7-152 ウソつき政治家とデタラメ研究者

2024年7月10日掲載 

白楽の意図:コロンビア大学のアンドリュー・ゲルマン教授(Andrew Gelman)は、トランプがつくウソに国民が「気にしていない」状況を、研究者が出版するウソ論文に研究界が「気にしていない」状況と比較し、論じた。その「2024年5月のStatistical Modeling, Causal Inference, and Social Science」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ゲルマンの「2024年5月のStatistical Modeling, Causal Inference, and Social Science」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【ゲルマンの「2024年5月のStatistical Modeling, Causal Inference, and Social Science」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:On lying politicians and bullshitting scientists
    日本語訳:嘘つき政治家とでたらめな研究者について
  • 著者:Andrew Gelman
  • 掲載誌・巻・ページ:Statistical Modeling, Causal Inference, and Social Science
  • 発行年月日:2024年5月5日
  • ウェブサイト:https://statmodeling.stat.columbia.edu/2024/05/05/on-lying-politicians-and-bullshitting-scientists/
  • 著者の紹介:アンドリュー・ゲルマン(Andrew Gelman、写真の出典)。
  • 学歴:1986年に米国のマサチューセッツ工科大学で学士号(数学と物理学)、1990年に米国のハーバード大学で研究博士号(PhD)取得(統計学):経歴の出典
  • 分野:統計政治学
  • 論文出版時の所属・地位:コロンビア大学・教授(professor of statistics and political science at Columbia University)

●【論文内容】

★「誰も気にしない」

米国のワシントンポスト紙の政治コラムニストだったグレッグ・サージェント(Greg Sargent、写真出典)は、「トランプはいつも、簡単に見破られる嘘をつく。証拠はないのに真実だと言い張る」と書いています。 → 「In light of the CNN disaster, I thought I’d leave these two paragraphs here for you: https://t.co/KiOj3Q6hPS https://t.co/lO7JpfuSFI」 / X

私(ゲルマン)が思うに、トランプだけでなくほとんどの人は、自分を良く思ってもらうのが好きです。真実かどうかを気にしなくてよいなら、良く思ってもらうことを言うのは簡単です。

大きな疑問は、過去にたくさん嘘をついた人が、なぜ嘘をつき続けるのかということではなく(人は通常、過去にうまくいったことをやり続けるのが普通だから)、むしろ、なぜトランプの支持者は彼の嘘を気にしていないかということです。

このことを、私(ゲルマン)がよく知っている研究界のこと、つまり研究者のウソ論文と結びつけて考えてみたいと思います。

研究者は論文で嘘をつくことがあります。とはいえ、厳密な意味では、嘘をついていません。正確さを犠牲にして見栄えの良いことを言っているのです。

一部の研究者が見栄えの良いデタラメを言っているということは問題ですが、私(ゲルマン)が心底ショックなのは、その点ではなく、研究界の主流派たちが研究者のこのデタラメ行為を気にしていないことです。

例えば、タイトルに「長期研究(long-term experimental study)」とある2013年の心理学の論文が出版されています(以下、下線白楽)。

このタイトルの「長期研究(long-term experimental study)」というのは、なんと驚いたことに、実はたったの「3日間」なのです。

これは、かなりヒドいと思いませんか?

恥ずかしいと思いませんか?

私(ゲルマン)は論文著者たちだけに言っているのではありません。

この「ウソ」を気にしていない学術誌の編集者がヒドくないか、恥ずかしいと思わないのか?

この学術誌に責任がある心理学会の会長はヒドくないか、恥ずかしいと思わないのか? ということです。

誰にも間違いはありますが、「3日間」の実験を「長期研究」と称するのは、間違いではなく、意図的な嘘です。トランプの嘘が簡単に見破られるのと同じように、この嘘も簡単に見破られるデタラメです。

そして、この話のオチは研究者のデタラメ行為を「誰も気にしていない」ということです。

「誰も」は語弊がありました。

私(ゲルマン)は気にしています。

多分、撤回監視(Retraction Watch)も気にしています。その学術誌に投稿した論文が不採択になった研究者も、キット、気にしているでしょう。指導教官が研究公正に関心がないと腹を立てて、私(ゲルマン)にメールを送ってくる院生やポスドクも気にしています。しかし、気にしているのはこれらの人たちだけです。研究者のほとんどは気にしていません。

なぜ、研究者のほとんどは気にしていないのか?

嘘をつく政治家(トランプ)の嘘を暴き、正面から糾弾すると、共和党という政党に大きな損害が生じると共和党員は考えていると思います。バイデンの嘘を暴く場合、民主党員も同じように考えるでしょう。

それで、政治家の嘘が、あたかも正しいかのように公然と世間に流れている。

同じように、研究者のデタラメ行為を暴き、正面から糾弾すると、研究界・学術界に大きな損害が生じると研究者のほとんどが考えていると思います。

目先の損得しか考えていないようです。

おかしくないか?

