7-81 セクハラは文化習慣の問題で制度の問題ではない

2021年10月20日掲載 

白楽の意図:2019年にハーバード大学のホルヘ・ドミンゲス教授(Jorge I. Domínguez)のセクハラ事件が表面化した。その事件に関する外部評価委員会の報告書が2021年1月に公表された。その報告書について論じたハーバード大学・学生新聞のクリムゾン編集委員会(Crimson Editorial Board)の社説・「2021年2月のHarvard Crimson」を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事(社説)である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

ハーバード・クリムゾン(Harvard Crimson)のオフィス。写真ByBeyond My KenOwn work, CC BY-SA 4.0, 出典

●3.【日本語の予備解説】

論文はハーバード大学のホルヘ・ドミンゲス教授(Jorge I. Domínguez)のセクハラ事件に関係している。

★2019年6月14日:「セクハラ」:公共政策学:ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)(米) | 白楽の研究者倫理

ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez、写真出典)はハーバード大学・文理学部・公共政策学科(Department of Government Harvard University)のスター教授(男性)で、1979-2015 年(34-70歳)の37年間に18人の女性学生・教員にセクハラ行為を繰り返していた。

2018年2月27日、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者が「Chronicle of Higher Education」紙でドミンゲス(73歳)のセクハラ行為を詳細に報道し、大問題となった。

4か月後の2018年6月(73歳)、ハーバード大学を辞職した。ハーバード大学・文理学部は1年2か月の調査の結果、2019年5月9日、セクハラで有罪と結論し、名誉教授の称号をはく奪した。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。

●4.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事(社説)である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

《1》外部評価委員会報告書 

約2年かかった2021年1月の外部評価委員会報告書(以下)で、ハーバード大学の「セクハラに寛容な文化習慣」により、ホルヘ・ドミンゲス元教授が40年近くも女性学生と女性同僚に性不正行為を続けられた状況が明らかになった。

以下は報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(26ページ)は → https://provost.harvard.edu/files/provost/files/report_of_committee_to_president_bacow_january_2021.pdf

その改善策として、報告書が提言したのは、セクハラ行為の原因を根本から除く方策ではなく、セクハラの申立てを一元的に管理する制度の構築だった。

一元的管理は、役に立たないわけではない。しかし、セクハラや性的暴行を許容するハーバード大学の文化習慣を問題視し、根本から変える方策とは異質である。

性不正行為の解決策として一元的管理制度の導入を位置付けるのは、改革を誤った方向に導き、さらなる性不正事件を招く恐れがある。

ドミンゲスに対してセクハラの申し立てがなされていたにもかかわらず、ハーバード大学のセクハラ通報が分散型だったという制度上の問題のために、ドミンゲスのセクハラ行為は他部署に周知されず、ドミンゲスは学内で昇進し続けた。

それで、ドミンゲスは数十年もの間、セクハラをし続け、少なくとも18人の女性学生と女性同僚がセクハラ被害者になった、と26ページの報告書は述べている。

《2》根深い要因 

しかし、数十年もの間、少なくとも18人の女性学生と女性同僚がセクハラ被害をうけたのは、別の根深い要因がいくつもある。

まず、ドミンゲスへのセクハラの申立てを大学当局は記録していなかったことが挙げられる。この文化習慣は、初歩的で基本的で根深い。

そして、女性がセクハラ被害を申立てるのを阻む教授権力のダイナミックスがあった。セクハラと申立てても、教授会の男女比が不均衡で、女性教授が少数だったことで、教授会は犠牲者の申立てを取り上げなかった。

さらには、ドミンゲスの所属する公共政策学科の教授たちは、ドミンゲスのセクハラ行為を知っていたにもかかわらず、彼のセクハラ行為を阻止しようとしなかった。

これらの根深い問題の改善をはからず、一元的管理システム(制度)の欠如をウンヌンするのは目先をそらす改善策にしか思えない。

《3》一元的管理システム 

そうは言っても、人事記録にアクセスし、大学構成員の不正行為を追跡できる一元的管理制度の構築は無駄ではない。

これは、ハーバード大学の学内で強い権力をもつ男性教授・男性上層部に自分の行動に責任を持たせるための正しい方向への第一歩である。

しかし、一元的管理制度はセクハラ事件が起こってから対応する事後反応型システムであって、セクハラ事件が起こる前に対応できるプロアクティヴ(proactive)な事前型システムではない。

また、一元的管理制度自体は、セクハラ行為を止めるものではない。

さらに、一元的管理制度は、大学がセクハラ被害者の申立てをシッカリ受け止め、対処するということを、何も保証していない。

一元的管理制度は、繰り返しセクハラが申立てられた場合に、学内の権力者がその申し立てを握りつぶすのを難しくするフェイルセーフ装置(fail-safe)にすぎない。

フェイルセーフとは、機器やシステムの設計などについての考え方の一つで、部品の故障や破損、操作ミス、誤作動などが発生した際に、なるべく安全な状態に移行するような仕組みにしておくこと。(フェイルセーフ(fail safe)とは – IT用語辞典

しかし、考えてみると、そもそもハーバード大学の権力者たちはなぜセクハラの申立てを握りつぶす傾向があるのだろうか?

