2022年2月5日掲載
ワンポイント:スタートがトロント大学(University of Toronto)・院生の時に出版した複数の論文の統計処理がオカシイ、データが提示されていない、リポジトリ「ドライアド(Dryad)」にないと、2020年8月~9月(28歳?)に「パブピア(PubPeer)」で指摘された。生データが提示できない理由は、ノートパソコンの盗難だとスタートは弁明した。この弁明は、ネカト調査では、ウソの言い訳と判定される。ところが、窃盗犯として有罪になった男がスタートのノートパソコンも盗んでいたと司法省が認めた。とはいえ、4論文が訂正、6論文が懸念表明、3論文が撤回で、結局、スタートは研究者以外の道に進んだ。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
デノン・スタート(Denon Start、ORCID iD:?、写真出典、保存版)は、2019年(27歳?)、カナダのトロント大学(University of Toronto)で研究博士号(PhD)を取得し、米国のカリフォルニア大学デービス校(University of Toronto)・ポスドクになった。専門は生態学だった。
米国でポスドクをしていた時、問題が発覚した。しかし、問題の論文はカナダのトロント大学・院生だった時に出版した論文である。それで、カナダの事件として扱った。
2020年8月~9月(28歳?)、「パブピア(PubPeer)」が、デノン・スタート(Denon Start)の複数の論文に問題点を指摘した。例えば、統計処理がオカシイ、データが提示されていない、またはリポジトリ「ドライアド(Dryad )」にない、と指摘した。
2021年4月5日(29歳?)、学術誌「American Naturalist」のダニエル・ボルニック編集長(Daniel Bolnick)は、統計処理とデータ・リポジトリの異常を知り、スタートの3論文に懸念表明(Expression of Concern)を付けた。
2022年2月4日(30歳?)現在、結局、4論文が訂正、6論文が懸念表明、3論文が撤回で、これら全13論文は2016~2019年(24~27歳?)に出版された。
懸念表明の付いた1論文を含め、2018~2019年に出版された3論文が、2021年8~10月に撤回された。
スタート事件はデータねつ造・改ざんではないが、生データが提示できていなかった。その理由は、ノートパソコンの盗難だとスタートは弁明した。
ネカト調査では、一般的に、この弁明は、ウソの言い訳と判定される。
しかし、スタートの弁明は事実だった。
2020年3月、当時41歳だったマイケル・ウェイン・ピッカリング(Michael Wayne Pickering)は、窃盗犯で有罪になった。
学術誌「American Naturalist」のダニエル・ボルニック編集長(Daniel Bolnick)が、ピッカリングの窃盗事件にピンときて、司法省に問い合わせた。
そして、ピッカリングは、スタートの車内からノートパソコンを盗んでいたことが明らかになった。
なお、トロント大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングでカナダ第1位の大学である(World University Rankings 2022 | Times Higher Education (THE))。
トロント大学(University of Toronto)。Photo by Jonathan Qu and Kevin Li。写真出典
- 国:カナダ
- 成長国:カナダ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:トロント大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1992年1月1日生まれとする。2014年に大学・学部を卒業した時を22歳とした
- 現在の年齢:32 歳?
- 分野:生態学
- 不正論文発表:2016~2019年(24~27歳?)の4年間
- 発覚年:2020年(28歳?)
- 発覚時地位:米国のカリフォルニア大学デービス校(University of Toronto)・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は「パブピア(PubPeer)」
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「American Naturalist」のダニエル・ボルニック編集長(Daniel Bolnick、コネチカット大学・教授)
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。大学は調査していない
- 大学の透明性:調査していない、発表なし(✖)
- 不正:統計処理がオカシイ。データがリポジトリになし
- 不正論文数:4論文が訂正、6論文が懸念表明、3論文が撤回
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:ポスドク解雇(辞職?)
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:(2) Denon Start | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1992年1月1日生まれとする。2014年に大学・学部を卒業した時を22歳とした
- 2014年(22歳?):カナダのレイクヘッド大学(Lakehead University)・学部生への学長賞・受賞
- 2014年(22歳?):カナダのレイクヘッド大学(Lakehead University)・学士号:生物学
- 2014 – 2019年(22 – 27歳?):カナダのトロント大学(University of Toronto)・院生
- 2019年(27歳?):同大学で研究博士号(PhD)を取得
- 2019年(27歳?):米国のカリフォルニア大学デービス校(University of Toronto)・ポスドク
- 2019年(27歳?):不正研究が発覚する
- 2020年9月3日(28歳?):同・辞職
- 2022年2月4日(30歳?)現在:雇用主は非公表
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★優秀な学生
デノン・スタート(Denon Start、写真出典)は優秀な学生だった。
2014年(22歳?)、カナダのレイクヘッド大学(Lakehead University)の学部時代に「学長賞」を受賞している → 2014年記事:Denon Start receives the President’s Award for Undergraduate Studies | Lakehead University
トロント大学(University of Toronto)の院生の時、カナダ生態学進化学会(CSEE:Canadian Society for Ecology and Evolution)から、初期キャリア賞(Early Career Award)と博士生優秀賞(Doctoral Research Award)を受賞していた。
2020年6月13日(28歳?)、ただ、この受賞は、ネカト疑惑が公表される前に取消されている。
カナダ生態学進化学会(Canadian Society for Ecology and Evolution)はデノン・スタート(Denon Start)の授与した初期キャリア賞(Early Career Award)と博士生優秀賞(Doctoral Research Award)を取消した。以下のツイート(保存版https://archive.ph/MddVG)。
Public Statement from CSEE
The Canadian Society for Ecology and Evolution announces that, effective immediately, the Early Career Award and the Excellence in Doctoral Research Award, previously bestowed upon Dr. Denon Start, are hereby rescinded.
