2015年4月26日掲載、2025年4月25日更新
ワンポイント:カーン大学・教授で「遺伝子組換え食品」に強く反対するセラリーニは、2012年(42歳)、遺伝子組換えトウモロコシを食べたラットが「がん」を発症したという「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文を発表した。この論文を基にメディアが「遺伝子組換え食品は毒!」と騒ぎ立て、フランスだけでなく、日本も世界も遺伝子組換え食品への恐怖があおられた。ただ、論文はズサンで、「詐欺的」で、2014年に撤回された。2019年、セラリーニは、自分の研究を「詐欺的」と呼んだ3人の記者を名誉棄損で告訴したが、2023年、パリ司法裁判所は訴えを棄却した。カーン大学はセラリーニを処分せず、2025年現在も在職している。撤回論文は上記1報のみだがセラリーニの怪しい論文は多数ある。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini、Gilles-Éric Séralini、写真出典)は、フランスのカーン大学(University of Caen Normandy、仏語:Université de Caen Basse-Normandie)・教授で、専門は内分泌の分子生物学。
セラリーニは、根っからの「遺伝子組換え生物」反対論者だった。大学に所属する研究者ではあるが、「遺伝子組換え食品」に強く反対する活動家でもあり、1999 年(39歳)、遺伝子組み換え食品に反対する組織(CRIIGEN: Committee of Research and Independent Information on Genetic Engineering)を創設した。
2012年9月12日(52歳)、遺伝子組み換えトウモロコシを食べるとがんになるという「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文を発表した。
この論文を基に国民向けメディアが「遺伝子組換え食品は毒!」と騒ぎ立て、フランスだけでなく、日本も世界も遺伝子組換え食品への恐怖があおられた。
ただ、論文は実験法が不備で、解釈はまったく不適切だったので、ズサン・「詐欺的」と評され、2014年1月に撤回された。
しかし、撤回論文は、同じ著者名で、別の学術誌に投稿され、2014年6月24日に掲載された。
国民向けメディアが「遺伝子組換え食品は毒!」と騒ぎ立てたのは異常だったと、科学界は強く批判した。
2019年(59歳)、セラリーニは、自分の研究を「詐欺的」と呼んだ3人の記者を名誉棄損でパリ司法裁判所に告訴した。
4年後の2023年(63歳)、パリ司法裁判所はセラリーニの訴えを棄却した。
これら一連の騒動でも、カーン大学はセラリーニを処分せず、2025年現在もカーン大学に在職している。
本記事では、大きな騒動を引き起こしたセラリーニの「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文を中心に扱うが、その5年前の2007年論文でも、そして、2012年以降の論文でも、「遺伝子組換え食品」反対派に都合の良い「詐欺的」論文を何度も出版している。
つまり、研究公正より思想が優先し、その思想に都合の良いようにデータを選び、統計処理し、偏向解釈した、ズサン、科学詐欺的な研究論文を発表し続けている。
ただ、撤回論文は上記1報のみである。
セラリーニ事件は、「国際ビジネス・タイムス(ibtimes)」誌が選んだ2013年度・7大科学スキャンダルの第1位である(7 Scientific Scandals Of 2013: From A Retract)。
カーン大学(University of Caen Normandy)。写真出典
- 国:フランス
- 成長国:フランス
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:フランスのモンペリエ第2大学
- 男女:男性
- 生年月日:1960年8月23日
- 現在の年齢:64 歳
- 分野:内分泌学
- 論争論文発表:2012年9月12日(52歳)だが、長年、問題論文を発表
- 論争論文発表時の地位:カーン大学・教授
- 発覚年:今回の該当論文発表直後の2012年(52歳)だが、長年、問題視されていた
- 発覚時地位:カーン大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ分野の科学者群
- ステップ2(メディア):「Nature」、「Science」、「撤回監視(Retraction Watch)」、フランスの多数のメディア
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①カーン大学は調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん、ズサン
- 不正論文数:2014年に該当論文1報を撤回したが、同年、別の学術誌に再掲
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に発覚時の地位を続けた(〇)
- 処分:なし
- 特徴:①科学的厳密性を無視して、「遺伝子組換え生物」反対論に沿うようにデータと解釈を偏向した論文を発表し続けた