《4》文化習慣 

大学が2018年に正式な行動をとるずっと前に、ハーバード大学の多くの教職員(含・上層部)が、ドミンゲス教授のセクハラ行為を知っていた。この事実こそ、そこに大きな問題があることを示している。

2018年の35年前の1983年、若手教員がドミンゲス教授のセクハラ行為を大学に告発した。そして、大学は、ドミンゲスはセクハラで有罪だと結論した。しかし、その時、大学は、ドミンゲスを解雇するなど、再犯を防ぐ処罰をドミンゲスに科さなかった。

そして、その後、ドミンゲスはハーバード大学で数十年に渡り、再び女性にセクハラ行為をし続けたのである。

もしこの1983年の時、一元的管理制度があって、多くの教職員・院生にドミンゲスへの注意を喚起したなら、ある程度、再犯を阻止する助けになったかもしれない。

しかし、一元的管理制度があったとしても、ドミンゲスのその後のセクハラ行為を阻止できたという保証はない。

要するに、セクハラや性的暴行に対して無関心なハーバード大学の文化習慣が、セクハラ行為を阻止できない根本的な原因なのである。

高い地位にある教授がセクハラや性的暴行をしても、周囲の教職員がそれを非難するどころか「大物教授 色を好む」と称賛するハーバード大学の文化習慣が、性不正行為をますます悪化させてきたのである。

大学上層部は、無視できないほど大きな問題になるまで、教授の性的な不正行為に目をつぶる傾向がある。

これら性的な不正行為に目をつぶる文化習慣を抜本的に改善するにはどうすればよいのか?

大学の管理機構や事務組織の再編という制度改革で済む話では毛頭ない。

今後、学生が性的被害に合わないよう大学が善処するつもりなら、スキャンダルになって大きく爆発する前に、まず、被害を受けた学生を信じて、できるだけ早く彼(女)らを擁護・支援することから始めるべきだ。

《5》終わりではない。始まりだ 

1983年に戻ると、ドミンゲスのセクハラを最初に大学に申し立てた時、数人の学生は私たちクリムゾン紙の記者に訴えてきた。

それで、クリムゾン紙は記事を掲載し、ドミンゲスの徹底的な調査をハーバード大学当局に要求した。しかし、その記事で大学当局を動かすことはできなかった。

それから、38年後の現在、透明性と説明責任を果たすことで大学は信頼を得ることができるのに、ハーバード大学は未だに、不正行為に目をつぶる文化習慣の中に浸っている。

例えば、2021年2月時点で既に1年間の停職中である数学・生物学科のマーティン・ノヴァク教授(Martin A. Nowak)について、大学は停職の理由を何も説明していない。明らかに、説明責任を果たしていない。隠蔽の文化習慣のママである。

世間では、ノヴァク教授は、有罪判決を受けた性犯罪者・ジェフリー・エプスタイン(Jeffrey Epstein)と親密だったと言われている。大学はノヴァク教授を2年間停職処分に科しているが、その情報を公表すべきである。

何度も書くが、一元的管理制度は、セクハラを許容する文化習慣に対抗できる方策ではない。

大学の制度は文化習慣よりもはるかに簡単に変えられる。

そして、制度の改善は、長い間引き延ばされていた悪い文化習慣を改善するスタートとなりえる。それは始まりであって、終わりではない。

制度の改善という構造的な変化は、文化習慣の変化へと向かう1歩になりえる。

今回、セクハラ事例を一元的管理するシステムに変えるのに合わせ、徐々に、文化習慣を変えようではないか。

その第一歩として、権力をもつ男性教授が不正行為を犯した時、ハーバード大学はどうして彼らを守るのか? と問いたい。

私たちクリムゾン編集委員会は、大学当局と透明性の高い会話始めたい。是非、この質問に答えて欲しい。

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なお、この社説は、定期的なクリムゾン編集委員会での議論の産物で、編集委員の過半数の見解である。

●5.【関連情報】

①  Sexual Assault | Content Tag | The Harvard Crimson
②  Sexual Harassment in Academia | National Academies

●6.【白楽の感想】

《1》大学新聞の機能 

自分の大学が依頼した委員会の報告書について、大学新聞が社説で批判する。

なんか、素晴らしい!

日本は、公式な報告書がでると、ウのみにするだけである。

大学新聞が自分の大学を良くしようとする熱意・勇気に拍手を送りたい。

《2》セクハラ防止 

セクハラや性的暴行がなくならないのは、性不正に無関心なハーバード大学の文化習慣だと社説が指摘している。

しかし、文化習慣となると抜本的に改善するには、時間がかかる。

一方、日本の大学と研究者は米国よりもはるかに、性不正に無関心である。

主たる被害者である女性院生・学部生、そして、その両親は、全く静かである。

小中高生へのイジメや性不正では、メディアが騒ぎ、両親は大きく抗議する。それなのに、院生・学部生へのイジメや性不正になると、事件報道はするものの、全く静かである。

静かだから、問題が改善する方向に進まない。

どうしたらよいか?

年月をかけて、あきらめずに、徐々に改善するしかないのだろう。白楽ブログでは、定期的に記事にしていく。

ネカト問題への対処も同じで、改善する方向にナカナカ進まないが・・・。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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