2022年4月1日掲載
白楽の意図:生命科学論文のネカトでは、電気泳動バンドのねつ造・改ざんの発覚がとても多い。画像の加工や重複使用の検出では世界一のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)が画像の重複使用を例示し、判定基準を示した「2020年1月のScience Integrity Digest」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。
研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。
●1.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Oops!… I Did It Again. When to correct or retract?
日本語訳:あらまたやっちゃった。 いつ修正または撤回しますか? - 著者:Elisabeth Bik
- 掲載誌・巻・ページ:Science Integrity Digest
- 発行年月日:2020年1月8日
- 指定引用方法:
- DOI:
- ウェブ:https://scienceintegritydigest.com/2020/01/08/oops-i-did-it-again/
- PDF:
★著者
- 単著者:エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)写真出典
- 自分のサイト:Science Integrity Digest 。 Twitter。
- 生年月日と性別:1966年オランダ生まれ、58歳、女性
- 所属など:ハーバーズ・ビック社・社長(Principal of Harbers Bik LLC)。研究博士号(PhD):微生物学。
- 対象:生命科学。画像の重複、ねつ造、改ざん
- 解説記事:①エリザベス・ビク – Wikipedia。②2020年5月13日の「ヘレン・シェン( )」記者らの「Nature」記事:Meet this super-spotter of duplicated images in science papers、③ Elisabeth Bik | LinkedIn、④ Elisabeth Bik (Harbers-Bik LLC)、⑤2021年4月7日記事:The science detective on a mission to stamp out shoddy research | Times Higher Education (THE)、⑥ 2021年6月23日記事: Science under scrutiny: COVID crisis throws spotlight on scientific research | Borneo Bulletin Online
- 2021年12月2日、2021年のジョン・マドックス賞(John Maddox Prize)受賞
●2.【日本語の予備解説】
★2017年11月x日:日本医療研究開発機構(制作協力:エルピクセル株式会社):著者名不記載:適正な画像処理方法~雑誌の投稿規定の解説~
3. 施してはいけない画像処理手法
3.1 画像の切り貼り ( コピー&ペースト )
画像の切り貼りはたとえ悪意がなくとも不用意に行なうべきではない。前述したゲル画像の合成など、紙面スペースを活用するためや読者の視認性を高めるための画像の合成は推奨されているが、必ず明記することが求められている。なお、後述するように、画像の合成跡はノイズを確認することにより一目瞭然となり、悪意を持った画像の合成は必ず見抜かれる。
続きは、原典をお読みください。
●3.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
本論文は、ビックの「方法・ガイド(How To Guides)」編の記事である。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》序論
1つの論文に同じ画像の重複使用はあってはならない。
でも、もしあったなら、何枚までなら許されるか?
論文に同じ画像の重複使用を指摘すると、多くの著者は「すみません。間違った写真をアップロードしてしまいました」と回答してくる。
間違い(mistake)は誰にでもあるので、単純な間違いが1回なら、間違い(error)の「修正」でいいかもしれない。
でも、間違い(mistake)が2回以上だと、どうだろう。「仏の顔も三度まで」ではなく、「仏の顔も一度まで」である。
また、画像に複雑な加工があった場合、編集者は「修正」で処理してOKなのか?
画像の重複使用には3つのタイプがある。
- タイプⅠ:同じ画像を無加工で重複使用
- タイプⅡ:画像のシフト、ローテーション、フリップなど加工して重複使用
- タイプⅢ:同じパネル内の画像パーツの重複使用、他のパネルの画像パーツを別のパネルに重複使用
タイプⅠは、「誠実な間違い(honest error)」である可能性が高い。
タイプⅢは、「意図的(intentionally)なねつ造・改ざん」である可能性が高い。
では、タイプⅡは?
タイプⅠ重複使用が1つしかない論文は、修正で対処することにおそらく全員が同意するだろう。
しかし、タイプⅠ重複使用が複数あったらどうだろうか?
ここで、ブリトニー・スピアーズの「あら、またやっちゃった!(Oops!… I Did It Again)」を聞きましょうか?
●《2》実例
以下、重複使用の深刻度が「低い → 高い」順に、いくつかの異なる実例をあげた。
あなたが学術誌の編集者なら、どこに線を引きますか?
どの論文を「修正」で了承し、どの論文を「撤回」しますか?
なお、この問題には明確な答えはない。
また、ビックは解決策を示していない。ビックは、議論の材料を提供することが目的で書いている。
★タイプⅠ重複使用の2つ
以下の画像には、オレンジとピンクで囲った2つに部分に重複使用がある。
ピンクで囲ったバンドは異なる実験の「同じ」タンパク質である。
オレンジで囲ったバンドは異なる実験の「異なる」タンパク質である。
タイプⅠ重複使用が1つではなく2つある。この論文は「修正」か「撤回」か?出典:https://pubpeer.com/publications/7CE738CC0FB797AB86CC8BE8463B7A
★タイプⅡ重複使用が1つ
以下の画像には、タイプⅡ重複使用が1つある。
赤で囲ったバンドは、異なる時間の実験データなのに非常によく似ている。この論文は「修正」か「撤回」か?
