2020年10月26日掲載
白楽の意図:カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマリオ・ビアジオリ殊勲教授(Mario Biagioli)は、2020年1月に著書『Gaming the Metrics: Misconduct and Manipulation in Academic Research』を出版した。そのエッセンスを要約したマリオ・ビアジオリ(Mario Biagioli)の「2020年9月のLos Angeles Review of Books」論文を読んだので、紹介しよう。従来の「ねつ造、改ざん、盗用」にも触れながら、新しい学術不正である評価数値の操作について、「深く、深く」解説している。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ論文である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
論文に概要がないので、省略。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Fraud by Numbers: Metrics and the New Academic Misconduct
日本語訳:数値による詐欺:評価基準(メトリックス)と新しい学術不正 - 著者:Mario Biagioli
- 掲載誌・巻・ページ:Los Angeles Review of Books
- 発行年月日:2020年9月7日
- 引用方法:
- DOI:
- ウェブ:https://lareviewofbooks.org/article/fraud-by-numbers-metrics-and-the-new-academic-misconduct/
- PDF:
- 著作権:
★著者
- 単著者:マリオ・ビアジオリ(Mario Biagioli)
- 紹介:Biagioli, Mario | UCLA Law、Mario Biagioli – Wikidata
- 写真:Mario Biagioli | Center for Advanced Study in the Behavioral Sciences
- ORCID iD:
- 履歴:Biagioli, Mario | UCLA Law
- 著書:『Gaming the Metrics: Misconduct and Manipulation in Academic Research』(2020年1月28日出版、306ページ、The MIT Press)、表紙写真出典はアマゾン
- 国:米国
- 生年月日: 1955年12月17日。イタリア生まれ育ち。2020年10月25日現在の年齢:64歳
- 学歴:米国のカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)で修士号(科学技術の歴史・哲学、1986年)、同大学で研究博士号(PhD)取得(1989年)
- 分野:法とコミュニケーション
- 論文出版時の所属・地位:2019年以降、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の殊勲教授(Distinguished Professor of Law and Communication at UCLA)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles UCLA)。白楽が撮影。
●3.【日本語の予備解説】
以下は予備解説ではないが、マリオ・ビアジオリのことを書いているので、引用した。
★20xx年x月x日:FrostHead:「ガリレオ、再考| 科学| スミソニアン – 論文、科学、技術、宇宙」
ハーバード大学の科学史家であるマリオ・ビアジオリは、おそらくワイルディングの調査結果で最もエキサイティングなことは、イングランドのガリレオへの初期の関心の表れだと言います。 ビアジオリは、ガリレオへの即座の魅力は、科学革命における進歩的思考の初期の兆候であると考えています。 「ある意味で、ガリレオの神話は彼の初期の作品と伝記に由来しています。それらは彼の正典化の一部です」と彼は言います。 現時点では、イングランドの駆け出しの王立協会は、サウスベリーが無駄に参加しようとした科学団体であり、その守護聖人を設立しようとしていたとビアジオリは説明し、ガリレオはその法案に合ったようだ。 ガリレオの伝記を書くというサウスベリーの決定は、国境を越えて到達し、世界的な出来事として科学を固めたいという願望を反映しているかもしれません。