- 日本人の弟子・友人:不明
- 【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。セラリーニ論争は遺伝子組換え食品の普及だけでなく関連研究にも長期的で大きなダメージを与えた。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Gilles-Éric Séralini – Wikipedia, the free encyclopedia
- 1960年8月23日:アルジェリアのアンナバで生まれる
- 19xx年(xx歳):フランスのトノン=レ=バン (Thonon-les-Bains)に、次いで二ースに、家族と共に移住した
- 19xx年(xx歳):フランスのxx大学を卒業
- 1987年(27歳):フランスのモンペリエ第2大学(University of Montpellier 2)で生化学・分子生物学(Doctor in biochemistry and molecular biology)の研究博士号(PhD)を取得
- 1987~1991年(27~30歳):カナダのウェスタンオンタリオ大学(University of Western Ontario)、カナダのラヴァル大学・医学センター(Laval University Medical Center)で内分泌の分子生物学を研究する
- 1991年6月(30歳):フランスのカーン大学(University of Caen Normandy)・教授
- 1999 年(39歳):遺伝子組み換え食品に反対する組織(CRIIGEN: Committee of Research and Independent Information on Genetic Engineering)を創設
- 2012年9月12日(52歳):遺伝子組み換え食品は危険という論文を発表:「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文
- 2019年(59歳):3人の記者を名誉棄損で告訴した
- 2023年10月17日(63歳):裁判で敗訴
- 2025年4月24日(64歳)現在:従来職であるカーン大学・教授を維持
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。写真出典
●3.【動画】
【動画1】
米国のヴェロニカ・ドゥド(ジャーナリスト)がセラリーニにインタビューしている動画「Genetically Modified Organisms Debate (GMOS): Interview with Gilles-Eric-Seralini」、(英語)2分59秒。(2014/08/27にアップ)。
【動画2】
「Le professeur Gilles-Eric Seralini nous donne son point de vue sur glyphosate」、(フランス語)2分27秒。France 3 Normandieが2017/10/26にアップ。
【動画3】
セラリーニの「2023 People’s Food Summit European Segment」講演の動画「Dr. Gilles Eric Seralini – People’s Food Summit 2023 European Segment REPLAY – YouTube」、(英語)1時間5分48秒。(2023/10/24にアップ)。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
●【研究の背景】
研究の背景に、遺伝子組み換え作物を食べた時の安全性に関する疑念がある。
ウィキペディアを修正引用する(①遺伝子組み換え作物 – Wikipedia、②ラウンドアップ – Wikipedia)。
★遺伝子組み換え作物
遺伝子組換え作物とは、商業的に栽培されている植物(作物)に遺伝子操作を行い、新たな遺伝子を導入し発現させたり、内在性の遺伝子の発現を促進・抑制したりすることにより、新たな形質が付与された作物である。
食用の遺伝子組換え作物では、除草剤耐性、病害虫耐性、貯蔵性増大、などの生産者や流通業者にとっての利点を重視した遺伝子組換え作物の開発が先行し、こうして生み出された食品を第一世代遺伝子組換え食品とよぶ。
遺伝子組換え作物の栽培国と作付面積は年々増加している。2014年現在、全世界の大豆作付け面積の82%、トウモロコシの30%、ワタの68%、カノーラの25%がGM作物である(国際アグリバイオ事業団・ISAAA調査)。
日本の輸入穀類の半量以上は既に遺伝子組換え作物であるという推定もある。
遺伝子組換え作物の開発・利用について、賛成派と反対派の間に激しい論争がある。主な論点は、生態系などへの影響、経済問題、倫理面、食品としての安全性などである。
★ラウンドアップ耐性作物の食品としての安全性
ラウンドアップ (Roundup) は、1970年にアメリカ企業のモンサント社が開発した除草剤(農薬の一種)。
遺伝子操作により、ラウンドアップに耐性を有する遺伝子組み換え作物はラウンドアップレディー (Roundup Ready) と総称され、日本ではダイズ、トウモロコシ、ナタネ(Brassica napus)、ワタ、テンサイ、アルファルファ、ジャガイモのラウンドアップレディー 品種の一部の一種使用が認可されており、世界的にはベントグラスやアブラナ(Brassica rapa)やコムギの耐性品種も開発されている。
