7-130 私の博士論文がアマゾンで売られていた

2023年11月2日掲載

白楽の意図:インターネット時代、博士論文が大学のリポジトリに公開されている。英国の例だが、その博士論文を悪徳業者がアマゾンで販売していた。①英国の公立大学・オープン大学(Open University)のガイ・ラベンダー(Guy Lavender)らが、その顛末を述べた「2021年7月のLSE Impact Blog」論文、②著者名不記載の「2021年1月のBBC」論文、③マクハーディらの「2021年1月のPalatinate」論文、を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.ラベンダーらの「2021年7月のLSE Impact Blog」論文
3.著者名不記載の「2021年1月のBBC」論文
4.マクハーディらの「2021年1月のPalatinate」論文
5.類似論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【ラベンダーらの「2021年7月のLSE Impact Blog」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:What happens when you find your open access PhD thesis for sale on Amazon?
    日本語訳:オープンアクセスの博士論文がアマゾンで販売されているのを見つけたらどうなる?
  • 著者:Guy Lavender, Jane Secker, Chris Morrison
  • 掲載誌・巻・ページ:LSE Impact Blog
  • 掲載誌の説明: LSE はLondon School of Economics and Political Scienceである。つまり、LSE はロンドン大学の社会科学に特化した「ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス」大学のことだ。LSE Impact Blog は、その大学のブログで、研究者、行政スタッフ、図書館員、学生、シンクタンク、政府、その他の人が、社会科学を中心に学術研究の影響を最大化する記事を掲載している
  • 発行年月日:2021年7月8日
  • ウェブサイト:https://blogs.lse.ac.uk/impactofsocialsciences/2021/07/08/what-happens-when-you-find-your-open-access-phd-thesis-for-sale-on-amazon/
  • 著者の紹介:

    ガイ・ラベンダー(Guy Lavender、写真出典本論文)は、英国の通信制の公立大学であるオープン大学(Open University)の知的財産責任者である。ラベンダーは、南アフリカのクワズール ナタール大学(University of KwaZulu-Natal)で法学士号を取得し、1994年から弁護士として活動した。2006 年にオープン大学の法務チームに着任するために英国に移住。出典は論文の最後の著者紹介。

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

★博士論文の公開

院生は、博士号を取得した後、自分の研究を学術誌に論文として出版する、あるいは、書籍として出版する、という大きなプレッシャーがある。

それで、博士号を取得前後に、彼らが直面する問題の 1つは、オープンアクセスできるように、博士論文を無料公開するかどうかだ。

多くの院生にとって、この決断は簡単だ。というのは、研究者を目指す院生の多くは、自分の研究成果を世に広めたいと考えている。それに、ますます多くの大学が博士論文の無料公開を要求している。

白楽注:日本は、1953年の学位規則(昭和28年文部省令第8号)で、大学は博士論文を「公表」する義務があり、博士号取得者は「印刷公表」する義務がある:資料4-1 学位論文の「公表」に係る法令上の取扱いについて:文部科学省

そして、2013年4月1日以降、インターネットで博士論文を公表することが義務化された。 → 神戸大学附属図書館:博士論文のインターネット公表について  → 文部科学省:新旧対照表

英国では、博士論文は大学のリポジトリ、または論文専用のリポジトリに保存され、世界中の人々が全文を無料で閲覧できる。

これは、確かに良いことなのだが、場合によって、これが「先行出版」に該当するかどうかという問題が生じる。

リポジトリに「先行出版」すると、学術誌に論文として出版する場合、あるいは、書籍として出版する場合、著作権絡みで、出版できない、あるいは、何らかの制限がかかることがある。特許を申請する場合も注意が必要だ。

そして、極端なケースだが、悪徳業者がリポジトリで公開されていた博士論文を、売る可能性もある。

★アマゾンで博士論文が販売

2020~2021年、英国の大学のオープンアクセス・リポジトリで公開されていた博士論文が、営利目的でアマゾンから販売されているのを、多くの若手研究者が見つけた。

例えば、2021年1月10日、英国のグラスゴー大学(University of Glasgow)・人文地理学のジェームズ・トッド講師(James Todd)がツイッターで指摘した。

グーグルの自動翻訳だと以下のようだ。

多くの博士論文の電子論文がアップロードされ、@amazon で営利目的で販売されていることをご存知ですか?

