2020年12月18日掲載
白楽の意図:ネカト者の名前隠匿の是非は日本を含め欧米でも議論されている。カナダのネカト事件(ウーストハイゼン事件)を記事にした際、ネカト者名等の黒塗り問題を述べた社説(editorial、著者不記載)の「2011年9月のNature」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
論文に概要がないので、省略。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Blackened names
日本語訳:黒く塗られた名前 - 著者:不記載、社説
- 掲載誌・巻・ページ:Nature 477, 509–510 (2011)
- 発行年月日:2011年9月28日
- 指定引用方法:Blackened names. Nature 477, 509–510 (2011). https://doi.org/10.1038/477509b
- DOI:https://doi.org/10.1038/477509b
- ウェブ:https://www.nature.com/articles/477509b
- PDF:
- 著作権:
.@SpringerNature office in #London on an unusually sunny day @Palgrave_ @nresearchnews @nature #SpringerNatureWorld pic.twitter.com/pID6wOx20w
— Springer Nature (@SpringerNature) August 3, 2016
●3.【日本語の予備解説】
なし。
●4.【論文内容】
本論文は学術論文ではなく社説(著者不記載)である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》カナダは、ネカトをした研究者の身元を公表すべし
2011年9月、カナダのポストメディアニュース社(Postmedia News)のマーガレット・マンロ記者(Margaret Munro、写真出典)が、情報アクセス法(Access to Information laws)に基づいて、カナダ政府からネカト調査報告書を入手した。
しかし、政府機関が公開した調査報告書の黒塗りはヒドイものだった。
ネカト報告書を公表する時、このようにヒドく黒塗りをする必要があるのか? と、強い疑問が湧いた。
カナダ政府の研究助成機関であるカナダ自然科学・工学研究機構(NSERC:Natural Sciences and Engineering Research Council of Canada)が激しく黒塗りしたネカト調査報告書の1つは、研究者がデータをねつ造し、その後、別の大学に移籍した事件の報告書だった。移籍先の大学は、その研究者のネカト行為を知らなかったのだ。
2つ目の文書は、さらにヒドイ事件で、どこにも出版したことがない論文を多数、業績リストに記載し、研究費を申請した研究者の経歴詐称事件だった。
ところが、開示されたネカト調査報告書は、撤回論文、研究分野、ネカト行為者の名前が黒く塗りつぶされていた。
このような黒塗りは、時には、ネカト行為の発見やネカト行為の種類に関する情報も黒く塗りつぶしている。
カナダのこの慣行はプライバシー保護の行き過ぎである。
ネカト調査が行なわれている間、つまり、調査に支障が出る恐れがある場合は、機密を保つ必要があるだろう。しかし、調査が終了し、クロと結論した場合、秘匿するのはむしろ公益に反するのではないだろうか。
米国政府機関でも、多くの場合、調査中のネカト被告発者の名前は公表されないことが多い。一部の当局者は、研究者のキャリアを保護するために、「誠実な誤り(honest error)」事件では、事件そのものも秘密にしておくべきだと主張している。
しかし、これらの議論は、調査が終わり、ネカトで有罪と結論されれば、意味がない。米国政府の研究公正局(Office of Research Integrity)は、ネカト有罪と結論した段階で、研究者の名前を公表している。
国民(納税者)は、自分のお金が悪用された事例について知る権利がある。
研究ネカトは学術論文の信頼性に影響を与える。他の研究者や学術誌編集者はどの論文がネカト論文なのかを的確に把握したい。
また、ある大学で懲戒処分を受けた研究者の名前が他の大学に提供されていないと、大学及び学術界は懲戒処分を受けた研究者を雇用したり賞を与えたり、自律的に自分たちの利益を守る事ができない。
カナダ自然科学・工学研究機構(NSERC)は常にネカト者を隠蔽する。しかし、当然のことながらそのことに反発する人がネカト者名をリークする。社交メディア(SNS)や告発サイトが非公式に探り当てたネカト者を公開することも起きる。
たとえば先週、米国のネカトの番犬である「撤回監視(Retraction Watch)」の記事は、マーガレット・マンロ記者(Margaret Munro)が入手したネカト調査報告書中のネカト者の1人の身元を推測した。このような開示は、情報がないよりはましだが、一般人や他の研究者はこのネカト者名が本当なのかどうかを判断できない。