遺伝子組換え作物は、様々な安全性審査を受け、合格してから初めて上市される。
それでも、多世代にわたる摂取による安全性が確認されていないと非難する意見が、組換え食品反対派にある。
そこで、遺伝子組換えによって分子育種されたラウンドアップレディー大豆の安全性に関しては、多世代の動物飼育実験により、客観的・科学的検証がなされた。
様々な組換え作物と非組換え作物を飼料として多くの家畜に投与し、様々な生化学的、生理学的、組織学的差異を調べる大規模な研究を行ったが、如何なる有意な差異を見いだせなかったという包括的なレビューを欧州食品安全機関(European Food Safety Authority: EFSA)が発表している。(論文:”Safety and nutritional assessment of GM plants and derived food and feed: the role of animal feeding trials”. Food Chem Toxicol. 2008 Mar;46 Suppl 1:S2-70. doi: 10.1016/j.fct.2008.02.008. Epub 2008 Feb 13.、EFSA GMO Panel Working Group on Animal Feeding Trials)
例えば、サウスダコタ大学のグループは4世代にわたってマウスにラウンドアップレディー大豆を給餌しても、何ら悪影響を見いだすことができなかった。(論文:Brake, D. G.; Evenson, D. P. (2004). “A generational study of glyphosate-tolerant soybeans on mouse fetal, postnatal, pubertal and adult testicular development”. Food and Chemical Toxicology 42: 29–36)。
また、東京都の健康安全研究センターも2世代にわたるラットへの給餌試験を行ったが何ら有意差を見いだせなかった。同様な研究は多数ある。そのため、少なくとこれらの世代数では「遺伝子組換え大豆」に対する危険性を見いだすことができなかったといえる。
★パズタイ事件
遺伝子組換え食品の健康への影響例としてよく挙げられるものに、「遺伝子組換えジャガイモを実験用のラットに食べさせたところ免疫力が低下した」と、世間に大きな衝撃を与えたパズタイ(Pusztai)の論文がある(パズタイ事件)。
1998年8月10日、スコットランドのアバディーン(Aberdeen)のロウェット研究所(Rowett Research Institute)のパズタイ(Arpad Pusztai、1930年9月8日ハンガリー生まれ、当時67歳、写真出典)が、英国のテレビ番組で、遺伝子組換えジャガイモをラットに食べさせたところ、ラットの免疫低下がみられたと発表した。
論文はLancetの1999年10月16日号まで公表されず、主張の妥当性を検証できない状態であったにもかかわらず、一部の間ではさも真実であるかのように受け取られ大騒ぎになった。
- 論文
Ewen SW, Pusztai A (October 1999). “Effect of diets containing genetically modified potatoes expressing Galanthus nivalis lectin on rat small intestine”. Lancet 354 (9187): 1353–4.
しかし、公表された論文からは実験そのものがずさんであり、パズタイの主張には無理があることが判明した。
使用した遺伝子組換えジャガイモが安全性が確認され商品化されているジャガイモとは全く別のジャガイモだった。レクチンという哺乳動物に対し有害な作用を持つタンパク質を作る遺伝子を組み込んだ実験用ジャガイモだった。有害な遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物は有害だった、と当たり前の結果が出たに過ぎない。
事件の翌年、ロウェット研究所は36年間雇用していたパズタイの雇用契約を更新しなかった。パズタイは、仕方なく、母国・ハンガリーに帰国した。
なお、パズタイは、遺伝子組換え食品の安全性に警鐘を鳴らしたことで、2005年(パズタイは75歳)にドイツから公益通報賞が贈られ、2009年(パズタイは79歳)にドイツからシュトゥットガルト平和賞(Stuttgart Peace Prize)が贈られた。
●【2012年論文での不正発覚・調査の経緯】
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。写真出典(保存版)。
★「はい、遺伝子組換え食品は毒です!」
2012年9月20日、フランスの国民向け新聞・Nouvel Observateurは、見出しに「はい、遺伝子組換え食品は毒です!(Oui, les OGM sont des poisons !)」という記事を掲載した。 → EXCLUSIF. Oui, les OGM sont des poisons !