これがこの論文の唯一の問題だと仮定した場合、これは「誠実な間違い(honest error)」か、それとも「意図的(intentionally)なねつ造・改ざん」か?
出典:https://pubpeer.com/publications/7BC57B1181A4B9EC9D2F81A171A402
★タイプⅡ重複使用が2つ
以下の画像には、2セットのタイプⅡ重複使用がある。
この論文は「修正」か「撤回」か?出典:https://pubpeer.com/publications/7CE738CC0FB797AB86CC8BE8463B7A
★タイプⅠとタイプⅡ重複使用の組み合わせ
以下の画像には、1つの図に、タイプⅠ重複使用とタイプⅡ重複使用がある。著者は、間違ったパネルを2回アップロードしたことを認めた。
タイプⅡ重複使用では、画像を180度回転している。これは「誠実な間違い(honest error)」とみなせるか、それとも「意図的(intentionally)なねつ造・改ざん」とみなすか?
つまり、この論文は「修正」か「撤回」か?
画像取得元:https://pubpeer.com/publications/ED1F35595C9CE803CAC4E92E64E683
別の論文。
以下の1つの論文には、2つのタイプⅠ重複使用(露出を変えている。ピンクと淡い紫色で囲った)の図が2つ、さらに、複数のタイプⅡ重複使用(明るいオレンジと暗いオレンジで囲った)を組み合わせた図が1つ、計3つの図がある。
著者は、図を組み立てる時、またはアップロードする時、いくつかの「間違い」を犯したと弁解した。
あなたが学術誌・編集者なら、著者の弁解を受け入れるか、それともこの論文を撤回するか?
出典:https://pubpeer.com/publications/5887E2427572CFD0D9567BB16845D9
★タイプⅢ重複使用
私(ビック)の意見では、タイプⅢ重複使用は、ほとんどの場合、「撤回」である。
下記はタイプⅢ重複使用の3実例である。
以下のウエスタンブロット、フローサイトメトリープロット、顕微鏡写真で、画像が偶然、重複したと想像するのは非常に困難である。
【ウエスタンブロット】
上図にはタイプⅢ重複使用が2セットある。出典:https://pubpeer.com/publications/3823967D4947674E9BDF3B0C219BF5
【フローサイトメトリープロット】
上図はタイプⅢ重複使用(同じ色のボックスで表示)が複数ある。出典:https://pubpeer.com/publications/3823967D4947674E9BDF3B0C219BF5
【顕微鏡写真】
上図はタイプⅢ重複使用が複数あるように見える顕微鏡写真。出典:https://pubpeer.com/publications/0ACA63AC48C60852962E58844828A4
●《3》判断:どこに線を引くか?
パブピア(PubPeer)で画像の重複使用を指摘すると、多くの著者は「間違い(a mistake)ました。すみません」、と回答してくる。
しかし、間違いが1つではなく、多数見つかると、論文の他のデータも信頼できなくなり、「誠実な間違い(honest error)」だったとは思えなくなる。
では、「誠実な間違い(honest error)」と「意図的(intentionally)なねつ造・改ざん」の判定、つまり、どこに線を引いて、論文の「修正」で良しとするか、論文を「撤回」すると判断するのか?
- 1つの論文で、「間違い(a mistake)ました。すみません」が何回までなら、論文「修正」を認めるか?
- 編集者はどの時点で論文撤回を決定すべきか?
繰り返すが、明確な答えはない。
以下は議論のための提案である。
- タイプⅠ重複使用またはタイプⅡ重複使用が1つの論文は、修正
- タイプⅠ重複使用が2つの論文は、修正
- タイプⅡ重複使用が2つの論文は、修正か撤回
- タイプⅡ重複使用が3つ以上は、撤回
- タイプⅠ/Ⅱ重複使用の組み合わせが3つ以上ある論文は、撤回
- タイプⅢ重複使用がある論文はすべて、撤回
- 著者のグループに重複使用の複数論文がある場合、または大学・ネカト調査委員会のネカト調査でそのグループのネカト行為が明らかになった場合は、より厳しく扱う。つまり、1つまたは2つのタイプⅡ重複使用で、撤回
●4.【関連情報】
省略
●5.【白楽の感想】
《1》判断
エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は素晴らしい!
考えさせられる実際の画像を示して、あなたならどうする、と問う。
「誠実な間違い(honest error)」なのか、「意図的(intentionally)なねつ造・改ざん」なのか?
このような画像問題を、
日本の学術誌・編集者はシッカリ学んでほしい。
日本のネカト調査委員もシッカリ学んでほしい。
エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)。Elisabeth Bik Wood Credit MichelNCo。写真出典:https://crastina.se/science-trust/dr-elisabeth-bik-vs-scientific-misconduct/
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。 ーーーーーー
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●コメント
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