●4.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》大学ランキング
グッドハートの法則(Goodhart’s law – Wikipedia)によれば、「数値が目標になると、数値本来の機能が失われる(When a measure becomes a target, it ceases to be a good measure)」。
英国のエコノミストのチャールズ・グッドハート(Charles Goodhart – Wikipedia、写真出典)は、経済での数値指標について述べているが、彼の法則は、今日の高等教育での数値指標を含め、あらゆる種類の評価(数値指標)に適用できる。
大学は、ランキングを向上させる数値をたくさんの情報源から収集、整理、要約、公開(共有)し、時には、数値をねつ造してまで、これまで以上にランキング上昇に多額の投資を行なってきた。
美しい建物の点在する美しいキャンパスは、卒業生の寄付を引き付ける。キャンパスの美しさは、1つのクラスの上限を19人にすることと同じように、「U.S. News&World Report」の大学ランキングにとってプラス要因となる。
現在、大学ランキングが大学にも世間にも偏重されているが、この傾向は数十年前に目立たないように始まった。
1996年、すでに、ノースイースタン大学(Northeastern University)のリチャード・フリーランド学長(Richard M. Freeland – Wikipedia、写真出典)は、「ランクの高い大学は、認知度と名声が向上し、受験者が増加し、卒業生の寄付が増加します。そして、大学の収益も向上します。ランクが低いと、大学はお金を奪い合います。たった1つの指標である大学ランキングが、大学を良くしたり壊したりする力があります」、と述べている。
フリーランド学長は、ランキングでのプラス要因を見つけ、ノースイースタン大学で、その数値を高くすることに多大な努力を払った。その結果、1996年に162位にランクされていたノースイースタン大学は、2006年に98位に上昇し、その10年後の2016年には47位になった。
この傾向は、現代の大学のもう1つの特徴である「卓越さ(excellence)」と密接に関連している。「卓越(excellence)」には、経験的または概念的に定義できる指標がないため、「何をしていても優れている」という意味としておく。
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以下省略(白楽が)。ここでは、省略と断ったが、白楽の「論文を読んで」は、適当につまみ食いして書いている。以下、断らない。
●《2》論文発表後不正
米国連邦政府は、研究不正行為を、研究結果の作成と発表での「ねつ造、改ざん、盗用」と定義している。これは、「証拠、主張、著者の虚偽」という3種類の虚偽である。この伝統的な不正行為は、衰えることなく、現在も続いている。
そして現在、論文の評価を強化する新しいタイプの学術不正、つまり発表後不正が出現してきた。
(1)査読偽装は論文発表後ではないが、最初の不正例としよう。
学術誌・編集者が論文投稿者に査読候補者の情報を依頼することがある。多くの編集者は、細分化された専門分野になると、的確な査読候補者のストックを十分に持っていない。それで、この依頼は驚くほど頻繁に起こっている。
その時、論文投稿者は「john.doe @ gmail.com」のアドレスを示し、ニセ研究者を査読者として提案する。査読依頼は「john.doe @ gmail.com」のアドレスに送付されるので、投稿者自身が査読できる。当然、査読結果はポジティブになり、論文原稿は採択され、出版される。
(2)もう1つの例は、論文内容が無関係でも、特定の研究者同士がお互いの論文を広範囲に引用し合う共引用カルテルである。共引用カルテルは、政府や資金提供機関が被引用数の目標を設定すると、しばしば出現する。
(3)さらに進むと、強制的な引用が起こる。査読者や編集者が「見返りとして(quid pro quos)」、肯定的な査読と引き換えに、査読者自身の論文を引用するよう投稿者に指示する。指示は、数報の引用が多いが、ある査読者は査読者自身の論文を約35報引用するよう、毎回要求していた。