フランス社会に衝撃が走った。
次節で述べるセラリーニの「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文がこの日に公開され、新聞・Nouvel Observateurは、その論文を基に大衆向けのセンセーショナルな記事にしたのだ。
写真出典は2013年12月6日記事:Retrait de l’étude Séralini : le poids des lobbies ? | France Inter
★2012年論文の経緯
以下、2013年1月21日の松永和紀の記事を中心に修正引用した【「WEDGE Infinity(ウェッジ)」記事:遺伝子組換え食品 海外での“大事件”が報じられない日本(前篇) 「遺伝子組換えトウモロコシに発がん性」? 】[白楽注:混乱して、どの部分が松永記事そのものの流用なのかグダグダになってしまった。ゴメン]
2012年9月12日(52歳)、セラリーニは、「除草剤耐性トウモロコシNK603を2年間にわたってラットに与えたところ、乳がんや脳下垂体異常、肝障害などになった」とする論文を学術誌(Food Chem Toxicol.)に発表した。
- Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize.
Séralini GE, Clair E, Mesnage R, Gress S, Defarge N, Malatesta M, Hennequin D, de Vendômois JS.
Food Chem Toxicol. 2012 Nov;50(11):4221-31.
doi: 10.1016/j.fct.2012.08.005. Epub 2012 Sep 19.
セラリーニは、論文発表に伴う記者会見で、遺伝子組換えトウモロコシを食べたことでラット(スプラーグ・ドーリー・ラット:Sprague-Dawley rat)に大きな「乳がん」が発症したことを示した。
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)が得た「乳がん」発症ラット。 写真はImage from the film All of us guinea-pigs now? J.-P. Jaud/J+B Séquences。出典:Rat study sparks GM furore : Nature News & Comment
「乳がん」発症ラットは、こちらの写真の方がわかりやすい。
セラリーニの「乳がん」発症ラット。出典:Le prix de la vérité. Gilles-Eric Séralini, dénonciateur des OGM 1/5
論文発表後、すぐさま多くの研究者から反論が上がった。
実験がさまざまな条件を満たしておらず、信用に値しない、という反論だ。
セラリーニの論文では、除草剤耐性トウモロコシNK603を食べさせると、ラットがどうして乳がんや脳下垂体異常、肝障害が生じるのか、メカニズムを説明していない。
なお、トウモロコシNK603は、米国のモンサント社(Monsanto)が遺伝子組み換えで除草剤(ラウンドアップ)耐性にした品種である。
また、スプラーグ・ドーリー・ラット(Sprague-Dawley rat) は寿命が約2年である。そして、2年近くになると、ナント、通常の飼育条件下でも、オスの8割に癌が発症することが報告されている(Spontaneous endocrine tumors in Sprague-Dawley rats – Springer)。メスでも高率で癌が発症する。
だから、遺伝子組み換えトウモロコシの影響を、スプラーグ・ドーリー・ラットの乳がん発症で判定するのは全く不適当だ。つまり、対照実験が成り立たない。
スプラーグ・ドーリー・ラット(Sprague-Dawley rat)を実験動物として提供している米国・ハーラン社の説明書(PDF)の3ページ目にも乳がん発症率が76%だと記載されている。
さらに、セラリーニの論文には、
そもそも、飼料の詳しい情報が掲載されていません。成分組成や貯蔵方法、含まれる可能性のある有害物質の含有量など、なにも書かれておらず、各々のマウスがどれだけの量を食べたかも不明です。まともな研究者の論文ではありえないことです。
しかも、比較に必要なラットの数を満たしていません。また、こうした発がん性を検討する試験においては、一つのグループにおけるラットの数は最低50匹必要というのが国際的なガイドラインなのに、各グループのラット数はわずか10匹でした。これでは、統計学的に妥当な解析をすることはできません。
