を決めるために参考する基準とかはありますか。
回答:研究ネカト者の処分は該当の大学・研究所の判断に依存します。「参考する基準」は示されていません。過去の例を参考に判断しますが、「参考する基準」が示されていないため、大学・研究所によって処分の軽重にバラつきが生じます。白楽は、この点、かなり問題だと思っています。
処分の軽重にバラつきが生じるため、納得しない研究ネカト者が裁判を起こしています。
→ 解雇不当:兵庫医大の元教授が提訴 損害賠償も 地裁 /兵庫 – 毎日新聞 https://archive.is/XhqVY
→ 免職無効訴訟、外国論文盗用で諭旨免職は無効 神戸市外大の元准教授が提訴 (全国国公私立大学の事件情報) http://university.main.jp/blog5/archives/2008/04/post_1321.html(保存版)
●Ⅲ.大学及び研究機関の研究倫理教育について
1.日本は研究倫理教育のために挙げて公的に管理しているウェブサイトとコンテンツを持っていますか。あるなら、ウェブサイトのアドレスはなんですか。(例えば韓国では国家研究開発事業等に関しての 規程 33号で研究開発国専門教育機関に指定されている‘国家科学技術人材開発院(http://www.kird.re.kr/front/portal/main/Main.jsp)というウェブサイトに人文社会学のための研究倫理(研究員用・研究責任者用)、理工系のための研究倫理(研究員用・研究責任者用)のイーラニング過程が開設されています。)
回答:科学技術振興機構(JST)の研究公正ポータルサイトには、ガイドライン、教材、研究不正事案などがあります。
→ 研究公正ポータル http://www.jst.go.jp/kousei_p/index.html(保存版)
また、日本学術振興会(JSPS)のウェブサイトにもイーラニング教材が開設されています。
→ 日本学術振興会(JSPS)の無料の研究倫理eラーニングコース https://www.netlearning.co.jp/clients/jsps/top.aspx(保存版)
ただし、どちらも、「人文社会学のための研究倫理」、「理工系のための研究倫理」の分類はありません。
2. 大学 によって違うとは思いますが、日本の大学は大体どのような形で 研究倫理教育を行いますか(オンラインプログラム、オフラインプログラム、一回性、一学期を通して、正規科目として等)(例えば私が属している 大学は修士論文を書く時に上記のサイトでオフライン教育を受け確認書を出す、また最終論文を出す前に指定した類似度検査プログラムを利用してその確認書を出すようにしています。)
回答:大学によって違います。
早稲田大学(大規模私立大学)は、自前のオンラインプログラム「研究倫理概論」を作成し(日本語版と英語版)、早稲田大学の学生・大学院生に受講させ、正規科目として、単位認定している。このように研究倫理教育を整備した大学は、日本では早稲田大学だけだと思う。
→ 早稲田大学 の研究倫理教育科目「研究倫理概論」 http://www.waseda.jp/inst/ore/subject/introduction/(保存版)
下記の大学は、学部生・大学院生向けに、自前の研究倫理教育をしている。
→ 関西医科大学:一回性、医科大学の院生は必修、「研究倫理に関する必修講義」http://www.kmu.ac.jp/graduate_school/2671t80000010udj.html(保存版)
→ 東京大学の研究倫理教育科目:一回性、理学部の学部生と院生は必修 https://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/chem_bbs/jp/jp-undergraduate/424 (保存版)
→ 東京大学の2016年度の研究倫理日程https://apps.adm.s.u-tokyo.ac.jp/WEB_info/p/pub/1497/研究倫理開講日程一覧20160729.pdf(保存版)
→ 研究倫理アクションプランに係る取組状況(東京大学・長棟輝行 2015年9月30日発表)の13頁・14頁。
https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/2-TokyoUniv.pdf
日本のほとんどの大学(99%以上?)は研究倫理を教育できる教員が自分の大学にいない。また、多くの大学教授は、研究倫理教育の重要性を自覚していない。従って、大学外から講師を招いてでも、自分の大学で研究倫理教育を行なおうとすることは少い。
ところが、文部科学省は研究倫理教育をするようプレッシャーをかけている。
それで、多くの大学は、オンラインプログラムを受講させている。
→ 2016年度まで無料のCITI Japan Home Page https://edu.citiprogram.jp/defaultjapan.asp?language=japanese
(保存版)
→ 日本学術振興会(JSPS)の無料の研究倫理eラーニングコース https://www.netlearning.co.jp/clients/jsps/top.aspx(保存版)
3.日本の大学の研究倫理教育内容は学問系列別の特性は反映された内容ですか。(科学、人文社会学等)それとも学問全般に関しての内容ですか。
回答:東京大学を除く日本のほぼ全部の大学は、「CITI Japan プロジェクト」教材を含め、研究倫理教育 を学問系列別に用意できていない。そのため、学問全般を意識して作成されている。ただし、生命科学(含・医学)と自然科学の特性が反映された内容が多い。その場合、内容が人文社会学等の研究倫理教育に合わないという批判がでている。