(4)また、超一流大学所属の研究者を偽の共著者にすることで論文のインパクトを上げる事件も起こった。超一流大学であるカリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)所属の「D. ウィルソン(D. Wilson)」という架空人物を共著者を加えて、論文を投稿した。この偽の共著者を加えたことで、カリフォルニア工科大学という「ネームバリュー」が付き、そのおかげで、論文の採択・出版は容易になった。さらに、出版された論文の閲覧数・被引用数が高くなった。
(5)もっとすごい方法は、学術誌データベースをハッキングし、すでに査読済みの出版予定論文を見つけ、論文が公開される直前に既存の著者たちの中に自分の名前と所属を追加する方法である。共著者が多ければ、発覚する可能性は低い。共著者が少ないと、発覚する可能性は高く、いずれ、論文は撤回されるだろう。しかし、論文が撤回されるまで数年かかる。その間、論文が1報追加できること、論文被引用数を増やせることで、研究者としてかなり有利なスタートを切ることができる。
この方法で追加論文を作るのにたいして時間がかからない。データねつ造・改ざんという従来の研究不正では、実験時間を短縮できるが、それでも、自分で論文を書いて出版するので、かなりの時間がかかる。追加論文を作るこの方法は、それよりもはるかに短時間で出版論文を増やせる。そして、あなたは論文が出版された日から、論文被引用数を蓄積できるのだ。
(6)最後の例は、リスクを嫌い、お金がある場合だけに有効な方法である。掲載予定の論文の共著者枠を論文代行業者から買うだけだ。論文代行業者は、原稿改訂中に共著者の変更を認める学術誌があるという事実を悪用している。論文代行業者は、学術誌のランキングに応じた価格を付けて、共著者枠の権利を販売している。購入者は期待する被引用数に応じたお金を払って共著者の枠を買う。
(7)一方、学術誌・編集者は、他の学術誌・編集者と共引用協定を結ぶことで、学術誌のインパクトファクター(impact factor)を増やしている。つまり、共引用協定を結んでいる学術誌の論文を引用するよう著者に指示するのだ。
なお、ご存じだと思うが、インパクトファクター(impact factor)を簡単に説明しておこう。インパクトファクターは数値で表され、学術誌の論文が2年間に引用された合計回数を、同じ期間にその学術誌で公開された引用可能な論文数で割ったものとして定義されている。学術誌の引用の「密度」を効果的に示した数値である。
(8)一部の大学は、大学ランキングを向上させるために、学内の教員にお互いの論文を引用するよう勧めている。
(9)また、一部の大学は、他大学からの論文数・被引用数の多い教員をリクルートすることもしている。彼らの論文数と被引用数をカウントできるように常任教員であるかのように、論文にその教員の所属大学として記載してもらう。そのためにその教員に短期滞在してもらい、多額の給与を支払っている。
より積極的な研究者は、この取引が提供されるのを待つのではなく、高額なお金を払ってくれそうな大学に自分の論文リストを示し、競売にかけ、最高入札者の大学に所属権を売る。
ただ、この方法は、論文に記載の大学が、彼らの本拠地の大学ではないことが判明する可能性はある。
しかし、この戦略で、非常に速く、大学ランキングが上昇したケースがある。数学の2014年の大学院ランキングで、サウジアラビアのほとんど無名のキング・アブドゥルアズィーズ大学(King Abdulaziz University)が英国のケンブリッジ大学よりも高い評価を受けた(2014 U.S. News & World Report’s ranking for graduate programs in mathematics)。
人々は、これらの(1)~(9)のケースを馬鹿にし、笑い、皮肉った。しかし、そのような反応が、最も重要な問題点、つまり、いろいろな方法で簡単に評価数値を操作できるという問題点、から人々の注意をそらしている。
論文出版後の評価数値の操作は、既存の評価の抜け穴を悪用し、急速に発達してきた。これらの不正操作を防止しようとすると、さらに、新たな不正操作の機会が生まれる。この事実に気付くと、評価数値の不正と防止は「いたちごっこ」の世界だと認識することになる。もう昔の状況に戻せる可能性はない。
エコノミストのブライアン・アーサー(W. Brian Arthur – Wikipedia、写真出典)が指摘するように、「すべてのシステムはゲーム化できる」。
ますます複雑化する学術評価の世界でゲーム化できるシステムは数多くあり、詐欺的な動きや操作技術のレパートリーは拡大し続けている。従来の研究不正である「ねつ造、改ざん、盗用」は、もはや時代遅れの古風な不正に見えるほどである。