最終的に、EUで食品の安全性についてリスク評価を行う「欧州食品安全機関」(EFSA)が2012年11月、「実験設計と方法論の深刻な欠陥があり、許容できる研究水準に達していない。したがって、これまでのNK603のリスク評価を見直す必要はない」という見解を明らかにした。6つのEU加盟国も独自に評価して同じ結論に達し、これにより騒動は終息した。
●【裁判:名誉棄損】
2019年(59歳)、セラリーニは、自分の研究を「詐欺的」と呼んだとして、3人の記者を名誉毀損でパリ司法裁判所に告訴した。
3人の記者は、①ジェラルディン・ウォエスナー(Geraldine Woessner、写真出典)、②パトリック・コーエン(Patrick Cohen — Wikipédia)、③マック・レスギー(Mac Lesggy – Wikipedia)で、名誉を毀損されて健康を害したと主張し、各記者に5万ユーロ(約600万円)の損害賠償を要求した。
例えば、パトリック・コーエンはフランスのテレビでセラリーニの物議を醸した論文を「過去10年間で最悪の科学的詐欺の一つ」と呼んだ。 → Pesticides : la fabrique du doute au tribunal – POLITIS
しかし、2023年10月17日(63歳)、パリ司法裁判所はセラリーニの告訴を却下した。なお、セラリーニは悪名高い反遺伝子組み換え活動家とされた。
ウォエスナーが「詐欺的」という用語を使用したが、その用語を正当化できる十分な根拠はあったし、ウォエスナーは誠意を持って行動した、と裁判官は裁定した。
米国のタスキーギ大学のチャナ・プラカシュ教授(Channa Prakash、専門は植物分子遺伝学、写真出典)は「詐欺は詐欺と呼ぼう!」とツイートした。
プラカシュ教授は、また、「遺伝子組み換え作物がネズミにガンを引き起こすと主張するこの詐欺的論文は、ケニアやインドなど数か国で、遺伝子組み換え作物の禁止や中止に利用された。詐欺的論文のせいで貴重な作物を奪われたこれらの国々の農家に与えた損害賠償をセラリーニに要求しよう」とも付け加えた。
なお、被告だったウォエスナーは、セラリーニ論争は長期的で大きなダメージを残したと、指摘した。この論争により、フランスでは遺伝子組み換え作物に関する公的研究ができなくなった。メディアと科学への国民の不信感が残り、社会的損害は莫大だと指摘した。
●【他の論文でのネカト】
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini、Gilles-Éric Séralini)の「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文での騒動は、上記してきたように大事件となり有名だが、セラリーニは別の論文でもいろいろな問題を起こしていた。
「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文の前の論文も、後の論文も、データ、統計手法、結果の解釈が異常だった。
セラリーニは、どの論文でも、遺伝子組換え食品が危険だという主張に都合が良いように、意図的にデータを操作、解釈したと思われる。
★2007年論文
2007年5月(46歳)、セラリーニは、国際環境NGO・グリーンピースの資金提供を受けた「2007年のArch Environ Contam Toxicol.」論文を発表した。
- New analysis of a rat feeding study with a genetically modified maize reveals signs of hepatorenal toxicity.
Séralini GE, Cellier D, de Vendomois JS.
Arch Environ Contam Toxicol. 2007 May;52(4):596-602. doi: 10.1007/s00244-006-0149-5. Epub 2007 Mar 13.
この論文を受けて、欧州食品安全機関(EFSA: European Food Safety Authority)は MON 863 の安全性データを再検討した。その結果、動物のすべての血液中の化学量と臓器重量値は正常範囲内で、セラリーニ 論文は間違った統計手法を使っていたと結論した。欧州議会への報告書も、フランス生物分子遺伝学委員会 (AFBV) もセラリーニ 論文に批判的な結論だった。
★2009年論文
2009年12月(49歳)、セラリーニは、「2009年のInt J Biol Sci. 」論文を発表した。
- A comparison of the effects of three GM corn varieties on mammalian health.Int J Biol Sci. 2009 Dec 10;5(7):706-26. doi: 10.7150/ijbs.5.706.
