2020年9月29日掲載
白楽の意図:米国の研究公正局(ORI)は、ネカト者の実名を公表している。しかし、科学庁・監査総監室(OIG)は秘匿している。白楽は、同じ政府機関なのにまったく異なる措置が許されることを長年疑問に思っている。そのことを解説していると思ってテレサ・デフィーノ(Theresa Defino)の「2020年8月のReport on Research Compliance」論文を読んだので、紹介する。科学庁・監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)は、半年ごとにその活動を議会に報告している(半期報告書(SAR))。この論文は、その「半期報告書(SAR)」の中身を解析し、科学庁・監査総監室(OIG)の活動の様子と問題点を指摘していた。ただ、白楽の疑問に触れているが、答えてはいなかった。マーしょうがない。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
ーーーーーーー
【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
論文に概要がないので、省略。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:OIG Details Debarment Recommendations In Misconduct Cases; NSF Cites Timing for Inaction
日本語訳:科学庁・監査総監室(OIG)がネカト事件での禁止推奨の詳細を説明:科学庁(NSF)は年月を経たネカト行為に制裁しないと引き合いに出す - 著者:Theresa Defino
- 掲載誌・巻・ページ: Report on Research Compliance 17, no. 8 (August 2020), JD Supra
- 発行年月日:2020年7月25日
- 引用方法:
- DOI:
- ウェブ:https://www.jdsupra.com/legalnews/oig-details-debarment-recommendations-44144/、(保存版)
- PDF:
★著者
- 単著者:テレサ・デフィーノ(Theresa Defino)
- 紹介:https://www.linkedin.com/in/theresadefino/
- 写真:https://www.linkedin.com/in/theresadefino/
- ORCID iD:
- 履歴:https://www.linkedin.com/in/theresadefino/
- 国:米国
- 生年月日:米国。現在の年齢:61 歳?
- 学歴:米国のフロリダ大学(University of Florida)で学士号(ジャーナリズム学)1985年?
- 分野:医療ジャーナリズム
- 論文出版時の所属・地位:2006年12月以降、医療コンプライアンス協会の記者・編集者(Writer/Editor at Health Care Compliance Association (HCCA))
———-
医療コンプライアンス協会(Health Care Compliance Association)。6500 Barrie Rd Ste 250, Minneapolis, MN 55435, USA。グーグルマップで白楽が作成
●3.【日本語の予備解説】
米国・科学庁・監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)は、工学、自然科学、人文社会学のネカトに対処する米国の中枢的な政府機関である。権威・実績・スキル・知識・情報などほぼすべてにおいて、世界で最も優れたネカト対処組織の1つである。米国のネカトはすべて研究公正局(ORI)が扱うと誤解している人が多いが、研究公正局(ORI)が扱うのは生命科学系の一部である。1‐5‐4 米国・科学庁・監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理
●4.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
★科学庁・監査総監室(OIG)はネカト者を秘匿する
データ改ざんで4論文の撤回または訂正が必要なほど深刻で、大学での降格と実験のやり直しになった事件にもかかわらず、科学庁(NSF)の見解で、そのポスドクは制裁を免れた。科学庁・監査総監室(OIG)の調査に時間がかかりすぎたという理由である。しかし、ネカト事件の調査に年数を制限する法令はない。
科学庁(NSF)は、ネカト者に対して、生涯の「禁止と除外(debarment and exclusion)」処分から研究倫理の研修受講義務まで、さまざまな制裁を科す権限を持っている。いくつかの違いはあるが、研究公正局(ORI)の制裁とほとんど同じ内容である。