●《3》インパクトをカネにする
評価数値を操作するのは倫理的に問題だと非難してもいい。しかし、実際は倫理ウンヌンよりもずっとたちが悪い。とはいえ、研究結果の結論や証拠のねつ造・改ざんではないため、米国連邦政府による研究不正の定義の範囲外になり、現状では、不正として処罰できない。
新しい学術不正は、従来の研究不正というよりも、FacebookやInstagramでの「いいね」を押すようなオンライン評価を操作する行為と似ている。
偽の共著者を加えることは著者在順に違反するが、引用に違反していないので盗用ではない。他人のアイデアや文章を流用したのではなく、実際には存在しない人と論文のクレジットを共有しただけだ。つまり、事実上、何も取ったり与えたりしていない。偽の共著者の所属大学のブランドを侵害しているが、その行為は研究ネカトの定義からは大きく外れている。
同様に、他人の論文に自分の名前を加える行為も、研究結果の結論や証拠のねつ造・改ざんではない。また、共著者だと不正に主張しても、他人のアイデアや文章を技術的に盗んでいないので盗用でもない。鳥に例えると、別の鳥の巣から卵を盗むのではなく、彼らの巣に卵を入れたのだ。泥棒や詐欺というより、寄生虫である。
これらの不正行為の背後にある動機は正確にはわからないが、得するためと保身だろう。共著者埋め込みや共著者枠の購入などは、評価数値の締め切りが切羽詰まった研究者が行なっていた。つまり、特定の期間内に一定レベル以上の学術誌に既定数の論文を出版する必要に迫られた時に行なわれていたのだ。
「科学計量学(Scientometrics)」は、もともとは文献の索引付けと検索の手法として考案された評価数値である。しかし、すぐに論文や学術誌の評価ツールに進化し、今では学術的価値とクレジットを示すインフラストラクチャになっている。
たとえば、インパクトファクターの高い学術誌に多数の論文を掲載すると、著名な大学の研究職に採用されるだけでなく、採用後の昇進、昇給が早くなり、立身出世に大きくプラスになる。また、一部の大学では現金ボーナスももらえる。
ただ、これらを与えるのは大学にとってコストがかかる。しかし、インパクトファクターの高い学術誌に多数の論文が出版されれば、大学のランキングは上昇し、寄付額が増え、高額な受託契約が増える。そして、これまで以上に優れた(場合によっては高額な授業料を払ってくれる)学生の入学をもたらす。大学の評判(つまり、評価数値)と大学ランキングが入学希望者を増やすのだ。
論文引用は、現代では、価値の引換券(トークン)になっている。論文引用は、特定の論文の評価という本来の機能から遠く離れた用途のために、売買され、価値になり、再パッケージ化して新しいユーザーに売ることができる価値の引換券になったのだ。
もちろん、論文引用が正確に予測した価値を生むという保証はない。しかし、学術評価システムは、不確実な条件下でも取引できる手段をすでに開発している。これらの手段は、取引の対象を資産(実際の引用)から分離している。
「学術誌インパクトファクター(JIF:journal impact factor)」とその類似指標(ElsevierのCiteScore )はそのような学術評価システムの最良の例で、賞賛されることもあれば、嫌悪されることもある。
重要なのは、JIFが単なる学術誌の価値だけではなく、掲載論文の価値を示す標準的な通貨になっているという事実である。それは学術指標の新しい「ドル」である。好きかどうかにかかわらず、著者、学術誌、大学、資金提供機関などは、誰もがJIFが標準的な通貨だということを知っている。
ほとんどの学術機関はJIFの数値に依存して学術誌を購読するかどうかを決めている。その際、JIFがどのように計算されるか、JIFがどれほど信頼できるか、などを理解する必要はない。つまり、JIFは単に学術誌をランク付けするだけでなく、それに基づいて市場と取引する条件になっている。
たとえば、インパクトファクターによると、「Nature」誌の論文は2年間で約43回の被引用数を獲得すると予想される。もし、「Nature」誌が質の悪い論文を多数掲載し続けると、最終的にはインパクトファクターが低下する。そうなると、「Nature」誌にとっては大問題となる。しかし、研究職についていて、終身在職権、研究費、名声をすでに得ている研究者にとってはたいした問題ではない。
そして、おそらく大学もたいした問題ではないとみなすだろう。学科長が寄付者に毎年、感謝の手紙を送り、その年に教員が出版した「Nature」論文数を誇らしげにリストしていると想像しよう。その時、それらの論文が実際に得た被引用数は重要ではないからだ。