この論文は、グリホサート耐性のMON 810株とMON 863株の毒性データを再分析し、ラットの肝臓、腎臓、心臓に損傷が見られると結論付けた。
欧州食品安全機関(EFSA)は、この論文は、「2007年のArch Environ Contam Toxicol.」論文での統計手法の間違いと同じ間違いをしていて、結論は間違っていると判定した。他の機関も間違っていると結論した。
★その他
説明を省くが、以下の2014年論文も問題視されている。
- Major pesticides are more toxic to human cells than their declared active principles.Biomed Res Int. 2014;2014:179691. doi: 10.1155/2014/179691. Epub 2014 Feb 26.
2016年論文も問題視されている。
- Dig1 protects against locomotor and biochemical dysfunctions provoked by Roundup.
BMC Complement Altern Med. 2016 Jul 22;16:234. doi: 10.1186/s12906-016-1226-6.
●【ねつ造・改ざんの具体例】
上記したので省略。
●【事件の深堀】
★メディア記者と政治家が簡単にだまされる問題
以下、2013年1月21日の松永和紀の記事を中心に修正引用した【主要情報源③】
フランスの首相(ジャン=マルク・エロー、Jean-Marc Ayrault)も「研究が確かなら、欧州全土での禁止措置を要請したい」と発言しました。
しかし、この問題は、欧米でより深刻にとらえられています。それは、発表したセラリーニ氏にマスメディアやフランス政府が当初、やすやすと手玉にとられてしまったからです。
実は、セラリーニ氏は、遺伝子組換えにこれまでもずっと反対して来た研究者で、しかも、「遺伝子組換えが危険」と主張する論文や報告書を何度も発表し、そのたびにEFSAなどに「ずさんな研究」と批判されて来た経緯があります。
メディアの取材力の低さ、エンバーゴ(報道解禁時刻)の悪用、学術誌による掲載審査の甘さ、EUの中でも強硬な遺伝子組換え反対国であるフランス政府の軽率さ等々、さまざまな問題が、今回のセラリーニ氏の騒動で露になりました。
日本でも、民主党の大河原雅子・前参議院議員が、セラリーニの報道を引用し、遺伝子組み換え作物に反対した。この表面的に飛びつく軽薄さは、コマッタものだ。科学の信用を損なってしまう。サイト:http://www.ookawaramasako.com/?p=4106(保存版)。
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)と除草剤(ラウンドアップ)。写真出典
★日本のマスメディアがこのような問題を報道しない・できない問題
以下、2013年01月21日の松永和紀の記事を中心に修正引用した【主要情報源③】
遺伝子組換え作物は日本に大量に輸入されています。ISAAA(国際アグリバイオ事業団)によれば、日本は年間1800万トンの遺伝子組換え作物を輸入し、主に食用油や異性化糖などの原料、飼料として消費しています。日本の米の消費量が年間約860万トン(農水省まとめ)なのですから、遺伝子組換え作物の動向を無視はできないはず。
なのに、今回の問題を社会的な事件として報じたマスメディアは、日本にはなかったのです。
松永和紀は、日本のマスメディアの取材力の低さが原因だと述べている。
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。出典:Le prix de la vérité. Gilles-Eric Séralini, dénonciateur des OGM 1/5
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2025年4月24日現在、パブメド(PubMed)で、ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini、Gilles-Éric Séralini)の論文を「Gilles-Eric Seralini[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2025年の24年間の50論文がヒットした。「Gilles-Éric Séralini[Author]」で検索しても同じ50論文がヒットした。
2025年4月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題としている「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文・1論文が、2014年1月に撤回されていた。
- Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize.
Séralini GE, Clair E, Mesnage R, Gress S, Defarge N, Malatesta M, Hennequin D, de Vendômois JS.
Food Chem Toxicol. 2012 Nov;50(11):4221-31.
doi: 10.1016/j.fct.2012.08.005. Epub 2012 Sep 19.