2020年11 月、私(ガイ・ラベンダー)が所属する英国のオープン大学(Open University)の院生が、私たち図書館チームに、自分の博士論文がアマゾンで売られているので、どうしよう、と相談に来た。

なお、アマゾンでは、個人や組織が アマゾンのサイトで商品やサービスを販売できるシステムを採用している。販売者は アマゾンとは別の組織である。 → Sell on Amazon UK & Uplift your Online Selling Experience

この院生は、近々、自分の博士論文を商業出版社から書籍として出版することになっていたため、特に不安を感じていた。

院生は、アマゾン に著作権侵害だと通知したが、アマゾンは院生が著作権の所有者ではないので、対応しないと返信してきた。

それで、その院生は、所属機関である オープン大学(Open University) が著作権を所有していると誤解し、私たちに連絡してきたのである。

本当は、英国の多くの大学と同じように、院生自身が自分の論文の著作権を持っているという規則を、オープン大学(Open University)は採用している。

ただ、状況が迫っていたのと、院生が不安に感じていたので、私たちのチームもアマゾンに事態を打開するよう通知した。

直ぐに、「詳細な情報を求める」という、アマゾンからの自動応答の返事が来た。

その後、オープン大学(Open University) が著作権の所有者ではないという アマゾンの正しい理解に基づいて、アマゾンは私たちのチームへの対応を拒否した。

ところが、アマゾンの販売者ページを調べると、オープン大学(Open University)の多数の博士論文が販売されていた。

これらはすべて、明らかにオープン大学(Open University)のリポジトリからダウンロードした博士論文だった。

これは、「非営利のクリエイティブ・コモンズ ・リポジトリ・ ライセンス(non-commercial creative commons repository license)」に明確に違反している。このライセンスでは、論文は改変し再配布できるが、「非営利」という条件である。営利目的の売買は違反である。 → クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは | クリエイティブ・コモンズ・ジャパン

★検討された大学の対応

オープン大学(Open University)は、アマゾンに対して削除の要請をした。また、デジタルミレニアム著作権法 (Digital Millennium Copyright Act 、DMCA)  に基づく通知もした。 → デジタルミレニアム著作権法 – Wikipedia

しかし、院生、その研究助成機関、出版社への影響を考慮し、オープン大学(Open University)のガバナンス委員会は、リポジトリ上のすべての論文公開を即時停止した。

状況を考えれば当然の、毅然とした対応だった。

しかし、大学には研究成果の公開という社会的使命がある。それで、他の解決策を見つけようと模索した。プラン Sなどの動向もあり、解決策を見つけることは重要である。 → Open University: Open Access publishing | Library Research Support

★結果

2 週間後、アマゾンの販売者ページと、論文販売ページがすべて削除されていた。

なお、アマゾンは、この削除を含め、対処したことを、当方に何も通知してこなかった。また、削除を含めた対処の理由を明らかにしていない。

★学習したこと

大学のリポジトリで博士論文を公開しているのは、「非営利のクリエイティブ・コモンズ ・リポジトリ・ ライセンス(non-commercial creative commons repository license)」条項の枠内であることを再確認した。

アマゾンが (遅ればせながら)、「非営利」を(暗黙のうちに)認め、博士論文の販売サイトを削除したことは、良かった。

最も重要な学習は、「非営利のクリエイティブ・コモンズ ・リポジトリ・ ライセンス(non-commercial creative commons repository license)」条項の枠内で論文を公開したのが有効だったことだ。 学術界と出版社の関係は変化するが、学術出版を保護するメカニズムを強化することは重要である。 

★研究者にとっての意味

今回の件は、比較的まれな経験だったと思うが、オープンライセンスが悪用される可能性があり、キャリアの浅い研究者(院生など)は著作権に関するアドバイスや指導がなければオープンライセンスに消極的になるだろう。

一般的に、研究者・院生の著作権に対する認識と理解は比較的低いことが知られている。

初期のキャリアの研究者(院生など)は、研究成果を学術誌に論文出版するという大きなプレッシャーがあるため、博士論文をオープンアクセスで公開するの嫌がるだろう。

「出版の罠(Publishing Trap)」というボードゲームがある。著作権ライセンスの選択、オープンアクセス、商業出版モデル、盗用どの問題を扱っているので、参考になると思う。

Publishing Trap は英国著作権リテラシー チームが作成したボード ゲームで、参加者は博士号の研究から学術的遺産に至る 4 人の研究者の人生をたどることで、学術コミュニケーションの選択の影響を調査し、研究におけるオープン アクセスの役割について話し合うことができます。このゲームは 2016 年に初めて開発され、LILAC Lagadothonで準優勝を獲得しました。最新バージョンは v2.0 で、オンライン リソースとして利用可能です。(出典:出版の罠 – 著作権リテラシー 英語版のグーグル翻訳

●3.【著者名不記載の「2021年1月のBBC」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Amazon removes Durham University students’ theses being sold online
    日本語訳:アマゾンは、オンラインで販売されているダラム大学の学生の学位論文を削除
  • 著者:不記載
  • 掲載誌・巻・ページ: BBC
  • 発行年月日:2021年1月14日
  • ウェブサイト:https://www.bbc.co.uk/news/uk-england-tyne-55659981

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

★ダラム大学論文の大規模公開

2023年11月1日現在、サラ・ヒューズ(Sarah Hughes、写真出典)は、英国のノーザンブリア大学(Northumbria University)助教授である。

サラ・ヒューズ は、2018年にダラム大学(Durham University)で地理学の研究博士号(Ph.D.)を取得した。

2021年1月、自分の2018年の博士論文がアマゾンで約7ポンド(約980円)で売られていることを社交メディアで知って、ショックを受けた。

その頃、ダラム大学(Durham University)の数百件の博士論文が本人の知らないうちに売りに出されていたのである。

販売例を参考に示そう。

以下はダラム大学の別の院生(Peter Forman)の2017年の博士論文「Securing Natural Gas: Entity-Attentive Security Research」がアマゾンで10ドル4セント(約1千円)で売られていた例である。