教員、大学、寄付者が、これらの論文が得た被引用数、または得る予定の被引用数の正確な数字を気にせずに、互いに学術的または慈善的なビジネスを行なうことができる理由は、ビジネスがJIFに基づいているためである。
もちろん、JIFは論文引用数から計算するのだから、実際の論文引用数から独立しているわけではない。しかし、重要なことは、特定の論文の被引用数の変動から隔離されているという事実だ。
社会学者のドナルド・マッケンジー(Donald Angus MacKenzie – Wikipedia、写真出典)の価格設定オプションのブラック–ショールズ方程式 (Black-Scholes-Mertonの式)と同様に、関係者全員が、学術誌インパクトファクター(JIF)は論文の被引用数(価格)と連動すると考えれば、市場はJIFに従って機能する。
同様に、共著者の枠を購入するコストは、学術誌インパクトファクター(JIF)に関連付けされることが多い。そして、現在、JIFの数値に応じて現金ボーナスを教員(場合によっては学生)に支給する大学が増えている。 例えば、ある大学は「Science」論文や「Nature」論文に1報出版した教員に43,000ドル(約430万円)の現金ボーナスを支給し、10万ドル(約1000万円)の研究費を助成する。
なお、現金ボーナスは中国が最も高額で、サウジアラビア、カタール、マレーシア、台湾、英国、米国と続く。世界ランキングを上昇させたい国と大学の決意・意欲との相関関係は明白である。
大学はお金を払って、世界ランキングを上昇する評価数値を得ようとする。したがって、価格設定が正しく行なわれていれば、JIF値が15の学術誌の論文共著者の枠に大学教員が5,000ドル(約50万円)を払ったとしても、論文掲載後、所属大学から同等以上の現金ボーナスを受け取れる。
論文のインパクト自体を明確に定義して測定することはできない。そのため、被引用数やJIFのような派生インデックスなどの定量可能な評価を選び、インパクトを数値化している。この場合、他の論文や学術誌と比較するランキングなのだが、そのランキングという構造化された中での相対的な価値である。
●《4》関係をデッチあげ、時間をデッチあげる
この章はする省略(白楽が)。簡単に書くと以下のようだ。
論文引用の仲間ネットワークを作り、被引用数を高める。偽の強力な共著者を入れる、などの手段で、引用という関係をデッチあげる。
一度、論文が出版されれば、その論文の引用は何十年も継続する。
そういう意味で、新しい学術不正は関係をデッチあげ、時間をデッチあげると、マリオ・ビアジオリ殊勲教授は主張している。
●《5》論文のコンテンツ
被引用は、論文の表面に付着する小さな触手で、論文の中身(コンテンツ)には触れない。年月が経っても論文に付着し続ける。これは、指標経済(metrics economy)によれば、論文の属性データ(メタデータ)が論文のコンテンツよりも重要になったために起こると解釈される。
論文の評価は、中身(コンテンツ)だけでなく、著者名、学術誌、論文のタイトル、発行日、他の属性データ(メタデータ)を持つ書誌として論文を識別することから始まる。属性データ(メタデータ)を論文のGPS(グローバル・ポジショニング・システム)と考えた方がわかりやすいかもしれない。
論文が識別・特定されると、アルゴリズムは、特定の期間に受けた引用、論文を出版した学術誌のインパクトファクター、他の論文と比較した相対的なインパクトファクターのランク付けなどを追跡し記録する。 これは、属性データが時間の経過とともに広範にそして詳細に成長することを示している。
論文にはコンテンツが必要だが、そのコンテンツは評価の対象として、もはや機能しない。人々は今でも研究や教育の目的で論文を読むが、指標はその特定の論文の研究成果(コンテンツ)から独立しているため、大学が論文を評価する場合、コンテンツは不要である。大学が論文を評価するのは、論文のコンテンツではなく、属性データである。つまり、人間以外のプロセスが論文を選んで評価している。
論文はコンテンツを伝えるための媒体というよりも、もはや、引用のベクトルと受け手になっている。コンテンツの存在は必要だが、属性データを付着するための留め金(hook)として存在するために必要なだけだ。