――――――以下、白楽が調べた。
上記の「撤回監視(Retraction Watch)」の記事はコレでした。 → 2011年9月20日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Unveiled: Anonymous researcher found guilty of fraud in Canadian funding agency documents – Retraction Watch
そして、問題のネカト者はこの人でした。 → ファウジ・ラゼム(Fawzi Razem)(カナダ) | 白楽の研究者倫理
他にも関連記事があり、以下に2報示す。
→ 2011年4月4日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Retractions we haven’t had a chance to cover, part 2: Duplication and plagiarism edition | Retraction Watch
→ 2016年7月19日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Canada funding agency bans researcher for fraud, and in first, reveals her name – Retraction Watch
――――――ここまで
カナダ自然科学・工学研究機構(NSERC)はまた、ネカト者の所属する大学名を黒塗りしている。大学は通常、数千人の研究者を雇用し、数万人の学生を教育している。国民は、どの大学がネカト行為の申し立てを受け、そしてその申し立てに対して大学がどのように対処したかに関心がある。
調査結果やネカト行為に対応して取られた措置を改ざんすることはさらに悪いことだ。この改ざんは、ほぼ間違いなく大学と研究助成機関を守るのに役立つ。たとえば、マンロ記者に開示されたネカト調査報告書に、「[黒塗り部分]は永久に[黒塗り部分]に申請する資格がない」とあった。
このような黒塗りでは、どのネカト者にどのようなペナルティが科されたか全くわからない。このような情報を黒塗りするのはばかげている。
カナダ自然科学・工学研究機構(NSERC)は、「ネカト行為を真剣に受け止めています。ただ、カナダでのネカト事件はまれです。そして、ネカトに対処するわれわれの活動は研究者に強いメッセージを送っています」と述べている。
しかし、ネカト者の名前も所属大学名も黒塗りしている。
どの口で「ネカト行為を真剣に受け止めています」と言えるのだ。
「研究者に強いメッセージを」というそのどこに、「強いメッセージ」があるのだ。
●5.【関連情報】
① ウーストハイゼン事件:工学:パトリック・ウーストハイゼン(Patrick Oosthuizen)(カナダ)
●6.【白楽の感想】
《1》日本の匿名化に異議あり!
この節は転用である。転用元 → ファウジ・ラゼム(Fawzi Razem)(カナダ) | 白楽の研究者倫理
2006年の文部科学省の「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」では「研究ネカト事件を犯した研究者」の氏名・所属の公表は義務だった。
調査機関は、不正行為が行われたとの認定があった場合は、速やかに調査結果を公表する。公表する内容には、少なくとも不正行為に関与した者の氏名・所属、不正行為の内容、調査機関が公表時までに行った措置の内容に加え、調査委員の氏名・所属、調査の方法・手順等が含まれるものとする。(4 告発等に係る事案の調査:文部科学省、(7)調査結果の公表)
しかし、改訂された2014年の文部科学省ガイドラインでは、「公表する調査結果の内容(項目等)は、調査機関の定めるところによる」とし、大学・研究機関の内部規程に任せ、具体的な指示をしない方向に変えた。それで、現実は、ネカト者の氏名公表がケースバイケースになった。実名報告の義務はなくなった(「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」:文部科学省)。
そして、2015年、文部科学省は、研究ネカト者の一覧表を作ったが、ここで、氏名・所属の公表をしないことにしている(文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案(一覧):文部科学省)。
折角のサイトなのに、大きく後退した。
多額の公的資金が使用されている研究で研究ネカトがあったとされた時、国民大衆に名前・研究機関の実名を公表しない理由を思いつけない」と「論文撤回監視(Retraction Watch)」のオランスキー(Ivan Oransky)は述べている。
実名報告は大きなネカト抑止策でもある。顔写真も大きなネカト抑止策になる。文部科学省はどうして改悪したのだろう。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●8.【コメント】
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