なお、私(ゲルマン)は、選挙結果を覆そうとする政治家を、デタラメ論文に対する研究者と同等に扱おうとしているわけでありません。私(ゲルマン)はただ、政治家の嘘について理解を深めるために、研究者のデタラメ行為と比較しているだけです。

政策面で、トランプが大統領としてマイナスよりプラスの成果を残したと主張することもできます。

このことを研究界の議論に例えると、粗悪な論文はたくさんあるけれど、それを指摘し注目を浴びさせると、研究界・学術界への国民の信頼は低下する、という主張です。

また、査読システムは完璧ではないので、粗悪な論文はある程度仕方ないという議論です。

ただ、それだけなら、そのことを大きく指摘することで満足すべきです。

私(ゲルマン)にとってショッキングなのは、「研究界に確かに嘘やデタラメはあるけど、全体的に見れば、仕方がない面もあるが、改善していこう」と受け止めるのではなく、「嘘やデタラメは起こっていない」と、嘘やデタラメがあることを否定しようとする人々の言動です。

私(ゲルマン)は2022年6月に以下の事を書いています。 →  2022年6月6日:Should we spend so much time talking about cheaters and fraudsters? | Statistical Modeling, Causal Inference, and Social Science

研究ネカトの置かれた状況は、ある種、以下のようです。

誰も見ていないときに誰かが絨毯(じゅーたん)にうんちをした。別の人がうんちの臭いを嗅いで問題を指摘しても、絨毯の持ち主は何も起こっていないと主張し、うんちを片付けることを許さない。

絨毯の持ち主は、時々、うんちの臭いを嗅いだ人々に向かって怒鳴り、彼らをテロリストと呼ぶ。

一方、ほとんどの研究者は、絨毯のその周辺を注意深く歩き回り、何か異様な臭いを嗅ぐが、近くで見ようとはしません。

★コメント

ゲルマン教授の論文にはコメントがたくさんついている。コメントに対して、ゲルマン教授が答えている。

コメントの大部分は政治の話である。白楽が研究ネカトに関するコメントを探した。1つ見つかった(以下)。

Joshua on May 5, 2024 12:14 PM at 12:14 pm said:

トランプは、明白な戦略として公然と誇らしげに嘘をついている。トランプが嘘をつく理由と研究者が嘘をつく理由は同等とは思えません。これらの嘘は本質的に同じで、同じメカニズムで動いていると考えるのは間違いだと思います。

★クラークの法則

ゲルマン教授の論文は、タイトルが示すように、政治家や研究者の嘘を容認している国民や研究者の状態に焦点を当てている。

ゲルマン教授は論文のほぼ最後に「クラークの3法則」の事を書いている。

ゲルマン教授が「クラークの3法則」について述べたのは、8年前の2016年である。
 → アンドリュー・ゲルマン(Andrew Gelman)の2016年6月20日記事:Clarke’s Law: Any sufficiently crappy research is indistinguishable from fraud | Statistical Modeling, Causal Inference, and Social Science

2016年6月20日記事で、ゲルマン教授は、上記の「クラークの3法則」をゲルマン流に言い換えている。

特にネカトと絡むのは3番目である。

  1. 高名で年配の科学者が、「この研究の結論を真実と受け入れる以外の選択肢はない」と言った場合、彼を信じてはいけません。
  2. 合理的かどうか判定する唯一の方法は、その限界を少しだけ越える不合理なものに足を踏み入れることです。
  3. 十分にくだらない研究結果は、詐欺と区別がつかない。

なお、「クラークの3法則」はウィキペディア日本語版にもある。ゲルマン流に言い換えたのと比較するために以下に示す。 → クラークの三法則 – Wikipedia

  1. 高名で年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。
  2. 可能性の限界を測る唯一の方法は、その限界を少しだけ超越するまで挑戦することである。
  3. 十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

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【動画1】 
本論文との関係は確かめていない。インタビュー形式でゲルマン教授の研究を紹介した動画:「#106 Active Statistics, Two Truths & a Lie, with Andrew Gelman – YouTube」(英語)1時間16分46秒。

Learning Bayesian Statistics が2024/05/16に公開

●7.【白楽の感想】

《1》「気にしていない」日本 

コロンビア大学のアンドリュー・ゲルマン教授(Andrew Gelman、写真出典)の「2024年5月のStatistical Modeling, Causal Inference, and Social Science」論文は、基本的には米国の大統領選挙についてで、特にトランプがつく嘘を社会全体が「気にしていない」という話である。

それを、研究者が出版するウソ論文に研究界が「気にしていない」状況と比べたので、白楽は読んでみる気になった。

米国の学術メディア(サイエンス誌など)と一般メディア(新聞・雑誌など)は、研究ネカトの記事をかなりたくさん掲載している。その量と質は日本より格段と多く、かつ、質的にも優れている。

米国の研究者と一般国民は、研究不正の蔓延に強い関心を持っていて、かなり危機感を抱いている。

白楽は最近、米国に滞在していないので、米国の研究者の動きを肌感覚では把握できないが、ネットの情報で、そのように白楽は思っていた。

それなのに、ゲルマン教授は「ウソ論文に研究界が「気にしていない」」と述べて、米国はネカトへの関心が低いと指摘した。

となると、米国に比べ、学術メディアと一般メディアがネカトの記事をほとんど掲載しない日本は、どうなってしまうのだろう?

確かに、日本の研究者と一般国民は、研究不正の蔓延にほとんど関心を抱かないと、白楽は、感じている。

日本の研究者と一般国民、そして文部科学省、に関心を抱いてもらう意図で、ここ2年間、主要3大新聞に研究不正問題を記事にしていただいたが、期待する動きはない。

話は飛躍するが、白楽は馬鹿なので、自分ではどうにもできないのに、日本が衰退していく状況に不満がある。観光と娯楽にうつつを抜かす日本に批判的である。

研究不正に関心を抱かない日本の研究者と一般国民、そして文部科学省、に失望している面がある。トランプ流に「MJGA」「MJGA」「MJGA」。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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