— CSEE_SCEE (@CSEE_SCEE) June 12, 2020
「撤回監視(Retraction Watch)」がスティーブン・ハード学会長(Stephen Heard)に理由を問い合わせたが、ノーコメントと回答してきた。
ただ、スタートの話しだと、カナダ生態学進化学会はスタートに事情の説明を求めることをしなかった。
また、取消しをツイートで発表した後、スタートが何度も説明や面会を求めても返信してこなかったそうだ。どうなんでしょうね、このような尊大な対応は。
★経緯
2020年8月~9月(28歳?)、「パブピア(PubPeer)」が、デノン・スタート(Denon Start)の複数の論文に問題点を指摘した。例えば、統計処理がオカシイ、データが提示またはリポジトリ「ドライアド(Dryad )」にない、と指摘した。
2021年4月5日(29歳?)、学術誌「American Naturalist」のダニエル・ボルニック編集長(Daniel Bolnick、コネチカット大学・教授、写真出典)は、統計処理とデータ・リポジトリの異常を知り、スタートの3論文に懸念表明(Expression of Concern)を付けた。
3論文は、「2018年9月のAmerican Naturalist」論文、「2019年3月のAmerican Naturalist」論文、「2019年8月のAmerican Naturalist」論文である。
スタートのデータのほとんどは、データ・リポジトリに保存されているのだが、上記3論文の内の1報・「2018年9月のAmerican Naturalist」論文のデータは見つからなかったのだ。 → Dryad Data — Ontogeny and consistent individual differences mediate trophic interactions。
上記3論文の内の1報・「2019年8月のAmerican Naturalist」論文のデータも不完全だった。 → PubPeer – Individual and Population Differences Shape Species Interact…
上記3論文に含まれていないが、「2018年2月のAmerican Naturalist」論文のデータも不完全だった。 → PubPeer – Keystone Individuals Alter Ecological and Evolutionary Consu…
2021年4月6日、ボルニック編集長は懸念表明(Expression of Concern)を付けた理由をツイートで説明した(以下)。
An Editorial Expression of Concern in @ASNAmNat :https://t.co/cL8Ba04VnZ
Key data to reproduce results are missing/incomplete from the Dryad data repository for several papers by an author, and cannot be obtained due to laptop theft (I confirmed this with the Dept of Justice)
— Daniel Bolnick (@DanielBolnick) April 5, 2021
★パソコンの盗難
ダニエル・ボルニック編集長(Daniel Bolnick)がスタートの3論文に懸念表明(Expression of Concern)を付けた2021年4月6日から約半年さかのぼり、2020年10月から話を始める。
2020年10月(28歳?)、ボルニック編集長は、学術誌・編集長としてスタートの論文を調べ始めた。
その時、データがない理由を、スタートは、ノートパソコンが盗まれたためだと説明した。
ネカト者が生データの提出を求められた時、いろいろ苦し紛れの弁解をする。その弁解の1つは、生データを保存したパソコンが盗まれた、という。
ネカト調査では、これはウソと判定される。
ボルニック編集長は、パソコンの盗難はウソだと推測した。
しかし、丁度その頃、ピッカリングの以下の窃盗事件を耳にした。
2020年2月、当時41歳だったマイケル・ウェイン・ピッカリング(Michael Wayne Pickering)は、レーニア山国立公園(Mount Rainier National Park)から太平洋岸のサードビーチ(Third Beach on the Pacific coast)の7か所以上の駐車場で約50件、自動車から荷物を盗んだことで、有罪の判決を受けた。 → 2020年3月11日の「司法省」記事:Car prowler who preyed on visitors to National Parks sentenced to two years in federal prison to follow state prison term | USAO-WDWA | Department of Justice
裁判ではスタートのノートパソコンの盗難は言及されていなかった。
それでも、ボルニック編集長はピンとくるものがあった。
それで、念のためと思いつつ、司法省に確かめた。
すると、驚いたことに、スタートのノートパソコンもピッカリングの窃盗被害にあっていたことが確認できた。
以下は裁判記録の冒頭部分(出典)。全文16頁は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2021/04/Pickering_plea_agreement.pdf
「撤回監視(Retraction Watch)」に対して、スタートは以下のように誠実に答えている。
データが欠けていたことを陳謝します。
データの損失については私に全ての責任があります。
メインファイルとそのバックアップの両方ともノートパソコンに保存していました。そのノートパソコンが盗まれました。3つ目のコピーを別のコンピュータに保存しておくべきでした。
●【不正の具体例】
デノン・スタート(Denon Start)の論文撤回の理由は、統計処理の異常とデータ・リポジトリにデータがないという不正行為だった。
データねつ造・改ざんではないし、盗用でもない。
それで省略