評価は論文の表面の属性データに依存して、コンテンツに依存しない。ただ、表面の属性データを正当化するために、コンテンツは必要ではある。属性データは属性なのだから、何かの属性でなければならない。別の言い方をしよう。コンテンツをターゲットと考える。そして、ターゲットに当たった矢の数だけが重要だが、ターゲットがないと矢を射ることはできない。
●《6》偽造のリサイクル
今までの章で、従来の研究不正行為「ねつ造、改ざん、盗用」が時代遅れになったと述べてきたわけではない。
それどころか、従来の研究不正行為にも新しい変革が起こっている。 特に、フォトショップ(Photoshop)は、コンピューターで容易な画像操作を可能にし、電気泳動バンド(含・ウェスターンブロット)のトリミング、削除、スプライス、圧縮、ストレッチ、チルト、フリップ、再結合、およびコントラストレベルの変更を可能にした。
詐欺なのにプロ並みの画像をねつ造している(図1)。
図1:Mike Rossner and Kenneth M. Yamada, “What’s in a Picture? The Temptation of Image Manipulation” The NIH Catalyst 12: 8–11 (May–June 2004) https://web.archive.org/web/20101220204314/http://www.nih.gov/catalyst/2004/04.05.01/page4.html
問題視される画像のねつ造・改ざん事件の多くは図1のような電気泳動バンドの画像操作だが、あらゆる種類の画像データが操作されている。
画像は1つの論文だけでなく複数の論文の実験結果として不正に使われている。同じ画像を加工した電気泳動バンドをリサイクルし、異なる実験条件やサンプルとして不正に使っている。米国・研究公正局は2018年のネカト調査の60%以上が、画像のねつ造・改ざんだったと述べている。
フォトショップ(Photoshop)は、ねつ造・改ざん行為を増やしたが、さらに重要なことに、従来のねつ造・改ざん行為そのものを根本から変えたことだ。
昔のねつ造・改ざんは、特定の主張を裏付けるために、独自の手作業でデータのねつ造・改ざんを行なっていた。
たとえば、1912年のピルトダウン事件(Piltdown Man、写真出典)では、物理的な証拠を独自の手作業で作ることが必要だった。中世の人間の頭蓋骨と現代のオランウータンの顎骨と混ぜ合わせ、物理的に加工して、人間と類人猿の間の「失われた環/鎖(missing link)」の証拠をねつ造した。
1926年、パウル・カンメラー(Paul Kammerer)は、ダーウィンの進化説を否定し、ラマルクの用不用説を支持するために、ウィーンの彼の研究室でカエルに墨汁(固形の墨?、India ink)を入れてコブ(拇指隆起、nuptial pads)を作るという独自の手作業でデータねつ造をした(写真出典)。
→ パウル・カンメラー(Paul Kammerer)(オーストリア) | 白楽の研究者倫理
1974年、ウィリアム・サマリン(William Summerlin)は、ニューヨークのスローン・ケタリング記念癌研究所の研究員で、白いマウスの免疫学的拒絶反応を抑制することができ、皮膚移植ができたと主張した。実は、フェルトペンで白いマウスの皮膚を黒く塗るという独自の手作業だった(写真出典)。 → ウィリアム・サマリン(William Summerlin)(米) | 白楽の研究者倫理
しかし今では、ねつ造・改ざんは実験室からコンピューターに移っている。
デジタルツールは、単にねつ造・改ざん画像を作れるだけでなく、簡単に作れる。もはや、独自の手作業は必要ない。この点が重要である
例えば、同一またはわずかに改ざんした電気泳動バンドの画像がリサイクルされている。ある例では、同じバンド画像が異なる論文の異なる研究結果の証拠として、10報の異なる論文の15個の画像に使われた。
オランダの画家・レンブラント(1606年- 1669年))の「ひげを生やした男(Man with a Beard)」の贋作。1940年ごろまでレンブラントの作品と思われていたが、贋作である(出典)。
レンブラント(Rembrandt)の贋作(がんさく)を作る贋作絵師は、オランダの巨匠が描いた絵画だと偽ってその贋作(がんさく)を顧客に渡す。それでも、その贋作(がんさく)は、贋作(がんさく)といえども贋作絵師の独自な作品である。同様に、サマリンのペイントされたマウスは、芸術作品ではないけれども、単純なコピーではなく手作りのオリジナルなマウスだった。彼らは詐欺的でありながら、別の見方をすれば、本物のニセモノ(ニセモノの本物?)を作った。