Retraction in: Food Chem Toxicol. 2014 Jan;63:244.
しかし、2014年1月に撤回された同じ論文が、同じ著者名で、別の学術誌に2014年6月24日に掲載された。
- Republished study: long-term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize.
Séralini, GE., Clair, E., Mesnage, R. et al.
Environmental Sciences Europe, June 2014, 26:14
★撤回監視データベース
2025年4月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini、Gilles-Éric Séralini)を「Gilles-Eric Seralini」で検索すると、「2012年11月のFood Chem Toxicol.」論文・1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2025年4月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini、Gilles-Éric Séralini)の論文のコメントを「”Gilles-Eric Seralini”」で検索すると、9論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》有名人
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)は有名人なので、写真がたくさんある(出典)。
《2》学問が宗教・金儲けの道具・政治になっている
セラリーニは、「遺伝子組換え生物」反対の思想を研究公正よりも優先し、その思想に都合の良いようにデータを選び、統計処理し、偏向した解釈で結論した、ズサン、科学詐欺的な研究論文を発表し続けている。
つまり、学術界では誤りとされても、研究者本人が真実と主張し自説を提唱し続けている。これは、科学というより、いわば、信仰と思える。
ただ、動機は純粋な信仰(よく言えば信念?)かどうか、微妙である。
「遺伝子組換え作物」は巨額なカネが絡むからだ。
推進派は「遺伝子組換え」企業(例えばモンサント社)とそれを後押しする政治家・国家の利権が絡んでいる。技術力・特許から生じるカネも絡む。
反対派も、有機農業団体(CRIIGEN、JMG Foundation、他)とそれを後押しする政治家の利権・国家が絡んでいる。
技術力・特許から生じる国家間の利益・覇権争いも絡み、巨額のカネが動くという背景を知らない(配慮しない)で、大衆をあおる活動家もいる。
こうなると、純粋に科学研究を遂行するのはもはや不可能である。同様に、社会に対して純粋に警鐘を鳴らす活動も不可能である。カネ・地位・名声目的であることを隠しながら、大衆をあおり、特定の方向に誘導する活動家が多い。
活動家と共に厄介なのは、黒い欲望を内に秘めて研究成果を捻じ曲げ、発表する科学者である。大衆だけでなく、政治家、官僚、知識人など多くの有力者がだまされる。まあ、だまされるというより、自分から信奉してしまう。
だから、背景を知らない(配慮しない)で、充分に考えずに、活動家や大衆の動きに呼応してはマズイ。
本来、研究成果の真偽の議論は、論文とそのデータの詳細な分析、および追試が可能かどうかで決着すべきである。
しかし、セラリーニは、ネイチャー誌の質問に、「認可したNK603の生データをヨーロッパが公表するまで、自分の生データを公表しない」と述べている。
どうして、「認可したNK603の生データをヨーロッパが公表しない」のかわからないが、セラリーニが生データを公表しないのは、科学者として道を外している。
必要な生データを公表しなければ、論文は検証できない。多分、追試もできない。そうなると、もう、科学じゃない。
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。写真出典
《3》学術界は少数の「錯誤」者を許容してもいい
人間は何かを深く信じ込む。信じた観念にとらわれて言動し、人生を選択する。そういう生き物である。
多くの人は社会が許容する範囲内で言動する。
しかし、科学者はこの許容範囲を変えるのが使命なので、許容範囲を少し越えた考えや言動をする。それで、いままで学術的に未踏の領域、あるいは、従来は誤りとする学説にもチャレンジする。
学術界では誤りとされても、研究者本人は真実と信じて自説を提唱し続けた学者は多数いる。
有名なところでは、物理学の常温核融合、生命科学ではジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)(仏)の「水の記憶」である。これらは「錯誤」とされている。
科学研究は振り子である。従来の常識がくつがえった例もソコソコある。
「錯誤」と思われていた学説が、後に、真実とされ、ノーベル賞を受賞した例もある。
しかし、「遺伝子組換え食品」の是非は、科学研究そのものというより、科学と社会の関係の問題である。
科学研究から生まれた主観・信念・価値観ではなく、人間社会に対する個人の主観・信念・価値観を科学研究の場に持ちこんだ形だ。この様式で科学研究を進めると、科学研究の客観性が失われ、科学の信頼を失う。