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2022年2月4日現在、パブメド(PubMed)で、デノン・スタート(Denon Start)の論文を「Denon Start[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2016~2020年の5年間の21論文がヒットした。
2022年2月4日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、3論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年2月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでデノン・スタート(Denon Start)を「Denon Start」で検索すると、 4論文が訂正、6論文が懸念表明、3論文が撤回されていた。
全13論文は2016~2019年(24~27歳?)に出版されたが、撤回された3論文は、2018~2019年に出版された3論文で、2021年8~10月に撤回された。
★パブピア(PubPeer)
2022年2月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、デノン・スタート(Denon Start)の論文のコメントを「Denon Start」で検索すると、16論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》処罰
デノン・スタート(Denon Start)事件はデータねつ造・改ざんではないが、生データが提示できていなかった。その理由は、ノートパソコンの盗難だとスタートは弁明した。
そして、実際、ノートパソコンは盗まれていた。
スタートは結局、学術界を去ってしまったが、この場合、学術界はスタートにどう対処するのが妥当だったのだろうか?
勿論、盗む方が悪い。で、盗まれる人は悪いのか? 悪いならどのくらい悪いのか?
盗まれたノートパソコンにしかデータがない場合、無処罰を含め、どんな処罰が妥当なのか?
《2》パソコンの盗難
パソコンの盗難によるデータの損失は、ネカト予防とは無関係に、対策を立てるべきだ。
20年前、白楽はデータ管理の素人ながら、データねつ造・改ざん防止のために、研究データを研究者個人のパソコンに保存するだけではダメで、機関が一括保存すべきだと、主張していた。
当時、某国立研究所でその話をしたら、コストが膨大なので、全データを収集保管し、管理することはできないと、その研究所の研究員に反論された。
その頃から、民間企業が全データの収集保管管理を請け負っていたと思うが、白楽は経費を調べなかった。
今や、データ・リポジトリの「ドライアド(Dryad )」に保存・公開する時代なんですね。
→ 2017年7月14日記事:DryadとDANS、研究データの長期保存とアクセシビリティの保証で協同 | カレントアウェアネス・ポータル。
→ 2021年6月3日記事:Science Europe、研究データの長期保存・アクセス保障に取り組む組織に向けた実践ガイド“Practical Guide to Sustainable Research Data”を公開 | カレントアウェアネス・ポータル
ただ、2021年12月1日にドライアド会員大学を見ると、日本では京都大学だけしか参加していない。 → Dryad Our Membership
日本は、遅れている気がするんですが・・・。大丈夫ですかね。
《3》弁解理由
生データが出せない理由として、ネカト者はいろいろな弁解をする。今回は単なる弁解ではなく、事実だった。
日本の政治家の弁解は「記憶にございません」「秘書がしたことで私は知りませんでした」「記録を修正しました」「お金を返しました」が定番である。
研究者は「記憶にございません」は使えないが、「室員(部下・院生)がしたことで私は知りませんでした」はしばしば登場する。
そして、「論文を修正しました」もしばしば登場する。しかし、論文を修正しても、データねつ造や文章盗用はその時点でアウトで、過去は消せない。
言い訳は、虚実混合で、今まで、いろいろな弁解がされてきた。
- 犬がデータを食べてしまった → 2017年10月26日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“My dog ate the data:” Eight excuses journal editors hear – Retraction Watch
- パソコンの盗難。 → ウウナ・ロンステット(Oona M. Lönnstedt)(スウェーデン)改訂 | 白楽の研究者倫理
- 生データは地震で失われ、提出できない。 → フランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart)(チリ) | 白楽の研究者倫理
- 洪水で紙に書いた自分の文字記録が消えた。 → 歴史学:マイケル・ベリュオー(Michael Bellesiles)(米)
- ハードディスクのクラッシュ。 → 日本人ネカト者が言い訳に使った記憶がある。誰か思い出せない。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
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●9.【主要情報源】
① 2021年5月3日のニコ・マッカーティ(Niko McCarty)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Ecologist who lost thesis awards earns expressions of concern after laptop stolen – Retraction Watch
② 2021年7月2日のジェレミー・フォックス(Jeremy Fox)記者の記事: Friday links: a very concerning cross-paper data duplication in EEB, and more (updated) | Dynamic Ecology
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