★アマゾンの対処

アマゾンは、ダラム大学(Durham University)の数百件の博士論文を著者に無断で販売していた。

ダラム大学はアマゾンに抗議した。

アマゾンは直ちに調査し、販売規則に違反しているので、販売サイトを削除した。

なお、これらの博士論文は、お金を出して買わなくても、ダラム大学・リポジトリから、誰もが無料でダウンロードできる。 → Durham e-Theses – Durham e-Theses

それなのに、悪徳業者が、電子書籍(Kindle版)としてダウンロードできるウェブサイトを作って、販売していた。

悪徳業者は、アマゾンの販売サイトで「ダラム哲学(Durham Philosophy)」と宣伝し、あたかもダラム大学が販売、あるいは、ダラム大学が後援しているかのように販売していた。

「博士論文を売って儲ける悪知恵を、誰が思いついたのか知りませんが、憂慮すべきことです。無料で入手できる論文をアマゾンが販売しているということも問題です」とサラ・ヒューズは批判した。

●4.【マクハーディらの「2021年1月のPalatinate」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Durham PhD theses sold on Amazon without authors’ consent
    日本語訳:ダラム大学の博士論文が著者の同意なくアマゾンで売られていた
  • 著者:Martha McHardy and Luke Payne
  • 掲載誌・巻・ページ:Palatinate
  • 掲載誌の説明: Palatinate はダラム大学(Durham University)の学生新聞
  • 発行年月日:2021年1月11日
  • ウェブサイト:https://www.palatinate.org.uk/durham-phd-theses-sold-on-amazon-without-authors-consent/
  • 著者の紹介:

    マーサ・マクハーディ(Martha McHardy、写真出典)は、2022に英国のダラム大学(政治学専攻)を卒業し、現在は、フリーランス記者(経歴出典)。

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

★1,200 本+1,900 本以上の博士論文が販売

アマゾンは、ダラム大学(Durham University)の元及び現在の院生が書いた博士論文を著者が知らないうちに Kindle版で販売していた。

博士論文の著者は販売に対する報酬を一切受け取っておらず、売られている論文が自分たちの博士論文だということも知らなかった。

ダラム大学の博士論文は、電子論文リポジトリからオンラインで無料で入手できる。しかし、著作権者の許可なしに、いかなる形式や媒体でも販売はできない。

アマゾンの販売サイトの「ダラム哲学(Durham Philosophy)」では 1,200 本の論文が、「ダラム教育(Durham Education)」では114 本の論文が 販売されていた。

これらの販売サイトはダラム大学と提携していないし、ダラム大学は販売を承認していない。

ダラム大学とアマゾンはこの問題に対処中である。

マンチェスター・メトロポリタン大学(Manchester Metropolitan University)、ノーザンブリア大学(Northumbria University)、ストラスクライド大学(Strathclyde University)などの英国の他の大学も、 「サリー・コミュニティ・シンカーズ・シリーズ(Surrey Community Thinkers Series)」という名前の別の販売サイトで 1,900 本以上の博士論文が販売されていた。

どの大学も論文の販売に同意していない。

★2020年10月に販売開始

2020年10月、アマゾンで博士論文が販売され始めた。

2020年11月、ダラム大学は博士論文の販売を知り、アマゾンに「削除依頼書(Take Down Notices)」を出した。

また、ダラム大学は「ダラム大学の博士論文がアマゾンのサイトで販売されていることを知りました。大学はアマゾンに販売サイトの削除を依頼しております。もし、あなたが、何らかの被害を受けた場合は、当大学の法務サービス チームにご連絡ください」とスタッフと学生にツイッターで伝えた。

ダラム大学(Durham University)。出典

●5.【類似論文】

●7.【白楽の感想】

《1》論文売買 

被乗取学術誌、フェイク学術誌、捕食学術誌、著者在順の売買、などニセ論文が横行している。

論文工場が活発だし、架空著者もアチコチ目にする。

そして、論文売買である。ここまでは、「研究上の不正行為」である。

アマゾンで博士論文が売られていた今回の事件は、論文売買や著者在順の売買とは性質が異なる。

無料を閲覧できるウェブ上の博士論文を、有料で売っていた事件である。著作権者の了承を得ていないが、「研究上の不正行為」には該当しない。

ただ、あたかも大学が販売、あるいは、大学のお墨付きで販売しているかのような紛らわしいウェブサイトなので、詐欺と言えば詐欺かもしれない。ただ、英国の警察が捜査に乗り出したという情報はない。

日本は、2013年4月1日以降、博士論文をインターネット上に公表する事が義務化された。

日本の博士論文が売られていた事件があるのか・ないのか? あるなら、どの程度あるのか? 白楽は把握できていない。

https://www.phddirection.com/phd-thesis-for-sale/

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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