科学庁・監査総監室(OIG)は半年ごとに議会へ活動を報告している(半期報告書(SAR))。その「半期報告書(SAR)」によると、その匿名のポスドク(大学も匿名)は、2019年10月1日-2020年3月31日の間に科学庁(NSF)が調査した2件のネカト者の1人だった。 → Semiannual Report to Congress October 1, 2019 – March 31, 2020
歴史的に、科学庁・監査総監室(OIG)は、制裁を科した場合でも、ネカト者の名前と所属機関名を秘匿してきた。「禁止と除外(debarment and exclusion)」という制裁は、一般に、連邦政府機関及び連邦政府機関が助成する組織での活動の「禁止と除外」である(少なくとも制裁期間中)。
しかし、ネカト者の名前と所属機関名は許可された場合しかアクセスできず、通常、学術界を含め社会(含・ニュースメディア)に非公開である。
著者デフィーノが科学庁・監査総監室(OIG)に問い合わせると、ネカト者名を匿名で扱うのは連邦法に基づいていると答えた。
つまり、「個人およびその身元を明らかにする情報は、プライバシー法(Privacy Act)や情報自由法(Freedom of Information Act)など個人のプライバシーを保護する法律で守られ、公開できません」と科学庁・監査総監室(OIG)は答えた。
ただし、同じ法律が適用されている研究公正局(ORI)は、ネカト者の名前を含めネカト行為の詳細を連邦官報に公表している。
★科学庁・監査総監室(OIG)が制裁を推奨したのに、科学庁(NSF)は年月を経たネカト行為者を制裁しなかった
科学庁・監査総監室(OIG)は、2019年4月1日-2019年9月30日の「半期報告書(SAR)」で、上記ポスドクのネカト行為を説明した。 → April 1, 2019 – September 30, 2019 Semiannual Report to Congress
「上記ポスドクは複数の論文でデータを改ざんし、その改ざんデータで科学庁(NSF)に研究進捗報告をしてきた。所属大学の調査委員会は、改ざんデータがある4報の論文に訂正または撤回が必要だと判断した。調査委員会は、上記ポスドクが改ざんの練習をしていた記録を見つけこともあり、意図的にデータを改ざんしたと結論した。調査委員会は上記ポスドクの降格を推奨した。また、上記ポスドクにデータ提示に関するレポートを書かせ、研究倫理研修コースを受講させ、問題の図の根拠となった実験を繰り返えさせ、厳格な指導プログラムの対象者とするよう推奨した」、と報告書は述べている。
科学庁・監査総監室(OIG)は大学の調査委員会と次の内容で一致した。「上記ポスドクがネカトを犯したこと。科学庁(NSF)の審査員、アドバイザー、コンサルタントの禁止、大学が義務として科したレポートと研究倫理研修コースの受講を完了した証明書を科学庁(NSF)提供すること」。
また、上記ポスドクの今後のすべての研究計画書、レポート、投稿論文・文書にネカトが含まれていないことを証明する「認定と保証書(certifications and assurances)」を大学は、2年間、科学庁(NSF)に送付することでも一致した。
しかし、「科学庁(NSF)が助成した研究で、ポスドクが複数の研究論文でデータねつ造・改ざんを犯した。しかし、ポスドクがネカト行為を行なった年月と科学庁(NSF)が調査報告書を受け取った年月の間の期間が長かったため、科学庁(NSF)は何も制裁を科さないことにした」と、最新の「半期報告書(SAR)」で述べた。
科学庁(NSF)の態度とは対照的に、研究公正局(ORI)は、ネカト行為から6年以上経過してから発見しても、ネカト者を制裁したケースが頻繁にある。例えば、2008年の論文と2010年の論文でデータを改ざんした研究者に対して2019年11月、研究公正局(ORI)は4年間の禁止を科した。
→ ディープティ・マルホトラ(Deepti Malhotra)(米) | 白楽の研究者倫理
★科学庁(NSF)は科学庁・監査総監室(OIG)の推奨を尊重しない
著者デフィーノは、時効の詳細について科学庁・監査総監室(OIG)と科学庁(NSF)の両方に問い合わせた。
科学庁・監査総監室(OIG)は、時効は決まっておらず、一定の期間内にネカト調査を完了することが必須ではないと述べた。ただ、上記ポスドクのケースでは、調査の完了までに長い年月がかかった理由を次のように述べた。
「科学庁・監査総監室(OIG)は2013年5月に上記ポスドクのネカト調査を開始し、2019年6月に完了し、調査報告書を科学庁(NSF)に提出した。ネカト調査には法律で決まった時効はないが、このケースでの調査期間は異例の長さだった。スタッフの離職と不足、事件の複雑さ、優先順位が高い業務との競合があった、という複数の要因がありました」。そして、制裁しないことについては、「科学庁(NSF)の意思決定に従うしかできません」と付け加えた。
科学庁(NSF)は次のように述べている。「6年間の遅れを考えると、科学庁(NSF)が追加の行為(調査と制裁)をする理由はありませんでした。追加の行為は、大学がすでに調査したことと重複、科した制裁と重複するからです」。
しかし、科学庁(NSF)は、大学が科さなかった制裁、または科学庁(NSF)に固有の制裁を科せたはずだ。