東京大学は例外である。前述したように「研究倫理アクションプラン」で「学部前期課程、学部後期課程及び大学院において、それぞれの段階に応じた研究倫理教育をすべての学部・研究科で実施する」と計画し、各学部・研究科単位で研究倫理教育をしている。そのために東京大学・長棟輝行 2015年9月30日発表、学問系列別の特性が反映された内容だと思われる(東京大学・長棟輝行 https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/2-TokyoUniv.pdf)。
4.日本の大学の中で研究倫理教育のシステムがとてもよく整えられている大学をいくつか推薦して頂けますか。(参考にしたいためです)
回答:①早稲田大学(大規模私立大学)。大きな事件を起こしたが、早くから専門の事務局「研究倫理オフィス」を設け、教育、研修、ウェブサイト充実に熱心である。日本で一番優れていると思う。
→ 早稲田大学 研究倫理オフィス http://www.waseda.jp/inst/ore/ (保存版)
→ 早稲田大学 の研究倫理教育科目「研究倫理概論」 http://www.waseda.jp/inst/ore/subject/introduction/(保存版)
②東京大学(大規模国立大学)。東京大学も研究ネカト事件が多発した。学長レベルから率先して研究倫理に取り組み、調査の流れ、調査結果を公開し、透明性にも優れている。
「研究倫理教育のシステムがとてもよく整えられている」かと問われると、「とてもよく」ではないが「整えられている」。日本の大学で2番目に推薦できる。
→ 科学研究行動規範 | 東京大学 http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/administration/codeofconduct/
→ 東京大学の研究倫理教育科目:一回性、理学部の学部生と院生は必修 https://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/chem_bbs/jp/jp-undergraduate/424 (保存版)
→ 東京大学の研究倫理教育科目の2016年度日程https://apps.adm.s.u-tokyo.ac.jp/WEB_info/p/pub/1497/研究倫理開講日程一覧20160729.pdf(保存版)
→ 東京大学の各学部・研究科単位で研究倫理教育をしている。13頁・14頁。
https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/2-TokyoUniv.pdf
5.白楽様が思うには日本の大学で研究倫理の側面でこれから一番力を入れて解決していくべきの問題は何だと思いますか。
回答:以前から主張しているのですが、米国の研究公正局よりも優れた国家組織・研究公正委員会(仮称)を日本政府が設立することです。
国家組織・研究公正委員会(仮称)が一元的に日本全体の研究倫理を統括する。研究倫理の教育・調査・研究助成・訴訟をする。米国の研究公正局は訴追機能はありませんが、日本では訴追する機能を付与する。研究ネカトを犯罪とする法律も作る。
一方、政府機関に研究公正委員会(仮称)を作ると、官憲力が強大になりすぎる。日本の学術研究を委縮・ゆがめ、学術研究の健全な発展を阻害する面がある。もちろん、いつの時代・どんな体制でも、国家権力にすり寄る研究者は多いが、研究者中心の組織(含・学会)を確立し、中立の研究活動と研究者の育成をはかる必要がある。そのために、各大学に科学研究文化を専門とする研究室(教授1人+准教授1人+助教1人)を設け、政府の研究公正委員会(仮称)と対峙・監視・緊張を保った協力をはかる。
この研究室は、研究テーマにバラエティを持たせ、研究倫理を中心に据える大学、大学管理・経営学、科学コミュニケーションなどを中心に据える大学など、学問と社会を結ぶテーマなら何でもよいとする。ただ、少なくとも、その研究室の教授に、米国の大学に設置されている研究公正官(Research Integrity Officer)と同じ役目を担わせる。
●【白楽の感想】
キ厶・チイン先生に白楽の感想を求められたわけではないが、感想を書く。
白楽から見ると、韓国の研究倫理事件は、文化的に根が深い。例えば、9年前の2007年の新聞記事を読むと、学歴詐称者を解雇していない。
→ Most academic fakes still in the same job-INSIDE Korea JoongAng Daily
http://koreajoongangdaily.joins.com/news/article/article.aspx?aid=2882622(保存版)
4年前の2012年の新聞記事では、世界が「韓国は盗用天国」と認識してしまう。
→ Plagiarizers‘ paradise
http://www.koreatimes.co.kr/www/news/opinon/2012/04/137_108333.html(保存版)
上記2つの新聞記事を読むと、韓国の研究倫理の改善にはかなりの熱意と年月がかかるだろう、と感じる。
なお、日本も多数の研究ネカト者を解雇していない。また、日本は「ネカト天国」ではないと思いたいが、事実として「ネカト地獄」にはなっていない。
キ厶・チイン先生の質問に答えながら、研究倫理では、日本も韓国と同じ問題を抱えていると感じた。韓国の問題を日本の問題ととらえ、韓国の改善を日本も学べるといいなと思った。
最後になるが、キ厶・チイン先生の質問のおかげで、研究倫理の問題を異なる視点から考える良い機会になった。質問してくれたキ厶・チイン先生に感謝する。