対照的に、今日のフォトショップで作成したねつ造・改ざん画像は、加工した画像である。場合によっては、不正な目的のために、加工していない本物の画像に単に偽の標示・説明を付けた画像である。
単一の本物の実験結果の偽造ではなく、複数の詐欺的なコピーを広めることを可能にするテクノロジーが、まさに新しいデジタル詐欺を生産的にしてきた。同じ不正画像を10報の出版物で15回も再使用したのは、多数の論文を出版したいとい論文生産性への執着が動機だろう。そうでなければ、どんな理由があるというのだ。
デジタル化以前の時代の昔の不正科学者は、最初から実験結果の偽造をした。一方、現代の不正科学者は、不正な実験証拠を転用する近道で、はるかに高速に実験証拠を偽造する。
デジタル操作された画像は研究者の目から見て美しく見えるため、一次的には信頼性がある。そして、その信頼性の薄いベニヤは、読者または編集者が少し繊細に調査するまで破られることはない。認識する眼力があり、ある程度の訓練を受けた人は、画像の重複や操作を見つけ、薄いベニヤを破ることができる。
現在、高度な画像操作を検出できるソフトウェアがある。科学捜査に長期間かかり、複雑になる可能性がある昔の詐欺とは異なり、デジタル詐欺は、砂上の楼閣のように、ネカト疑惑の赤旗が立てられるとすぐに崩壊する。
今日私たちがよく目にするのは、洗練された加工でネカト検出を逃れようと、野心的にデータをねつ造した論文ではない。上記で説明したように、繰り返し用いられるねつ造画像は薄いベニヤの偽造である。レオナルドの巧妙な贋作というより、リーバイスのブルージーンズ(Levi’s blue jeans)をズサンに模造したものレベルである。評価数値の操作をする新しい学術不正時代では、質よりも量が優先されるのだ。
詐欺師は、重要な研究結果を主張するために検出が困難な偽造品の開発に時間と労力を費やすのではなく、ごく普通のデジタルツールを使って多くのネカト論文を作成する。これらのネカト論文は、批判的な精査に耐えることはできないが、編集者の眼力が弱い下位の学術誌では論文ネカトは発覚しない。それでネカト論文は長期間(あるいはほぼ永久に)、存続する可能性がある。
●《7》おわりに
本記事で、1つは論文発表後の不正行為に関して述べ、もう1つは従来の「ねつ造、改ざん、盗用」の革新性について述べた。事実上共通点がないように見える2つの不正操作について説明してきた。
この2つは、前者は論文内容に関係なく、その評価数値のみを操作する不正である。後者は、評価数値を変更せずに、論文の視覚的データを操作する不正である。
●5.【関連情報】
【動画1】
2017年2月9日の講演動画:「Mario Biagioli, After Fraud: Metrics and The New Scientific Misconduct – YouTube」(英語)38分24秒。
CSTMS Berkeleyが2017/04/07に公開
【動画2】
講演動画:「Mario Biagioli (UC Davis): Metrics and Misconduct – YouTube」(英語)42分29秒。
The Institute for the Study of Science, Technology and Innovation (ISSTI)が2019/11/17に公開
【ポドキャスト1】
2020年9月9日、ジョン・マークオフ(John Markoff)の質問にマリオ・ビアジオリ(Mario Biagioli)が答えるインタビュー:「Metrics & Misconduct in Scholarly Publishing – Mario Biagioli」(英語)38分11秒。
Metrics & Misconduct in Scholarly Publishing – Mario Biagioli | Human Centered
●6.【白楽の感想】
《1》斬新
マリオ・ビアジオリ(Mario Biagioli)の切り口は斬新である。
時代の変化を見る力があり、説得力がある。
感動した。
ビアジオリが指摘する不正に対して、日本もまともに向き合う必要がある。
関係者は、状況をしっかり理解してください。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★論文中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●8.【コメント】
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