また、別のネカト事件で、科学庁・監査総監室(OIG)は、科学庁(NSF)に「科学庁(NSF)から研究助成された同僚の2件の研究費申請書を盗用し、研究費申請書を提出した主宰研究者(PI)を申請禁止にするよう推奨した」。しかし、科学庁(NSF)は、またしても、科学庁・監査総監室(OIG)の推奨事項に従わなかったことがあった。
ただ、科学庁(NSF)は、大学がこの主宰研究者(PI)に科した4年間の「認定と保証書(certifications and assurances)」という他の推奨事項は受け入れ、この主宰研究者(PI)が4年間、科学庁(NSF)の審査員、アドバイザー、コンサルタントとして参加することを禁止した。
★科学庁・監査総監室(OIG)の活動報告
「半期報告書(SAR)」はまた、科学庁(NSF)に裁定のために提出した7件のネカト調査についても議論している。 → 2020年7月23日記事:NSF OIG Recommends Debarment In Three of Seven New Misconduct Cases | COSMOS Compliance Universe
7件のネカト事件のうち2件はデータねつ造事件で、他の5件は盗用事件だった。
7件のネカト事件のうち3件を、科学庁・監査総監室(OIG)は1年から3年の禁止期間を推奨した。3年の禁止は、生涯の禁止に次ぐ厳しい制裁措置である。
ネカト研究者の性別は、1件が女性、4件が男性と特定され、2件の性別は不明だった。
この7件に、院生が1人と準教授が1人いた。他の人たちには、主宰研究者(PI)または共同主宰研究者(PI)という身分以外、身分の情報は提供されなかった。
事件は一般的に大学が調査した後、科学庁・監査総監室(OIG)が大学の調査と連携して調査した。ただし、科学庁・監査総監室(OIG)が最初から調査した事件もあった。ただ、この場合、科学庁・監査総監室(OIG)が申し立てを受けたかのかどうかは明らかにされていない。
1件だけ、科学庁・監査総監室(OIG)はネカト行為がなかったという大学の調査結果に同意せず、独自の調査をした。大学が徹底的なネカト調査を行なわなかった、または合理的な結論に達しなかったと、科学庁・監査総監室(OIG)が指摘することは珍しいことではない。
大学・研究機関は、すでに退職している研究者に制裁を科さないことも珍しくない。そのような場合でも、科学庁・監査総監室(OIG)は科学庁(NSF)に制裁を科すよう要請している。
盗用した1人の主宰研究者(PI)は「責任を認めた(accepted responsibility)」(辞職した?)。他の2人は自白すると申し出たが、内1人は、悪行の全部を自白しなかった。
●5.【関連情報】
省略
●6.【白楽の感想】
《1》内紛?
科学庁・監査総監室(OIG)は科学庁(NSF)の一部局である。だから、ネカト調査や判断は科学庁・監査総監室(OIG)が推奨したことを、科学庁(NSF)がほとんどそのまま追認するだけだと思っていたが、本論文を読むと、そうではない内幕が記載されている。
科学庁・監査総監室(OIG)の推奨を科学庁(NSF)はどうしてそのまま実行しないのか?
人間関係の問題なのか、制度的問題なのか?
なんかヘンである。
《2》ネカト者の名前
長いこと疑問に思っていることがある。
研究公正局(ORI)は、ネカト者の名前を含めネカト行為の調査結果の詳細を連邦官報に公表している。
ところが、科学庁・監査総監室(OIG)はネカト者の名前を秘匿している。
両方とも連邦政府機関で、米国の連邦法の下で行政を行なっている。研究者の同じネカト行為への措置なのに、どうして、こんなに異なるのか?
科学庁・監査総監室(OIG)が扱うのは「工学、自然科学、人文社会学のネカト」で、研究公正局(ORI)が扱うのは「生命科学のネカト」である。しかし、その学問分野のネカトに分野の特殊性はない。
本論文に記載しているが、著者デフィーノが科学庁・監査総監室(OIG)に理由を問い合わせたが、回答は、合法だと主張しているだけである。
米国の政府機関として統一的な方法を実施しないことに、白楽は、長年、ヘンだと感じている。
ネカト行為に関しては、私益よりも公益を優先すべきだ。科学庁・監査総監室(OIG)は研究公正局(ORI)と同様にネカト者を実名で発表し、連邦公報に記載すべきだ。
副作用として、研究公正局(ORI)は実名発表し科学庁・監査総監室(OIG)は匿名発表するので、メディアは圧倒的に多く、生命科学系のネカト事件を記事にする。この状況を反映し、多くの人は、生命科学にネカト行為が多く、工学、自然科学、人文社会学にはネカト行為は少ないと、誤解する。
ネカト行為の事実を把握するのに、多くの歪みが生じている。これは、ネカト防止策への歪みにつながり、適正なシステムの構築の障害になる。
大学・学術界は適正にネカト防止をできない。結果として、大学・学術界にネカト行為がいつまでも続き、社会(米国も日本も)は損害を被り続ける。
ーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●8.【コメント】
注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します