また、個人の主観・信念・価値観なので科学者が人間社会と衝突する。
例えば、先端生殖医学である。自分の子供の遺伝子を含め人間の遺伝子を改変できる時代になった。科学者は人類社会に良かれと思って技術開発しても、人間社会の大半はその技術の普及を望んでいない。
科学者は人類社会に良かれと思って、遺伝子組み換え技術で作物・家畜の品種改良を可能にしても、人間社会はその実用化でもめ(例、遺伝子組み換え大豆)、その食品化の普及を望んでいない(程度・国による)。
科学者個人の信念・価値観が強いと、自分の信念・価値観に合うように科学研究結果を曲解し、悪用する科学研究者が登場する。ただ、科学者本人は、「曲解し、悪用」しているとは思っていない。セラリーニのように、誠実に研究していると主張する。
「科学は客観的」と評されているが、もちろん、科学研究者も人間だから、個人の信念・価値観にとらわれて研究する。しかし。科学的な検証を甘くして個人の信念・価値観を優先することは科学研究では許されない。基本的には許されないけど、ほんの少しは、許容する必要もある。
学術界は科学的な検証が甘い「錯誤」者を基本的には排除すべきだが、ほんの少し、許容する幅がないと、学問は発展しない。常識的な範囲に限定すると画期的な発見は出てこない。
白楽は、随分前に電線なしで通電する「無線送電」ってあるといいのにと思った。現在、可能なんですね。
では、腕時計くらいの大きさの「原子力発電チップ」って、作れないのだろうか? 衣服のコートとセットで1着30万円で、夏の暑い時は着ていると涼しいコート、冬の寒い時は暖房コートで、10年くらい使えるといいんだけど。
悪くなった歯を抜いた後、永久歯の種を注射すると、再度、永久歯が生えてくる技術も完成すると、1本、50万円は払います。子供の時、永久歯用の細胞を採取し冷凍保存するとか。
話を戻そう。「錯誤」者も少しは許容しようという話だった。
ただ、生データを提示しない「錯誤」者は研究不正者なので排除すべきである。外部からの検証を拒否する「錯誤」者は排除すべきだ。
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)と研究室員。写真出典
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Séralini affair – Wikipedia, the free encyclopedia
② ウィキペディア英語版:Gilles-Éric Séralini – Wikipedia, the free encyclopedia
③ ◎2013年1月21日の松永和紀の「WEDGE Infinity(ウェッジ)」記事:遺伝子組換え食品 海外での“大事件”が報じられない日本(前篇) 「遺伝子組換えトウモロコシに発がん性」?
④ ◎2012年9月25日のデクラン・バトラー(Declan Butler)の「Nature」記事:Rat study sparks GM furore : Nature News & Comment
⑤ 2012年10月24日のエリザベス・ペイン記者(Elisabeth Pain)の「Science」記事: Two French Public Bodies Dismiss Controversial GM Study, but Call for Further Research | Science | AAAS
⑥ 2015年6月19日記事の 遺伝子リテラシープロジェクトの「science 2.0」記事:The Industry Funding Behind Anti-GMO Activist Gilles-Éric Séralini
⑦ 年1月27日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Seralini paper claiming GMO toxicity disappears after journal domain expires – Retraction Watch
⑧ 2023年12月1日のヴィクター・オリア & マーク・ライナス(Victor Oria & Mark Lynas)の「Nation」記事:Let collapse of Séralini, LSK cases revive GMO march | Nation
⑨ 2023年10月20日のヴィクター・オリア (Victor Oria)の「 Genetic Literacy Project」記事:‘Win for science’ as French court dismisses defamation lawsuit by anti-GMO scientist Seralini – Genetic Literacy Project
⑩ 2023年9月6日のローズ=アメリー・ベセル(Rose-Amélie Bécel )の「POLITIS」記事:Pesticides : la fabrique du doute au tribunal – POLITIS
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